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第1章 雪解けと嵐

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 最初に銃撃音が響いた日から二週間くらい経っただろうか。喧騒がパタリと止んだ。

「ねぇ、終わったのかな」

 フレアは薬の調合をしながら問いかけた。

「どうだろな。俺が逃げてきた時はまだ真っ只中だったけど」

 ベッドの上から男が答える。逃げ遅れたため、戦渦に巻き込まれ足を怪我している。

「国王が勝っても、王家が滅んでも、この国は終わりだな」

 少々茶化すような声が聞こえる。

「そりゃあんたは商人だからいいけどさぁ」

「ウィラントなら顔が利くから、数人なら移住の手伝いしてやれるよ?」

 彼の隣で寝ていた老人は渋面をつくった。

「ご先祖様たちが、命がけでやってきて天から頂いた土地をそう簡単に捨てても良いわけなかろう……」

「じゃあ、どうすんの? 先祖に申し訳ないからこのままこの土地にしがみついて死ぬの? はんっ。それこそ先祖に申し訳ないだろう」

 あまりの正論に言い返すこともできず、老人はぐぬぬと唸った後、ごろりと体の向きを変えた。
 商人の男がこちらを向いた。消えたはずの過去がカタリと動いた。




   ――☆――


 チリン、チリン。
 診療所の呼び鈴が鳴った。診療所にやってくる人々は勝手に入ってくるので、音が鳴ったきり、開かないドアを不思議に思う。
 
 クレアスもフレアも手が離せない状態なのを察し、近くにいた人が扉を開ける。

「クレアス・ミアル殿の家はこちらでお間違えないでしょうか」

 正装した騎士が立っていた。
 クレアスが王城医だった頃の知り合いだろうかと思っていると目が合った。

「お迎えにあがりました」
 
 騎士は少し目を見開いたのち、フレアに向かって頭を下げた。
 なんで騎士がフレアを? 人違いじゃねぇか? 騎士の様子に部屋の中がざわつく。

「人違いでは? 私はあなたのことを知りませんが……」

「金髪に緑みの碧眼、クレアス・ミアル殿の元で暮らしている十八歳の女性。お間違いないですね。王女ミリアーナ様、一緒に城にお越しいただきますようお願いいたします」

 騎士の放った一言はフレアの日常を切り裂いた。


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