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01.隣の席のヤンキーくん
このクラスには、今どき珍しい昭和スタイルのヤンキーがいる。担任教師もクラスメイトたちも遠巻きに見ていて、俺こと鷲宮紘もそのうちのひとりだ。
ヤンキーくんは見た目がヤンキーなだけで、俺が見ている限り、授業をサボったりだとか、喧嘩をしたりだとか、そういった"如何にも"な不良っぽいことはしていない。
ただ、怖いだけ。金髪でピアスが開いているのと、制服を着崩しているせいで近寄りがたいだけ。
おまけにちょっと強面だから、みんな三島くんに近付きたくても近付けない。声も低めだし、凄まれたら脱兎のごとく一目散に逃げてしまいそう……。
そういうヤンキーのテンプレートみたいな人が、俺の隣に座っていた。大きな体を窮屈そうに丸めて座っているだけなのに、彼の眉間にはいつも皺が寄っている。
また、三島くんにはこんな噂もある。
中学の頃は他校のヤンキーをボコボコにしたとか、実は総長だったとか、黒い噂が後を絶たないのだ。両耳に開いたピアスの数はボコした学校の数だとも言われていて、勲章のために穴を開けているという嘘か本当か分からない話まである。
そんなヤンキーこと三島夜鷹くんは、珍しく机の中をゴソゴソとあさっていた。
「チッ……どこいった……」
授業が始まって三分。三島くんはいまだ教科書を開くことなく、机の奥に手を突っ込んではノートやプリントなどを引っ張り出している。
今は数学の授業。だが、出てくるのは国語の教科書や英語の教科書……と違うものばかりだった。どうやら数学の教科書を忘れて困っているようだ。
「…………」
三島くんが鋭い目つきをさらに鋭くさせて、右隣の男子生徒を凝視する。教科書を貸してくれ、という無言の圧を送っているのだろうが、右隣の生徒はふいっとそっぽを向いてしまった。
気持ちはちょっと分かる。出来ればヤンキーと関わりたくないのは俺とて同じ。
でも、だからといって無視するのは可哀想だなぁ、と憐れんでいると、三島くんがこちらに振り返った。バチッと効果音付きで目が合ったような気がして、彼から目を逸らせない。
「……なぁ、鷲宮。教科書、見せてくんね?」
「ヒィ……!」
声を掛けられると分かっていても、喉から悲鳴じみた声が出る。
俺の過剰すぎる反応を見て、三島くんが首を傾げた。
「ご、ごめん。急に声を掛けられてびっくりしちゃって……。いいよ。机、くっつけるね……」
なるべく物音を立てないよう、ゆっくりと机をスライドさせる。てっきり彼は動かないまま、ただ黙って机がくっつくのを見ているだけかと思ったら、あろうことか三島くんの方からも机をスライドさせてくれた。
ただ、机をくっつけたのはいいものの、こんな真横でド金髪&ピアスだらけの耳を見ることになるとは思わず、背中に嫌な緊張が走る。
普通に生きていれば、俺みたいな平々凡々な男子高校とヤンキーが交わることはない。そう自覚しているからこそ、気持ちの悪い緊張と恐怖に駆られてしまう。
俺は恐る恐る該当のページを開くと、教科書を真ん中に置いた。
「サンキュー」
三島くんがいつもの仏頂面を崩して笑顔を浮かべる。
不覚にもちょっとときめいた。今の笑顔だけを見れば好青年だ。
髪型と格好がヤンキー度合いを底上げしているだけで、三島くんの顔自体は整っている方だと男の俺から見ても思う。眉間に皺を寄せる癖さえなければ、実はただのイケメンなのかもしれない。
――もしかしたら、三島くんと仲良くなれるかも。
そんな淡い期待が一瞬脳裏に浮かんで、すぐに過ぎた願いだと打ち消した。
なんて言ったって、俺もかなりのコミュ障だ。人見知りが激しく、人と仲良くなるまでに時間がかかる。
