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第2章
第17話 あの日のこと
数日が経った。
写真のセレクトが終わり、レイアウト作業に入っている。
デザイナーと何度も打ち合わせながら、細かい修正の繰り返し。
地味だけど、大事な工程だ。
朝倉は相変わらず、真面目に仕事をこなしていた。
私が指示を出せば、的確に動く。
わからないことがあれば、すぐに質問してくる。
一緒に仕事をすることに、少しずつ慣れてきた。
最初の頃のような緊張感は薄れ、今では連帯感もでてきている。
それが、いいことなのかどうか。
自分でも、わからなかった。
◇
撮影から約一週間。木曜日の昼休み。
宮本に誘われて、近くのカフェでランチを取っていた。
「真帆さん、最近どうですか?」
「どうって?」
「朝倉さんとのこと」
また、その話か。
宮本は、あの日以来、定期的に私の様子を探ってくる。
心配してくれているのはわかるけど、正直、しんどい。
「普通だよ。企画も順調に進んでるし」
「そうじゃなくて」
「仕事以外に何もないでしょ」
宮本が、じっと私を見る。
「本当ですか?」
「本当」
「……真帆さん、嘘つくの、本当に下手ですね」
返す言葉がなかった。
「別に嘘じゃないよ。仕事以外の話は、してないし」
「話してないだけで、考えてはいるんでしょ」
はい。その通り。図星です。
この子は本当に痛いところを突いてくる。
考えている。毎日、考えている。
朝倉のこと。五年前のこと。自分の気持ち。
考えすぎて、ここ最近、眠りが浅い。
「ちょっと、だけどね」
「ちょっと?」
「かなり……」
正直に言うと、宮本が苦笑した。
「で、何を考えてるんですか」
「別れた時のこと」
自分でも意外なくらい、すんなり口に出た。
宮本が、少し驚いた顔をする。
「五年前のことを思い出してる。どうして別れたのか」
「……何かわかりました?」
「わからない。でも、昔とは、朝倉の見え方が、違う……?」
何かが違う。
うまく説明できないけど、そんな感覚があった。
その何かがずっと胸の奥に引っかかっていた。
◇
五年前の別れ。
私はずっと、朝倉が悪いと思っていた。
私が頑張っている時に、水を差した。
応援してほしい時に、ブレーキをかけた。
仕事を否定された。理解してもらえなかった。
だから、一緒にいられなくなった?
本当に、朝倉は私を否定していた?
仕事の邪魔をしようとしていた?
思い出すのは、あの日の会話だ。
「もっと休んだ方がいい」
「身体を壊す」
「心配してる」
朝倉は、そう言っていた。
それを私は、「仕事をするな」と受け取った。
「頑張るな」と言われている気がした。
でも、言葉通りに考えてみると……
朝倉は、純粋に私のことを心配していただけなんじゃないだろうか。
毎日終電まで働いて、土日も仕事して、食事もろくに取らない。
そんな恋人を見て、心配するのは当然だ。
『邪魔されてる』と感じた私の方が、おかしかったんじゃないか。
最近の朝倉を見ていると、そう思えてくる。
撮影の時、私が疲れていないか気にかけていた。
休憩中、さりげなく飲み物を差し出してくれた。
五年前と同じだ。朝倉は昔から、そういう人だった。
私が、それを受け取れなかっただけ。
……そう、思い始めていた。
◇
カフェを出て、会社に戻る。
宮本と並んで歩きながら、ぽつりと零れた。
「私さ、五年前、朝倉のこと誤解してたのかもしれない」
「……誤解?」
「朝倉は私のことを心配してただけで。
否定されてると思い込んで、勝手に傷ついて、勝手に怒って」
言葉にすると、自分の愚かさが浮き彫りになる。
なんて子供だったんだろう。自分勝手だったんだろう。
「当時は、余裕がなかったんですよ。社会人二年目でしょ?
