悪徳権力者を始末しろ!

加藤 佑一

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第一章 悪徳研究者をやっつけろ!

第十二話

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「天衣ちゃん、ちゅごかったねー、いい子いい子ちてあげるからこっちおいで」

「嫌です。やめて下さい。こっち来ないでください」

 部屋に入るなり飛奈は赤ちゃん言葉になり、天衣を追いかけまわし出した。嫌がる天衣を捕まえると頬ずりしだす。普段なら梨名も参加するのだが、そんなことはお構いなしに自動小銃をマジマジと眺めていた。

「なんで気付かれたんだろ?私の魅力のせいかなー?」

「はいー!?」

「ホント、梨名さんは狙撃下手ですよね」
「静かなトーンで言うな、ヘコむだろ!自分だって下手だろーが」

「私はいいんです。銃使わない派なので」
「なんだそりゃ!使わない派じゃなくて、使えない派だろ!」

「自分だって使えない派じゃないですかー!」

「梨名はね、お祭りの射的も当たらないんだから仕方ないの」
「うるさいなー、お前は当てられるのかよ」

「私は得意よ」
「嘘つけ、年中引きこもってるクセに、祭りなんて行ったことねーだろ」

「あ、り、ますー、5年前に」
「そんな前じゃ、あてにならねーだろ!」

「いいんだよ、今度は当たる距離まで行って撃つから」

「それでアイツ等どうした?」

「全員戻って来たわ」

「行くの?」

「ええ、私の青春をぶち壊した張本人に復讐してやるわ」


 梨名は悲願だった高畑達也暗殺へと向かって行った。真実に気付いてからずっと憎悪を抱いていた。私欲のためなら、未来ある女子高生の犠牲なんてなんとも思わない奴だ。死んで当然だろう。アイツが生きていたら、これから何人犠牲者が出るか分からない。あんな奴生きていない方がいい。

「天衣、SPが動いたら私たちも行くよ」
「了解」


「梨名2人向かったわ」
 モニターを覗いている華鈴が言った。

「了解。思っていたより早く動き出したわね。今どのへん?」
「今、所長室を出たとこ」

「なら大丈夫。私はもう高畑の部屋の前まで来たから、殺ってSPが来る前に部屋を出れるわ」

「了解。じゃあ変更なしで行くわね。気を付けて」
「了解」


 私と隊長は一目散にB棟の感染対策室室長、高畑達也の部屋へと向かっていた。班長の判断で地上に降り中庭を抜けB棟に向かうのではなく、屋上に上がり渡り廊下を走り抜け窓側にロープで降りる作戦だ。

 
 華鈴はいち早く異変を感じ取った。階段に向かったはずなのに一階の監視カメラにSP二人の姿がいっこうに映らない。二人の行方を探し各所の監視カメラの映像を切り替えていく。
 監視カメラはセキュリティの必要性が高い部屋の前や正面口、裏口、通路が重なり合う場所、階段などに一定の間隔で設置されている。
 多少の死角はあるが人間程度の大きさなら、各所に有る監視カメラに映らないように行動するのは至難の業。一階に降りているなら一階にあるどこかの監視カメラには映っているはず。しかし、見当たらない。
 まさか!と思い三階の監視カメラの映像に切り替える。三階の階段の上の画像を引っ張りだし、逆再生して確認していく、、。

「梨名。早く逃げて。窓側から飛び込むつもりよ!」
 華鈴はSPの動きを察知し声を上げた。

 A棟からB棟に移動するためには、一階まで降りて中庭を抜け移動するはずと思い込んでいた。しかし、屋上に上がれば連絡通路が架かっている。屋上に向かう姿は映っていた。そして、B棟の屋上から三階へ降りてくる姿は映ってない。


