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祖父の所へ
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「間に合えば、いいのだが。」
男は、母親から祖父の容態が思わしくないと電話をもらった。
「特別、ここが悪いということではないの。ただ、最近眠っている時間が長くなって、食事もあまり食べていないの。幸訪(よしみ)のチェロのCDを流すとね、目を開けて大事そうにスピーカーをなでるのよ。」
幸訪は、妻に相談した。彼女は、妊娠中なので、今、長旅ができない。
「もちろん。行ってあげて。おじいさんが応援してくれたから、あなたはこの国にこれたし、私もあなたと出会えたのだから。」
仕事仲間に事情を話すと、1か月後に休みが取れるようにしてくれた。
「ルイーゼのことは、心配しなくていいわ。おじいさん孝行しておいで。」
「ルイーゼをお願いします。」
幸訪は、仲間の奥さんに頭を下げた。
「やあね。このくらい水臭いじゃない。さあ、行った行った。飛行機に乗り遅れるわよ。」
「いってらっしゃい。幸訪。」
「着いたら、連絡する。」
幸訪は、妻(ルイーゼ)を抱きしめるて、キスをすると、車に乗った。空港までは、仲間が送ってくれた。
飛行機には無事に乗れ、旅は順調だ。
だが、祖父の容態はよくないと思うと気分が晴れない。
会った時に思い出話ができるように、幸訪は祖父とのことを思い出し、ノートに書き留め始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そこの音は、もっとソフトに。優しい風をイメージして。」
「こう?」
「そう。その音だ。春の少し冷たさと太陽の暖かさの混じった音だ。」
「夏の暑い風の音は、こうだよ。」
10歳の幸訪は、激しく弾き鳴らした。
「ああ。熱風にやられそうだ。」
「じゃあ。もう少し涼しくしてあげる。」
「ああ。いい塩梅の風だ。秋の風だね。」
祖父は、音楽の専門家ではなかった。でも、音から生まれるイメージを聞き取る才能に恵まれていた。
幸訪は、祖父とこうやってよくレッスンのような、遊びのような時間を過ごした。それがとても楽しかった。
中学に上がったばかりの頃ー
「幸訪、どうしたんだい。」
母親と喧嘩して階段の所で、拗ねている幸訪に祖父が尋ねた。
「かあさんが、【手を傷つけたら大変だから、体育の授業を見学しろ】って、言うんだ。」
「幸訪はどうしたいんだい。」
「普通に、参加したいよ。チェロは好きだけど、体育も好きだし、病気でもないのに見学なんておかしいじゃん。」
「そうか。お母さんには、わたしから話しておこう。」
「おじいちゃん、ありがとう。母さんが、体育出ていいって。どうやって説得したの?」
「なに。元気な時のお前の曲と、最近のお前の曲を聴き比べてもらっただけさ。」
「そんなことで。ーーーー。僕が言っても分かってくれなかったのに。」
「弾き手がいきいきしてなきゃ、チェロの音も心にひびかないと言うことに、お前のお母さんも気づいたんだよ。」
祖父のおかげで、幸訪は、その後も手を使う様々な活動にも参加できた。
手のことを心配する母をこう説得してくれたのだ。
「子どもの好奇心を型にはめて切り取るのは、よく考えてきめないといけないよ。これから先、音楽で、表現したい場面があるのなら、色々体験しておいて損はない。実際にやったことと想像上のことでは、音楽に違いがでてくるからね。」
祖父は、幸訪が何か新しいことに挑戦すると、決まってチェロの演奏をリクエストしてきた。
「そうか。じゃあ、体験してきた気持ちにぴったり合う曲を弾いてくれるかい。」
「いいよ。」
「おお。冒険したんだな。失敗もあったけど、仲間もできたんだな」
「うん。そうなんだ。釣り名人の志郎兄ちゃんていう人がいてね。釣りを教えてくれたんだ。最初は全然釣れなくて。でも、粘って待ったら、大きなのを釣り上げたんだ。」
「そりゃあ。すごいな。」
「うん!」
祖父は、幸訪のチェロの音色を誰よりも理解してくれた。
音楽大学を卒業する時になって、留学の声がかかった。
両親は、そこまではお金が出せないから、日本でお金をためてから行って欲しいといった。
半年なら待ってくれるということなので、とりあえず待ってもらうことにした。
幸訪は、両親の言葉に従ってお金をためるために、アルバイトを始めた。
コンビニのレジ打ちとチェロのレッスンとレストランでの演奏でお金を稼いだ。
時給のいい肉体労働も考えたが、手をケガする可能性が高いので諦めた。
お金は、たまらないものだ。