必死だったんじゃないですか?」
「それは、そうだけど」
「自分を責めすぎない方がいいですよ。若かったんだから」
宮本の言葉に、少しだけ救われた。
でも、それで許されるわけじゃない。
朝倉を傷つけたことは、事実なんだから。
「朝倉さんに、伝えたんですか? そのこと」
「……伝えてない」
「伝えた方がいいんじゃないですか?」
「何を?」
「誤解してたって。本当は、心配してくれてたんでしょ?って、今はわかるって」
それを伝えて、どうなるんだろう。
朝倉は許してくれるだろうか。それとも、今さらだと怒るだろうか。
「……考えとく」
「出た。また、それ」
宮本が呆れたように言った。
「真帆さん、『考えとく』って言う時、大体やらないですからね」
「……うるさいな」
「図星でしょ? わかってるんですからね」
反論できなかった。
◇
午後、デザイナーとの打ち合わせ。
レイアウトの最終確認。朝倉も同席している。
画面を見ながら、細かい修正点を指摘する。
文字の大きさ、写真の配置、余白のバランス。
デザイナーがその場で修正し、確認を取る。
私は角度を変えながら、レイアウトのバランスを見る。
「ここの写真、もう少し大きくできますか」
「この余白を詰めれば、いけますね」
「お願いします」
作業が進む。朝倉が横でメモを取っている。
「朝倉さん、何か気になるところある?」
ふと聞いてみた。
朝倉が少し考えて、言った。
「……このキャプション、もう少し短くできませんか? 文字が詰まって見えるので」
「どこ?」
「ここです。三行あるところを、二行に」
指摘された箇所を見る。
確かに、文字が多い。もう少し削れば、すっきりする。
「そうね。いい指摘だね。直そう」
朝倉が、少し嬉しそうな顔をした。
意見を聞いてもらえた、そんな表情を浮かべている。
五年前、私は朝倉の意見を聞いていただろうか。
一方的に自分の話ばかりして……
朝倉の話を聞く余裕がなかったんじゃないだろうか。
そう思うと、また胸が痛んだ。
写真のセレクトが終わり、レイアウト作業に入っている。
デザイナーと何度も打ち合わせながら、細かい修正の繰り返し。
地味だけど、大事な工程だ。
朝倉は相変わらず、真面目に仕事をこなしていた。
私が指示を出せば、的確に動く。
わからないことがあれば、すぐに質問してくる。
一緒に仕事をすることに、少しずつ慣れてきた。
最初の頃のような緊張感は薄れ、今では連帯感もでてきている。
それが、いいことなのかどうか。
自分でも、わからなかった。
◇
撮影から約一週間。木曜日の昼休み。
宮本に誘われて、近くのカフェでランチを取っていた。
「真帆さん、最近どうですか?」
「どうって?」
「朝倉さんとのこと」
また、その話か。
宮本は、あの日以来、定期的に私の様子を探ってくる。
心配してくれているのはわかるけど、正直、しんどい。
「普通だよ。企画も順調に進んでるし」
「そうじゃなくて」
「仕事以外に何もないでしょ」
宮本が、じっと私を見る。
「本当ですか?」
「本当」
「……真帆さん、嘘つくの、本当に下手ですね」
返す言葉がなかった。
「別に嘘じゃないよ。仕事以外の話は、してないし」
「話してないだけで、考えてはいるんでしょ」
はい。その通り。図星です。
この子は本当に痛いところを突いてくる。
考えている。毎日、考えている。
朝倉のこと。五年前のこと。自分の気持ち。
考えすぎて、ここ最近、眠りが浅い。
「ちょっと、だけどね」
「ちょっと?」
「かなり……」
正直に言うと、宮本が苦笑した。
「で、何を考えてるんですか」
「別れた時のこと」
自分でも意外なくらい、すんなり口に出た。
宮本が、少し驚いた顔をする。
「五年前のことを思い出してる。どうして別れたのか」
「……何かわかりました?」
「わからない。でも、昔とは、朝倉の見え方が、違う……?」
何かが違う。
うまく説明できないけど、そんな感覚があった。
その何かがずっと胸の奥に引っかかっていた。
◇
五年前の別れ。
私はずっと、朝倉が悪いと思っていた。
私が頑張っている時に、水を差した。
応援してほしい時に、ブレーキをかけた。
仕事を否定された。理解してもらえなかった。
だから、一緒にいられなくなった?
