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3.悪役と添い寝
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反射的に体が動く。楚追明の口の中に、両手の親指を突っ込んでいた。
「ぃ、っだあああッ!」
幼い歯がごりごりと姚玉の骨を噛み、あまりの痛みに絶叫する。
(クソッ指がちぎれる! いでぇえ……ッ)
彼が怯んで口を離した隙に、ぎゅっときつく抱きしめた。怒っていないと示すためだ。
「ひっ、なんで……!」
引き攣っているかもしれないが、できるだけ爽やかに微笑む。額に脂汗がぽつぽつと浮かんだ。
「……っ大丈夫! 怪我はしていませんよ。殿下、どうか自死など考えないで。これからは、心を入れ替えて罪を償いたいのです」
突き放してしまうのは簡単だ。
しかし、子供たちを導くために養護教諭を目指していた「劉春」にとって、今別人になったからとその道を捨てることはできない。
子供を見捨てて元の世界に戻るくらいなら、自力で別の帰り方を見つけよう。
姚玉は決意し、ゆっくりと楚追明の背を撫でた。
「……」
「信じていただこうなど、都合の良いことは考えていません。私を嫌うのなら、あなたのために私を利用してください」
姚玉は血に濡れた指をそっと拭い、ジンジンと痛む手でスープの器を持ち上げた。ふう、と匙に息を吹き、程よく冷めさせる。
「どうぞ、殿下。あなたが生きるために必要なものですから、どうか召し上がって。……あ、毒見も兼ねて私が先に食べましょうか」
「……」
「うん、ちょうどいい。しばらくはお粥中心で物足りないかもしれませんが、我慢してくださいね」
楚追明は戸惑ったような顔で姚玉を見上げた。
今まで自身を虐げてきた皇太子妃は、まるで別人のような雰囲気をまとっていた。
口の中にじんわりと姚玉の血の味が広がる。怪我をしていないなんて、優しい嘘をつかれてしまった。
なぜか胸がずきずきと痛む。鞭で打たれたときとは違うようだ。
(どうしてかわからない……けど、痛いことはしない。いや、むしろ優しい……?)
楚追明は差し出された匙に口をつけた。空腹が限界を迎え、ぐるぐると腹の虫が鳴っている。
噎せないよう少しずつ、少しずつ。雛に餌を与える親鳥のように、全て姚玉が掬って口に入れてやった。
(うんうん、孤食は俺と一緒に食べれば解決できる。精神的な安定も狙えるし、栄養の偏りや食わず嫌いにも目を光らせられる。顔色が悪いから、明日は鉄分多めの献立にして血を補おう。はあ……俺、いつまでこの世界にいるつもりなんだろ)
「こうたいしひ……」
発音が年齢の割につたない。喋り慣れていないのだろう。
「姚とお呼びください。それか、ええと……姚姐姐と」
「姐姐……けがをなおしてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。私がつけた傷です。どうか顔を上げてください」
楚追明は戸惑ったように、姐姐、という単語を何回も口の中で繰り返した。光が入らぬ瞳は、輝かしい主人公とは反対に泥のように濁っている。まるで彼の将来を暗示するかのようなそれに、姚玉は眉を顰めた。
「殿下、他にしてほしいことなどはございますか?」
「……では、兄上をころしてください」
「なんて?」
聞き間違いか? と姚玉が目を点にして聞き返す。
「なんでもありません! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
楚追明ははっと目を見開き、己の口を塞いだ。ポロリと本心を零してしまったようだ。
寝台から転げ落ちて叩頭し、半ば叫ぶように謝罪を繰り返した。
歪みきっていないとはいえ、健全とは言えない精神状態らしい。なぜ顔も知らぬ兄に執着するんだ、と困惑した姚玉だが、『楚洪清と121人の妃』のとある章を思い出し、ハッと目を見開いた。