 その時、既に梨名は高畑に銃口を向けていた。部屋の中で震えていた高畑にゆっくり音もなく近づく。梨名の気配に気付き顔を上げた時は、銃口はもう眼前に突き付けられていた。銃口を向けている者が知っている顔、梨名だと分かると驚きの表情を浮かべた。

「すまなかった。許してくれ。どうか命だけは、、」
 真っ青な顔をし眼球を小刻みに振動させ、すがるように命乞いをする。

「ふざけるなよ!私が『お願い助けて』って言った時、お前は何て言った?」
 勝手なこと言いやがってと梨名は目を血走らせる。

 容赦することなく銃弾を浴びせた。と、同時に華鈴から『早く逃げて』との言葉が飛び込んできた。

 窓の方に目をやると、、次の瞬間、二人のSPが飛び込んで来た、、。


 この施設の図面は全て頭に入っている。目的の部屋の上へと移動し手摺にロープを掛け降下する準備を手早く済ませると、班長と目を合わせる。準備が出来たことを確認すると、軽く頷きタイミングを合わせ一気に二階へ向け降下した。
 降下し二階のベランダに降りようとした時、銃声が響き渡った。その音を聞いた私達はベランダには降りず、窓を蹴破り部屋へと飛び込んだ。飛び込むと同時に身を屈め、近くのテーブルに身を隠して中の様子を伺う。

 部屋は二部屋に区切られていた。こちら側には窓と廊下へのドアが有り、オフィスデスクが並んでいる。オフィスデスクは三、三で向かい合い、その六つが一括りとなったものが四つほど並んでいた。別の括りの方に班長が身を隠しているのが見える。
 班長の方に視線を送ると、奥の部屋を見るよう促されたのでそちらに視線を移す。奥の部屋には窓や扉は見られず、上半分が大きなガラス窓となった壁でこちらと区切られていてそこに一つ扉がついているだけだった。
 棚には幾つもの薬品瓶が並び、試験管などの実験器具が見られる。こちらの部屋は事務的な作業をする部屋、向こうが実験室になっているそんなところだろうか。
 
 そして銃を持った女性の姿が、私の目に飛び込んできた。

 唯一と思われるドアに身を屈めながら班長と共に素早い動きで近づくと、ドアを開け一気に中に飛び込んだ。中に入ると硝煙の臭いと血の臭いが鼻を付いた。

「手を上げろ!」

 窓を蹴破り、中を確認、敵を一瞬で識別し銃口を向け威嚇する。我々の素早い動きに中にいた者は虚を突かれ、反応する間も無かったのだろう。素直に従い銃を捨て手を上げた。
 足元には既に何発かの銃弾を浴び、横たわり動かなくなっている高畑達也の姿が見えた。生存は絶望的のようだ。

「貴様―!なぜこんな真似をした!」
 そう言いながら立ちすくむ女性との距離をジリジリと詰める。

 この優位な状況にも警戒を解くことはしないまま、私も班長の後に続く。こいつの仲間に栗林は一撃で殺られてしまった。十分な警戒が必要だ。現にアイツは追い詰められている状況だというのに表情一つ変えてない。それどころか余裕の表情にも見える。

 切れ長のネコ目をしたその女性は、耳かけボブで片耳だけだしている。スポーツ女子を思わせる少し浅黒な肌をしていて、モデル並みのしなやかなスタイルをしていた。
 私は銃を構えジリジリと近づいて行く班長を制する。もう少し様子を見て慎重に行った方が良い。そう思った。とても追い詰められている者の表情には見えない。絶対何か企んでいる。

