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冒険の書
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傷口を刺激するよう繰り返され、あかりは取手を握り締めカフェオレを揺らす。
堪えるんだ、歳下相手にムキになるのはみっともない。
「言われていても君に関係ないですよね? そもそも、どちら様ですか?」
わざと白黒つかない答えで返し、疑問を添えた。
「え、オレ?」
「あなたしか居ませんが?」
「オレを知らない?」
敬語でやりとりするあかりに対し、青年はカジュアルな振る舞いを崩さない。何処の誰か問われると傾げながら名刺を差し出す。
「オレはゲーム実況配信者のヨリ。無理ゲーって聞くと職業柄クリアしたくなって声掛けたんだ」
あかりが名刺を携帯している事に目を丸くすると、身を乗り出した。ぺろっと舌を覗かせ、悪戯な表情で自己紹する。
シャンプーか香水か、良い香りが届く距離感にあかりは固まったまま。
「つまり恋人としてのイチャイチャと、人生のパートナーとしての衣食住。それをひとりに求めるのが無理ゲーって意味でしょ? こんな事言われたら悔しくない?」
「いや、まぁ、それは……」
悔しいと聞かれたら悔しいし、悲しいし、寂しくもあるが、あかりはまだ失恋を受け止め切れてない。しかも畳み掛けるようにヨリに混乱させられる。
「じゃあ、オレが無理ゲーじゃないって証明する! お姉さんを恋愛も結婚も出来るように育成したい!」
ドンッ! そんな効果音が似合う言い切りに言葉を失う、あかり。しばし事態を飲み込めず、ヨリと名乗る青年を眺めた。
申し訳ないがゲーム実況配信者と言われてもピンとこない。それでもハイブランドのロゴが大きく入ったパーカを着こなし、襟足をピンクに染めるヨリとあかりでは住む世界が違うと察する。
「あの、無理ゲーとか育成とか? 私には何がなんだか。ごめんなさい、これで失礼しますね」
自分が退席しないといけない不満はあるものの、ヨリと関わらない方が良いと判断。あかりは名刺以外の荷物を纏め、伝票を取った。
あぁ、今日はなんて日だ。ひとまず部屋に帰ってから泣こう、泣いてしまおう。唇をぎゅっと噛んで瞳の蛇口を緩めない。
「待って、ちゃんと名刺見た? オレ、動画配信会社の社長なんだけど? 君を育成させてくれれば報酬はきちんと支払う」
「……報酬?」
悲しいかな、露骨な現金の気配にあかりの足が止まる。
「その反応はお金に困ってる感じ? オレ、マンションも持ってるよ」
天は二物を与えずーーなどとよく言ったもので、天はヨリに恵まれた容姿ばかりかマンションまで授けたらしい。
実際マンションを持っているかは置いておき、ヨリが自分より恵まれて映り、羨ましくなる。
当然、成功者と呼ばれる人達は裏打ちされた知識と経験で財産を築き、相応の努力を重ねたはずだ。しかし、交際相手に浮気疑惑を持ちながらウェディングロードを突っ走ろうとした彼女に計画性は備わっていない。
失う物なんかどうせないし、話を聞くだけならいいか。失恋したのも相まり、半ば自棄で依頼を引き受けてみようか過る。
そして口を開けかけた時、店内に数名入ってきた。
浮気を言及するのに適した穴場のカフェでもスイーツタイムとなれば来客はある。若い女性等の声が響き渡り、ヨリはさっとサングラスを掛けた。
「明日9時、ここにきて」
いったん席へ戻りメロンソーダーを飲み干すと名刺を渡し直し、記載される住所を指で弾くヨリ。それから足早に店を出ていってしまう。
話の展開についていけないあかりがメロンソーダー代も支払うと気付く頃、ヨリの姿は完全に見えなくなっていた。
■
検索ワード【ヨリ】でかければ、ヨリを戻す、ヨリを戻したいに続き源頼朝、そしてゲーム実況者ヨリと出てくる。
アパートへ帰り、ヨリを調べ始めたのは午前様になってから。考えを改めた交際相手の連絡を待ったが、そんな奇跡が起こるはずなく。
あかりから復縁を申し出ようにも相手は結婚するつもりがない。あかりはあかりで次の誕生日までに結婚したかった。
結婚したくて会社を辞め、ワンルームを引き払う事にしたのだから、関係が修復されたところで結婚に至らなければ本末転倒だ。
口を開けば結婚、結婚、結婚ってーーあかりは結婚の根底を見失っている。けれど30歳を目前とした環境では珍しくない症状と言えよう。結婚できる人と恋愛をしたい、それ自体は別段悪い事じゃない。
お風呂に浸かって、ひとしきり嘆いた後、あかりの意識は明日からどうやって生きていくかへシフトチェンジする。背水の陣で挑んだプロポーズ大作戦が破れた今、ゲーム実況配信者を利用する所存だ。
さっそく【ヨリ】の検索結果の1番~3番目まで飛ばして、情報を読み漁る。
彼女の長所をひとつ上げれば、こういう気持ちの切り替えが早い所か。
交際相手を本気で愛していない、愛してないので傷心の程度が知れていると指摘されても、あかりは捨て身で婚活をした。完全なる自業自得だが、失恋して生活基盤を失うなんて、なかなか無い。