本当に、朝倉は私を否定していた?
仕事の邪魔をしようとしていた?
思い出すのは、あの日の会話だ。
「もっと休んだ方がいい」
「身体を壊す」
「心配してる」
朝倉は、そう言っていた。
それを私は、「仕事をするな」と受け取った。
「頑張るな」と言われている気がした。
でも、言葉通りに考えてみると……
朝倉は、純粋に私のことを心配していただけなんじゃないだろうか。
毎日終電まで働いて、土日も仕事して、食事もろくに取らない。
そんな恋人を見て、心配するのは当然だ。
『邪魔されてる』と感じた私の方が、おかしかったんじゃないか。
最近の朝倉を見ていると、そう思えてくる。
撮影の時、私が疲れていないか気にかけていた。
休憩中、さりげなく飲み物を差し出してくれた。
五年前と同じだ。朝倉は昔から、そういう人だった。
私が、それを受け取れなかっただけ。
……そう、思い始めていた。
◇
カフェを出て、会社に戻る。
宮本と並んで歩きながら、ぽつりと零れた。
「私さ、五年前、朝倉のこと誤解してたのかもしれない」
「……誤解?」
「朝倉は私のことを心配してただけで。
否定されてると思い込んで、勝手に傷ついて、勝手に怒って」
言葉にすると、自分の愚かさが浮き彫りになる。
なんて子供だったんだろう。自分勝手だったんだろう。
「当時は、余裕がなかったんですよ。社会人二年目でしょ?
必死だったんじゃないですか?」
「それは、そうだけど」
「自分を責めすぎない方がいいですよ。若かったんだから」
宮本の言葉に、少しだけ救われた。
でも、それで許されるわけじゃない。
朝倉を傷つけたことは、事実なんだから。
「朝倉さんに、伝えたんですか? そのこと」
「……伝えてない」
「伝えた方がいいんじゃないですか?」
「何を?」
「誤解してたって。本当は、心配してくれてたんでしょ?って、今はわかるって」
それを伝えて、どうなるんだろう。
朝倉は許してくれるだろうか。それとも、今さらだと怒るだろうか。
「……考えとく」
「出た。また、それ」
宮本が呆れたように言った。
「真帆さん、『考えとく』って言う時、大体やらないですからね」
「……うるさいな」
「図星でしょ? わかってるんですからね」
反論できなかった。
◇
午後、デザイナーとの打ち合わせ。
レイアウトの最終確認。朝倉も同席している。
画面を見ながら、細かい修正点を指摘する。
文字の大きさ、写真の配置、余白のバランス。
デザイナーがその場で修正し、確認を取る。
私は角度を変えながら、レイアウトのバランスを見る。
「ここの写真、もう少し大きくできますか」
「この余白を詰めれば、いけますね」
「お願いします」
作業が進む。朝倉が横でメモを取っている。
「朝倉さん、何か気になるところある?」
ふと聞いてみた。
朝倉が少し考えて、言った。
「……このキャプション、もう少し短くできませんか? 文字が詰まって見えるので」
「どこ?」
「ここです。三行あるところを、二行に」
指摘された箇所を見る。
確かに、文字が多い。もう少し削れば、すっきりする。
「そうね。いい指摘だね。直そう」
朝倉が、少し嬉しそうな顔をした。
意見を聞いてもらえた、そんな表情を浮かべている。
五年前、私は朝倉の意見を聞いていただろうか。
一方的に自分の話ばかりして……
朝倉の話を聞く余裕がなかったんじゃないだろうか。
そう思うと、また胸が痛んだ。
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