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本編

第六話 人気者は辛いよ!騒動勃発1

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 オリヴィアの不正、婚約破棄について書かれた新聞が発行された日の夜。何事もなく仕事を終え帰宅したオリヴィアはプラット家から送られてきたまま埋もれていた婚約解消申請書を発掘、これに同意署名をし父親であるブラック伯爵にも承諾の押印をして貰うとすぐに使用人に頼んで返送した。その後の両家の婚約解消に伴う話し合いや細々とした手続きは共に両家の弁護士を通して行われ、本人達は顔を合わせる事もなくなんともあっけなくオリヴィアとダンの婚約は解消された。

 それから数日後、悪意のあるヒソヒソ話や無遠慮な視線に晒されつつそれ以外は特段変わりのない日々を過ごしていたオリヴィアのもとに突然騎士数名が押しかけてきた。

 「オリヴィア・ブラック!身柄を拘束する!」
 「!?」

 木剣が打ち合う音と溌剌とした掛け声に満ちていた近衛騎士隊の訓練場に突如響き渡った場違いなその大声に、その場に居た近衛騎士達の動きは止まり瞬く間にざわめきが広がる。

 「私がオリヴィア・ブラックだが、一体何の用だ?」
 「黙れ!貴様に発言権は無い!」
 「黙らない。お前は私の上司でもなし、また私は罪人でもない。そのような命令に従う義務も道理もない」

 動揺を隠しきれない他の近衛騎士達と違い、毅然とした態度で横柄な騎士達に向き合うオリヴィアは、そんな彼女の様子に逆に怯んだ騎士達に強く言い放つ。

 「まずはお前達が私を不当にも拘束しようとしている理由を聞こうか。まさかお前達、理由や根拠、証拠もなしに人を拘束出来るなど思ってないだろうな?私的な感情…例えば嫉妬なんかで優秀な人間を拘束してもいい法など我が国には存在していない」
 「なっ、なにを…!」
 「無礼な!」
 「やはり噂通りの性悪女め…!」

 挑発的なオリヴィアの言葉に、騎士達は兜の下の顔を真っ赤に染める。そして騎士達の内の一人が遂にその腰に差している剣の柄に手を伸ばした時、騒ぎを聞きつけたレインマン第二近衛隊隊長が人垣を割って現れた。

 「っこれは一体何事だ!!!!」

 肺一杯に空気を吸い込んで、空気が割れんばかりに一喝を飛ばす。

 「だ、第二近衛隊長…っ」
 「わ、我々はこの女狐めを拘束しに…」
 「女狐だと!?この俺の部下を愚弄するつもりか!?!?」
 「ヒィッ!い、いえ!決してそんなつもりは…っ!」
 「そもそも、何故近衛騎士隊員でもない者達がここに居るのだ!?名乗れっ!!どこの所属だ貴様ら!!!!」

 冬眠から目覚めた大熊かと思うようなレインマンの熾烈な大声に、それに慣れていない騎士達はすっかりすくみ上がって後ずさる。

 「わっ、我々は第七騎士隊所属の…っ」
 「第七!?階級は!!第七隊長はこの事知ってるのか!?」
 「自分は伍長で…その、隊長は…」
 「私情で勝手に動いているのか貴様は!!!!」
 「で、ですが…そこのめぎっ…!女性騎士に対して、不正疑惑とさるご令嬢への暴行疑惑が…」
 「疑惑だあ!?!?拘束しようってんなら令状持ってきてんだろうなあ!?!?」
 「ヒィィッ!」

 烈火の如く食い気味に言い募るレインマンに、普段彼の扱きに慣れている筈の近衛騎士達も顔を青褪めさせている中、オリヴィアは流石レインマン隊長は規則にのっとり無駄なく状況把握に努めておられる…などと少々明後日な方向に意識を飛ばしていた。
 質問にはっきりと答える事が出来ずしどろもどろになっている騎士の胸ぐらにレインマンがいよいよムキムキゴツゴツの手を伸ばそうかという時、また別の乱入者の声が上がった。

 「一体何の騒ぎだ!!」

 到底レインマンの大声を超えるような大声ではなかったが、その声の持ち主に覚えのある騎士達はすぐに動きを止めた。
 先ほどの比ではないどよめきが訓練場いっぱいに広がる中、いち早く我に返った数名が訓練場入り口付近に居るその人物に向かって恭しく頭を下げる。そしてそれにつられるようにその場に居る全ての騎士が頭を下げると、この国の騎士の最も憧れる嘘偽りのない最上級の実力と実績を誇る第一近衛騎士隊、その隊長を引き連れたサミュエル第三王子が厳しい目を一同に向けた。

 「レインマン第二近衛騎士隊長。これは一体なんの騒ぎだ?」
 「はっ。突然、近衛騎士の訓練場に押しかけ我が部下、ブラックを拘束しようとした第七騎士隊所属の騎士数名に状況を尋ねておりました」
 「近衛騎士を拘束…?それに、第七騎士隊だと…?」
 「でっ、殿下!違います!我々はただ良かれと思い…!」
 「無礼者!誰が貴様の発言を許した!」
 「ヒィッ!!」

 青いどころか顔色を真っ白にした第七騎士隊所属だという騎士がサミュエルの足元に縋りつこうとして、彼の後ろに控えていた第一近衛騎士隊長に剣先を向けられる。
 それを片手を上げるだけで制したサミュエルは、殊更厳しい目を足元の騎士に向ける。

 「近衛騎士を拘束とは穏やかじゃないな。誰の指示だ?勿論令状は持っているだろうな?」
 「そ、それは…っ」
 「第一隊長。この者達を連行し、詳しく取り調べてくれ」
 「畏まりました、殿下」
 「でっ、殿下ぁっ!待って下さい!悪いのはあの女です!!我々は…っ!」
 「暴れるな!大人しくしろ!!」

 ずるずると引き摺られていく騎士を視界にも入れず、サミュエルは頭を下げている近衛騎士達の間を縫って進む。

 「はぁ…オリヴィア」
 「はっ」

 額を押さえてため息を吐くと、サミュエルはオリヴィアの頭を上げさせる。

 「一応、君からも話を聞きたい。レインマン隊長も別室まで共に来てもらえるだろうか?」
 「畏まりました。殿下」
 「勿論です。…他の者は訓練に戻れ!!俺とオリヴィアが抜ける変わりにケインとジョージが訓練の監督をしろ!!!」
 「はいっ!」

 そそくさと蜘蛛の子を散らすように去っていく近衛騎士達を確認してから、サミュエル達はレインマンの案内のもと第一近衛騎士に宛がわれた詰所へと向かった。
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