税金を支払い、日常の雑費や音楽にかかるお金を払えば、手元に残せるのは、月5万円~7万円。
実家にお金を入れるのを免除してもらってこの金額なのだ。
「諦めるしかないな・・・。」
通帳には、¥348,200-の文字が印字されている。
タイムリミットには間に合わない。
幸訪の目から涙があふれてきた。
チェロの演奏で負けたのではなく、お金という現実で夢に破れたことが、悔しくてたまらなかった。
そんな時だ。祖父が、留学のお金を出すと申し出てくれた。
「おじいちゃん、悪いよ。」
この頃には、幸訪もお金を稼ぐ大変さが、よく分かっていた。
「なに。わたしが、幸訪のスポンサー第1号になるだけの話さ。だから、ただとは言わない。」
「条件はなに?」
「定期的に、お前の弾いたチェロの曲をわたしに送ること。それが条件だ。」
「そんなのでいいの?」
「ああ。ただし、手抜きの音楽を送ってきたらすぐにお金の援助は打ち切るぞ。スポンサーは、損が嫌いなんでね。」
「分かったよ。いつもぼくにとっての最善をつくした曲を録音して送るよ。」
こうして幸訪は、音楽留学することになった。
祖父には定期的に録音した演奏を送った。祖父は、感想を書いた手紙と日本食を段ボールで送ってくれた。
スランプになった時には、祖父から「スランプになったのも意味がある。この楽譜を弾いてごらん。きっと今の幸訪なら魂を吹き込めるよ。」という手紙と一緒に、楽譜が入っていた。スランプに陥った作家の苦悩を現す曲だった。
幸訪は、自分のスランプをその曲にぶつけてみた。そして、作品の中で表現されている葛藤の部分を魂を込めて弾きこなせるのを感じた。
「この辛い経験も僕の役に立つのか。」
幸訪は、その曲を完成する頃にはスランプから抜け出すことができた。
お礼に録音した演奏を祖父に送ると、
【素晴らしい演奏だった。ありがとう。】と手紙を送ってくれた。
気の合う仲間が見つかり、プロになってからは、コンサートに両親を招待もした。
その頃には、祖父は、体が弱ってきていて、飛行機に乗れないので、またCDを託すことになったけれど。
祖父は、とても喜んでくれた。
いつも祖父は幸訪の心のそばにいてくれた。
ーどうして。1度くらいおじいちゃんのところに、顔を出しに日本に帰国しなかったんだろう。
おじいちゃんに残された時間は、自分のよりもうんと短いと分かってるつもりだったのに。
幸訪は、ノートに書きこむ手を止めると苦悩した表情で窓の外を眺めた。
男は、母親から祖父の容態が思わしくないと電話をもらった。
「特別、ここが悪いということではないの。ただ、最近眠っている時間が長くなって、食事もあまり食べていないの。幸訪(よしみ)のチェロのCDを流すとね、目を開けて大事そうにスピーカーをなでるのよ。」
幸訪は、妻に相談した。彼女は、妊娠中なので、今、長旅ができない。
「もちろん。行ってあげて。おじいさんが応援してくれたから、あなたはこの国にこれたし、私もあなたと出会えたのだから。」
仕事仲間に事情を話すと、1か月後に休みが取れるようにしてくれた。
「ルイーゼのことは、心配しなくていいわ。おじいさん孝行しておいで。」
「ルイーゼをお願いします。」
幸訪は、仲間の奥さんに頭を下げた。
「やあね。このくらい水臭いじゃない。さあ、行った行った。飛行機に乗り遅れるわよ。」
「いってらっしゃい。幸訪。」
「着いたら、連絡する。」
幸訪は、妻(ルイーゼ)を抱きしめるて、キスをすると、車に乗った。空港までは、仲間が送ってくれた。
飛行機には無事に乗れ、旅は順調だ。
だが、祖父の容態はよくないと思うと気分が晴れない。
会った時に思い出話ができるように、幸訪は祖父とのことを思い出し、ノートに書き留め始めた。
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「そこの音は、もっとソフトに。優しい風をイメージして。」
「こう?」
「そう。その音だ。春の少し冷たさと太陽の暖かさの混じった音だ。」
「夏の暑い風の音は、こうだよ。」
10歳の幸訪は、激しく弾き鳴らした。
「ああ。熱風にやられそうだ。」
「じゃあ。もう少し涼しくしてあげる。」
「ああ。いい塩梅の風だ。秋の風だね。」
祖父は、音楽の専門家ではなかった。でも、音から生まれるイメージを聞き取る才能に恵まれていた。
幸訪は、祖父とこうやってよくレッスンのような、遊びのような時間を過ごした。それがとても楽しかった。
中学に上がったばかりの頃ー
「幸訪、どうしたんだい。」
母親と喧嘩して階段の所で、拗ねている幸訪に祖父が尋ねた。
「かあさんが、【手を傷つけたら大変だから、体育の授業を見学しろ】って、言うんだ。」
「幸訪はどうしたいんだい。」