三島くんとて、俺みたいな奴なんかと友だちにはなりたくないだろう。少なくとも地味で、友だちがあまりいない俺なんかとは。
「……なに?」
横で板書を取っていた三島くんと目が合う。どうやら無意識のうちにヤンキーくんのことを見つめすぎてしまったようだ。
俺は慌てて何度もないと誤魔化すと、前を向いて板書を取り始めた。
◇◇◇
数学の授業が終わると、三島くんは俺に向かって律儀に頭を下げてきた。
「さっきはありがとな」
「ううん、気にしないで。本当に大したことしてないから……。だから、顔を上げてくれると助かる……かな」
さっきの「サンキュー」で終わると思っていたから、改めてしっかりとお礼を言われるとは思ってもみなかった。
三島くんと俺の絡みが珍しいのか、クラスメイトたちの視線が左頬に突き刺さる。
俺みたいなのと仲良くしていると思われるのはヤンキーくんにとっても嫌だろうし……と、俺は早々に会話を切り上げることにした。
「じゃあ、俺はお昼買ってくるから……」
今はちょうど昼休みだ。体よく彼から離れられる口実を見つけられたことに安堵しながら席を立つ。
三島くんは「おう」と短い返事を零した。これ以上、彼もこちらと会話をするつもりはないようで、鞄から大きな弁当箱を取り出している。
俺はそそくさと教室を出ると、真っ直ぐ購買を目指した。
俺が通う公立緑桜高校は、このあたりでも比較的新しい学校だ。
私立ほどではないものの、学食や購買などが充実しており、数年前には校舎も綺麗に建て替えられた。部活動も盛んで、偏差値もそこそこ高い、文武両道の高校だ。
市内にはそれこそ三島くんのようなヤンキーっぽい見た目をした生徒たちが通う高校もあるのだが、そこへは通わずこちらに来たということは、三島くんもそれなりに勉強ができるのだろう。
三島くんは真面目に授業を受けているようだから、案外成績がいいのかもな、と勝手に想像していると、廊下に見知った後ろ姿を見つけた。だけど、その周りには知らない生徒たちもいる。
「…………」
俺は声を掛けるか掛けないか迷って、結局素通りすることにした。
友人の友人は友だちになれないタイプだ。なるべく気付かれないよう静かに通ったつもりだったが、その気遣いも虚しく、声を掛けられた。
「ヒロじゃん! 久しぶり!」
「タカちゃん……」
幼馴染である吉永孝晃、通称タカちゃんはこちらを見るなり肩を組んできた。
「吉永、そいつ友だち?」
「うん、そう。俺の幼馴染なんだけど、クラス離れちゃってさー。なぁ、ヒロも一緒に学食行く?」
「いや……。俺はいいかな……」
「そ? じゃあ、また今度!」
「うん」
あぁ、サイアクだ……。こういうとき、素直に行くって言えたらいいのに。
こういう意気地のなさが、友だちを増やせない原因だ。この引っ込み思案な性格のせいで、俺はまだ入学してから一人も友だちが出来ていない。
一方の孝晃は俺とは違い、性格も明るく、社交的なヤツだった。案の定というべきか、既に孝晃はたくさんの友だちに囲まれている。
もし孝晃と同じクラスだったら、俺もその輪の中に入り、うまく馴染めただろう。孝晃は幼馴染を見捨てるような薄情なヤツではないし、俺の歪んだ性格もよく分かっているから、時間をかけてみんなと繋いでくれるはずだ。
だが、そんな幼馴染であり大親友の孝晃とはクラスが離れてしまった。
それも俺が一組で、孝晃が八組。
体育の合同授業でも一緒になれず、選択授業でも一緒にはなれない。というのも、体育は前から順番に二クラスずつで行われており、選択授業は一組から四組までが合同になっている。おまけに孝晃以外にできた中学の友だちはみんな違う高校で、文字通り俺だけがひとりぼっちになってしまった。
