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13.南晋での目覚め
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「おい、おい、アンタなんでこんなとこで寝てるんだ!?」
「ん、ぁ……?」
(俺、今度こそ死んで……ない!)
肩を揺さぶられ、はっと瞼を上げる。
目の前にはみすぼらしい恰好をしたお爺さんがいて、姚玉を心配そうにのぞき込んでいた。
胸元になにか紙が挟まっていることに気づき、急いで取り出して読む。
「えーっと……これ以上宮廷の争いに首を突っ込むな。これからは新しい人間として生きろ。楚追明のことは忘れろ…………夏将軍の文字だ」
「おーい、ワシのことは無視?」
「あっ、すみません。ええと、私は姚……劉春と申します。ここは……どこでしょう」
「そりゃあ南晋の田舎町だよ。アンタ、なんでそんな格好を……尋常じゃないくらい汚れているし、足抜けした妓女か?」
「ぎっ……!? いや、まあ、はい……」
老人は悪気がないようで、不思議そうに上から下まで姚玉を観察している。
姚玉は居心地が悪いと身をよじりながら、老人の言葉を反芻する。
南晋ということは、夏将軍が逃がしてくれたに違いない。3年寝食を共にしたおかげでほんのちょっとの情があったのだろう。
「あのう……安心して寝泊まりできる場所とかどこかにありませんか?」
「ここらは寺院もないぞ。そうだ、ワシの家来るか? ワシがやってる飯屋があるんだが、そこを手伝ってくれたら住まわせてやるぞ」
「えっ、ホントですか!? お願いします!」
聞くにはこの老人、あだ名は張老というらしい。
飯屋を営んでいて、食材狩りのために訪れた山で姚玉を見つけたのだと言う。
姚玉は、早速その日から住み込みアルバイトとして働くことになった。
飯屋の客層は地元の人間が多く、決して暇ではない。
忙しく走り回り、姚玉は一日目にしてぐでんぐでんに溶けてしまった。
皇城や西王府では座ってばかりだったから、久しぶりの運動に体が重い。
「腰いたぁ……あのぉ、張老さん~……」
「なんじゃあ? 全く、若いのにだらしないのぉ」
張老は明日の仕込みをしながら、厨房越しに応える。
「今、北蜀はどうなっているのですか?」
「北蜀ぅ~? たしか、新しい皇帝が即位したらしいな。弟は火事で亡くなって、皇帝はひどく傷心らしいが。それが3日前かのぉ」
(げ、じゃあ丸二日寝てたってことか。追明は……俺を逃がしてくれたみたいに、夏将軍が逃がしてくれてるんじゃ? それに、俺がこの世界にいるってことは、まだ追明は死んでないってことだよな)
「なるほど。では南晋は?」
頬杖をつきながら問うと、まな板を叩く音が聞こえてきた。びく、と姚玉の肩が跳ねる。
「陛下は娘を可愛がりすぎじゃ! 公主の専横は日に日に増し、賄賂の殆どは公主へと贈られておる!」
「うわっ、ご、ごめんなさい! 南晋では公主が一番の問題か……」
姚玉はぷんぷんと怒る張老を宥めながら、これからどうすべきかを考えていた。
(金を貯めて北蜀に戻るか……いや、もし追明が南晋に逃げてたら行き損じゃないか? それに、検問が厳しいだろうし……)
金を溜めながら、地元の人たちから情報を得よう。姚玉は決意を新たにし、しばらくの間張老の食堂で働くことにした。
この間にも、義弟が虐げられているとも知らずに。
◆
北蜀王都、皇城。
「…………」
楚追明は誰もいない地下牢で、じっと床を見つめていた。
明かり一つなく、それが床であるのかもわからない。懲罰房でさえ窓はあったというのに。
しかし、彼にとって暗闇であることは些細な事だった。義姉として慕っていた姚玉が殺されたからだ。信頼していた夏将軍によって。
