1 / 10
追放1
しおりを挟むそれは一年間の学園行事、最後のパーティーの真っ最中だった。
「リーザロッテ・ベールアメール! 今この瞬間を以て、お前との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な会場の最奥、周囲よりもひときわ高くなった檀上から、朗々とした宣言が響き渡った。
古いが品の良い調度品と、質も種類も豊富に揃えられた軽食、そして色とりどりの花々が飾られたこのホールには、当然そこに相応しい佇まいの人間たちが集まっている。何時如何なるときも誇りを持った振る舞いをせよ、と厳しく躾けられてきた若き紳士淑女たちだ。
けれどそんな彼らも、いきなり行われた婚約破棄宣言に動揺を隠すことは出来なかった。
「…………お言葉を返す無礼をお許しくださいませ。よろしければ、もう一度、仰ってください」
否。ざわめく会場で「彼女」は冷静だった。
腰まで伸ばされ緩く波打った金髪は、シャンデリアの輝きを反射し彼女の全身を飾る宝石の如く。髪と同じ色のまつ毛に縁取られた翡翠色の瞳は知的な光を帯びている。貴族らしい真っ白な肌には髪も瞳もよく映え、深い紫色のドレスが彼女の大人びた顔立ちにぐっと色香を加えていた。
ただそこにいるだけで存在感のある令嬢――それが「彼女」、リーザロッテの特徴だった。
普通の者なら気圧されるであろうリーザロッテの雰囲気に呑まれることなく、宣言の主たるマティアスは傍らにいた令嬢の腰を引き寄せてもう一度口を開いた。
「この俺、マティアス・フォン・カンテベリーはお前との婚約を破棄し、このアンネローザ・チュリエス嬢と添い遂げる!」
「……理由をお聞かせ願えますでしょうか? 私だけではなく、今ここにいらっしゃる皆様全員が納得出来る理由をお願い致します」
リーザロッテの淡々とした口調に、マティアスの柳眉が寄る。けれど表情を歪めたいのはリーザロッテも同じだった。
カンテベリー王国の第一王子であり次期国王の期待をかけられるマティアスと、王国屈指の名門貴族であるベールアメール侯爵家の令嬢であるリーザロッテ。近い年に生まれたふたりが婚約を結ぶのは最早当然のことだった。政略結婚上等の貴族社会の中でも正統派な政略結婚だ。
リーザロッテは幼少より彼との婚約が政治的な意図を持っていることを繰り返し教えられている。そしてそれはマティアスも同じだと思っていた。……この瞬間までは。
(チュリエスって、最近勢力を伸ばしているチュリエス男爵家よね。確かに力をつけている貴族を取り込むことは必要だけど、それに見合うだけのものを彼女と結婚して王家は得られるの?)
ちらり、と壇上でおとなしくマティアスに腰を抱かれたままの令嬢を一瞥する。
ふわふわした薔薇色の髪に純白のリボンを結び、薄紅色のアクセントが入った白いドレスを身にまとったアンネローザは、この場にいる誰よりも幼げだ。琥珀色の瞳をうるうると潤ませてマティアスに寄り添う姿は、男性なら誰しも庇護欲をそそられるのだろう。残念ながら同性のリーザロッテにはまったく、ちっとも、これっぽっちも理解できないが。
そんな感情が視線に乗っていたのだろう。リーザロッテと目が合ったアンネローザは、大袈裟なほどにびくりと体を震わせると、マティアスに抱きついた。
「ま、マティアス様ぁ……っアンネ、怖いですぅ……!」
「大丈夫だ、アンネ。俺が必ず君を守ってみせる」
「マティアス様……」
うっとりするアンネローザの額に唇を落とし、熱のこもった眼差しを向けるマティアス。しかしその蕩けるような視線も、リーザロッテのほうを向くと一転して冷たいものとなった。
「理由など簡単だ。リーザロッテ・ベールアメール。お前は次期国王である俺に、この国の王妃として相応しくない」
「お言葉ですが、私は幼少より殿下の婚約者として躾けられてきた身。この国の母となるべく育てられてきたのです。その私が、何故相応しくないと仰られるのでしょうか?」
「お前はアンネローザを苛めただろう!」
「……はい?」
苛めたどころか今この場が初めての邂逅ですがなにか。
いきなり降って湧いた糾弾に、思わずリーザロッテは目を瞬かせた。
「リーザロッテ! お前はアンネを苛め、学園の品位を落とすと暴言を吐き、彼女のクラスメートにまで手を回してアンネを孤立させた! それだけに飽き足らずアンネの私物やドレスを壊し、彼女だけではなくチュリエス男爵家の経済状況すら追い詰めている! 王家に忠誠を誓っている貴族を私的感情だけで取り潰そうとする女が、王妃に相応しいわけがないだろう!」