「なんだかなぁ……」
友だちはできないし、隣の席にはヤンキーがいるし……。
【鷲宮】の場合、出席番号的に俺が一番最後になるため、隣には三島くんしかいない。さらに不運なことに、目の前と斜め前は女子二人で、どう考えても友だちの輪が広がらなかった。
俺はため息をつきながら余り物のパンをいくつか買って教室に戻る。すると、三島くんがまだ席に座っていた。
いつも昼になると弁当を持って教室を出るから珍しい。まぁ、だからと言って、話しかけることはないけれど。
無言で椅子に座り、手に抱えていたパンを机に置いていると、あろうことか三島くんから声を掛けられた。
「お前、いっつもパンなの?」
「…………」
「それだけじゃ、腹に溜まんなくね?」
「……えっ?」
まさか話を振られるとは思わず、反応が少し遅れる。
三島くんはもうほとんど弁当の中身を平らげていた。大きな弁当が二段。きっとおかずもご飯もたくさん詰められていただろうに、ほぼ彼の胃の中に入ったみたいだ。
「パンだけだと、食った気しねぇじゃん」
「そうかな? 俺はこれぐらいでちょうどいいけど……」
ハム、チーズ、レタスを挟んだサンドイッチとメロンパン。
それだけあれば放課後まで持つ。それに部活はまだ入っていないから、授業が終われば直帰できた。
運動部であれば確実に足りない量だろうが、残り数時間授業を受けて帰るだけであれば問題ない。そもそも俺はそこまで食べる方でもない。
「三島くんはいっぱい食べるんだね……」
「あー、まぁ、親が加減忘れて作りすぎるから」
「そうなんだ」
「俺、姉貴がいてさ。でも春に東京の大学に行っちまって家出たから、なーんかそれ忘れて作りすぎちまうんだと」
「へぇ……」
買ったばかりのサンドイッチを口に入れながら相槌を打つ。彼にお姉さんがいるのは意外だった。
「鷲宮はいつもパン?」
「いや、今日だけだよ。朝、ご飯炊き忘れちゃったって」
「それは災難だったな」
「でも、たまーにパンもいいかも。ちょっと新鮮だし、親も楽できるだろうし……」
「確かに」
三島くんは最後の一口を綺麗に食べきると、丁寧に弁当箱をしまった。その手つきから粗暴さを感じられない。
「鷲宮はいつも教室で食べてんの?」
「うん。ここ、窓際だから景色もいいし。三島くんは?」
「俺は屋上」
「屋上? あそこ入れるんだ?」
「めっちゃデカイガラスの壁があって登れないようになってるから行ける。最初は上級生ばっかいたけど、いつからか急に人が居なくなってさ。だから、今なら行きやすいんじゃね?」
「あー……」
三島くんは何気なく言ったつもりかもしれないが、上級生がいなくなったのは間違いなく三島くんが原因だ。彼の見た目が怖いからに他ならない。
客観的事実を伝えて、いたずらに彼を悲しませるのも気が引けて、俺は口を噤んだ。
「……そっか。じゃあ、今度行ってみるよ」
今日は生憎の雨だ。雨に濡れるから、三島くんも教室で弁当を広げていたのだろう。
こうして彼と会話をしてみると、見た目に反してとても話しやすかった。
「三島くんって、案外話しやすいんだね」
「……は?」
ストレートに感想を零せば、一拍置いて三島くんが聞き返す。
こちらの言い方が悪かったというべきか、失礼だったというべきか。
失言したことに気付いて、俺は慌てて話を切り上げた。
「あっ、いや、ごめん、何でもないよ!」
「……あっそ」
三島くんがそっぽを向く。
本格的に怒らせてしまったかもしれない。案外話しやすいなどと、そんなことを言うべきではなかった。見た目は話しかけづらいと言ってるのと同じだ。
こういう無神経なところが、つくづく自分でも嫌になる。
でもまぁ、ヤンキーと友だちになったとて、好奇の目で見られるだけだろうし、釣り合っていないことは明白なので、これでいい。
