Michele=Undergroundの惨憺たる日々

金森璋

文字の大きさ
9 / 47

第9話 I Don’t Like……

しおりを挟む
「ばか! ばか! きらーい!!」
「うるせー、オレだって嫌いだー!」
 陽光のあたたかい春のある日だった。
 ミシェルは日用品の買い出しのために、川沿い、河口のそばの自分の店から離れた市街地まで出てきていた。
 その最中のことである。
 近所の子供たちの集まる公園の前を通りかかると、きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。
「ん?」
 様子を見ようと、ミシェルは振り返る。
 すると。
「お、っと」
 何かが思い切り、ミシェルの方へ飛んできた。思わず手で受け取ってしまう。何を掴んだのか、と手を開いて見てみると、フェルトでできた手のひらほどの人形だった。青い服の端が、泥で汚れてしまっている。
「なんでわたしのおにんぎょうよごしたのー! なんでなげたのー!」
「お前が生意気、言うからだよ、べー!」
「きーっ!」
 喧嘩している声が気になって、ミシェルは公園の中に足を踏み入れる。
「クライヴにアンネ。どうしたんだ?」
 そこには、見知った顔の女の子、そして男の子がいた。
「クライヴがわたしのおにんぎょうよごしたのー!」
「ちげー、アンネがオレの悪口、言ったから仕返ししたんだ!」
「おいおい、喧嘩するなよ。ほら、ちょっと人形を借りるぞ、アンネ」
 ミシェルは公園に据えてあった水飲み場で持っていたハンカチを濡らすと、アンネの人形に着いた汚れを丁寧に濡らして叩き、綺麗にしてあげた。
「これでいいかな」
「わー、ミシェルさん、ありがとう」
「うん。よしよし」
「なーミシェル、なんでアンネばっかりに優しくするんだよ」
「アンネばかりに、じゃないよ。クライヴ。お前にも優しくしたい。だからこそ、今はお前のことを叱る。……仕返しなんてことは、しちゃいけない」
 その一言を聞いて、クライヴは見る間に顔を真っ赤にして。
「なんだよ! みーんなアンネ、アンネ、って! もういい!」
 と、怒りながら、公園から走り去ってしまった。
「クライヴ……」
「まったく、あいつの悪ガキっぷりにも困ったもんだな」
「ねえ、クライヴ、どこかいっちゃうのかなぁ」
 アンネは不安そうに、ミシェルの服のすそを掴んだ。
「そんなことないさ。クライヴも熱が冷めたら謝ってくる」
「でも、いっつもそうなんだよ。わたしはクライヴのこと、きらいじゃないのに」
 泣きそうな声で、アンネは続ける。
「きらいっていったけど、ほんとはきらいじゃないの」
「じゃあ、好きなのか?」
「うーん、すき? きらい? わかんない。でもね」
 一拍置いて、アンネはきっぱりと言い切る。
「クライヴがいなくなったら、つまんない」
 そして、不満がいっぱいに詰まった顔で、頬をふくらまして黙り込んだ。
「……っぷ、あはは」
「なーに! ミシェルさんってば、なんでわらうのー」
「いや、ごめんな。お前さんの顔があんまりにも可愛かったら、つい」
「かわいくないもん」
「可愛いよ。女の子の顔をしている」
「おんなのこのかお?」
 首をかしげて考えるアンネの目線に合わせるように、ミシェルは膝をつく。銀の髪が背中に落ちて、陽光に煌めいた。
 ミシェルの赤い瞳が、アンネの目に優しく語り掛ける。
「女の子はな、誰かを好きになるとますます可愛くなるんだ」
「わたし、クライヴをすきなのかな」
「さぁな。それはお前さんだけが知っている」
「クライヴはわたしをきらいかもしれない」
「わからない。だけど、俺からできることだってある」
「ミシェルさんができることって、なに?」
「俺が出来ることは――花を贈ることさ」


