【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん

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第2章

第17話 あの日のこと

 数日が経った。

 写真のセレクトが終わり、レイアウト作業に入っている。
 デザイナーと何度も打ち合わせながら、細かい修正の繰り返し。
 地味だけど、大事な工程だ。

 朝倉は相変わらず、真面目に仕事をこなしていた。
 私が指示を出せば、的確に動く。
 わからないことがあれば、すぐに質問してくる。
 
 一緒に仕事をすることに、少しずつ慣れてきた。
 最初の頃のような緊張感は薄れ、今では連帯感もでてきている。

 それが、いいことなのかどうか。
 自分でも、わからなかった。



 撮影から約一週間。木曜日の昼休み。

 宮本に誘われて、近くのカフェでランチを取っていた。

「真帆さん、最近どうですか?」
「どうって?」
「朝倉さんとのこと」

 また、その話か。
 宮本は、あの日以来、定期的に私の様子を探ってくる。
 心配してくれているのはわかるけど、正直、しんどい。

「普通だよ。企画も順調に進んでるし」
「そうじゃなくて」
「仕事以外に何もないでしょ」

 宮本が、じっと私を見る。

「本当ですか?」
「本当」
「……真帆さん、嘘つくの、本当に下手ですね」

 返す言葉がなかった。

「別に嘘じゃないよ。仕事以外の話は、してないし」
「話してないだけで、考えてはいるんでしょ」

 はい。その通り。図星です。
 この子は本当に痛いところを突いてくる。

 考えている。毎日、考えている。
 朝倉のこと。五年前のこと。自分の気持ち。
 考えすぎて、ここ最近、眠りが浅い。

「ちょっと、だけどね」
「ちょっと?」
「かなり……」

 正直に言うと、宮本が苦笑した。

「で、何を考えてるんですか」
「別れた時のこと」

 自分でも意外なくらい、すんなり口に出た。
 宮本が、少し驚いた顔をする。

「五年前のことを思い出してる。どうして別れたのか」
「……何かわかりました?」
「わからない。でも、昔とは、朝倉の見え方が、違う……?」

 何かが違う。
 うまく説明できないけど、そんな感覚があった。

 その何かがずっと胸の奥に引っかかっていた。



 五年前の別れ。
 私はずっと、朝倉が悪いと思っていた。

 私が頑張っている時に、水を差した。
 応援してほしい時に、ブレーキをかけた。
 仕事を否定された。理解してもらえなかった。

 だから、一緒にいられなくなった?

 本当に、朝倉は私を否定していた?
 仕事の邪魔をしようとしていた?

 思い出すのは、あの日の会話だ。

「もっと休んだ方がいい」
「身体を壊す」
「心配してる」

 朝倉は、そう言っていた。
 それを私は、「仕事をするな」と受け取った。
 「頑張るな」と言われている気がした。

 でも、言葉通りに考えてみると……

 朝倉は、純粋に私のことを心配していただけなんじゃないだろうか。

 毎日終電まで働いて、土日も仕事して、食事もろくに取らない。
 そんな恋人を見て、心配するのは当然だ。
 『邪魔されてる』と感じた私の方が、おかしかったんじゃないか。

 最近の朝倉を見ていると、そう思えてくる。
 撮影の時、私が疲れていないか気にかけていた。
 休憩中、さりげなく飲み物を差し出してくれた。

 五年前と同じだ。朝倉は昔から、そういう人だった。
 私が、それを受け取れなかっただけ。
  
 ……そう、思い始めていた。



 カフェを出て、会社に戻る。
 宮本と並んで歩きながら、ぽつりと零れた。

「私さ、五年前、朝倉のこと誤解してたのかもしれない」
「……誤解?」

「朝倉は私のことを心配してただけで。
 否定されてると思い込んで、勝手に傷ついて、勝手に怒って」

 言葉にすると、自分の愚かさが浮き彫りになる。
 なんて子供だったんだろう。自分勝手だったんだろう。

「当時は、余裕がなかったんですよ。社会人二年目でしょ?
 必死だったんじゃないですか?」

「それは、そうだけど」
「自分を責めすぎない方がいいですよ。若かったんだから」

 宮本の言葉に、少しだけ救われた。
 でも、それで許されるわけじゃない。
 朝倉を傷つけたことは、事実なんだから。

「朝倉さんに、伝えたんですか? そのこと」
「……伝えてない」
「伝えた方がいいんじゃないですか?」
「何を?」
「誤解してたって。本当は、心配してくれてたんでしょ?って、今はわかるって」

 それを伝えて、どうなるんだろう。
 朝倉は許してくれるだろうか。それとも、今さらだと怒るだろうか。

「……考えとく」
「出た。また、それ」

 宮本が呆れたように言った。

「真帆さん、『考えとく』って言う時、大体やらないですからね」
「……うるさいな」
「図星でしょ? わかってるんですからね」

 反論できなかった。



 午後、デザイナーとの打ち合わせ。
 レイアウトの最終確認。朝倉も同席している。

 画面を見ながら、細かい修正点を指摘する。
 文字の大きさ、写真の配置、余白のバランス。
 デザイナーがその場で修正し、確認を取る。

 私は角度を変えながら、レイアウトのバランスを見る。

「ここの写真、もう少し大きくできますか」
「この余白を詰めれば、いけますね」
「お願いします」

 作業が進む。朝倉が横でメモを取っている。

「朝倉さん、何か気になるところある?」

 ふと聞いてみた。
 朝倉が少し考えて、言った。

「……このキャプション、もう少し短くできませんか? 文字が詰まって見えるので」
「どこ?」
「ここです。三行あるところを、二行に」

 指摘された箇所を見る。
 確かに、文字が多い。もう少し削れば、すっきりする。

「そうね。いい指摘だね。直そう」

 朝倉が、少し嬉しそうな顔をした。
 意見を聞いてもらえた、そんな表情を浮かべている。

 五年前、私は朝倉の意見を聞いていただろうか。
 一方的に自分の話ばかりして……
 朝倉の話を聞く余裕がなかったんじゃないだろうか。

 そう思うと、また胸が痛んだ。
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