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片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
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つまり話の内容はこうだ。片思いの相手、朝霧くんの偽装彼女になって欲しい。
■
遡ること2時間前ーー私は部長から頼まれた仕事を終え、報告に行くところだった。入社5年目ともなれば会議室への道順も足が覚えており、すれ違う社員も顔馴染み。
「朝霧くん、お疲れ様」
正面から歩いてくる同期の朝霧くんに軽く手を振る。
「ん? あぁ、お疲れ。今日も残業?」
「残業はお互い様でしょ。私はこれを提出して上がり」
「そっか」
「朝霧くんはまだ上がれなそうだね」
そう言うのも彼は沢山の資料を抱えていた。同期の中で抜群の成績を上げる朝霧くんは重要な案件を任せられていると聞く。私みたいに後輩がやり残した仕事を処理する為に残業しないだろう。
「まぁ、日付けが変わる前には帰れるかな」
はは、と乾いた笑いに疲れ気味な笑みを添える。そんな表情を向けられ思わず次の言葉が口をつく。
「私で手伝えることがあれば言ってね」
「え?」
提案に朝霧くんは目を丸くした。所属部署が違えば業務内容も異なる訳だし、いきなり手伝うと申し出られ困らせてしまったか。
「あ、ほら、こう見えて細かい作業は得意なの!」
慌てて補足。すると今度は柔らかく微笑み返される。
「町田の仕事は丁寧でミスが無いって上司が言ってた。何かお願いしたいことがあれば遠慮なく頼むよ。それより早く帰ってプライベートを楽しめ、今日は金曜日だぞ」
やんわり断られた上、帰宅を促されてしまう。
「朝霧くんだってプライベートは大事にするべきなのに」
「俺はいいの、今は仕事に集中したい時期だし。けど町田は違うだろ?」
「え?」
どういう意味? と尋ねようとしたが、ここで朝霧くんの携帯電話が震えた。
「ごめん、母からだ」
「あ、じゃあ、私はこれで」
「うん、お疲れ様。気をつけて帰れよ」
去り際に肩をポンッと叩かれた瞬間、胸が締め付けられる。もう何年も抱えるこの痛みの原因に振り返れば、優しい声音で会話していて。相手は母親と言っていたけれど、もしかして彼女かもしれない。
朝霧くんは社内だけでなく取引先の女性からも好意を寄せられている。私は同期というだけで彼との橋渡しをお願いされ、その都度お断りをしてきた。かくいう私も朝霧くんへ想いを寄せる一人だからだ。
もちろん、朝霧くんにとって自分が同僚でしかないのは承知している。それでも真摯に仕事へ取り組む姿を素敵だと思うし、こうして顔を合わせて他愛のない会話をするのが嬉しい。
廊下の窓ガラスに映り込む自分は我ながら地味で、片思いの相手にアピールする勇気や自信がない。
「あ、明日!? いきなり言われても無理だって!」
会議室に向かおうとした時、朝霧くんの声が響く。なんだかトラブルめいた雰囲気が漂う。心配ではあるものの、むやみに顔を突っ込んではいけない気がして聞こえない振りを決め込むとエレベーターのボタンを押す。
エレベーターの到着を待つ間、朝霧くんの取り乱した声を背中に浴びる。
「い、いや、俺だけの問題じゃないし!」
とか。
「会わせないって訳じゃなくて、順序っていうのがあるだろう!」
など。
一体どんな話をしているのか? 見当もつかないが、何故だか朝霧くんの声がどんどん迫ってくる気がする。
「待って!」
そしてエレベーターの扉が開き乗り込むと、息を切らせた朝霧くんが滑り込んできた。
「ま、町田! 明日、暇?」
いわゆる壁ドンと言われる姿勢で尋ねられる。あまりの勢いに驚き、書類が足元へ散らばっていく。
「特に予定はないけど……」
「デートは? しないの? 食事の約束とかない?」
「いや、特に……というか誰と?」
「誰って彼氏だろ。町田は好きな奴がいるんだよな?」
えぇ、まぁ、目の前にーーとは流石に言えず。にしても、この体勢は非常に不味い。狭いエレベーター内で密着されれば否応なく意識してしまう。
頬の熱さを気取られたくないので書類を拾う真似して俯く。と、心なしか寂しそうな溜め息が降ってきた。