俺は、お昼ごはんを食べ終えて本格的に寝る姿勢を取った三島くんを見ながら、そんなことを思った。
ヤンキーくんは見た目がヤンキーなだけで、俺が見ている限り、授業をサボったりだとか、喧嘩をしたりだとか、そういった"如何にも"な不良っぽいことはしていない。
ただ、怖いだけ。金髪でピアスが開いているのと、制服を着崩しているせいで近寄りがたいだけ。
おまけにちょっと強面だから、みんな三島くんに近付きたくても近付けない。声も低めだし、凄まれたら脱兎のごとく一目散に逃げてしまいそう……。
そういうヤンキーのテンプレートみたいな人が、俺の隣に座っていた。大きな体を窮屈そうに丸めて座っているだけなのに、彼の眉間にはいつも皺が寄っている。
また、三島くんにはこんな噂もある。
中学の頃は他校のヤンキーをボコボコにしたとか、実は総長だったとか、黒い噂が後を絶たないのだ。両耳に開いたピアスの数はボコした学校の数だとも言われていて、勲章のために穴を開けているという嘘か本当か分からない話まである。
そんなヤンキーこと三島夜鷹くんは、珍しく机の中をゴソゴソとあさっていた。
「チッ……どこいった……」
授業が始まって三分。三島くんはいまだ教科書を開くことなく、机の奥に手を突っ込んではノートやプリントなどを引っ張り出している。
今は数学の授業。だが、出てくるのは国語の教科書や英語の教科書……と違うものばかりだった。どうやら数学の教科書を忘れて困っているようだ。
「…………」
三島くんが鋭い目つきをさらに鋭くさせて、右隣の男子生徒を凝視する。教科書を貸してくれ、という無言の圧を送っているのだろうが、右隣の生徒はふいっとそっぽを向いてしまった。
気持ちはちょっと分かる。出来ればヤンキーと関わりたくないのは俺とて同じ。
でも、だからといって無視するのは可哀想だなぁ、と憐れんでいると、三島くんがこちらに振り返った。バチッと効果音付きで目が合ったような気がして、彼から目を逸らせない。
「……なぁ、鷲宮。教科書、見せてくんね?」
「ヒィ……!」
声を掛けられると分かっていても、喉から悲鳴じみた声が出る。
俺の過剰すぎる反応を見て、三島くんが首を傾げた。
「ご、ごめん。急に声を掛けられてびっくりしちゃって……。いいよ。机、くっつけるね……」
なるべく物音を立てないよう、ゆっくりと机をスライドさせる。てっきり彼は動かないまま、ただ黙って机がくっつくのを見ているだけかと思ったら、あろうことか三島くんの方からも机をスライドさせてくれた。
ただ、机をくっつけたのはいいものの、こんな真横でド金髪&ピアスだらけの耳を見ることになるとは思わず、背中に嫌な緊張が走る。
普通に生きていれば、俺みたいな平々凡々な男子高校とヤンキーが交わることはない。そう自覚しているからこそ、気持ちの悪い緊張と恐怖に駆られてしまう。
俺は恐る恐る該当のページを開くと、教科書を真ん中に置いた。
「サンキュー」
三島くんがいつもの仏頂面を崩して笑顔を浮かべる。
不覚にもちょっとときめいた。今の笑顔だけを見れば好青年だ。
髪型と格好がヤンキー度合いを底上げしているだけで、三島くんの顔自体は整っている方だと男の俺から見ても思う。眉間に皺を寄せる癖さえなければ、実はただのイケメンなのかもしれない。
――もしかしたら、三島くんと仲良くなれるかも。
そんな淡い期待が一瞬脳裏に浮かんで、すぐに過ぎた願いだと打ち消した。
なんて言ったって、俺もかなりのコミュ障だ。人見知りが激しく、人と仲良くなるまでに時間がかかる。
三島くんとて、俺みたいな奴なんかと友だちにはなりたくないだろう。少なくとも地味で、友だちがあまりいない俺なんかとは。