(たしか北蜀の歴史では、建国の際に双子の兄弟が争っていた。それ以降男児の双子は不吉だと何章かで触れられていた気がする)
皇帝は片方を消すことで、イヤな噂が流れるのを阻止したわけだ。褒められたやり方ではない。
姚玉はため息をつき、震える少年を寝台の上に座らせた。椿油の香りが鼻腔をくすぐる。
「兄弟で争うことなどあってはいけません。よいですか、確かに太祖は建国にあたり、双子同士で争いました。ですがただ互いの折り合いが悪かっただけです。殿下はこれから皇太子殿下と良い関係を築きましょう。そうすれば、陛下も不当な扱いを改めてくださるはずです」
「……そう、でしょうか」
「大丈夫。私からも陛下に上奏します。あまり物騒なことは考えないで。今日はもう遅いのですから、眠りましょう。ほら、おいで」
「……へっ!? い、いや、ぼくは別のへやでねます。姐姐と同じしんだいなど、兄上に知られたら……!」
一気に楚追明の顔が赤く染まった。
(情緒もまだ健全で、ま~おじさん笑顔になっちゃうわ)
ウブな反応に微笑ましくなり、姚玉は少年の腕をそっと掴む。少し強引だが、毛布の中に入れてしまえばこちらのものだ。
「懲罰房に戻るおつもりですか? いいから、ほら」
「はわ、ぁう」
姚玉が何歳なのか知らないが、幼い親類と同じベッドで寝るようなものだ。おかしなことではない。
ろうそくの火を消し、部屋は暗闇に包まれた。
「ねえねえ……」
「ん……?」
「くらくて、こわい……」
楚追明が不安げな声で姚玉を呼んだ。姚玉が寝返りをうつと、震えている楚追明が視界に入った。暗闇は懲罰房を思い出すのだろう。
傷だらけの手を掴み、姚玉は自分よりいくらか小さい体を胸の中に引き寄せた。
びく、と彼の体が跳ねる。
「こうすれば、怖くありませんね。おやすみなさい、殿下……」
「あ、ぁう、やわらかくてあたたかい……おや、おやすみなさい……」
次の日、楚追明は目の下にクマをつくっていた。眠れなかったのか、と聞くと、眠そうな顔で「ごめんなさい」と返ってくるだけだった。
「ぃ、っだあああッ!」
幼い歯がごりごりと姚玉の骨を噛み、あまりの痛みに絶叫する。
(クソッ指がちぎれる! いでぇえ……ッ)
彼が怯んで口を離した隙に、ぎゅっときつく抱きしめた。怒っていないと示すためだ。
「ひっ、なんで……!」
引き攣っているかもしれないが、できるだけ爽やかに微笑む。額に脂汗がぽつぽつと浮かんだ。
「……っ大丈夫! 怪我はしていませんよ。殿下、どうか自死など考えないで。これからは、心を入れ替えて罪を償いたいのです」
突き放してしまうのは簡単だ。
しかし、子供たちを導くために養護教諭を目指していた「劉春」にとって、今別人になったからとその道を捨てることはできない。
子供を見捨てて元の世界に戻るくらいなら、自力で別の帰り方を見つけよう。
姚玉は決意し、ゆっくりと楚追明の背を撫でた。
「……」
「信じていただこうなど、都合の良いことは考えていません。私を嫌うのなら、あなたのために私を利用してください」
姚玉は血に濡れた指をそっと拭い、ジンジンと痛む手でスープの器を持ち上げた。ふう、と匙に息を吹き、程よく冷めさせる。
「どうぞ、殿下。あなたが生きるために必要なものですから、どうか召し上がって。……あ、毒見も兼ねて私が先に食べましょうか」
「……」
「うん、ちょうどいい。しばらくはお粥中心で物足りないかもしれませんが、我慢してくださいね」
楚追明は戸惑ったような顔で姚玉を見上げた。
今まで自身を虐げてきた皇太子妃は、まるで別人のような雰囲気をまとっていた。
口の中にじんわりと姚玉の血の味が広がる。怪我をしていないなんて、優しい嘘をつかれてしまった。
なぜか胸がずきずきと痛む。鞭で打たれたときとは違うようだ。
(どうしてかわからない……けど、痛いことはしない。いや、むしろ優しい……?)