「俺を助けて欲しいんだ」
「助ける?」
「1日だけ、俺の彼女になってくれないか?」
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遡ること2時間前ーー私は部長から頼まれた仕事を終え、報告に行くところだった。入社5年目ともなれば会議室への道順も足が覚えており、すれ違う社員も顔馴染み。
「朝霧くん、お疲れ様」
正面から歩いてくる同期の朝霧くんに軽く手を振る。
「ん? あぁ、お疲れ。今日も残業?」
「残業はお互い様でしょ。私はこれを提出して上がり」
「そっか」
「朝霧くんはまだ上がれなそうだね」
そう言うのも彼は沢山の資料を抱えていた。同期の中で抜群の成績を上げる朝霧くんは重要な案件を任せられていると聞く。私みたいに後輩がやり残した仕事を処理する為に残業しないだろう。
「まぁ、日付けが変わる前には帰れるかな」
はは、と乾いた笑いに疲れ気味な笑みを添える。そんな表情を向けられ思わず次の言葉が口をつく。
「私で手伝えることがあれば言ってね」
「え?」
提案に朝霧くんは目を丸くした。所属部署が違えば業務内容も異なる訳だし、いきなり手伝うと申し出られ困らせてしまったか。
「あ、ほら、こう見えて細かい作業は得意なの!」
慌てて補足。すると今度は柔らかく微笑み返される。
「町田の仕事は丁寧でミスが無いって上司が言ってた。何かお願いしたいことがあれば遠慮なく頼むよ。それより早く帰ってプライベートを楽しめ、今日は金曜日だぞ」
やんわり断られた上、帰宅を促されてしまう。
「朝霧くんだってプライベートは大事にするべきなのに」
「俺はいいの、今は仕事に集中したい時期だし。けど町田は違うだろ?」
「え?」
どういう意味? と尋ねようとしたが、ここで朝霧くんの携帯電話が震えた。
「ごめん、母からだ」
「あ、じゃあ、私はこれで」
「うん、お疲れ様。気をつけて帰れよ」
去り際に肩をポンッと叩かれた瞬間、胸が締め付けられる。もう何年も抱えるこの痛みの原因に振り返れば、優しい声音で会話していて。相手は母親と言っていたけれど、もしかして彼女かもしれない。
朝霧くんは社内だけでなく取引先の女性からも好意を寄せられている。私は同期というだけで彼との橋渡しをお願いされ、その都度お断りをしてきた。かくいう私も朝霧くんへ想いを寄せる一人だからだ。
もちろん、朝霧くんにとって自分が同僚でしかないのは承知している。それでも真摯に仕事へ取り組む姿を素敵だと思うし、こうして顔を合わせて他愛のない会話をするのが嬉しい。
廊下の窓ガラスに映り込む自分は我ながら地味で、片思いの相手にアピールする勇気や自信がない。
「あ、明日!? いきなり言われても無理だって!」
会議室に向かおうとした時、朝霧くんの声が響く。なんだかトラブルめいた雰囲気が漂う。心配ではあるものの、むやみに顔を突っ込んではいけない気がして聞こえない振りを決め込むとエレベーターのボタンを押す。
エレベーターの到着を待つ間、朝霧くんの取り乱した声を背中に浴びる。
「い、いや、俺だけの問題じゃないし!」
とか。
「会わせないって訳じゃなくて、順序っていうのがあるだろう!」
など。
一体どんな話をしているのか? 見当もつかないが、何故だか朝霧くんの声がどんどん迫ってくる気がする。
「待って!」
そしてエレベーターの扉が開き乗り込むと、息を切らせた朝霧くんが滑り込んできた。
「ま、町田! 明日、暇?」
いわゆる壁ドンと言われる姿勢で尋ねられる。あまりの勢いに驚き、書類が足元へ散らばっていく。
「特に予定はないけど……」
「デートは? しないの? 食事の約束とかない?」
「いや、特に……というか誰と?」
「誰って彼氏だろ。町田は好きな奴がいるんだよな?」
えぇ、まぁ、目の前にーーとは流石に言えず。にしても、この体勢は非常に不味い。狭いエレベーター内で密着されれば否応なく意識してしまう。
頬の熱さを気取られたくないので書類を拾う真似して俯く。と、心なしか寂しそうな溜め息が降ってきた。
「俺を助けて欲しいんだ」
「助ける?」
「1日だけ、俺の彼女になってくれないか?」
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