それにプロポーズされた時点で一旦落ち着き、きちんと将来を約束した上で退職や引っ越しを決める性格ならば、ヨリの目に止まらなかった。
堪えるんだ、歳下相手にムキになるのはみっともない。
「言われていても君に関係ないですよね? そもそも、どちら様ですか?」
わざと白黒つかない答えで返し、疑問を添えた。
「え、オレ?」
「あなたしか居ませんが?」
「オレを知らない?」
敬語でやりとりするあかりに対し、青年はカジュアルな振る舞いを崩さない。何処の誰か問われると傾げながら名刺を差し出す。
「オレはゲーム実況配信者のヨリ。無理ゲーって聞くと職業柄クリアしたくなって声掛けたんだ」
あかりが名刺を携帯している事に目を丸くすると、身を乗り出した。ぺろっと舌を覗かせ、悪戯な表情で自己紹する。
シャンプーか香水か、良い香りが届く距離感にあかりは固まったまま。
「つまり恋人としてのイチャイチャと、人生のパートナーとしての衣食住。それをひとりに求めるのが無理ゲーって意味でしょ? こんな事言われたら悔しくない?」
「いや、まぁ、それは……」
悔しいと聞かれたら悔しいし、悲しいし、寂しくもあるが、あかりはまだ失恋を受け止め切れてない。しかも畳み掛けるようにヨリに混乱させられる。
「じゃあ、オレが無理ゲーじゃないって証明する! お姉さんを恋愛も結婚も出来るように育成したい!」
ドンッ! そんな効果音が似合う言い切りに言葉を失う、あかり。しばし事態を飲み込めず、ヨリと名乗る青年を眺めた。
申し訳ないがゲーム実況配信者と言われてもピンとこない。それでもハイブランドのロゴが大きく入ったパーカを着こなし、襟足をピンクに染めるヨリとあかりでは住む世界が違うと察する。
「あの、無理ゲーとか育成とか? 私には何がなんだか。ごめんなさい、これで失礼しますね」
自分が退席しないといけない不満はあるものの、ヨリと関わらない方が良いと判断。あかりは名刺以外の荷物を纏め、伝票を取った。
あぁ、今日はなんて日だ。ひとまず部屋に帰ってから泣こう、泣いてしまおう。唇をぎゅっと噛んで瞳の蛇口を緩めない。
「待って、ちゃんと名刺見た? オレ、動画配信会社の社長なんだけど? 君を育成させてくれれば報酬はきちんと支払う」
「……報酬?」
悲しいかな、露骨な現金の気配にあかりの足が止まる。
「その反応はお金に困ってる感じ? オレ、マンションも持ってるよ」
天は二物を与えずーーなどとよく言ったもので、天はヨリに恵まれた容姿ばかりかマンションまで授けたらしい。
実際マンションを持っているかは置いておき、ヨリが自分より恵まれて映り、羨ましくなる。
当然、成功者と呼ばれる人達は裏打ちされた知識と経験で財産を築き、相応の努力を重ねたはずだ。しかし、交際相手に浮気疑惑を持ちながらウェディングロードを突っ走ろうとした彼女に計画性は備わっていない。
失う物なんかどうせないし、話を聞くだけならいいか。失恋したのも相まり、半ば自棄で依頼を引き受けてみようか過る。
そして口を開けかけた時、店内に数名入ってきた。
浮気を言及するのに適した穴場のカフェでもスイーツタイムとなれば来客はある。若い女性等の声が響き渡り、ヨリはさっとサングラスを掛けた。
「明日9時、ここにきて」
いったん席へ戻りメロンソーダーを飲み干すと名刺を渡し直し、記載される住所を指で弾くヨリ。それから足早に店を出ていってしまう。
話の展開についていけないあかりがメロンソーダー代も支払うと気付く頃、ヨリの姿は完全に見えなくなっていた。
■
検索ワード【ヨリ】でかければ、ヨリを戻す、ヨリを戻したいに続き源頼朝、そしてゲーム実況者ヨリと出てくる。
アパートへ帰り、ヨリを調べ始めたのは午前様になってから。考えを改めた交際相手の連絡を待ったが、そんな奇跡が起こるはずなく。
あかりから復縁を申し出ようにも相手は結婚するつもりがない。あかりはあかりで次の誕生日までに結婚したかった。
結婚したくて会社を辞め、ワンルームを引き払う事にしたのだから、関係が修復されたところで結婚に至らなければ本末転倒だ。
口を開けば結婚、結婚、結婚ってーーあかりは結婚の根底を見失っている。けれど30歳を目前とした環境では珍しくない症状と言えよう。結婚できる人と恋愛をしたい、それ自体は別段悪い事じゃない。
お風呂に浸かって、ひとしきり嘆いた後、あかりの意識は明日からどうやって生きていくかへシフトチェンジする。背水の陣で挑んだプロポーズ大作戦が破れた今、ゲーム実況配信者を利用する所存だ。
さっそく【ヨリ】の検索結果の1番~3番目まで飛ばして、情報を読み漁る。
彼女の長所をひとつ上げれば、こういう気持ちの切り替えが早い所か。
交際相手を本気で愛していない、愛してないので傷心の程度が知れていると指摘されても、あかりは捨て身で婚活をした。完全なる自業自得だが、失恋して生活基盤を失うなんて、なかなか無い。
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