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片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして
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「いやぁ、社内恋愛は作業効率を下げると疑わなかったが、そうでもないみたいだねぇー。僕も考えを改めるか」
とある日、部長が感慨深げに呟く。
あれから私と誠は正式に交際をスタートし、喧嘩をすることもあるが信頼関係は築けている。
「何ですか? 急に。はい、チェックお願いします」
この書類を提出すれば本日の業務は終了。
時計を見れば定時前、待ち合わせまで余裕がありそう。化粧を直して朝食の準備を済ませておこうか、などと計画を立てる。
「ほぅ、顔がニヤけてるね。これからデートかな?」
モニターから視線を外し、部長は書類を受け取る。
「はい、いったん部屋に戻って朝食の支度しようと」
「言うねー。ノロケもいいが資料に不備があれば直させるからな。笠原と一緒に残業コースだ、覚悟しろ!」
部長のチェックが厳しいのは相変わらず。しかし、私もきちんと仕上げた自信があるので怯まない。
私の残業時間は以前より減っているが、誠の方はそうもいかなくてーー営業部長への昇進が決まったから。
今日は昇進祝いを兼ねたデート故、残業して遅刻ができない。
「ちっ、ミスが無いな。帰っていいぞ、彼氏によろしく」
悔しそうで何処か嬉しそうに、手をひらひら振られる。
「お先に失礼します」
一礼し、会議室を後にした。
「茜!」
エレベーターを待つ最中、背後より声が掛かる。
「あら朝霧部長、お疲れ様です」
振り返らずとも誰かは承知しており、挨拶した。
「気が早い。それに君にそう呼ばれたくない。もう上がれるのか?」
「うん。一回マンションに帰ってレストランへ向かうね。あ、朝食も買っておこうかなって。ジャム切らしてたよね?」
「あぁ、良く気が利く奥さんだ。ありがとう」
「それこそ気が早いわよ。両家の顔合わせはまだだし、部長と笠原さん以外は私達の関係を知らないんだから」
チン、到着の合図と共に2人で乗り込む。
「俺は茜との関係をいつ公表してもいい、周りの男達に牽制出来る。殊に最近の茜は綺麗で人の目を引くから心配だ」
「そちらこそ、昇進の話が出てますます女子社員に騒がれてるみたいだけど?」
どちらかともなく手を繋ぐ。薬指の指輪同士がカチッと鳴り、顔を見合わす。ちなみに私は左、誠は右に身に付けている。
「ねぇねぇ、覚えてる? ここで壁ドンしたのを」
ふといつかの思い出が過り、尋ねた。
「忘れるはずないだろ。なんなら今からやってもいいが、壁ドンで終わらせる理性が無い。あの頃の俺は紳士だったな? 密室に茜と2人きりで手を出さなかったんだ」
割と本気のトーンで語られ、若干引いてしまう。
「エ、エレベーター内でのセクハラ発言はやめて下さい。そういうのは家でーー」
「茜相手に禁欲なんて無理。今、凄くキスしたい」
訴え虚しく、誠が壁ドンをしてきた。
誠の隣に立つべく努力を重ね、それなりに自信が身に付いてきたとはいえ、やはり誠本人から攻められると弱い。ドキドキして抗えなくなる。
「茜」
首筋に触れるか触れないかの距離に顔を寄せ、囁く。
「俺を助けて欲しいんだ」
「ーー助ける?」
この会話の運びは記憶しており、真意を探るため誠を見詰めた。表情を察するに彼も承知してやっているのだろう。
「今更、1日限りの彼女になってとか言う気?」
流石に芝居でも誠の偽装彼女になるのは嫌だと主張。膨れてそっぽを向く。
「違う、1日であるはずない、一生。それから彼女でもなく妻だ。茜、生涯ずっと側にいてくれ」
頬を撫で、瞳を覗いてくる。
「い、一体何回プロポーズするのよ!」
カッと身体が熱くなって、耳まで赤くなる様子が彼の瞳の中で実況された。
「何回したっていいだろ? する度に茜が好きだと実感できて、茜も俺を好きでいてくれるのが確かめられる」
ははっと笑い、キスを仕掛けてくることは無い。最初からそのつもりなのだろう。
目的階に着こうとすると誠はしっかり社会人の顔へ戻り、私から離れた。
「……」
何だか悔しい。未だに誠に好きだと伝えられると照れて、あんな反応をしてしまう。誠も慣れない姿を楽しむ節がある。
「誠」
「え?」
扉が開く直前、私は彼のネクタイを引っ張った。彼は予期せぬ行動に姿勢を崩し、耳元が近くなる。
「私も愛している。今夜ベッドで沢山伝えてあげるね」
この形の良い耳へ目一杯甘く囁いてからエレベーターを降りることにした。
「わっ! 朝霧さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え、エロい……」
「はぁ? 誰か、手を貸してくれ! 朝霧さんが鼻血を出しそうな顔してる!」
入れ違いで乗り込む社員が座り込む彼に驚く。
私は心の中で赤い舌をチロリと出し、その場を後にした。
さて、あんな風に煽ってしまった手前、今夜は長いだろう。ひょっとして夜が明けないかもしない。
「よし、栄養ドリンクも買っておくか」
ーー呟きは喧騒に溶けていく。
