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02.嫉妬深い(?)お隣さん
「はよ」
「お、おはよう。三島くん……」
昨日の昼休み、盛大に失敗をこき、そのあと三島くんとは特に会話をしないまま家に帰った。
というのも午後は選択授業で、そのまま掃除場所へ行ってしまったため、三島くんとは会わずじまいだったのだ。
俺は音楽を、三島くんは美術を選択していて、掃除の班も三島くんとは違う。
俺は音楽室からそのまま割り当てられた掃除場所へ向かった。だから必然的に帰りの時間がズレてしまい、三島くんとは顔を合わせる機会がなかった。
そんなわけで、あの気まずい昼休みから一夜明けた今日、きっと彼から話しかけられることはないだろうと踏んでいたのに、あろうことか三島くんの方から俺に挨拶してきた。
「三島くん、早いんだね」
「お前もはえーじゃん」
「あー、俺はいつも幼馴染と一緒に学校来ててさ。そいつ朝練あるから、それに合わせて家を出るとどうしても早くなるんだよね。でも家も近所だし、バラバラで行くのも変な感じで……」
「鷲宮、幼馴染いんの?」
「クラスは違うんだけどね」
「ふーん」
三島くんは興味なさそうに相槌を打つ。
そういえばヤンキーくんには友だちはいないのだろうか、とふと疑問に思った。
自分と同じように、ただ知り合いとクラスが離れただけなのかもしれない。
なんて言ったって、この公立緑桜高校はマンモス校だ。田舎ゆえに生徒数が減り、近隣の高校を寄せ集めて再編成された高校で、クラスが十組まである。そのため、仲が良い生徒と離れてしまうことも往々にしてありうるのだ。
「ねぇ、三島くんって……」
友だち、いないの。
そう聞くのは失礼だと気付いて、口から出る前になんとか思いとどまれた。
「なに?」
「いや、えーっと」
「んだよ、はっきり言え」
「ヒィ……!」
「つか、その怯えんのもやめろ」
ちょっと傷つく……と、小さく呟かれてハッとする。
そうだよな、そうだよ。誰だって怯えられたり、避けられたりしたら傷つくものだ。
自分のことばかりで、そこまで考えられていなかった己を恥じた。
「ごめん……」
「……別に謝ることでもねーけど」
「あー、あのさ、三島くんって中学の頃の友だちとか、ここに通ってないの?」
なるべく穏便に済まそうと話を逸らす。
三島くんもそこまで気にしていないのか、こちらから投げかけた質問に対して考えるそぶりを見せた。
「たぶん顔見知りはいねーと思う。仲良い奴等はみんな北高行ったし」
「そうなんだ……」
北高といえば、ここら辺でも名が知れた不良高だ。男女共学ではあるものの、圧倒的に男子の数が多く、勉強もそこまでではないと聞く。
言ってしまえば、入学試験さえ受ければよっぽどのことがない限り合格すると言われている学校で、過去には校舎の中をバイクが走ったそうだ。それぐらい、校内の治安が悪い。
「三島くんは寂しくないの?」
「たまに連絡取ってるし、寂しいとかはねーけど……。まぁ、常に一緒にいたから、そいつらがいないのは変な感じ……かもしんねぇ」
「分かるなぁ。俺も幼馴染と離れて寂しいし」
寂しいけれど、孝晃の邪魔をしたくないのも事実だ。
孝晃は自分とは違い、昔から友だちがたくさんいる。人と仲良くするのも得意だ。おまけに人気者。
クラスも離れてしまったし、孝晃のクラスに押しかけるのは控えた方がいいのは俺もよく理解している。
だけど孝晃はすごく心配してくれて、隣の席のヤンキーこと三島夜鷹と話したことを登校中に何気なく告げたら「大丈夫? なんかあったら俺が守るから言えよ!」と言ってくれた。
「ま、でも、まだ日も浅いし、これから友だちたくさん作ればいいしね」
友だちがたくさんできる日なんて一生かけても無理そうではあるが、無理やり笑顔を作って気丈に振る舞う。
すると、三島くんの眉間に皺が寄った。頬杖をつき、徐ろに携帯を弄りだす。
「……俺は友だちになれねぇのかよ」
ボソッ、と呟いた言葉が彼の口から出たものだとは思えなくて、俺は、へ? と呆けた顔で三島くんを見た。
「それって、」
どういう意味? と尋ねようとしたときだった。教室の扉が開いて、わらわらと生徒が入ってくる。
タイミング的に第一陣の電車登校組がやってくる時間だ。さっきまでポツポツとしか人がいなかった教室が一気に騒がしくなる。
俺は携帯を弄り始めた三島くんに話しかけるか、話しかけないか悩んで、結局なにも言えないまま同じように頬杖をついて窓の外に視線を向けた。
◇◇◇
待ちに待った昼休み。今日は昨日とは違い、弁当箱を持たされていた。
三島くんも授業が終わると、早速とばかりにスクールバッグから弁当の包みを取り出す。
いつもならすぐに席を立ち、教室から出ていくのに、今日はいつまで経っても椅子に座ったままだった。晴れているから屋上に行けそうなものなのに。
「今日は屋上、行かないの?」
「……気分じゃねぇ」
「そっか」
俺には常に行き場がない。学食は学食を利用する生徒でいっぱいだから、弁当持参組は少々座りづらく、他にあるベンチも人気の箇所は埋まっている。
つまり、今日もぼっち飯確定だ。朝、まだ日も浅いし、これから友だちたくさん作ればいいしね、と彼に言い切った自分が恥ずかしい。友だちがいっぱいできるどころか、このままではずっとひとりぼっちだ。
そんな自分のことを心の中で呆れながらも保冷バッグから弁当を取り出していると、廊下から「ヒロー!」と名前を呼ばれた。
「タカちゃん!?」
幼馴染の孝晃が廊下の外で手を振っていた。驚いて、思わず弁当箱を取り出そうとしていた手が止まる。
だが、それ以上に何故か三島くんの方がビクッと肩を跳ね上げていた。もしかしたら、自分の声が大きかったのかもしれない。
「よかった。ヒロいて」
「急にどうしたの?」
「いやさ、たまにはヒロと一緒に飯食おうかなって思って」
そんなことを話しながら孝晃が教室に入ってくる。顔が広い孝晃は、一組のクラスメイトたちともそれなりに交流しているのか、教室の隅から「孝晃じゃーん!」と声を掛けられていた。さすが人気者は違う。
「もしかして、もう約束とかあった?」
孝晃がチラリと三島くんを見る。三島くんはガンを飛ばす勢いで孝晃のことを見ていた。心なしか、小さな火花が散っているようにも思う。
「いや、特には、」
ないよ。というよりも早く、三島くんがチッと舌を打った。
「おい、鷲宮。俺と食う約束だっただろ」
「へ!?」
「そーなの? ヒロ」
「えっと、俺は……」
三島くんとご飯を食べる約束はしていないはずだ。だけど三島くんは弁当箱を持つと、同時に俺の手も掴んだ。
「行こうぜ」
「えっ、ちょ、……ごめん、タカちゃん! また今度……!」
ほとんど三島くんに引っ張られる形で教室を出る。
隣にはド派手な髪をした金髪ヤンキー。片や俺は友だちのいない平々凡々な地味男。
釣り合いが取れていないのは明白だった。
「三島くん」
「……」
「三島くん!!」
「ンだよ」
三島くんにじろりと睨まれる。三島くんは背も高いから、見下されるとかなりの圧があった。
「あの、腕……掴んだまま……」
「ワリィ!!」
バッと勢いよく手を離される。三島くんはバツが悪そうにポリポリと頬をかいた。
「ごめん、思わず連れて来ちまった……」
「ううん。いいよ。それにタカちゃんとは、いつも朝話してるし」
「そのタカちゃん、ってやつ……」
三島くんが言いづらいそうに言葉を区切る。
何か気に障ることでもあっただろうか。
三島くんは難しい顔をしたまま、俺のことをじっと見つめた。
「なに、かな?」
「いや、何でもねぇ」
目を逸らされる。三島くんは、あーとかうーとか意味の為さない言葉を発したのち、手にしていた弁当を掲げた。
「どうせなら屋上、行かね?」
「いいね。せっかくここまで来たんだし」
それにいい加減、早くこの場を去らないと人目を集めてしまう。ただでさえヤンキーくんの見た目は目立つのだ。一方の俺は地味な見た目をしている。三島くんが少しでも凄むとカツアゲをしてるように見えなくもないし、ただ立っているだけでも親分と舎弟にしか見えないだろう。変な噂を立てられる前に移動したほうがいい。
「俺、屋上行くの楽しみだなぁ。行ったことないし」