「普通に、参加したいよ。チェロは好きだけど、体育も好きだし、病気でもないのに見学なんておかしいじゃん。」
「そうか。お母さんには、わたしから話しておこう。」
「おじいちゃん、ありがとう。母さんが、体育出ていいって。どうやって説得したの?」
「なに。元気な時のお前の曲と、最近のお前の曲を聴き比べてもらっただけさ。」
「そんなことで。ーーーー。僕が言っても分かってくれなかったのに。」
「弾き手がいきいきしてなきゃ、チェロの音も心にひびかないと言うことに、お前のお母さんも気づいたんだよ。」
祖父のおかげで、幸訪は、その後も手を使う様々な活動にも参加できた。
手のことを心配する母をこう説得してくれたのだ。
「子どもの好奇心を型にはめて切り取るのは、よく考えてきめないといけないよ。これから先、音楽で、表現したい場面があるのなら、色々体験しておいて損はない。実際にやったことと想像上のことでは、音楽に違いがでてくるからね。」
祖父は、幸訪が何か新しいことに挑戦すると、決まってチェロの演奏をリクエストしてきた。
「そうか。じゃあ、体験してきた気持ちにぴったり合う曲を弾いてくれるかい。」
「いいよ。」
「おお。冒険したんだな。失敗もあったけど、仲間もできたんだな」
「うん。そうなんだ。釣り名人の志郎兄ちゃんていう人がいてね。釣りを教えてくれたんだ。最初は全然釣れなくて。でも、粘って待ったら、大きなのを釣り上げたんだ。」
「そりゃあ。すごいな。」
「うん!」
祖父は、幸訪のチェロの音色を誰よりも理解してくれた。
音楽大学を卒業する時になって、留学の声がかかった。
両親は、そこまではお金が出せないから、日本でお金をためてから行って欲しいといった。
半年なら待ってくれるということなので、とりあえず待ってもらうことにした。
幸訪は、両親の言葉に従ってお金をためるために、アルバイトを始めた。
コンビニのレジ打ちとチェロのレッスンとレストランでの演奏でお金を稼いだ。
時給のいい肉体労働も考えたが、手をケガする可能性が高いので諦めた。
お金は、たまらないものだ。
税金を支払い、日常の雑費や音楽にかかるお金を払えば、手元に残せるのは、月5万円~7万円。
実家にお金を入れるのを免除してもらってこの金額なのだ。
「諦めるしかないな・・・。」
通帳には、¥348,200-の文字が印字されている。
タイムリミットには間に合わない。
幸訪の目から涙があふれてきた。
チェロの演奏で負けたのではなく、お金という現実で夢に破れたことが、悔しくてたまらなかった。
そんな時だ。祖父が、留学のお金を出すと申し出てくれた。
「おじいちゃん、悪いよ。」
この頃には、幸訪もお金を稼ぐ大変さが、よく分かっていた。
「なに。わたしが、幸訪のスポンサー第1号になるだけの話さ。だから、ただとは言わない。」
「条件はなに?」
「定期的に、お前の弾いたチェロの曲をわたしに送ること。それが条件だ。」
「そんなのでいいの?」
「ああ。ただし、手抜きの音楽を送ってきたらすぐにお金の援助は打ち切るぞ。スポンサーは、損が嫌いなんでね。」
「分かったよ。いつもぼくにとっての最善をつくした曲を録音して送るよ。」
こうして幸訪は、音楽留学することになった。
祖父には定期的に録音した演奏を送った。祖父は、感想を書いた手紙と日本食を段ボールで送ってくれた。
スランプになった時には、祖父から「スランプになったのも意味がある。この楽譜を弾いてごらん。きっと今の幸訪なら魂を吹き込めるよ。」という手紙と一緒に、楽譜が入っていた。スランプに陥った作家の苦悩を現す曲だった。
幸訪は、自分のスランプをその曲にぶつけてみた。そして、作品の中で表現されている葛藤の部分を魂を込めて弾きこなせるのを感じた。
「この辛い経験も僕の役に立つのか。」
幸訪は、その曲を完成する頃にはスランプから抜け出すことができた。
お礼に録音した演奏を祖父に送ると、
【素晴らしい演奏だった。ありがとう。】と手紙を送ってくれた。
気の合う仲間が見つかり、プロになってからは、コンサートに両親を招待もした。
その頃には、祖父は、体が弱ってきていて、飛行機に乗れないので、またCDを託すことになったけれど。
祖父は、とても喜んでくれた。
いつも祖父は幸訪の心のそばにいてくれた。
ーどうして。1度くらいおじいちゃんのところに、顔を出しに日本に帰国しなかったんだろう。
おじいちゃんに残された時間は、自分のよりもうんと短いと分かってるつもりだったのに。
幸訪は、ノートに書きこむ手を止めると苦悩した表情で窓の外を眺めた。
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