自分で言っていて感情が昂ったらしいマティアスは口調を激しくしてしかめっ面だ。つややかな黒の巻き毛と王族の証たる紫水晶の双眸を持つ彼だが、品のある色彩に反して童顔なのでどうにも癇癪を起こして拗ねている少年にしか見えない。
リーザロッテは彼が自分よりも2歳年上であることが信じられない気持ちを抑え、ため息をこらえて言葉を絞り出した。
「誤解を生んでしまったのは私の不徳の致すところですが、先程殿下が仰ったことに心当たりはございません。きっとなにか」
「俺の言葉が真実ではないと!? こちらには証拠もあるのだぞ!」
リーザロッテの言葉を遮って高らかにマティアスが叫んだ瞬間、頭上から無数の紙が舞い散った。
ひらひらと視界を埋め尽くさん勢いで降り注ぐ紙にはびっしりと文字が記されている。それを目にした者たちのざわめきで、ホールはあっという間に騒がしくなる。
眼前に落ちてきた紙を手にしたリーザロッテはそれに目を落として――書かれていた内容に絶句した。
盗難。侮辱。暴行。暗殺未遂。果てには――反逆?
「リーザロッテ・ベールアメール! いや、国賊リーザロッテ! お前の罪はその紙に記されたとおりだ! 未来の王妃とその生家を貶め、さらにアンネを目の敵にするあまり暗殺者まで雇い彼女を弑そうとした! これは立派な国家内乱罪であり国家転覆を狙う反逆罪である!」
「お、お待ちください! 私はそんなことをした覚えはありません! この名と誇りにかけて誓います!」
「ふん。やっと感情を露わにしたか。ここで動揺するということはつまり図星ということだ」
何を馬鹿なことを言っているのだろうかこの王子は。
リーザロッテは遠のきそうになる意識の片隅で、あまりにも不敬だけれど真っ当な評価を抱いた。
身に全く覚えのない冤罪で国賊扱いされて動揺しない人間がいたら連れてきてほしい。いくら厳しい教育を受けているとはいえまだ16歳の少女にとってはあまりにも過酷すぎる状況だった。
混乱の只中に置かれているリーザロッテだが、周囲の生徒たちも混乱している。
「お前の罪を告げてやろう」
もう収集がつかないほどに崩れ去ったパーティーに、マティアスの――冤罪甚だしい――断罪が下された。
「リーザロッテ・ベールアメール。第一王子の名の下、お前を北の森経由の国外追放とする!」
響き渡ったその言葉は、その場にいた全員から容易く声を奪い去る。
リーザロッテの膝からとうとう力が抜け、べしゃりとその場に崩れ落ちた。
(ああ……ああ、ああ! なんて、なんてことなの……!)
喉の奥でリーザロッテは絶叫する。突き上げる激情は、けれど声にならない。それほど、彼の告げた言葉は衝撃的だったのだから。
だって、それは。
――――――それは、事実上の死罪なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
捨てられた悪役はきっと幸せになる
ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。
強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。
その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。
それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。
「ヴィヴィア、あなたを愛してます」
ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。
そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは?
愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。
※この作品は、人によっては元鞘話にみえて地雷の方がいるかもしれません。また、ヒーローがヤンデレ寄りですので苦手な方はご注意ください。
※表紙はAIです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる