【完結】君とは友だちになれない

夜見星来

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17.星が流れる、気持ちも零れる

 午後九時半、俺たちはエントラスの前に集まっていた。みんな防寒対策はしっかりしてきたようで、昼間の装いとは違い、薄手のジャケットなどを着込んでいる。
 日野先生と部長は機材を抱えていた。それらを一年男子たちで再度振り分け、荷物を抱える。さすがに先輩たちに持たせられないと率先して荷物を受け取ったのは六堂と三島くんだった。体育会系かつ上下関係がきっちりしている社会の中で生きてきた二人というべきか。こういうところはしっかりしている。

「展望台まで舗装された道を歩いていくが、足元には気を付けて。ここから十五分ぐらいだ」

 日野先生を先頭に、展望台へと続く道を歩いていく。舗装されているとはいっても行き先は展望台なので、ほとんど階段続きだった。体感的には十五分をゆうに超えて歩いている気がする。
 風呂上がりで身体が温かいこと、また防寒対策をしっかりしていることもあり、じわりと汗が滲みそうな暑さを感じた。

「もうすでに星が綺麗だよな」

 六堂が空を見上げる。
 宿の露天風呂からでも十分にたくさんの星が見えた。どこを切り取っても、空には満天の星だ。これ以上の贅沢はないように思えるが、望遠鏡で見るとまた違うのだという。

「やーっとついた……!」

 階段を上りきった先には展望台があった。開けたスペースには四阿があり、展望施設も一応あるものの無人だ。かなり簡素な作りになっており、階段を上がると望遠鏡などを広げるためのスペースがあった。

「一旦、ここに荷物を行こう」

 日野先生の指示で、四阿に各々荷物を置く。必要なものだけを持って展望台にも登るそうだが、一度に全員で上がるとスペースが狭くなるため、準備が出来次第みんなを呼ぶとのことだった。

「このエリアからあまり遠くへは行かないようにね。奥の方にはトイレや自販機もあるよ。あと、逆側に降りる階段からは街が一望できます」

 副部長からあたり一帯の案内を受け、あとは思い思いに天体観測をすることになった。
 日野先生と部長は早速機材を持って展望台へ向かっている。あとで俺も行くことにして、ひとまず今は肉眼で星を楽しむことにした。

「俺、いいもの持ってきたんだ」

 じゃーん! と効果音付きで六堂がリュックの中から本を取り出す。天体観測の入門書と星座の本だった。

「いいね、それ」
「だろ? この本で確認しながら星を見たら、より分かるかなって」
「うんうん。勉強熱心でいいねぇ!」

 副部長が六堂を褒める。副部長も本を持ってきたらしく、寄せ集めたら結構な数になった。

「六堂くん、借りていってもいい?」
「どーぞー」
「俺もあとで借りていい?」
「もちろん!」

 各々本を持ち、散らばって天体観測を行う。
 俺はより星が綺麗に見えそうな開けた場所に陣取った。そのまま直接地面に座ろうとしたら、三島くんに待ったをかけられた。

「これ敷け」

 用意周到と言うべきか、出来すぎた兄と言うべきか、三島くんが大きなレジャーシートを広げる。下は草むらだし、そのまま寝転んでも問題はないが、確かにレジャーシートがあったほうがよさそうだ。

「ありがとう」
「ん」

 三島くんと共に並んで座り空を見上げる。どこを見ても星が瞬いていて、そのまま後ろに倒れ込んだら、眼前に星が迫ってくるような気がした。このまま俺の身体ごと星空に溶けてしまいそうだ。

「綺麗だねぇ」
「そーだな」
「こうやって星見るの初めてかも。なにがなんだか分からないけど」
「それな。あとで本見ねェと」

 何も分からない分、勝手に腕を伸ばして、適当に星を線で繋げる。ありもしない星座を作り出しては、花に見えなくもない、パンに見えなくもない、と好き勝手に名前をつけた。

「夜鷹くん、さっきから食べ物ばっかり」
「お前もだろ」
「そうだけど、クロワッサンって……」
「センスなくて悪かったな」

 二人で顔を見合わせてクスクス笑う。すると、展望台の方から声がした。

「おーい、誰かー! ちょっと手伝ってくれ!」

 日野先生の声だ。ここからだと俺たちが近い。二人で立ち上がるも、三島くんに大丈夫だと制された。

「人、あんま入れないって言ってたし俺行くわ」
「でも……」
「必要だったら声かける」
「……うん」

 三島くんが返事をして展望台の階段を上がっていく。
 どうせなら一緒に行きたかったなぁ、と残念に思いつつ、またシートの上に寝転んだ。すると、星空を遮るように六堂の顔が視界いっぱいに飛び込んできた。

「うわぁ!」
「あのさ、悠人どこか知らない?」
「坂木……?」
「そう。飲み物買ってくるって言ってから戻ってこなくてさ……。自販機の方も行ったけどいねーし……」
「トイレとか?」
「だったらすぐ戻ってくんだろ……」

 六堂の顔に影が落ちる。俺は身体を起こすと、とりあえず六堂をシートの上に座らせた。

「そう遠くへは行ってないと思うけど、一緒に探しに行こうか?」
「いいの?」
「もちろん。俺も心配だし」
「……サンキュー」

 六堂と共に立ち上がり、四阿や展望台、広場に視線を向ける。目視で確認する限り、この辺りにはいなさそうだ。となれば、やはり自販機かトイレの方向になる。

「自販機とトイレにはいなかったんだよね?」
「あぁ、いなかった。けど、もしかしたら見落としたかもしんねぇ」

 再度、確認しようと自販機とトイレの方まで足を伸ばして見て回る。だが、期待も虚しく、坂木の姿はなかった。

「アイツ、どこいっちまったんだろ……。さすがにホテルに戻ったってことはないだろうし……」
「連絡はしてみた?」
「メッセージ送ったけど、既読になんねぇ」
「そっか」

 そうなるとお手上げだ。二人でうんうん唸りながら歩いていると、草木の陰に隠れて立つ、古い木製の看板を見つけた。そこには、街が見渡せる展望エリアと書かれている。

「ねぇ、六堂。もしかしたら階段を降りた先にある展望エリアじゃない? 街が一望できるって言ってた……」
「そうかも!」

 六堂の顔がパァッと明るくなる。来た道とは逆にある階段を二人で降りていくと、開けた展望エリアに坂木の後ろ姿を見つけた。だが、そこには他にも人がいる。

「ヒロ」

 後ろから手を握られる。振り向けば、六堂が青い顔でふるふると首を振った。
 ここからでは話し声は聞こえない。でも、この状況だ。どんな話が繰り広げられているのか、察することはできる。
 俺たちは展望エリアにあった自販機やベンチの陰に隠れるように身を潜めた。

「……あれ、伊吹さん、だよね」
「だな」
「伊吹さん、坂木のことが好きだったんだ」
「言ったろ。あの二人は元々悠人狙いって。たぶん、伊吹さんが悠人狙いで、深瀬さんがそのアシストって感じじゃね? ほら、一人だと部活に入りづらいし」

 六堂がぽつぽつと声をひそめて話す。三角座りをし、顔を伏せているから表情こそ分からないものの、涙まじりの声をしていた。

「アイツさぁ、女子たちが俺のこと狙いで来たんじゃねぇかとか言ってたけど、んなわけねーっての。俺のこと鈍いってバカにするけどさ、俺だって自分に向けられている感情の種類ぐらい理解できるわ」

 確かにバーベキューのとき、坂木が言っていた。六堂は鈍い男だと。でもこれだと、坂木の方が鈍いことになる。

「アイツ、昔からモテるんだよな。俺はどっちかって言うとその仲介役って感じで……」
「意外。お前の方がモテそうなのに」
「あー……まぁ、悠人を紹介してくれって流れで実際俺だったこともあるにはあるけど……。でも、ほとんどが悠人目当てだよ。アイツ、モテるくせにあまり人と交流しないタイプだからさ。俺を通せば、みんな近付けるって思ってんの。でも……」

 六堂の声がさらに震える。今、ここで背中を撫でようものなら、彼の感情が決壊しそうだった。

「こっちがどんな気持ちで、アイツのこと紹介してるか、みんな知らねぇんだよな」
「六堂……」
「悠人から離れたい。けど、離れらんねぇ。近くにいたい。でも、苦しくなるときある」

 きっと、六堂は坂木に対して並々ならぬ感情を抱えている。その気持ちには覚えがあった。
 一緒にいると楽しくて、もっと傍にいたいのに、離れたくなる瞬間もある。泣きたくなったり、苦しくなったり、嬉しくなったり、楽しくなったり、気持ちが忙しなく浮き沈みする感覚を、俺はよく知っている。友だちに向けるにしては、あまりにも重すぎる感情であるということを、俺はよく知っている。

