追放令嬢のやさしい平民生活

東雲和泉

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追放1

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 それは一年間の学園行事、最後のパーティーの真っ最中だった。

「リーザロッテ・ベールアメール! 今この瞬間を以て、お前との婚約を破棄する!」

 豪華絢爛な会場の最奥、周囲よりもひときわ高くなった檀上から、朗々とした宣言が響き渡った。
 古いが品の良い調度品と、質も種類も豊富に揃えられた軽食、そして色とりどりの花々が飾られたこのホールには、当然そこに相応しい佇まいの人間たちが集まっている。何時如何なるときも誇りを持った振る舞いをせよ、と厳しく躾けられてきた若き紳士淑女たちだ。
 けれどそんな彼らも、いきなり行われた婚約破棄宣言に動揺を隠すことは出来なかった。

「…………お言葉を返す無礼をお許しくださいませ。よろしければ、もう一度、仰ってください」

 否。ざわめく会場で「彼女」は冷静だった。
 腰まで伸ばされ緩く波打った金髪は、シャンデリアの輝きを反射し彼女の全身を飾る宝石の如く。髪と同じ色のまつ毛に縁取られた翡翠色の瞳は知的な光を帯びている。貴族らしい真っ白な肌には髪も瞳もよく映え、深い紫色のドレスが彼女の大人びた顔立ちにぐっと色香を加えていた。
 ただそこにいるだけで存在感のある令嬢――それが「彼女」、リーザロッテの特徴だった。

 普通の者なら気圧されるであろうリーザロッテの雰囲気に呑まれることなく、宣言の主たるマティアスは傍らにいた令嬢の腰を引き寄せてもう一度口を開いた。

「この俺、マティアス・フォン・カンテベリーはお前との婚約を破棄し、このアンネローザ・チュリエス嬢と添い遂げる!」
「……理由をお聞かせ願えますでしょうか? 私だけではなく、今ここにいらっしゃる皆様全員が納得出来る理由をお願い致します」

 リーザロッテの淡々とした口調に、マティアスの柳眉が寄る。けれど表情を歪めたいのはリーザロッテも同じだった。
 カンテベリー王国の第一王子であり次期国王の期待をかけられるマティアスと、王国屈指の名門貴族であるベールアメール侯爵家の令嬢であるリーザロッテ。近い年に生まれたふたりが婚約を結ぶのは最早当然のことだった。政略結婚上等の貴族社会の中でも正統派な政略結婚だ。
 リーザロッテは幼少より彼との婚約が政治的な意図を持っていることを繰り返し教えられている。そしてそれはマティアスも同じだと思っていた。……この瞬間までは。

(チュリエスって、最近勢力を伸ばしているチュリエス男爵家よね。確かに力をつけている貴族を取り込むことは必要だけど、それに見合うだけのものを彼女と結婚して王家は得られるの?)

 ちらり、と壇上でおとなしくマティアスに腰を抱かれたままの令嬢を一瞥する。
 ふわふわした薔薇色の髪に純白のリボンを結び、薄紅色のアクセントが入った白いドレスを身にまとったアンネローザは、この場にいる誰よりも幼げだ。琥珀色の瞳をうるうると潤ませてマティアスに寄り添う姿は、男性なら誰しも庇護欲をそそられるのだろう。残念ながら同性のリーザロッテにはまったく、ちっとも、これっぽっちも理解できないが。
 そんな感情が視線に乗っていたのだろう。リーザロッテと目が合ったアンネローザは、大袈裟なほどにびくりと体を震わせると、マティアスに抱きついた。

「ま、マティアス様ぁ……っアンネ、怖いですぅ……!」
「大丈夫だ、アンネ。俺が必ず君を守ってみせる」
「マティアス様……」

 うっとりするアンネローザの額に唇を落とし、熱のこもった眼差しを向けるマティアス。しかしその蕩けるような視線も、リーザロッテのほうを向くと一転して冷たいものとなった。