「……なに?」
横で板書を取っていた三島くんと目が合う。どうやら無意識のうちにヤンキーくんのことを見つめすぎてしまったようだ。
俺は慌てて何度もないと誤魔化すと、前を向いて板書を取り始めた。
◇◇◇
数学の授業が終わると、三島くんは俺に向かって律儀に頭を下げてきた。
「さっきはありがとな」
「ううん、気にしないで。本当に大したことしてないから……。だから、顔を上げてくれると助かる……かな」
さっきの「サンキュー」で終わると思っていたから、改めてしっかりとお礼を言われるとは思ってもみなかった。
三島くんと俺の絡みが珍しいのか、クラスメイトたちの視線が左頬に突き刺さる。
俺みたいなのと仲良くしていると思われるのはヤンキーくんにとっても嫌だろうし……と、俺は早々に会話を切り上げることにした。
「じゃあ、俺はお昼買ってくるから……」
今はちょうど昼休みだ。体よく彼から離れられる口実を見つけられたことに安堵しながら席を立つ。
三島くんは「おう」と短い返事を零した。これ以上、彼もこちらと会話をするつもりはないようで、鞄から大きな弁当箱を取り出している。
俺はそそくさと教室を出ると、真っ直ぐ購買を目指した。
俺が通う公立緑桜高校は、このあたりでも比較的新しい学校だ。
私立ほどではないものの、学食や購買などが充実しており、数年前には校舎も綺麗に建て替えられた。部活動も盛んで、偏差値もそこそこ高い、文武両道の高校だ。
市内にはそれこそ三島くんのようなヤンキーっぽい見た目をした生徒たちが通う高校もあるのだが、そこへは通わずこちらに来たということは、三島くんもそれなりに勉強ができるのだろう。
三島くんは真面目に授業を受けているようだから、案外成績がいいのかもな、と勝手に想像していると、廊下に見知った後ろ姿を見つけた。だけど、その周りには知らない生徒たちもいる。
「…………」
俺は声を掛けるか掛けないか迷って、結局素通りすることにした。
友人の友人は友だちになれないタイプだ。なるべく気付かれないよう静かに通ったつもりだったが、その気遣いも虚しく、声を掛けられた。
「ヒロじゃん! 久しぶり!」
「タカちゃん……」
幼馴染である吉永孝晃、通称タカちゃんはこちらを見るなり肩を組んできた。
「吉永、そいつ友だち?」
「うん、そう。俺の幼馴染なんだけど、クラス離れちゃってさー。なぁ、ヒロも一緒に学食行く?」
「いや……。俺はいいかな……」
「そ? じゃあ、また今度!」
「うん」
あぁ、サイアクだ……。こういうとき、素直に行くって言えたらいいのに。
こういう意気地のなさが、友だちを増やせない原因だ。この引っ込み思案な性格のせいで、俺はまだ入学してから一人も友だちが出来ていない。
一方の孝晃は俺とは違い、性格も明るく、社交的なヤツだった。案の定というべきか、既に孝晃はたくさんの友だちに囲まれている。
もし孝晃と同じクラスだったら、俺もその輪の中に入り、うまく馴染めただろう。孝晃は幼馴染を見捨てるような薄情なヤツではないし、俺の歪んだ性格もよく分かっているから、時間をかけてみんなと繋いでくれるはずだ。
だが、そんな幼馴染であり大親友の孝晃とはクラスが離れてしまった。
それも俺が一組で、孝晃が八組。
体育の合同授業でも一緒になれず、選択授業でも一緒にはなれない。というのも、体育は前から順番に二クラスずつで行われており、選択授業は一組から四組までが合同になっている。おまけに孝晃以外にできた中学の友だちはみんな違う高校で、文字通り俺だけがひとりぼっちになってしまった。
「なんだかなぁ……」
友だちはできないし、隣の席にはヤンキーがいるし……。
