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30話 伯爵と公爵
しおりを挟む険悪な雰囲気のなかで、レウニールとにらみあっていたセルビシオ伯爵が、ハッ… と息をのみ、つぶやいた。
「アナリシス公爵…?!」
「・・・っ?!」
ドクンッ…! とアユダルの心臓がはねた。
アナリシス公爵…? レウニール様が、あのアナリシス公爵様?!
社交界デビューをひかえた令息、令嬢たちが貴族の家名を記憶するために、必ず読まされる貴族名鑑。
その貴族名鑑を開き最初のページにあるのが王家で、次に記載されている家名がアナリシス公爵家である。
インテルメディオ王国の5つある公爵家の中でも、もっとも王家と関わりの深い筆頭公爵家で、現王の妹である王女殿下を先代アナリシス公爵が娶り、兄レウニールと弟ホビアルの、アルファの兄弟が誕生した。
だが先代アナリシス公爵は、若い頃に患った熱病のせいで、虚弱体質となり早逝したため、長男のレウニールは16歳という若さで、学園で学びながら公爵位を継承する。
同じ貴族でも、下級貴族出身のアユダルとレウニールとでは… まさに天と地ほどの身分差があった。
「やっと私の顔を、思い出してくれたか? 確かに私は貴公が白騎士団の入団試験に失敗した後すぐに、隠遁生活をおくるようになってしまったから… 社交界で顔を合わせたことは無いが、さすがに騎士として剣を交えた相手の顔を、簡単に忘れるのはどうかと思うぞ?」
レウニールは意地の悪そうな笑みを浮かべる。
入団試験のさい、レウニールは入団希望者全員と、剣技を確認するための試合をした。
そのうちの1人だったセルビシオ伯爵の、傲慢な態度が気に入らず、圧倒的な強さで徹底的に打ち負かしたのだ。
「そ… それは… 失礼した!」
自分がレウニールに負けた時のことを思い出したのか、セルビシオ伯爵は頬を赤らめ視線をそらす。
「・・・・・・」
セルビシオ伯爵の剣を持つ手が、密かに震えている… よほど屈辱を感じているのだろう…?! ざまぁみろ、卑怯な悪漢め!!
下から見上げるアユダルには、うつむくセルビシオ伯爵の表情が観察でき、心の中で悪態をついた。
それと同時に、レウニールが脇に下ろした手から、ポタッ… ポタッ… と床に血がしたたり落ちるのが気になり、アユダルはすぐにでも治癒魔法で傷を治したい衝動にかられたが… 騎士同士の話が終わるまで、グッ… と我慢する。
「さてとセルビシオ伯爵、世間話はこれぐらいにして、そろそろ貴公の賠償金について話し合おうか!」
「賠償金ですと?! なぜ私がそのような話を、あなたとしなくてはいけないのですか?!」
相手が公爵と知ったセルビシオ伯爵は、少し前の卑怯な悪漢から別人のように変わり、貴族らしい丁寧な口調でレウニールに答える。
「当然のことだろう? たとえ平民が経営する娼館内のことでも、上位貴族としてあるまじき行為を貴公はしたのだから、この騒ぎの責任は取らなければならないぞ!」
「なっ! たかが男娼相手に…!」
カッ… と腹を立てるセルビシオ伯爵に… レウニールはフンッ! と面倒そうに鼻を鳴らした。
「なるほど! それがセルビシオ伯爵の考えか? ならば黒騎士団の騎士団長殿にこのことを報告しても、貴公はなんら恥じることは無いと、胸を張って騎士団長と対面できるのだな? 私はそう受け取ってもよろしいか?!」
「そ、それは! どうかご容赦を!!」
セルビシオ伯爵はあわてて、手に持つ剣を鞘に納めた。
黒騎士団の騎士団長は、強力な力を持つ騎士だからこそ、その手のことに対して、厳しい考え方をする人物であり… レウニールが報告すれば、間違いなくセルビシオ伯爵は黒騎士団をクビになる案件だ。
「ならば男娼たちへの賠償金について、話し合うとしよう!」
獰猛な肉食獣のように、鋭い視線でセルビシオ伯爵をにらみながら、レウニールは笑った。
これ以上、くだらない言い訳は聞きたくないと、強力なアルファの圧力をかけ、セルビシオ伯爵の本能から捩じふせてゆき、怯えさせると… 内心では激怒していても、アナリシス公爵レウニールは笑って見せた。
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