 その時だった。入ってきたドアがひとりでに締まり、ガラス窓が真っ黒になった。そして、照明が消えた。

「何!?」

 窓やドアが無い部屋から光が奪われる。辺りは真っ暗闇に包まれた。一ミリも光がないので視覚が全く役に立たない。

 私は持っていた懐中電灯を点けようと手をかけた、、。

「保乃!ダメだー!」

 懐中電灯を点けた瞬間班長が飛びかかってきた。そして、その場に班長の悲鳴が響き渡る。そして、そのあとブンブンと腕を振り回しているような音が響き渡った。
 華奢な女性の動きとは思えない音ゆえ、攻撃を受けた後、班長が反撃している音と思えるが、、暗闇の中で視覚を遮られているので、音だけが頼り。音だけがその場で何が起こっているか教えてくれていた。
 懐中電灯を点けようとしたのは失敗だった。真っ暗闇で光を点けてしまえば自分の居場所を知らせているようなもの。その光めがけて攻撃を仕掛けてきたのだろう。
 班長はそれを察知し、私の動きを止めようとしたのだ。その時、敵の攻撃を受け悲鳴を上げたが、致命傷には至らず反撃に転じた。そんなところだろうか、、?

「班長。大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。大丈夫だから声を出すな、位置を気取られる」

 すぐ近くにいるはずの班長の姿すら全く見えない。微かに息づかいが聞こえてくる程度。しかし、目の前の闇からは息づかいどころか気配すら感じられない。この暗闇の向こうに殺し屋がいると思うとゾッとする。
 何メートル先にいるのだろうか?もしかしたら目の前にいるかもしれない。音がでないように注意し、周りを警戒しながらゆっくり手探りで進む。

「ふふふ。音を出さないように注意したって無駄よ。私にはあなた達の位置が手に取るように分かっているんだから」

 話ながら動いているのだろう。声の聞こえてくる位置が右から左へと移動していっている。

「あなた達の乱れた呼吸音、鼓動があなた達の位置を私に正確に教えてくれているわ」

 何を言っているんだこの女は?確かに心拍は上がっているだろうが、他人がそれを聞き取れる訳がない。他人の心拍の高鳴りが聞こえるのなら、密かに想いを寄せることなど出来なくなってしまう。片想いする人はいなくなってしまうことだろう。
 嘘だってつけなくなる。疚しいことが有る者はすぐに悟られてしまうようになってしまうだろう。私はハッタリだろうと思い、無視し声の聞こえてくる暗闇を睨み付ける。

「随分丈夫な防護服を着ているのね。ナイフが突き刺さりきらなかった。でも筋を痛めたのかしら?それとも骨が折れちゃった?腕上がらないみたいね。片腕を押さえフラフラと壁沿いを歩いて何か考えでもあるのかしら?」

 私の事じゃ無い!班長の現在の様子を言っているのだろうか?真っ暗闇の中でも班長の正確な状況が分かっているとでもいうのだろうか?
 私にはその言葉が当たっているのかどうか知りようもないが、班長は自分の事を言われているなら当たっているかどうか分かっているはず、、。
 聞きたい。聞くべきかどうか迷った。確かめられれば嘘を言っているかどうかハッタリかどうかすぐ分かることだが、声を出してしまえば、、。

「残念ながらそいつの言う通りだ」
 私の心中を悟ったのか、声を上げる前に班長がそう答えた。

「ぐわーっ!」
 その後、悲鳴が響き渡った、、。

 何が起きているというのだろうか?暗闇に目を凝らすが詳細が全く掴めない。そうこうして私があたふたとしていると、、。銃声が響き渡り、ガラスが割れる音が響き渡った。私は思わずその場に身を伏せる。
 部屋を仕切っていたガラスが割れ光が入って来る。暗闇から解放され、急に差し込んだ光により視力が一瞬奪われる。
 目を細め見えてきた先の光景に私は驚愕した。喉をナイフで切りつけられ血だらけになって動かなくなっている班長の姿が飛び込んで来たのだ。

