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第十五章
山の幸
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小雪は高級和牛以外の材料を圧力鍋に放り込むと、オール電化のキッチンのIHコンロに置いて、火力調整ボタンを押す。
「お肉は最後の仕上げに入れるから、副菜を作るね」
「腹が減ってしょうがない…。完成が待ち遠しい…」
「茄子が特売だったから買ったんだけど、何を作ろうかな?」
「時間がないから手っ取り早く食べられる物で良いよ?」
「すぐに作れるのは焼き茄子か、浅漬けくらいかな」
「焼き茄子も浅漬けも両方美味いよな」
「秋は茄子が美味しいから、お母さんも喜ぶと思う」
「手抜きだと怒られるんじゃないか?」
「シンプルイズベストって言うでしょ?あれこれ手を加えず、そのままの方が美味しい時もあるよ」
「確かにそうだな。料理法は任せるよ?俺は何でも良い」
「何でも良いって答えは一番困る返事なんだけど…」
「じゃあ、茄子のアヒージョは?」
「アヒージョがよっぽど気になってるんだね…」
「アヒージョは小雪さん母親に怒られたんだっけ?」
「うん…。オリーブオイルはコレステロールがないのに、太るって怒られて…」
「オリーブオイルって高いやつはめちゃくちゃ高くね?」
「偽物のオリーブオイルは安いの。本物はエクストラバージンオリーブオイルって書いてあるよ?」
「ああ、見た事あるけど俺は安いごま油を買ってた」
「ごま油も香りが良いし、コレステロールがないって言うよね?」
「安いから偽物のごま油かもしれねぇな。体に悪そうだ」
「夏海君も料理とかするの?」
「そもそも俺の住んでるプレハブ小屋には冷蔵庫がないから…材料余らせたら腐っちまうんで、ほとんど惣菜とかインスタントばっか買ってる」
「確かに…夏海君の家だと…私が料理するのも難しいよ…」
「ちゃんとキッチンのある家に引っ越したいんだけど、役所に相談したら貯金がある奴には貸せないと言われてさ、奨学金返す為に貯めてるって言っても聞く耳持たん」
「本当に対応が酷いね…。奨学金も借金だから返すの大変そうだし…」
「奨学金の借金返済に追われて自殺する若者もいるそうだが、役所は綺麗事ばかりで助けちゃくれない。むしろ自殺させる為に借金の取り立てばっか厳しくしてる」
「借金の取り立てとかしてるの?」
「ああ、ネットのニュースで見たけど、業者に頼んで厳しく取り立てるから、若者が苦しんでるってやつ見て、俺は今から貯めておこうと思って貯めてるんだ」
「そう言えば夏海君、パソコン教室に通ってたけど、パソコン持ってないよね?どこでネットのニュースを見てたの…」
「図書館にネットが使えるパソコン置いてあるだろ?でもあれ日曜日とかクソガキがネトゲやってて変わってくんないんだよ。だからパソコンも買おうと思ってる」
「パソコンか…。何万円もするよね?」
「貯金があるから買おうと思えば買えるんだが、プレハブ小屋にはコンセントがないし、盗難が怖いから買ってない」
「まずはちゃんとした家に引っ越さないとね…」
「小説の応募もパソコンで書いたやつしか受け付けてないからさ、パソコンは買わないとなって前から思ってたんだ…」
「そうなんだ。それでパソコン教室に通ってたの?」
「動画配信とかも興味あってさ。一攫千金狙えるかもしれねぇし!」
「夏海君がネットで動画配信するの?見てみたい!」
「俺みたいなマシンガントークの奴は配信者に向いてるって、色んな人から言われたからな。それで動画配信の知識について学ぼうと思って、パソコン教室に通ってた」
「でもパソコン教室って、お月謝とか高いんじゃない?」
「そうなんだよ…。なんか初歩からやらないといきなり動画編集は無理だとか言われてさ、すげぇどうでも良い事を延々とやらされて、五ヶ月かけてやっと動画編集まで来たんだが、月三万の月謝は正直キツかった…」
「竹田さんも…悪い人だったの?」
「いや、竹田先生は良い人だと思う。最後の授業の時さ…俺、課題に手間取って完成出来なくて…延長チケットってのが、十枚あるんだけど、一枚で十五分だから百五十分やっても間に合わんくて…竹田先生は五時上がりなのに、終わるまで付き合うって言って、残業手当もないのに手伝ってくれたんだよ」
「そう言うシステムなんだ…。パソコン教室には通った事ないから知らなかった…」
「それからスーパーで会う度に声かけて来てくれて、俺もたまにパソコン教室の前まで行って窓から覗いてたら、手を振ってくれて中入れてくれてさ、他の生徒がいる時は忙しそうだから黙って帰ったけど、竹田先生と話すのが楽しみだった」
