悪役皇子をピュアっ子に育てる方法

山海 光

文字の大きさ
11 / 23

11.3年後

しおりを挟む
 しんしんと雪が降り積る。
 西王府にも幾度目かの冬が訪れ、姚玉はぶるりと身震いした。遠くに長髪を高く結んだ男をみつけ、顔を顰める。

「夏将軍、また妓楼行くのかよ」

「へへ、まーな。お前も行くか?」

「バカ。男だってバレるだろ」

 姚玉はため息をつき、男を見送った。
 彼は夏南か なん将軍。好色の酒飲みで、隙あらば妓楼巡りをしている。姚玉が男だと知っている数少ない人物。

 戦の頻発する地帯だ。
 そうでなくとも、盗賊やらなんやらで治安は悪い。不要な遊びは避けて欲しいのだが、彼曰く「3日も妓楼に行かなかったら死ぬ」らしい。

「姐姐、夏南はどこに?」

 後ろから声をかけられ、姚玉は振り返った。
 彼は齢15になり、少年から青年へと成長した。まんまるだった目は鋭さを持っている。
 それでもまだ成人はしていないため、子供らしいあどけなさもあった。例えば、まだ声変わりが終わっておらず声は掠れ気味だし、頬はモチモチと柔らかい。
 まあ、それを本人に言えば「子供扱いしないでください」とぷんぷん怒るのだが。
 身長は同じぐらいになったが、姚玉を越すのだと毎日沢山食べている。
 姚玉も齢17となり、成長期も後少しなので一安心だ。これ以上身長が伸びれば、性別を誤魔化すのは難しいだろうと懸念していた。

「いつも通りですよ。全くもう、経費削減と言っているのに。殿下は浪費もなく本当に偉い!」

「ふふ、照れてしまいます」

「でも……たまには贅沢を言ってくださいね? 不安になりますから」

「いいえ、姐姐と一緒にいられるだけで贅沢です」

 ぎゅう、と楚追明が姚玉に抱きついた。この子が犬であれば、きっとシッポはブンブンと振られていただろう。
 彼は蕩けた表情で姚玉を見つめ、唇がくっついてしまいそうなほどの距離で微笑んでいる。

「もう……甘えたですね」

 姚玉は楚追明の艶やかな黒髪を撫で、背中をさすった。弟子に好かれて喜ばない師匠はいないのだ。
 それに、そろそろ親離れの時期だ。これで最後かもしれないのだから。

(少しブラコン……いや、シスコン? なのは困るけど、こんなにイケメンなら、お嫁さんになりたい女の子はいっぱいいるはず!)

 まだ姚玉が作ってあげた矯正用の箸を愛用しているし、暗くて怖いと共寝をねだってくるし、なんなら年々甘えん坊は酷くなっているけど。

 2人は恋人なのでは、と侍女たちが噂しているのも気づかず、姚玉は誇らしげに頷いた。

 イケメンといえば、最近まで楚追明は自分のことを醜い顔だと思い込んでいたらしい。
 「殿下に好意を抱く女子はたくさんいるでしょうね」と姚玉が言ったところ、「私のような醜男に手を差し伸べる物好きなど、姐姐以外にいませんよ」と当たり前のように言い返されたのだ。
 姚玉はひっくり返り、その後何時間も楚追明の美しさについて講義した。彼が顔を真っ赤にして、もう止めてくださいと懇願するまで。

 露骨に甘えるようになったのは、多分それくらいだろうか。
 隙あらば抱きつき、姚玉に近づく男たちを威嚇するようになった。
 縁談を持ちかける近所のおばあさんに対しても、一切容赦ない。「姐姐に縁談なんて必要ありません! この程度の男など姐姐に相応しくない!」と相手の男について書かれた紙を破り、おばあさんに突き返すのだ。

