僕のみる世界

雪原 秋冬

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序章

8.静寂

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 散り散りになるのはよくない、ということで、離れすぎないように気を付けながら、それぞれ調べ始める。早く時間にならないかな、と思うときに限って時間の流れは遅く感じるものだ。
 カーテンで閉められていない窓は、暗い校舎内を余すことなく不気味に透かしている。校舎のそばに設置されている街灯の明かりで仄暗く照らされているのが、余計に陰鬱とした空気を醸し出していた。

 幸い人影は見えない。まあ、廊下には何も置いてないから、認識できるものがないと言ったほうが正しいか。施錠されているのを軽く確認してから、また近くの窓へ移る。そんなことを何度か繰り返しているうちに、どちらが呼んだのか分からないが、東雲と三咲が集って話し始めている様子が視界の端に映り、そちらに目を向けた。
 大声は出せないから、三咲が俺たちへ向けて何も言わずに手招きをする。

「見て見て、これ」

 小声で話しながら東雲が指さした先には、鍵が開いているように見える窓が存在していた。三咲がサッシに手をかけると、それは何の抵抗もなく可動した。

「マジか……」

 この学校には図書室が二か所ある。どうやらそのうちの一つ……二号館一階にあるほうが当たりだったらしい。この図書室は小規模で、陳列されている蔵書もマイナーなものばかりなせいか、利用する生徒は少ない。戸締り確認の際も、それで見逃してしまったのだろうか……?

「ここから入れそうだね」
「そうだな。でも、ここから一号館まで行かないといけないんだろ?」

 イザナイさんの七不思議では、一号館の三階と四階のあいだにある踊り場、という指定がある。どこでもいいわけではない。

「たどり着くまでに邪魔が入らないといいんだがな」
「何かあったらすぐ逃げられるようにしておけよ。逃げ切ってしまえば、いくらでもシラを切れるしね」
「分かってるって」

 須納と三咲のやり取りを横で聴きながら、不安が募る。この感情は、後ろめたいことをしているからとか、そういった罪悪感のみで湧き上がるものではない気がした。

「……なあ、やっぱり……」
「ここまで来たのに、今さらやめたいってか? そこで待っててもいいんだぞ」

 絞り出すように発した言葉を、須納はバッサリと切り捨てる。

「……いや、俺も行くよ」

 須納の言葉を受けたときに、伊織が目線だけで「和樹が待つなら俺も待つ」という風に言ってくれているような気がしたけれど、それに甘えるわけにもいかない。全員ここでやめてくれるのならまだしも、みんなを送り出して待機するなんてこと、俺にはできなかった。

 正直、好奇心がないわけではない。もちろん言い知れぬ不安があり、やめたい考えも持ち合わせているけれど、俺は皆について行くほうを選んでしまった。

「それじゃあ、行こうか」

 門を越えたときと同じように、一人ずつ窓から侵入する。上履きは持ち込んでいないから、なるべく床を汚さないように気を付けて靴を脱ぎ、隅に置いておいた。街灯の明かりもあまり届かない場所らしく、室内は窓から差し込んでくる月明りだけが頼りだ。

 スマートフォンのライトを点灯して辺りを照らすと、均一に配置された本棚が目に入った。埃っぽさもなく、乱雑にしまわれているわけでもない。いくら利用の少ない図書室といえど、管理はきちんとされているようだ。

 音を立てぬよう気を付けながら、全員で廊下に出る。幸い人影は見えず、暗いながらもいつも通りの風景だというのに、丑の刻という時間のせいなのか、気分がどんどん重くなっていく。
 三咲や須納は各々スマートフォンのライトで周囲を確認しながら、目的地である一号館の方向へ歩みを進めていった。そのすぐ後ろを東雲が追いかけてゆき、少し離れて俺と伊織がついて行く。

 校舎は不気味なほど静まり返っており、俺たちが発するわずかな足音や、衣擦れの音しか耳に入ってこない。七不思議を聞いたときに三咲が言っていた通り、本当に何の警備もないのか。
 当初は緊張感に満ち溢れた雰囲気で、移動する動きがぎこちなかったり、会話もなかったが、慣れてきたのか徐々に平常通りの振る舞いに戻りつつあった。まあ、伊織だけは初めから緊張した様子ではなかったけれど。

「それにしても、本当に警備が何もないって信じられないな」
「機械警備がないだけで見回りはいるかもしれないし、一応気をつけておかないと」
「うーん。ぱっと見だけど、どの教室も明かりがついてなくて真っ暗だし、ほかに誰かいるとは思えないなあ」

 前方にいる三人がそんな話を始めた。確かに東雲の言う通り、外から校舎を見たときは明かりがついているところは見受けられなかった。警備員にしろ先生にしろ、巡回する職員がいるのならどこかしら明かりはついているだろうし、やはり俺たち以外は誰もいないのかもしれない。

 もちろん見逃していた可能性や、たまたま消灯していた可能性も大いにありえるが、なんとなく誰もいない気がするのだ。まるでこの学校だけ、別の空間に切り離されているような、空気感の違い。
 外から一切の音が聞こえてこないのは、時間帯のせいなのか?

 伊織は分からないが、ほかの三人はなんでもないように振る舞っているのを見る限り、そう感じているのは俺だけなのか、あるいはだからこそ雑談を始めたのか……。会話が途切れて無言の時間が流れるたびに、陰鬱な空気に飲まれて肌が粟立つ。

 ……すごくいやだ。正直、ここに俺一人しかいなかったら、今すぐにでも外へ向かって駆け出したいくらいだ。見えていないはずなのに、あの人影たちが周りを取り囲み、俺たちの様子をずっとうかがっているような、居心地の悪さと生ぬるい空気が身体にまとわりついてくる。

「――和樹、帰る?」

 いきなりそう問われて少し思考停止したが、俺の異変を感じ取ったのだと悟った。心配してくれて、今からでも引き返すかどうか聞いているのだろう。「帰ろう」と言わずに確認をとるあたり、伊織らしいなとわずかに笑みがこぼれる。少しだけ気が楽になった。

「いや、大丈夫」
「そう」

 伊織は俺の返答を聞くと、何事もなかったかのようにあっさり引き下がった。いつものことだ。伊織は相手に対して念押しするということを、滅多に行わない。相手の返答はどうであれ、基本的に一度だけ確認をして、それに準ずる。

 といっても伊織と話す人物は限られているから、全員に対して隔たりなくそうなのか、はたまた身内や俺に対しては例外なのかどうかまでは分からない。
 そうこうしているうちに、一号館にある例の階段付近までたどり着いていたらしい。

「今のところ、これといった問題はなさそうだね」
「あとはこのまま、四階手前まで階段を上がればいいのか」

 警備員が駆けつけてくるような気配もない。というよりも、相変わらず外は異様なほど静まり返っており、初秋を彩る虫の鳴き声すら聞こえてこない。

「なんだか、緊張してきちゃった……」
「いよいよって感じだな」

 決意を新たにしたような間を置いてから、三咲が率先してゆっくりと階段を上り始めた。
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