楚追明は差し出された匙に口をつけた。空腹が限界を迎え、ぐるぐると腹の虫が鳴っている。
噎せないよう少しずつ、少しずつ。雛に餌を与える親鳥のように、全て姚玉が掬って口に入れてやった。
(うんうん、孤食は俺と一緒に食べれば解決できる。精神的な安定も狙えるし、栄養の偏りや食わず嫌いにも目を光らせられる。顔色が悪いから、明日は鉄分多めの献立にして血を補おう。はあ……俺、いつまでこの世界にいるつもりなんだろ)
「こうたいしひ……」
発音が年齢の割につたない。喋り慣れていないのだろう。
「姚とお呼びください。それか、ええと……姚姐姐と」
「姐姐……けがをなおしてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。私がつけた傷です。どうか顔を上げてください」
楚追明は戸惑ったように、姐姐、という単語を何回も口の中で繰り返した。光が入らぬ瞳は、輝かしい主人公とは反対に泥のように濁っている。まるで彼の将来を暗示するかのようなそれに、姚玉は眉を顰めた。
「殿下、他にしてほしいことなどはございますか?」
「……では、兄上をころしてください」
「なんて?」
聞き間違いか? と姚玉が目を点にして聞き返す。
「なんでもありません! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
楚追明ははっと目を見開き、己の口を塞いだ。ポロリと本心を零してしまったようだ。
寝台から転げ落ちて叩頭し、半ば叫ぶように謝罪を繰り返した。
歪みきっていないとはいえ、健全とは言えない精神状態らしい。なぜ顔も知らぬ兄に執着するんだ、と困惑した姚玉だが、『楚洪清と121人の妃』のとある章を思い出し、ハッと目を見開いた。
(たしか北蜀の歴史では、建国の際に双子の兄弟が争っていた。それ以降男児の双子は不吉だと何章かで触れられていた気がする)
皇帝は片方を消すことで、イヤな噂が流れるのを阻止したわけだ。褒められたやり方ではない。
姚玉はため息をつき、震える少年を寝台の上に座らせた。椿油の香りが鼻腔をくすぐる。
「兄弟で争うことなどあってはいけません。よいですか、確かに太祖は建国にあたり、双子同士で争いました。ですがただ互いの折り合いが悪かっただけです。殿下はこれから皇太子殿下と良い関係を築きましょう。そうすれば、陛下も不当な扱いを改めてくださるはずです」
「……そう、でしょうか」
「大丈夫。私からも陛下に上奏します。あまり物騒なことは考えないで。今日はもう遅いのですから、眠りましょう。ほら、おいで」
「……へっ!? い、いや、ぼくは別のへやでねます。姐姐と同じしんだいなど、兄上に知られたら……!」
一気に楚追明の顔が赤く染まった。
(情緒もまだ健全で、ま~おじさん笑顔になっちゃうわ)
ウブな反応に微笑ましくなり、姚玉は少年の腕をそっと掴む。少し強引だが、毛布の中に入れてしまえばこちらのものだ。
「懲罰房に戻るおつもりですか? いいから、ほら」
「はわ、ぁう」
姚玉が何歳なのか知らないが、幼い親類と同じベッドで寝るようなものだ。おかしなことではない。
ろうそくの火を消し、部屋は暗闇に包まれた。
「ねえねえ……」
「ん……?」
「くらくて、こわい……」
楚追明が不安げな声で姚玉を呼んだ。姚玉が寝返りをうつと、震えている楚追明が視界に入った。暗闇は懲罰房を思い出すのだろう。
傷だらけの手を掴み、姚玉は自分よりいくらか小さい体を胸の中に引き寄せた。
びく、と彼の体が跳ねる。
「こうすれば、怖くありませんね。おやすみなさい、殿下……」
「あ、ぁう、やわらかくてあたたかい……おや、おやすみなさい……」
次の日、楚追明は目の下にクマをつくっていた。眠れなかったのか、と聞くと、眠そうな顔で「ごめんなさい」と返ってくるだけだった。
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