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第2章 暗闇の中の光

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 人を迷わすためかのように何度も何度も角を曲がり、階段を上り下りする。
 普段着だったら特に問題ないのだが、あいにく今日は正装を着ている。硬く詰まった襟は真下を向くことを許さず、重いスカートは足に纏わりつきスムーズに歩くことさえ困難にさせる。
 ジークフリートは普段入ることの出来ない教会の内部に興味があるのだろう。キョロキョロと目を動かしながら歩き、真後ろを歩くミリアーナの様子には気付きもしない。
 階段を降りるのにもたついていると、そっと隣を歩く神官から手が差し伸べられた。気づかいがとても嬉しく、彼に好意に甘えることにした。しかし、本音を言うならば、その配慮は夫となる人から欲しかった。



 方向感覚が無くなるくらい歩いた頃、建物の外へ出た。四方が建物に囲まれているため、風は吹き込まず、セットされた髪が乱されることもない。室内よりは明るいが、四角く切り取られた空は灰色をしている。
 広場の真ん中には大きな樹が一本立っている。
 祖父からわけも分からないまま祝福を受けたときもここに来ているが、これからのことを思うと懐かしさよりも憂鬱さが勝ってしまった。

「ここが目的地なのか? 俺には大して何もないように思えるのだが」

 ジークフリートはあれだけ侵入者を拒むような道を歩いてたどり着いた先がこの広場であることが不思議なのだろう。
 表の礼拝堂や王城の玉座の間のように、分かりやすい権威の象徴なんてものはない。しかし、確かにここがこの国の最重要な場所なのだ。



 みんなの息が整ったころ、始めますとの声がかかり、それぞれ定位置へと移動する。
 大樹の真下に神官長が立ち、彼と向き合うように、ジークフリートと並ぶ。その後ろに、神官たちが並んだ。
 王族の婚約式なのだから、他の国ならたくさんの人々の前で行われるのだろう。しかし、この場には王族と一部の神官しか入れないし、王族はもうミリアーナだけだ。あまりにも少ない証人の前で、婚約式は始まった。



 神官長が祝詞を告げていく。民たちの婚約の時のように、覚悟の確認などされない。王家の婚姻とは、本人の意思などほとんど関係ないのだから。
 祝詞、署名が済んだ後、神官長はミリアーナの名前を呼んだ。
 ミリアーナは自分の出番だと気合いを入れ、一歩前に歩み出た。そして、少し震えた声で詩を紡ぎだした。



 天よ、大空をかける竜よ。
 あなたに会えたことは、この身に起きた最大の奇跡。
 竜よ、栄光の主よ。
 この血が続くかぎり、我らはあなたに仕えよう。
 主よ、慈悲深き方よ。
 あなたの加護が我らにあらんことを、
 ただただお祈り申し上げます。



 初代国王の祈りを間違えることなく、特につまずくことなく唱えることが出来、ほっとする。

「この場に居るもの、主を証人とし、ミリアーナ・グランディアル、ジークフリート・シュルツの婚約は成立したものとする!」

 神官長の言葉が広場に響き渡った。
 若き神官たちが安堵の……喜びの表情を浮かべる中、神官長の顔が耐えるように僅かに歪んでいる。これから起こることを理解して、そのことに心を痛めてくれている人がいる、それだけが救いだった。
 

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