 ミシェルは家に帰り、日用品を置くと、青い薔薇をメインにした花束を持って教会へ向かった。
 日曜は、ミシェルの貴重な休みの日だ。だからこそ、ミシェルは毎週、同じことを繰り返す。
 日用品を買い込んで、教会へ行って墓参り。そして、孤児院に顔を出してから家に帰る。
 今日も同じルートをたどり、花束をある墓に供えたあと、いくつかの墓を回って花の手入れをしてから孤児院に向かった。
「わ、ミシェルさんだ」
「わーい、今日は何して遊ぶ?」
「ミシェルさん、お土産はー?」
 子供たちは思い思いに、ミシェルに話しかける。
「ごめんな、今日は先約があるんだ」
「せんやく?」
「先に約束をしている人がいるってことさ」
「ふーん」
「なあ、クライヴはどこか知らないか?」
「しらなーい」
「わかんなーい」
「裏庭じゃない? あの子、いじけるといっつもあそこにいるもの」
「そうね、きっとそうだわ」
 女の子たちの言葉に、ミシェルはありがとう、とひとつ礼を言って、孤児院の裏庭に足を向けた。
 ミシェルは一度、物置に寄り、中から剪定道具や軍手、掃除道具などを取り出した。
 道具類を片手に裏庭に行くと、確かにそこにはクライヴの姿があった。集会室から繋がっている裏庭に面したデッキに座り、退屈そうに足を揺らしていた。
「よう、元気か、悪ガキ」
「何だよ、ミシェルのおっちゃん」
「はは、おっちゃんか……ま、俺もそんな歳になったかな」
 ミシェルは苦笑いをしながら、道具類をデッキに置く。軍手をはめ、草刈り鎌を手に取った。
「アンネが心配してたぞ」
「心配?」
 ミシェルは、話しながら雑草の刈り取りを始める。春の始まりらしく、青々とした若葉が裏庭を占める。
 育てている花やつる草を傷めないように、そして野草の花を刈り過ぎないように気を付けながら、鎌を動かしていく。
「あんなやつどーでもいいよ」
「どうでもよくないだろ。アンネは良い子じゃないか」
「だって。オレ、『こじ』なんだぜ。それなのに、アイツは『お母さん』『お母さん』って。オレのこと、馬鹿にしてるみたいじゃないか」
「クライヴ……」
「オレだって、好きで『こじ』になったんじゃないや」
 クライヴは、幼い時に母を流行り病で亡くした。移民して間もなくの頃だった。もちろん、親戚などは遠い隣国に住んでいる。だからクライヴは、この孤児院に引き取られた。
 少しひねくれているクライヴは、中々、周囲の子供たちとなじめず、結局、天の邪鬼な性格になってしまった。
「クライヴは、アンネのことが嫌いなのか?」
「ん……嫌いじゃない」
「『お母さん』が羨ましいのか?」
「違う」
「そうだな。お前さんは、素直になれないだけだ」
「うん。ミシェルの言う通りだよ。でも……でも!」
 吐き捨てるように、クライヴは言う。
「いまさら素直になんて、なれないよ」
 そう言って、クライヴはうつむいてしまった。涙こそ流していないものの、今にも泣きそうな顔をしている。
「クライヴ」
「なーに、ミシェル」
「お前さんが、素直になれる手助けをしてやる、って言ったどうする」
「んっと」
 ほんの少しだけ考えて、クライヴは応える。
「アンネに、謝りたい」
「そうか。じゃあ、もうひとつ教えてくれ。アンネのことは、好きか?」
「……うん。好き」
「ガールフレンドとして、愛してる、って意味でいいかな」
 そう言いながら、ミシェルは手早く、裏庭に生えている、星型のがくの中心に黄緑色の花がさいたブプレウムと、実のついたブルーベリーをまとめていく。
「うん。ほんとは、そう言いたいよ。ちゃんと、好きって伝えたい」
「じゃあ、こいつを渡してそう言ったらいい」
 花をまとめた、ブーケ。小さなブルーベリーの実がアクセントになっていて、可愛らしい。ほかに、カスミソウが少しと、白い薔薇が一輪だけ、華を添えるようにブーケの一部に溶け込んでいた。
「わぁ!」
「これなら、アンネも喜んでくれるだろう」
「ミシェル、やっぱすごいや」
「はは、ありがとうな。さて、じゃあこの花――ブプレウムの花言葉を、教えてやろうか」
「何?」
「それはな……」
 そっと、クライヴに耳打ちをする。
 ミシェの耳打ちが終わると、クライヴは顔を真っ赤にして。
「そんなのどうしろっていうんだよー!!」
 と、大声を上げた。
 まあまあ、ミシェルはそれを制する。
「それくらいできないと、大人の恋愛ってのはできないぜ?」
「うう……うまくいくかな」
「大丈夫だ。もしうまくいかなかったら、俺がフォローしてやるよ」
「うん。わかった。よーし、俺も男だ! アンネのところ、行ってくる!」
 そう言って、クライヴはミシェルに作ってもらった花束を持ち、裏庭を出ていった。
「あらあら、クライヴったら、急に元気になったわね。どうしたのかしら」
「大丈夫ですよ、先生。俺もあのくらいの年頃のときは、あんなでしたよ」
「そうなの? ミシェルさんがそう言ってくださるなら、心配はないんでしょうけれど」
「そうですよ。男なんて、単純ですから」