「そこそこ景色いいぜ。でも、風強い」
「そうなんだ。飛ばされないようにしないと」
一階から三階まで階段を上り、さらに廊下の端っこまで進んで屋上へと続く階段を目指す。
入学当初、屋上とそこへ続く階段は上級生のたまり場だから行かないほうがいいと言われていたそこは、ものの見事に誰もいなかった。
きっと、三島くんの見た目に慄いた上級生たちが自然と寄り付かなくなったのだろう。
俺たちは、特に好奇の目にさらされることなく屋上にたどり着いた。
「わぁ! すっごい!」
屋上へと続くドアを開けた瞬間、強い風に煽られた。人は誰もおらず、だだっ広い空間が続いている。ベンチなどもあり、昼休憩にはぴったりの場所だった。転落防止のために設置されたガラス壁は頭上よりも高く、また足を引っ掛けるような場所もないため、間違っても登れなさそうである。
「本当に景色いいね」
「だろ? 俺のお気に入り」
二人でベンチに腰掛け、弁当を広げる。
相変わらず、三島くんの弁当箱は俺の弁当箱より大きかった。二倍はあるかもしれない。
大きな弁当箱に詰まっていたおにぎりを、これまた大きな口で頬張ろうとする三島くんと目が合った。
「……あ? なに?」
「いや。大きい弁当箱だなって。もしかして、運動系の部活入ってる?」
「いや、入ってねぇけど鷲宮は?」
「俺も入ってない。確か、五月中には希望を出さないと……なんだっけ」
もう四月末だ。まだ見学期間ではあるが、ほとんどの生徒が入る部活を決めている。
孝晃は中学からサッカー部だ。迷わずサッカー部に入部届を出していた。ヒロもやんない? と孝晃に誘われたが、さすがに高校から入れるほど甘くはないことを知っている。
高校の部活は中学からの持ち上がりで、大体経験者がそのまま同じ部活に入部する。いくらクラスで友だちができなくて寂しいからといって、孝晃と同じ部活に行くわけにはいかなかった。
「三島くんは何か入る予定なの?」
「いや、なんも」
「でも、最初は何処かに所属しないと……じゃなかったっけ?」
文武両道の高校と謳っているだけあり、新入生は何処かの部活に入る決まりとなっている。一度入ってさえしまえば、あとは抜けてもよいそうだが、そのルールに俺はいま絶賛頭を悩ませていた。
「突っぱねてりゃ、そのうち教師も諦めんだろ」
「あ、はは……三島くんらしいね……」
さすがに俺にはそこまでの度胸がない。ちなみに候補は決めてあって、他に入るものがなければそこに入るつもりだ。
「鷲宮は入んの?」
「うーん。俺は最初だけはちゃんと入ろうかなって。でもそのあとは抜けちゃうかも……だけど」
そう言ったら、三島くんがものすごい形相でこちらを見た。
「な、なに?」
「……しえろ」
「へ?」
「どの部活入んのか教えろ」
ほとんど命令口調で言われて、ヒッ、と喉が引き攣る。やっぱりまだ、彼の凄味には慣れない。
「えっと、天文部……とかいいかなって……」
「天文?」
「うん。天文に関する勉強とか、天体観測とかするって……。勉強にもなるしいいかなぁ、と……」
天文部はその名の通り天文学に関する知識を深める部活である。
とはいえ、進学校あるあると言うべきか。強豪と言われている運動部やコンクールにも出ている吹奏楽部であれば練習も厳しいが、それ以外の文化部は比較的ゆるく活動していた。
そのため天文部も毎日の活動はなく、普段はほぼ帰宅部なのだそうだ。夏になると合宿などもあるそうだが、ここのところは部員数も少ないため実施はないらしい。新入部員が入ったら是非とも合宿がしたいと、見学に行った際、顧問に言われた。
「いいな、それ」
「三島くんも入る?」
ヤンキーと天体観測。まったくもって似合わないけれど、案外真面目に星を観測しそうだ。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「え、ニヤニヤしてる?」
「おう」
ニヤけていた自覚はないが、ヤンキーと天体観測が思いの外、想像してみると面白くて、無意識に笑っていたかもしれない。
俺は頬を引き締めると、弁当の端っこにあった唐揚げを箸でつまんだ。
「お、おはよう。三島くん……」