「理由など簡単だ。リーザロッテ・ベールアメール。お前は次期国王である俺に、この国の王妃として相応しくない」
「お言葉ですが、私は幼少より殿下の婚約者として躾けられてきた身。この国の母となるべく育てられてきたのです。その私が、何故相応しくないと仰られるのでしょうか?」
「お前はアンネローザを苛めただろう!」
「……はい?」

 苛めたどころか今この場が初めての邂逅ですがなにか。
 いきなり降って湧いた糾弾に、思わずリーザロッテは目を瞬かせた。

「リーザロッテ! お前はアンネを苛め、学園の品位を落とすと暴言を吐き、彼女のクラスメートにまで手を回してアンネを孤立させた! それだけに飽き足らずアンネの私物やドレスを壊し、彼女だけではなくチュリエス男爵家の経済状況すら追い詰めている! 王家に忠誠を誓っている貴族を私的感情だけで取り潰そうとする女が、王妃に相応しいわけがないだろう!」

 自分で言っていて感情が昂ったらしいマティアスは口調を激しくしてしかめっ面だ。つややかな黒の巻き毛と王族の証たる紫水晶の双眸を持つ彼だが、品のある色彩に反して童顔なのでどうにも癇癪を起こして拗ねている少年にしか見えない。
 リーザロッテは彼が自分よりも2歳年上であることが信じられない気持ちを抑え、ため息をこらえて言葉を絞り出した。

「誤解を生んでしまったのは私の不徳の致すところですが、先程殿下が仰ったことに心当たりはございません。きっとなにか」
「俺の言葉が真実ではないと!? こちらには証拠もあるのだぞ!」

 リーザロッテの言葉を遮って高らかにマティアスが叫んだ瞬間、頭上から無数の紙が舞い散った。
 ひらひらと視界を埋め尽くさん勢いで降り注ぐ紙にはびっしりと文字が記されている。それを目にした者たちのざわめきで、ホールはあっという間に騒がしくなる。
 眼前に落ちてきた紙を手にしたリーザロッテはそれに目を落として――書かれていた内容に絶句した。
 盗難。侮辱。暴行。暗殺未遂。果てには――反逆?

「リーザロッテ・ベールアメール! いや、国賊リーザロッテ! お前の罪はその紙に記されたとおりだ! 未来の王妃とその生家を貶め、さらにアンネを目の敵にするあまり暗殺者まで雇い彼女を弑そうとした! これは立派な国家内乱罪であり国家転覆を狙う反逆罪である!」
「お、お待ちください! 私はそんなことをした覚えはありません! この名と誇りにかけて誓います!」
「ふん。やっと感情を露わにしたか。ここで動揺するということはつまり図星ということだ」

 何を馬鹿なことを言っているのだろうかこの王子は。
 リーザロッテは遠のきそうになる意識の片隅で、あまりにも不敬だけれど真っ当な評価を抱いた。
 身に全く覚えのない冤罪で国賊扱いされて動揺しない人間がいたら連れてきてほしい。いくら厳しい教育を受けているとはいえまだ16歳の少女にとってはあまりにも過酷すぎる状況だった。
 混乱の只中に置かれているリーザロッテだが、周囲の生徒たちも混乱している。

「お前の罪を告げてやろう」

 もう収集がつかないほどに崩れ去ったパーティーに、マティアスの――冤罪甚だしい――断罪が下された。

「リーザロッテ・ベールアメール。第一王子の名の下、お前を北の森経由の国外追放とする!」

 響き渡ったその言葉は、その場にいた全員から容易く声を奪い去る。
 リーザロッテの膝からとうとう力が抜け、べしゃりとその場に崩れ落ちた。

(ああ……ああ、ああ! なんて、なんてことなの……!)

 喉の奥でリーザロッテは絶叫する。突き上げる激情は、けれど声にならない。それほど、彼の告げた言葉は衝撃的だったのだから。
 だって、それは。

 ――――――それは、事実上の死罪なのだから。
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