とても現実だと思えない。なにも考えたくなくて、楚追明はただ息をするだけの生き物になっていた。それ以上でも、それ以下でもない。
「ここか。全く、何年も待ったぞ……」
ふと一筋の明かりが入り、目線だけを動かした。
皇太后だ。ゆっくりと階段を降りてきた女が、ふと横の従者に何かを持ってこさせた。
「…………」
「そら、見ろ。夏将軍が献上したあの娘の首だ。ふふ、あはははッ!」
逆光の中、皇太后がなにかを鷲掴みにしてた。理解できず、楚追明の口から喃語が漏れる。
「あ、あ、」
ぽたぽたと滴る血を認めた瞬間、大きく目を見開いた。
「あぁああああ゛ッ!」
頭を掻きむしり、胎児のように丸まって叫ぶ。手足が震え、冷や汗が背筋を伝う。
喉の奥から吐き出される絶叫は、やがてただの呻きに変わっていった。彼は痛む額を押さえながら、姚玉がこの世にいないことを嘆いている。
自分のせいで姚玉が死んだのか。どうすれば彼女を守れたのか。どうしたら彼女に報いることができるのか。
彼は理性が焼き切れるほどの苦悩と後悔に苛まれながら、がくがくと痙攣する体を抱きしめた。
「お前には特段恨みはないが……これも全て、環家の地位を盤石にするため、先帝の意思を遂行するためだ。ふふ、許しておくれ」
それからの皇太后の行いは、口に出すのも擽られるほど残酷なものだった。
はじめは単なる暴行の繰り返しだが、反応を示さない青年に飽きたのか、皇太后の行為はエスカレートしていく。
何日も飯を抜いたあと、姚玉のものだと偽って生肉を食わせ、嘔吐する楚追明に腹を抱えて笑った。新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。
彼女の残虐性は全て楚追明に注げられ、女官たちは気まぐれに死を賜ることはなくなった。皇太后に怯えていた妃たちは、表面上穏やかになった彼女に大層喜んだ。
これらの蛮行は一年近くに渡り行われた。身を切るような吹雪の日、楚追明が決死の覚悟で宮中を抜け出すその時まで。
「ん、ぁ……?」
(俺、今度こそ死んで……ない!)
肩を揺さぶられ、はっと瞼を上げる。
目の前にはみすぼらしい恰好をしたお爺さんがいて、姚玉を心配そうにのぞき込んでいた。
胸元になにか紙が挟まっていることに気づき、急いで取り出して読む。
「えーっと……これ以上宮廷の争いに首を突っ込むな。これからは新しい人間として生きろ。楚追明のことは忘れろ…………夏将軍の文字だ」
「おーい、ワシのことは無視?」
「あっ、すみません。ええと、私は姚……劉春と申します。ここは……どこでしょう」
「そりゃあ南晋の田舎町だよ。アンタ、なんでそんな格好を……尋常じゃないくらい汚れているし、足抜けした妓女か?」
「ぎっ……!? いや、まあ、はい……」
老人は悪気がないようで、不思議そうに上から下まで姚玉を観察している。
姚玉は居心地が悪いと身をよじりながら、老人の言葉を反芻する。
南晋ということは、夏将軍が逃がしてくれたに違いない。3年寝食を共にしたおかげでほんのちょっとの情があったのだろう。
「あのう……安心して寝泊まりできる場所とかどこかにありませんか?」
「ここらは寺院もないぞ。そうだ、ワシの家来るか? ワシがやってる飯屋があるんだが、そこを手伝ってくれたら住まわせてやるぞ」
「えっ、ホントですか!? お願いします!」
聞くにはこの老人、あだ名は張老というらしい。
飯屋を営んでいて、食材狩りのために訪れた山で姚玉を見つけたのだと言う。
姚玉は、早速その日から住み込みアルバイトとして働くことになった。
飯屋の客層は地元の人間が多く、決して暇ではない。
忙しく走り回り、姚玉は一日目にしてぐでんぐでんに溶けてしまった。
皇城や西王府では座ってばかりだったから、久しぶりの運動に体が重い。