昨日の昼休み、盛大に失敗をこき、そのあと三島くんとは特に会話をしないまま家に帰った。
というのも午後は選択授業で、そのまま掃除場所へ行ってしまったため、三島くんとは会わずじまいだったのだ。
俺は音楽を、三島くんは美術を選択していて、掃除の班も三島くんとは違う。
俺は音楽室からそのまま割り当てられた掃除場所へ向かった。だから必然的に帰りの時間がズレてしまい、三島くんとは顔を合わせる機会がなかった。
そんなわけで、あの気まずい昼休みから一夜明けた今日、きっと彼から話しかけられることはないだろうと踏んでいたのに、あろうことか三島くんの方から俺に挨拶してきた。
「三島くん、早いんだね」
「お前もはえーじゃん」
「あー、俺はいつも幼馴染と一緒に学校来ててさ。そいつ朝練あるから、それに合わせて家を出るとどうしても早くなるんだよね。でも家も近所だし、バラバラで行くのも変な感じで……」
「鷲宮、幼馴染いんの?」
「クラスは違うんだけどね」
「ふーん」
三島くんは興味なさそうに相槌を打つ。
そういえばヤンキーくんには友だちはいないのだろうか、とふと疑問に思った。
自分と同じように、ただ知り合いとクラスが離れただけなのかもしれない。
なんて言ったって、この公立緑桜高校はマンモス校だ。田舎ゆえに生徒数が減り、近隣の高校を寄せ集めて再編成された高校で、クラスが十組まである。そのため、仲が良い生徒と離れてしまうことも往々にしてありうるのだ。
「ねぇ、三島くんって……」
友だち、いないの。
そう聞くのは失礼だと気付いて、口から出る前になんとか思いとどまれた。
「なに?」
「いや、えーっと」
「んだよ、はっきり言え」
「ヒィ……!」
「つか、その怯えんのもやめろ」
ちょっと傷つく……と、小さく呟かれてハッとする。
そうだよな、そうだよ。誰だって怯えられたり、避けられたりしたら傷つくものだ。
自分のことばかりで、そこまで考えられていなかった己を恥じた。
「ごめん……」
「……別に謝ることでもねーけど」
「あー、あのさ、三島くんって中学の頃の友だちとか、ここに通ってないの?」
なるべく穏便に済まそうと話を逸らす。
三島くんもそこまで気にしていないのか、こちらから投げかけた質問に対して考えるそぶりを見せた。
「たぶん顔見知りはいねーと思う。仲良い奴等はみんな北高行ったし」
「そうなんだ……」
北高といえば、ここら辺でも名が知れた不良高だ。男女共学ではあるものの、圧倒的に男子の数が多く、勉強もそこまでではないと聞く。
言ってしまえば、入学試験さえ受ければよっぽどのことがない限り合格すると言われている学校で、過去には校舎の中をバイクが走ったそうだ。それぐらい、校内の治安が悪い。
「三島くんは寂しくないの?」
「たまに連絡取ってるし、寂しいとかはねーけど……。まぁ、常に一緒にいたから、そいつらがいないのは変な感じ……かもしんねぇ」
「分かるなぁ。俺も幼馴染と離れて寂しいし」
寂しいけれど、孝晃の邪魔をしたくないのも事実だ。
孝晃は自分とは違い、昔から友だちがたくさんいる。人と仲良くするのも得意だ。おまけに人気者。
クラスも離れてしまったし、孝晃のクラスに押しかけるのは控えた方がいいのは俺もよく理解している。
だけど孝晃はすごく心配してくれて、隣の席のヤンキーこと三島夜鷹と話したことを登校中に何気なく告げたら「大丈夫? なんかあったら俺が守るから言えよ!」と言ってくれた。
「ま、でも、まだ日も浅いし、これから友だちたくさん作ればいいしね」
友だちがたくさんできる日なんて一生かけても無理そうではあるが、無理やり笑顔を作って気丈に振る舞う。
すると、三島くんの眉間に皺が寄った。頬杖をつき、徐ろに携帯を弄りだす。
「……俺は友だちになれねぇのかよ」
ボソッ、と呟いた言葉が彼の口から出たものだとは思えなくて、俺は、へ? と呆けた顔で三島くんを見た。
「それって、」
どういう意味? と尋ねようとしたときだった。教室の扉が開いて、わらわらと生徒が入ってくる。
タイミング的に第一陣の電車登校組がやってくる時間だ。さっきまでポツポツとしか人がいなかった教室が一気に騒がしくなる。