「アンネっ!」
 アンネがよく足を運ぶ公園に着いたクライヴは、大声で名前を呼んだ。
 驚いたアンネは、遊具の向こうに姿を隠す。
「あ、待てよ、もういじめないって!」
 そう聞いても、アンネは中々、信じない。
 あちこち走り回って、二人とも息が切れる。
「も、やだぁ、いじめないでよぉ」
 アンネが泣きそうな声で言う。
「いじめないってば。なあ、アンネ」
 クライヴは、大きく深呼吸をしてから、アンネの前に膝をついて言う。
「オレは、アンネのこと嫌いじゃない。赤い髪も、そばかすも、どっちも嫌いじゃない。好きだけど、好きだから、からかいたくなった」
「どうして?」
「う。す、好きってのは照れるだろ!」
「もしかして、てれかくし?」
 アンネは、きょとんとした顔で訊く。
「うるせー! って、違う違う。えっと。俺は、アンネのことが、好きだ。もしよかったら――ずっと、一緒にいてくれ」
 ほんの少し、アンネは考えた。何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。けれど、唐突に理解して驚きの声を上げる。
「えぇーっ!」
「な、なんだよー!」
「だってだって、クライヴ、わたしのこと、えー!」
「なんだよ、好きじゃ悪いかよ!」
「だって、だってだって」
 アンネは、真っ赤になった顔を両手で包むようにしている。
「だって、何だよ」
「だって……わたしもクライヴのこと、好きなんだもん……」
「え、えええええっ!」
 クライヴもまた大きな声を上げて、二人は公園の中にいる人々の注目を集めた。
「お、おま、お前っ」
「いじめるけど、クライヴいっつもいじめるけど! あとでちゃんとあやまってくれるし、優しくもしてくれるし、ほんとのお兄ちゃんができたみたいで、好きなのっ!」
「アンネ……」
 二人は、少しずつ距離を縮めていく。
「これ。ミシェルからもらった」
「おはな?」
「うん。花言葉は――」

 そっと、クライヴはアンネにキスをした。
 甘い、甘い頬と唇の接点。幼い感情とは別な、柔らかな感情がクライヴの胸に広がった。

「初めてのキス、だってさ」
 そう言って、クライヴは顔を背けた。
 その背中を、顔を真っ赤にしたアンネが見つめる。
 少しして、アンネは胸に、クライヴの背中を抱いた。
「やれやれ、これで一件落着かな」
 公園の端で、ミシェルが呟く。クライヴのことがやはり心配で、ついてきたのだ。
 目の前に広がる光景。
 平和で、ミシェルが望む愛が溢れる光景。
 それが、明日も明後日も続けばいい。
「さて、帰ろう」
 ミシェルの望む光景には、代償がある。
「【Ung-rose】の仕事が、まだ残ってる」
 死が、常に付きまとう。
 初夏の陽光の中でも、人は刻々と命をすり減らす。
 どうか、彼らにも幸せな人生を。
 そんな願いを抱きながら、ミシェルは公園を後にした。

【初めてのキス――fin.】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...