「あらあら。最後に味な真似してくれるわね」

 あの万能な班長がこんな小娘に負けたというの?信じられない!暗闇の中、何の気配も感じさせることなく、何の物音も出すことなく班長に近づきナイフを振り下ろしたのだろうか?
 動かなくなっている班長の脇に、血の付いたナイフを持ち女は仁王立ちしていた。おそらく班長は最後の力を振り絞り、銃でガラスに傷をつけガラスに体当たりし、仕切っていたガラスを割り隣の部屋に飛び込んだのだろう。真っ暗闇では分が悪い、私も殺されてしまうと思って最後の力を振り絞っての行動だったのだろう。
 頭の中を走馬灯のように、班長との記憶が駆け巡る。班長の訓練は厳しかった。女性だからといって甘やかされる事はなかった。女性隊員だからこそ、こなせる危険な任務があるのではないかと、私を厳しく指導してくれた。さまざまな記憶、思いが頭の中で駆け巡り私は我を忘れ飛び掛かった。

「貴様ー!」

 頭に血が上っているので私の攻撃は基本を忘れた大振りとなる。サラリと交わされてしまい足がもつれ転倒する。その勢いのまま壁際まで飛んで行った。
 そして、目の前に散らばっていた物という物を女に投げ付ける。女は冷静にそれを交わすと間合いを詰め、飛び蹴りをしてきた。まともに貰ってしまったが、ダメージはそれほど無い。一発貰ったところで冷静さが戻った。
 相手の攻撃を良く見て対処出来るようになり、何度か攻撃を当てる事が出来た。先程の冷たい目をした女ほどのプレッシャーは感じない。押しきれると思った。向こうもそう思ったのだろう。ナイフを前面に構えこちらの動きを封じようと必死になる。私も持っていた警棒で応戦する。

「やっぱり、にわか仕込みじゃ無理ね。流石SPさん」

 諦めたのだろうか、そう言って急に構えを解いた。私は構えを解かず警戒したまま相手を注視する。

「でも私を怨むのは筋違いだわ。班長さんを殺したのはあ、な、た。班長さんは貴女のせいで死んだの。だってそうでしょ、貴女があの時、懐中電灯を点けさえしなければ致命傷になる一撃を喰らわずに済んだ。そうでしょ?」

「ふざけるな―!」
 都合が良いように解釈しやがって。私はその言葉にキレてしまった。

 しかし、それは当然罠だった。挑発し私を翻弄しようとしたのだ。冷静さを失った私は攻撃が再び大振りになる。そこをつかれ警棒をはね飛ばされ、ナイフを眼前に突き付けられた。
 突き付けられたナイフの手元を掴み両手で押し返そうとするが体制が悪く徐々にドアの方に押し込まれていく、、。
 ドアに体重を預けながら押し返そうとしているとドアが壊れ廊下に飛び出した。相手は寝転びた状態の私の上に股がり眼前にナイフをなおも突き付けてきた。
 私は必死で抵抗し突き付けられるナイフを押し返そうとする。が、、相手が上で私は下で寝転んだ状態、徐々にナイフが迫ってくる。

 その時、急に相手が視線を反らし注意を後ろの方に向けた。


「保乃先輩ー!」

 廊下の向こうの方から光牙が拳銃を構え走って来た。それも見た女は飛び退き反対側へと消えて行った。

「はぁー、はぁー、はぁー」
 私は起き上がり息を整える。

「先輩、大丈夫ですか?」
 私の様子を見て心配そうに声をかける。しかし、なんというグッドタイミングで来てくれるんだ。

「あ、ありがとう、、ホント助かったわ」
 私は緊迫感から解放されホッと胸を撫で下ろす。

「今、俺メッチャカッコ良かったですよね?ピンチに到着したヒーローみたいじゃなかったですか?」
 自分で言うなよ。そう思った。私はその言葉を苦笑いして流した。

「それであなた何でここに来たのよ?」
 息を整えながら素朴な疑問をぶつける。

「何か有美さんが場所移動した方が良いって言うので、移動したので迎えに来たんです」
「有美が!?」



「あっれー!もぬけの殻?」
 私と天衣が所長室に飛び込むとそこには誰もいなかった。
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