【鷲宮】の場合、出席番号的に俺が一番最後になるため、隣には三島くんしかいない。さらに不運なことに、目の前と斜め前は女子二人で、どう考えても友だちの輪が広がらなかった。
俺はため息をつきながら余り物のパンをいくつか買って教室に戻る。すると、三島くんがまだ席に座っていた。
いつも昼になると弁当を持って教室を出るから珍しい。まぁ、だからと言って、話しかけることはないけれど。
無言で椅子に座り、手に抱えていたパンを机に置いていると、あろうことか三島くんから声を掛けられた。
「お前、いっつもパンなの?」
「…………」
「それだけじゃ、腹に溜まんなくね?」
「……えっ?」
まさか話を振られるとは思わず、反応が少し遅れる。
三島くんはもうほとんど弁当の中身を平らげていた。大きな弁当が二段。きっとおかずもご飯もたくさん詰められていただろうに、ほぼ彼の胃の中に入ったみたいだ。
「パンだけだと、食った気しねぇじゃん」
「そうかな? 俺はこれぐらいでちょうどいいけど……」
ハム、チーズ、レタスを挟んだサンドイッチとメロンパン。
それだけあれば放課後まで持つ。それに部活はまだ入っていないから、授業が終われば直帰できた。
運動部であれば確実に足りない量だろうが、残り数時間授業を受けて帰るだけであれば問題ない。そもそも俺はそこまで食べる方でもない。
「三島くんはいっぱい食べるんだね……」
「あー、まぁ、親が加減忘れて作りすぎるから」
「そうなんだ」
「俺、姉貴がいてさ。でも春に東京の大学に行っちまって家出たから、なーんかそれ忘れて作りすぎちまうんだと」
「へぇ……」
買ったばかりのサンドイッチを口に入れながら相槌を打つ。彼にお姉さんがいるのは意外だった。
「鷲宮はいつもパン?」
「いや、今日だけだよ。朝、ご飯炊き忘れちゃったって」
「それは災難だったな」
「でも、たまーにパンもいいかも。ちょっと新鮮だし、親も楽できるだろうし……」
「確かに」
三島くんは最後の一口を綺麗に食べきると、丁寧に弁当箱をしまった。その手つきから粗暴さを感じられない。
「鷲宮はいつも教室で食べてんの?」
「うん。ここ、窓際だから景色もいいし。三島くんは?」
「俺は屋上」
「屋上? あそこ入れるんだ?」
「めっちゃデカイガラスの壁があって登れないようになってるから行ける。最初は上級生ばっかいたけど、いつからか急に人が居なくなってさ。だから、今なら行きやすいんじゃね?」
「あー……」
三島くんは何気なく言ったつもりかもしれないが、上級生がいなくなったのは間違いなく三島くんが原因だ。彼の見た目が怖いからに他ならない。
客観的事実を伝えて、いたずらに彼を悲しませるのも気が引けて、俺は口を噤んだ。
「……そっか。じゃあ、今度行ってみるよ」
今日は生憎の雨だ。雨に濡れるから、三島くんも教室で弁当を広げていたのだろう。
こうして彼と会話をしてみると、見た目に反してとても話しやすかった。
「三島くんって、案外話しやすいんだね」
「……は?」
ストレートに感想を零せば、一拍置いて三島くんが聞き返す。
こちらの言い方が悪かったというべきか、失礼だったというべきか。
失言したことに気付いて、俺は慌てて話を切り上げた。
「あっ、いや、ごめん、何でもないよ!」
「……あっそ」
三島くんがそっぽを向く。
本格的に怒らせてしまったかもしれない。案外話しやすいなどと、そんなことを言うべきではなかった。見た目は話しかけづらいと言ってるのと同じだ。
こういう無神経なところが、つくづく自分でも嫌になる。
でもまぁ、ヤンキーと友だちになったとて、好奇の目で見られるだけだろうし、釣り合っていないことは明白なので、これでいい。
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