「職務怠慢です。僕が夏南を連れ戻してきますから、姐姐は待っていてください」

 「お気持ちはありがたい、ですけど……妓楼の意味をわかっているのですか? あまり足を運んでほしい場所ではないのですが……」

「僕を子供扱いしないでください! 兄上にはそんなこと言わないのに、僕にだけアレコレ言って」

(そりゃ、皇太子は早い段階で世継ぎを作る義務もあるし、お前みたいな箱入り娘でもない)

 とは言えず、姚玉は口ごもる。

「そ、それは……だって、彼は……って、もう!」

 楚追明は馬に乗ってサッサと妓楼まで向かってしまった。
 この頃、彼は姚玉に対して感情的になることが増えた。
 以前のように腰が低すぎるのも問題だが、すぐ反発するようになったのも困りものだ。

 手持ち無沙汰になって、姚玉は屋敷内をうろちょろと歩き回る。

(たしか15歳のとき追明は南晋へと逃げて、7年後、22歳になって北蜀に復讐しに来る……。もう15歳になったけど俺に恨みも抱いてないし、南晋に行く理由もない。悪役になるキッカケが無いよな)

 ウンウン、と何度も頷く。

「ま、そろそろ女官辞めて帰る方法を見つけようかな……追明を殺すなんて、絶対嫌だし……ふぁ……」

 昨日は夜更かしをしてしまって、少し眠い。
 実は、楚洪清がお忍びでこちらに来ていたのだ。
 最初は手紙でやり取りをしていたのだが、最近は外の世界が気になるとかで西王府によく来ていた。
 手紙より直接会いたい、とはにかまれてしまえば、悪い気はしない。
 彼は彼で皇太子としての重圧が苦しいらしい。よく遊びに来ては、「君の茶菓子が食べたい」とか「環蘭も寂しがっている。妃嬪になるつもりはないか」なんて強請っている。

(洪清も主人公って色眼鏡で見てたけど、一人の人間なんだよな。妃嬪には絶ッ対なりたくないけど、まあ後ろで支えるくらいはしたい)

 ぼんやりと外を見つめていると、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあぁッ! 誰か!」

「何だ!?」

 侍女の叫び声だ。ハッとして当たりを見回したが、武器を使える男どもは門番しかいない。
 姚玉は意を決し、近くにあった短刀を持って声のしたほうへと走った。
 向かっている途中、煙っぽい空気に気付く。
 それは奥に行けば行くほど、濃くなっていく。

(喉が痛い……もしかして、屋敷が燃えてるのか!?)

「けほっ……火をつけたのは誰!? 皆さんどこにいるのです!」

 いよいよ煙で前が見えにくくなり、足元がおぼつかない。

「姚さん! こっち、ぎゃあぁッ!」

 ざん、と肉を断つ音が聞こえる。足元に何かが触れる感触。
 姚玉がそっと屈んで触ってみると、それは3年間共にすごした侍女の髪だった。なにか、赤いものが手にべったりとこびりついている。

「く、び……だれ……ぅうッ!?」

 後ろから体を押さえつけられた。頭から床に倒れ、身動きが取れなくなる。
 自身を取り押さえた男の顔を見て、姚玉は目を見開いた。



 一方の楚追明は妓楼に到着し、夏南将軍を探していた。
 店主がドタバタと降りてきて、「大変なことが!」と跪く。
 ひとまず事情を聞くと、急に現れた男が夏南を突き落とし、当の夏南の姿はどこにもないのだという。

「どういう事だ……?」

「殿下、殿下! 大変です、屋敷が────」

 部下からの飛報に、楚追明の顔が青くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました

未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。 皆さまありがとうございます。 「ねえ、私だけを見て」 これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。 エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。 「この恋、早く諦めなくちゃ……」 本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。 この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。 番外編。 リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。 ――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~

荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。 弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。 そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。 でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。 そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います! ・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね? 本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。 そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。 お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます! 2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。 2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・? 2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。 2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...