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41話 目隠し
しおりを挟むどうやら今夜、母は彼氏とディナーの約束があるらしい。
話が終ると早々にカフェを出て、フユメは母と別れた。
時間を確認してからカイリの部屋に真っすぐ帰るのは止めて、フユメは会社の方へ行くことにした。
<この時間なら、まだヒロキさんが会社にいるかも知れない… 僕が無事にカイリさんと結婚して番になれたら、また会えるけど… でも、お世話になったヒロキさんには、直接会ってアルバイトを辞めることを報告したいから…>
カイリを受け入れた身体の奥に、まだジワジワと痛みを感じていたが、我慢出来ないほどでは無く… 電車一駅分の距離を、フユメは会社までてくてくと歩く。
<ヒロキさんは僕の義兄になる人だしね! 妊娠中のヒロキさんを置いて、急に辞めることになったのが、すごく心苦しいし…>
仕事を教えてくれたのも嬉しかったが、ヒロキは先輩オメガ男性として、フユメの細々とした相談に、嫌な顔もせず誠実に助言をくれた。
だからフユメも誠実に謝罪したかったのだ。
<そう言えば… ヒロキさんも、僕みたいなモヤモヤ気分を抱えたりしたことあるのかな?>
そう思いながら、ヒロキの夫センリの溺愛熱々ぶりを思い出し…
何となくうらやましくてハァ―――ッ… と大きなため息をつく。
会社につくと出入り口に近い席につくヒロキの姿を見つけ、フユメは間に合ったと微笑んだ。
「ヒロキさん! あ… あの、急に休んですみません!」
発情期とはいえ… フユメは予告もなしにアルバイトを一週間も、休んでしまったことを最初に謝った。
「ああ… 朝日君! 発情期だからしかたないよ、こういうのはお互い様だから気にしないでよ」
苦笑を浮かべたヒロキは、大丈夫だよと… フユメの腕をトントン… とたたいた。
「ありがとうございます! あの、それとアルバイトを辞めることになって…」
「その話なら、今朝カイリさんに聞いたよ、残念だけど仕方ないね… でも、結婚したら朝日君は復帰すると聞いたけど?」
「はい、そのつもりです!」
「そうか、良かった… しばらく寂しくなるけど、我慢するよ」
ヒロキ以外にも、何人か世話になった人に挨拶を済ませて、フユメはなにげなく社長室を見ると…
いつもならガラス張りで室内が見えるようになっているのに、珍しく目隠しのブラインドが下りていた。
社長室の中からブラインドを下ろしたのだから、主である社長のカイリがそこにいるのは確かだが…
<何で下ろしてるの?>
フユメが首を捻っていると…
ふわふわと不快なアルファのフェロモンを感じ取り、眉間にしわを寄せたままくるりと辺りを見回した。
斜め後ろから平沢が、フユメのもとに歩いて来た。
「社長室… こっちから見えないように、ブラインドを下ろしたりしてさぁ…お前も変だと思うだろう? 中で何してるんだろうな社長?」
フユメが社長室を見ていたことを知っていて、平沢はわざと不安を煽った。
「平沢さん… 元の会社に戻ったと聞いたけど?」
<この人… まだ、ここにいたの? カイリさんは元の会社に戻すと言っていたのに>
仕事とともに… アルファの平沢にも少しずつ慣れて来たフユメは、最初の頃のようにビクビク怯えたりしないで… 自分の不快感を隠さず、平沢に嫌味っぽく言った。
「今週いっぱいで、こっちの仕事は終りだよ… それよりさっき社長の奥さんが、社長室に入って行ったけど… これって復縁する気じゃないか?」
平沢は嫌な笑みを浮かべた。
「奥さん?」
平沢が投げたエサに、フユメはうっかり食いついてしまう。
「残念だったなお前… まぁ、社長がお前みたいな平凡なオメガを、相手にするとは、思えないけどな」
ふと… フユメの脳裏に、母の言葉が過ぎった。
『カイリさんは自分に何も疚しいところが無いから、フユメの前で誤解が無いよう、堂々と会っていたのではないかしら? その“元”奥さんと』
<カイリさん… なぜ隠しているの? 見られると困るから?>
フユメの中のモヤモヤが、真っ黒に変わりうごめき始めた。
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