臆病オメガ、唇奪われ愛を知る

22話 マキのフェロモン事情。

　今日はやけにアルファのフェロモンが、鼻に付く日だった。

　オフィスで仕事中、フワフワと何処かから漂って来た、アルファのフェロモンにウッカリ煽られ…
　マキは発情の兆候を身体に感じ、慌てて抑制剤を飲みに来たのだ。

「それにしても、あんな強烈なフェロモン初めて感じたな…　どんだけ生殖能力強いアルファなんだ？！　お願いだから、抑制剤飲んでくれよアルファさんも！！」　

　フェロモンの質も千差万別で、アルファの能力が高ければ高い程…　
　オメガの抵抗力を奪い、心を捕らえてしまう程、拘束力のある強いフェロモンを発する。


　相模と初対面した時の、自分の身体の反応に不安を覚え…
　アルファに会う度、身体が熱くなり性器が勃起するようでは、仕事も落ち着いて出来ないのではないかと、マキは就職前に心配になった。


　いつでも、どこでも、不意のアクシデントは付き物だし、＂備えあれば、憂いなし＂　だと…
　子供の頃から見てもらっている主治医に、オメガ専門医への紹介状を書いて貰い、アルファヘの防御策は無いかと相談しに行った。

『アルファのフェロモンに似せて、作られた合成フェロモン薬を使い、アルファに対して耐性を付けて行く治療があります』

『え？　そんなのあるのですか？！　初めて知った！』

『実は最近わが国でも認可が下りたばかりの薬なのですよ、臨床試験でもなかなか良い結果が出ていますし、この方法だと副作用もほとんどありませんから、まずは2週間試してみましょうね？』

『はい、お願いします！』

　そういうオメガ専門医もアルファ性の医師で、優し気でスゴク有能そうな人だった。

　ちなみに逆バージョンもある。
　アルファがオメガの合成フェロモンを使い、オメガの誘惑フェロモンに耐性を付けるという方法もあるらしい。
（実はこっちの薬の方が、先に開発された）


　おかげで社内で偶然アルファに出会って…
　そのアルファからフェロモンを感じても、性器を勃起させて、マキもフェロモンをまき散らすような、恥かしい状況に陥ったコトは無い。

　問題は、優れたアルファを次々と世に輩出して来た、名門アルファの家系、相模家の会社だから…
　時々、最上階フロアにいる、相模家直系筋の重役アルファたちが、マキが働く平社員フロアに来ては、激ヤバ最強フェロモンを撒き散らす。

　流石にマキも対応できず即、抑制剤を服用し、上司に（マキがオメガと知っている）許可を得て、なるべく物理的距離を保ち、逃げ回るようにする。
　主に資料室へ避難するコトが多い。


　少し前にオフィスで感じた、強いアルファのフェロモンも、恐らく重役の誰かか、そのお友だちのモノだろう。


　マキは甘い缶コーヒーを飲み干すと、空き缶をゴミ箱に入れ…
　目隠し代わりの、大きな観葉植物の陰に置かれたベンチへ移動し、ドスンッ…　と腰を下ろした。

「ハァ―――ッ」

　身体に籠る熱を吐き出すように、マキは大きなため息をつき瞳を閉じる。

＜１５分ダケ…　ああ眠い…　残業続きだから疲れたなぁ…　抑制剤のせいで怠いし…　その後、資料室に籠って、バリバリ仕事しよ＞

　発情期を封じるためには、ソレだけ強い抑制剤を服用する為…
　抑制剤の副作用である、倦怠感や眠気とマキは服用するたび戦うコトになる。



　基本的にマキは仕事が大好きで、オメガの難しい体質さえ無ければ、もっと出世を望めたはずなのが残念だった。