「腰いたぁ……あのぉ、張老さん~……」
「なんじゃあ? 全く、若いのにだらしないのぉ」
張老は明日の仕込みをしながら、厨房越しに応える。
「今、北蜀はどうなっているのですか?」
「北蜀ぅ~? たしか、新しい皇帝が即位したらしいな。弟は火事で亡くなって、皇帝はひどく傷心らしいが。それが3日前かのぉ」
(げ、じゃあ丸二日寝てたってことか。追明は……俺を逃がしてくれたみたいに、夏将軍が逃がしてくれてるんじゃ? それに、俺がこの世界にいるってことは、まだ追明は死んでないってことだよな)
「なるほど。では南晋は?」
頬杖をつきながら問うと、まな板を叩く音が聞こえてきた。びく、と姚玉の肩が跳ねる。
「陛下は娘を可愛がりすぎじゃ! 公主の専横は日に日に増し、賄賂の殆どは公主へと贈られておる!」
「うわっ、ご、ごめんなさい! 南晋では公主が一番の問題か……」
姚玉はぷんぷんと怒る張老を宥めながら、これからどうすべきかを考えていた。
(金を貯めて北蜀に戻るか……いや、もし追明が南晋に逃げてたら行き損じゃないか? それに、検問が厳しいだろうし……)
金を溜めながら、地元の人たちから情報を得よう。姚玉は決意を新たにし、しばらくの間張老の食堂で働くことにした。
この間にも、義弟が虐げられているとも知らずに。
◆
北蜀王都、皇城。
「…………」
楚追明は誰もいない地下牢で、じっと床を見つめていた。
明かり一つなく、それが床であるのかもわからない。懲罰房でさえ窓はあったというのに。
しかし、彼にとって暗闇であることは些細な事だった。義姉として慕っていた姚玉が殺されたからだ。信頼していた夏将軍によって。
とても現実だと思えない。なにも考えたくなくて、楚追明はただ息をするだけの生き物になっていた。それ以上でも、それ以下でもない。
「ここか。全く、何年も待ったぞ……」
ふと一筋の明かりが入り、目線だけを動かした。
皇太后だ。ゆっくりと階段を降りてきた女が、ふと横の従者に何かを持ってこさせた。
「…………」
「そら、見ろ。夏将軍が献上したあの娘の首だ。ふふ、あはははッ!」
逆光の中、皇太后がなにかを鷲掴みにしてた。理解できず、楚追明の口から喃語が漏れる。
「あ、あ、」
ぽたぽたと滴る血を認めた瞬間、大きく目を見開いた。
「あぁああああ゛ッ!」
頭を掻きむしり、胎児のように丸まって叫ぶ。手足が震え、冷や汗が背筋を伝う。
喉の奥から吐き出される絶叫は、やがてただの呻きに変わっていった。彼は痛む額を押さえながら、姚玉がこの世にいないことを嘆いている。
自分のせいで姚玉が死んだのか。どうすれば彼女を守れたのか。どうしたら彼女に報いることができるのか。
彼は理性が焼き切れるほどの苦悩と後悔に苛まれながら、がくがくと痙攣する体を抱きしめた。
「お前には特段恨みはないが……これも全て、環家の地位を盤石にするため、先帝の意思を遂行するためだ。ふふ、許しておくれ」
それからの皇太后の行いは、口に出すのも擽られるほど残酷なものだった。
はじめは単なる暴行の繰り返しだが、反応を示さない青年に飽きたのか、皇太后の行為はエスカレートしていく。
何日も飯を抜いたあと、姚玉のものだと偽って生肉を食わせ、嘔吐する楚追明に腹を抱えて笑った。新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。
彼女の残虐性は全て楚追明に注げられ、女官たちは気まぐれに死を賜ることはなくなった。皇太后に怯えていた妃たちは、表面上穏やかになった彼女に大層喜んだ。
これらの蛮行は一年近くに渡り行われた。身を切るような吹雪の日、楚追明が決死の覚悟で宮中を抜け出すその時まで。
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