俺は携帯を弄り始めた三島くんに話しかけるか、話しかけないか悩んで、結局なにも言えないまま同じように頬杖をついて窓の外に視線を向けた。
◇◇◇
待ちに待った昼休み。今日は昨日とは違い、弁当箱を持たされていた。
三島くんも授業が終わると、早速とばかりにスクールバッグから弁当の包みを取り出す。
いつもならすぐに席を立ち、教室から出ていくのに、今日はいつまで経っても椅子に座ったままだった。晴れているから屋上に行けそうなものなのに。
「今日は屋上、行かないの?」
「……気分じゃねぇ」
「そっか」
俺には常に行き場がない。学食は学食を利用する生徒でいっぱいだから、弁当持参組は少々座りづらく、他にあるベンチも人気の箇所は埋まっている。
つまり、今日もぼっち飯確定だ。朝、まだ日も浅いし、これから友だちたくさん作ればいいしね、と彼に言い切った自分が恥ずかしい。友だちがいっぱいできるどころか、このままではずっとひとりぼっちだ。
そんな自分のことを心の中で呆れながらも保冷バッグから弁当を取り出していると、廊下から「ヒロー!」と名前を呼ばれた。
「タカちゃん!?」
幼馴染の孝晃が廊下の外で手を振っていた。驚いて、思わず弁当箱を取り出そうとしていた手が止まる。
だが、それ以上に何故か三島くんの方がビクッと肩を跳ね上げていた。もしかしたら、自分の声が大きかったのかもしれない。
「よかった。ヒロいて」
「急にどうしたの?」
「いやさ、たまにはヒロと一緒に飯食おうかなって思って」
そんなことを話しながら孝晃が教室に入ってくる。顔が広い孝晃は、一組のクラスメイトたちともそれなりに交流しているのか、教室の隅から「孝晃じゃーん!」と声を掛けられていた。さすが人気者は違う。
「もしかして、もう約束とかあった?」
孝晃がチラリと三島くんを見る。三島くんはガンを飛ばす勢いで孝晃のことを見ていた。心なしか、小さな火花が散っているようにも思う。
「いや、特には、」
ないよ。というよりも早く、三島くんがチッと舌を打った。
「おい、鷲宮。俺と食う約束だっただろ」
「へ!?」
「そーなの? ヒロ」
「えっと、俺は……」
三島くんとご飯を食べる約束はしていないはずだ。だけど三島くんは弁当箱を持つと、同時に俺の手も掴んだ。
「行こうぜ」
「えっ、ちょ、……ごめん、タカちゃん! また今度……!」
ほとんど三島くんに引っ張られる形で教室を出る。
隣にはド派手な髪をした金髪ヤンキー。片や俺は友だちのいない平々凡々な地味男。
釣り合いが取れていないのは明白だった。
「三島くん」
「……」
「三島くん!!」
「ンだよ」
三島くんにじろりと睨まれる。三島くんは背も高いから、見下されるとかなりの圧があった。
「あの、腕……掴んだまま……」
「ワリィ!!」
バッと勢いよく手を離される。三島くんはバツが悪そうにポリポリと頬をかいた。
「ごめん、思わず連れて来ちまった……」
「ううん。いいよ。それにタカちゃんとは、いつも朝話してるし」
「そのタカちゃん、ってやつ……」
三島くんが言いづらいそうに言葉を区切る。
何か気に障ることでもあっただろうか。
三島くんは難しい顔をしたまま、俺のことをじっと見つめた。
「なに、かな?」
「いや、何でもねぇ」
目を逸らされる。三島くんは、あーとかうーとか意味の為さない言葉を発したのち、手にしていた弁当を掲げた。
「どうせなら屋上、行かね?」
「いいね。せっかくここまで来たんだし」
それにいい加減、早くこの場を去らないと人目を集めてしまう。ただでさえヤンキーくんの見た目は目立つのだ。一方の俺は地味な見た目をしている。三島くんが少しでも凄むとカツアゲをしてるように見えなくもないし、ただ立っているだけでも親分と舎弟にしか見えないだろう。変な噂を立てられる前に移動したほうがいい。
「俺、屋上行くの楽しみだなぁ。行ったことないし」
「そこそこ景色いいぜ。でも、風強い」
「そうなんだ。飛ばされないようにしないと」
一階から三階まで階段を上り、さらに廊下の端っこまで進んで屋上へと続く階段を目指す。