「……俺さ、悠人のことが、好き」
「へ……!?」
「そんな驚くことかよ……。ここまで言やぁ、もうバレてると思ったわ」

 六堂がやっと顔を上げて笑う。鼻が少し擦れたのか赤かった。

「あ~~吐き出したらスッキリした! 帰るか。もう悠人たちもいないみたいだし」
「本当だ……」

 どうやら、俺たちがコソコソと話し込んでいるうちに二人は何処かへ行ってしまったらしい。戻るかと六堂に促され、俺は生返事をした。黙って先を歩いていく六堂の後ろをついていく。

「……さっきから、お前、静かすぎねぇ?」

 階段を上がっていく途中、くるりと六堂が振り返った。

「ごめん、重たい話しすぎた? それとも友だち相手に……って引いた?」
「いや、そうじゃない、んだけど……。ただ……」

 ずっと胸がモヤモヤしていた。それに答えが出たのだ。
 六堂が坂木に向ける感情が好きって気持ちなのだとしたら、俺が三島くんに向ける感情も同じ好きだ。そう自覚したら、余計に心臓のあたりがきゅうっと締め付けられた。

「六堂の好きって、友だちとかじゃくて、もっと違う意味だよね」
「は? そこから? 当たり前だろ。俺はアイツの傍にいたい。アイツに触りたい」
「さわっ!?」
「好きなんだから、そう思って当然だろ」
「そう……だよね」

 俺は三島くんに触りたいのだろうか。いやでも、触れられるのは嫌じゃない。恥ずかしいけれど、もっと、という気持ちも湧く。

「てかさぁ、お前等はどうなわけ?」
「どう、って?」
「……いや、いーわ。変に首突っ込まんとこ」

 あっさりと突き放されて、俺は首を傾げる。どういうことなのか六堂に食い下がろうとしたが、広場に戻ってきたら、走ってくる三島くんに突進された。

「紘! 探しただろーが!」
「ご、ごめん……。六堂と一緒にいて……」
「悪いな。おたくのヒロを取っちゃって」
「テメェ、そのうちぶん殴るぞ」
「やめて! 俺の顔に傷がついちゃう」
「くねくね動くな!」

 ギャンギャン騒いでいると、坂木もやってくる。
 告白の行く末は分からないものの、どうやら特に変化はないようだ。六堂の方は落ち着きなく、視線を彷徨わせているが。
 ここはなんとなく二人にしてあげた方がいいような気もして、俺は三島くんの腕をつついた。

「……夜鷹くん。一緒に展望台行こうよ」
「お、おう」
「ヒロ、俺たちも行く!」
「ダーメ。四人で行ったらいっぱいになっちゃうだろ」
「お前等はあとな」

 三島くんが悪い顔で笑って、俺の手を強く引っ張る。つられて駆け出したはいいものの、心臓が痛いぐらいに五月蝿かった。
 三島くんのことが好きだと気付いてしまったからだ。
 さっきまでの比じゃない。きっと俺はとっくの昔に三島くんのことが好きだったんだ。だから、三島くんに触れられるたびドキドキした。けれど、今はもっともっと緊張している。
 自ら天体観測をしようと誘ったくせに、俺はもう後悔していた。

「望遠鏡で星見るとすっごいんだぜ」
「そ、そう……」

 階段を上がり、設置された望遠鏡の前に座る。
 部員たちは誰もいなかった。三島くんと二人きりだ。
 どうしよう、口から心臓が出そうだ。頬も熱いし、呼吸も速くなる。

「紘、もっとこっち来いよ」
「……うん」
「ここ、覗いて」

 あぁ、もう、近いってば! なんて言えず、口をモゴモゴさせる。
 三島くんに促されるまま望遠鏡を覗いたら、肉眼で見る時よりもはっきりと、そしてより近く星が瞬いているのが見えた。見間違えかもしれないが、一瞬、視界の端で星が流れる。

「な? 綺麗だろ」
「そうだね」
「次、俺にも見せて」
「……もうちょっとだけ、見てもいい?」

 本当はもう、夜空に浮かぶ星をひとつひとつ見つめるような余裕なんてない。だけど、俺は容易に左横を振り向けない。

 だっていま隣を向いたら、俺は衝動のままに、彼に好きだと言ってしまいそうだから。


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