「朝霧さん、朝霧さん! 大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「誰か! 誰か! 朝霧さんがエレベーターの中で動けなくなってる!」
おわり
「いやぁ、社内恋愛は作業効率を下げると疑わなかったが、そうでもないみたいだねぇー。僕も考えを改めるか」
とある日、部長が感慨深げに呟く。
あれから私と誠は正式に交際をスタートし、喧嘩をすることもあるが信頼関係は築けている。
「何ですか? 急に。はい、チェックお願いします」
この書類を提出すれば本日の業務は終了。
時計を見れば定時前、待ち合わせまで余裕がありそう。化粧を直して朝食の準備を済ませておこうか、などと計画を立てる。
「ほぅ、顔がニヤけてるね。これからデートかな?」
モニターから視線を外し、部長は書類を受け取る。
「はい、いったん部屋に戻って朝食の支度しようと」
「言うねー。ノロケもいいが資料に不備があれば直させるからな。笠原と一緒に残業コースだ、覚悟しろ!」
部長のチェックが厳しいのは相変わらず。しかし、私もきちんと仕上げた自信があるので怯まない。
私の残業時間は以前より減っているが、誠の方はそうもいかなくてーー営業部長への昇進が決まったから。
今日は昇進祝いを兼ねたデート故、残業して遅刻ができない。
「ちっ、ミスが無いな。帰っていいぞ、彼氏によろしく」
悔しそうで何処か嬉しそうに、手をひらひら振られる。
「お先に失礼します」
一礼し、会議室を後にした。
「茜!」
エレベーターを待つ最中、背後より声が掛かる。
「あら朝霧部長、お疲れ様です」
振り返らずとも誰かは承知しており、挨拶した。
「気が早い。それに君にそう呼ばれたくない。もう上がれるのか?」
「うん。一回マンションに帰ってレストランへ向かうね。あ、朝食も買っておこうかなって。ジャム切らしてたよね?」
「あぁ、良く気が利く奥さんだ。ありがとう」
「それこそ気が早いわよ。両家の顔合わせはまだだし、部長と笠原さん以外は私達の関係を知らないんだから」
チン、到着の合図と共に2人で乗り込む。
「俺は茜との関係をいつ公表してもいい、周りの男達に牽制出来る。殊に最近の茜は綺麗で人の目を引くから心配だ」
「そちらこそ、昇進の話が出てますます女子社員に騒がれてるみたいだけど?」
どちらかともなく手を繋ぐ。薬指の指輪同士がカチッと鳴り、顔を見合わす。ちなみに私は左、誠は右に身に付けている。
「ねぇねぇ、覚えてる? ここで壁ドンしたのを」
ふといつかの思い出が過り、尋ねた。
「忘れるはずないだろ。なんなら今からやってもいいが、壁ドンで終わらせる理性が無い。あの頃の俺は紳士だったな? 密室に茜と2人きりで手を出さなかったんだ」
割と本気のトーンで語られ、若干引いてしまう。
「エ、エレベーター内でのセクハラ発言はやめて下さい。そういうのは家でーー」
「茜相手に禁欲なんて無理。今、凄くキスしたい」
訴え虚しく、誠が壁ドンをしてきた。
誠の隣に立つべく努力を重ね、それなりに自信が身に付いてきたとはいえ、やはり誠本人から攻められると弱い。ドキドキして抗えなくなる。
「茜」
首筋に触れるか触れないかの距離に顔を寄せ、囁く。
「俺を助けて欲しいんだ」
「ーー助ける?」
この会話の運びは記憶しており、真意を探るため誠を見詰めた。表情を察するに彼も承知してやっているのだろう。
「今更、1日限りの彼女になってとか言う気?」
流石に芝居でも誠の偽装彼女になるのは嫌だと主張。膨れてそっぽを向く。
「違う、1日であるはずない、一生。それから彼女でもなく妻だ。茜、生涯ずっと側にいてくれ」
頬を撫で、瞳を覗いてくる。
「い、一体何回プロポーズするのよ!」
カッと身体が熱くなって、耳まで赤くなる様子が彼の瞳の中で実況された。
「何回したっていいだろ? する度に茜が好きだと実感できて、茜も俺を好きでいてくれるのが確かめられる」
ははっと笑い、キスを仕掛けてくることは無い。最初からそのつもりなのだろう。
目的階に着こうとすると誠はしっかり社会人の顔へ戻り、私から離れた。
「……」
何だか悔しい。未だに誠に好きだと伝えられると照れて、あんな反応をしてしまう。誠も慣れない姿を楽しむ節がある。
「誠」
「え?」
扉が開く直前、私は彼のネクタイを引っ張った。彼は予期せぬ行動に姿勢を崩し、耳元が近くなる。
「私も愛している。今夜ベッドで沢山伝えてあげるね」
この形の良い耳へ目一杯甘く囁いてからエレベーターを降りることにした。
「わっ! 朝霧さん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「え、エロい……」
「はぁ? 誰か、手を貸してくれ! 朝霧さんが鼻血を出しそうな顔してる!」
入れ違いで乗り込む社員が座り込む彼に驚く。
私は心の中で赤い舌をチロリと出し、その場を後にした。
さて、あんな風に煽ってしまった手前、今夜は長いだろう。ひょっとして夜が明けないかもしない。
「よし、栄養ドリンクも買っておくか」
ーー呟きは喧騒に溶けていく。
「朝霧さん、朝霧さん! 大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「誰か! 誰か! 朝霧さんがエレベーターの中で動けなくなってる!」
おわり
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