入学当初、屋上とそこへ続く階段は上級生のたまり場だから行かないほうがいいと言われていたそこは、ものの見事に誰もいなかった。
きっと、三島くんの見た目に慄いた上級生たちが自然と寄り付かなくなったのだろう。
俺たちは、特に好奇の目にさらされることなく屋上にたどり着いた。
「わぁ! すっごい!」
屋上へと続くドアを開けた瞬間、強い風に煽られた。人は誰もおらず、だだっ広い空間が続いている。ベンチなどもあり、昼休憩にはぴったりの場所だった。転落防止のために設置されたガラス壁は頭上よりも高く、また足を引っ掛けるような場所もないため、間違っても登れなさそうである。
「本当に景色いいね」
「だろ? 俺のお気に入り」
二人でベンチに腰掛け、弁当を広げる。
相変わらず、三島くんの弁当箱は俺の弁当箱より大きかった。二倍はあるかもしれない。
大きな弁当箱に詰まっていたおにぎりを、これまた大きな口で頬張ろうとする三島くんと目が合った。
「……あ? なに?」
「いや。大きい弁当箱だなって。もしかして、運動系の部活入ってる?」
「いや、入ってねぇけど鷲宮は?」
「俺も入ってない。確か、五月中には希望を出さないと……なんだっけ」
もう四月末だ。まだ見学期間ではあるが、ほとんどの生徒が入る部活を決めている。
孝晃は中学からサッカー部だ。迷わずサッカー部に入部届を出していた。ヒロもやんない? と孝晃に誘われたが、さすがに高校から入れるほど甘くはないことを知っている。
高校の部活は中学からの持ち上がりで、大体経験者がそのまま同じ部活に入部する。いくらクラスで友だちができなくて寂しいからといって、孝晃と同じ部活に行くわけにはいかなかった。
「三島くんは何か入る予定なの?」
「いや、なんも」
「でも、最初は何処かに所属しないと……じゃなかったっけ?」
文武両道の高校と謳っているだけあり、新入生は何処かの部活に入る決まりとなっている。一度入ってさえしまえば、あとは抜けてもよいそうだが、そのルールに俺はいま絶賛頭を悩ませていた。
「突っぱねてりゃ、そのうち教師も諦めんだろ」
「あ、はは……三島くんらしいね……」
さすがに俺にはそこまでの度胸がない。ちなみに候補は決めてあって、他に入るものがなければそこに入るつもりだ。
「鷲宮は入んの?」
「うーん。俺は最初だけはちゃんと入ろうかなって。でもそのあとは抜けちゃうかも……だけど」
そう言ったら、三島くんがものすごい形相でこちらを見た。
「な、なに?」
「……しえろ」
「へ?」
「どの部活入んのか教えろ」
ほとんど命令口調で言われて、ヒッ、と喉が引き攣る。やっぱりまだ、彼の凄味には慣れない。
「えっと、天文部……とかいいかなって……」
「天文?」
「うん。天文に関する勉強とか、天体観測とかするって……。勉強にもなるしいいかなぁ、と……」
天文部はその名の通り天文学に関する知識を深める部活である。
とはいえ、進学校あるあると言うべきか。強豪と言われている運動部やコンクールにも出ている吹奏楽部であれば練習も厳しいが、それ以外の文化部は比較的ゆるく活動していた。
そのため天文部も毎日の活動はなく、普段はほぼ帰宅部なのだそうだ。夏になると合宿などもあるそうだが、ここのところは部員数も少ないため実施はないらしい。新入部員が入ったら是非とも合宿がしたいと、見学に行った際、顧問に言われた。
「いいな、それ」
「三島くんも入る?」
ヤンキーと天体観測。まったくもって似合わないけれど、案外真面目に星を観測しそうだ。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「え、ニヤニヤしてる?」
「おう」
ニヤけていた自覚はないが、ヤンキーと天体観測が思いの外、想像してみると面白くて、無意識に笑っていたかもしれない。
俺は頬を引き締めると、弁当の端っこにあった唐揚げを箸でつまんだ。
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不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。