アイツは可愛い毛むくじゃら

KUZUME

文字の大きさ
上 下
17 / 17
日常となっていく非日常

2

しおりを挟む
 相変わらず悲鳴を上げながら昼食の配膳から後片付けまで終えた後、ララはトーマスから差し出された真っ白な封筒を見てきょとんと目を丸くした。

 「え?」
 「ですから、お手紙ですよ。ララさん宛に」
 「誰からですか?伯爵邸ここに私が居る事を知ってる人なんて…ていうか、そもそも私に手紙を出す人なんて居ないの、に…」
 「…」
 「…ちょっと。なんですかその目は。居ますからね!私にも手紙のやり取りをする仲の人の一人や二人!!」
 「…いいんですよ。強がらなくても」
 「だから!居るって!!森の奥で暮らしてましたけど、その、母関係の人とか、仕事の依頼人とか!!」

 いまだ話し終わっていないと喋り続けているララの肩をぽんぽんと二回叩いて訳知り顔で頷いてみせると、手紙をその手の上に置いてトーマスは自身の仕事へと戻って行った。
 トーマスの背中が見えなくなるまで大声でずっと話しかけ続けていたララは、トーマスの背中が完全に見えなくなるとため息をついてからようやく口を閉じた。

 「そりゃ手紙のやり取りは早々しないけど、別に友達がいないとかそういうあれじゃないっていうのに…あれは完っ全に憐れみの目だった…くそ…」

 そして手の中の手紙の封を開けようとして、しかし「あっ!」と声をあげて破りかけていた手を止める。

 「待って!?そもそもここにいきなり連れて来られたけど、家どうなってる!?それこそ何か手紙来てたりするんじゃない!?」

 すっかり放置してしまっている森の奥の我が家を思い出してララは口を押さえる。が、どうせ今すぐに帰れないならもう考えても仕方ないかと思い直して今度こそ破りかけの手紙の封を開けた。

 「……なんだ、お母さんからじゃん。……ん!?お母さんからだ!?!?お母さんからだ!!!」

 裏返した封筒の差出人を二度見して素っ頓狂な声を上げる。
 母からの手紙。あの、母からの手紙。今この色んな意味で恐ろしい伯爵邸で人質兼メイドとして働かされている元凶である、母からの手紙。

 「なになになに!?何が書いてあるの!?もしかして解呪の仕方が分かったのかな!?」

 期待と興奮で鼻息も荒く急いで封筒から便箋を取り出す。思わず握りしめてしまった手紙の端がくしゃりと歪む。どきどきと逸る自分の心臓の音を聴きながら折り畳まれた手紙を開き見慣れた母の筆跡を目で追う──

 『南の王国に来てま~す!ちょっと暑いけど、新鮮な果物がとっても美味しい所よ♡』

 「…???」

 手紙をもう一度折り畳み、そして開ける。

 『南の王国に来てま~す!ちょっと暑いけど、新鮮な果物がとっても美味しい所よ♡』

 「?????」

 白い便箋の上に踊る文字は変わらず、短い一文だけが中央に堂々と綴られている。
 何か魔法でもかけられているのかと、何度か開き直しても、読み返しても文字が変わる事は特になく。往生際悪く10回ほど繰り返したところで遂にララの額に青筋がぴきっと走った。

 「っうがああああああ!!!なんなのこの浮かれた旅の報告は!?あんたは旅じゃなくて自分がやらかした事の責任を取るべく解呪方法を探しに出かけてるんでしょうが!!!」

 ララは屋敷の廊下中に響くほどの大声で怒りの雄叫びをあげた。そして何度も畳んで開いてを繰り返したために既にくたびれていた便箋をグシャグシャに握り潰すとゴミ箱へ投げ捨てる─いや、消しずみにすべく暖炉のある部屋へと向かって駆け出した。
 そんなララの背後で、封筒がひらりと舞う。ララの手から滑り落ちて廊下の隅にひっそりと着地した封筒の口から、ララに気づかれなかった小さなメモが覗く。                                                                                     

 『追伸、満月に気をつけてね♡』
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...