「それって…浮気じゃない?夏海君、竹田先生の事が好きなんじゃ」
「いやいや、あの人もう結婚してて俺のオカンより歳上だし、娘の方が俺と歳が近いんだぞ?」
「でも辞めた後も会いに行くなんて…好きだからじゃない?」
「嫌いではないよ?こんな人が俺の母親だったらなぁって思うけど、不倫とかする気はないから!」
小雪はプクッと頬を膨らませて怒っている。夏海はどう弁解して良いかわからず、しどろもどろになっていた。言葉にいつものキレがない。
「竹田先生に迷惑かけたくないし、仮に俺が惚れてたとしても、付き合う事はないと思う…」
「やっぱり!本気で好きなんだね?竹田さんの事」
「竹田先生が若くて独身だったら、間違いなく惚れてるだろうな」
「竹田さんの娘さんは夏海君の好みのタイプなの?」
「娘には会った事ないから知らんけど、竹田先生そっくりな娘なら惚れる可能性はあるな…」
「絶対に会ったらダメだからね?」
「小雪さんって意外と…彼氏を束縛するタイプなのか?」
「束縛はしてないつもりだけど…。好きだからヤキモチは妬いちゃうよ…」
「娘が俺の好みのタイプだったとしても、浮気はしねぇから信用しろよ?」
「うん…。夏海君が浮気しない人だって事はわかってるよ…」
「先生はオカンより俺の心配してくれてるし、オカンは俺の心配した事なんか一度もないんだよ…」
「スナックで働いてるって言ってたけど、この辺のスナックなの?」
「スナックじゅん子ってところだよ…」
「お母さんじゅん子さんなんだ?」
「いや、源氏名も本名も全く違う」
「じゃあなんで店の名前がスナックじゅん子なの?」
「オカンの知り合いのおばちゃんがやってる店だから、その人の本名なんじゃねぇかな?」
「ああ、夏海君のお母さんは雇われてるだけなんだね?」
「客からママって呼ばれてたから多分、店の経営は任されてると思うのだが…」
そうこうしてるうちに肉じゃがが完成していた。すでに時刻は八時を回っている。
「急いで盛り付けるからね?お肉はさっと火を通しただけだけど」
ホーロー鍋に移されて高級和牛を投入後に数分間だけ煮込んだ肉じゃがをミトンで掴んでテーブルの鍋敷きの上に置いた。
「めちゃくちゃいい匂いじゃん?早く食いたい!腹減って死にそう…」
小雪は手早く肉じゃがを小鉢に盛り付けて、夏海の前に置くと、揚げ物用の小さめの鍋で茄子をオリーブオイルとガーリックで素揚げしている。
「それは何を作ってるんだ?」
「夏海君が食べたがってたから、アヒージョを作ってるの。魚介がないから野菜だけだけど…」
オリーブオイルとガーリックも一緒に盛り付けて、肉じゃがの隣に置いた。夏海は一番最初に熱々のアヒージョから手を付ける。舌を火傷しそうだった。
「初めて食ったけどアヒージョって美味いな!」
「肉じゃがも食べてね?」
「これが一度食うと普通の肉を食えなくなると言う悪魔の肉か…」
「そんな危ないお肉じゃないよ…」
夏海は味わって肉を噛み締めている。
「肉が美味いのもあるけど…、味付けがオカンより美味い…」
「お肉のおかげだから、夏海君のお母さんより美味しいわけないよ?」
「絶妙な味付けだよ?でもオカンに言ったらキレるから黙っておこう」
「そんな事でキレるの?夏海君のお母さんって」
「前に俺がバレンタインデーにもらったクッキー食ってて、オカンの作ったやつより美味しいって言ったらめちゃくちゃブチギレて、飯作ってくれなくなったからな…」
「それでご飯を食べさせてもらえなくなったんだ?酷いね…」
「いや、それは親父が俺が反抗的だと言う理由で、親父の稼いだ金で飯を食うなって言われて、バイトで頑張ってたんだけど、中学生だからあんまりバイト代もらえなくてさ…」
「その頃からあのプレハブ小屋に住んでたの?」
「最初はホームレスの大勢いる大阪まで行ったんだ。でも警察に通報されて無理やり連れ戻されて、大阪まで行く切符で金がなくなったし、空き缶拾いは一晩中探し回って数百円とかだし…」
「夏海君の人生が壮絶過ぎて…言葉にならないよ…」
「十二月十四日から十日間、何も食わずにクリスマスイブに安いファミレスのステーキ食った時はマジで美味かったなぁ…」
「今年のクリスマスイブは私と一緒にいてね?ファミレスのステーキでも良いから」
「いや、ファミレスの肉はこんな美味くないから…」
「ステーキくらい私が夏海君に食べさせてあげたいんだけどそれは嫌なんだよね?」
「ところで小雪さんのお小遣いってどれくらいなんだ?」
「晩ごはんの材料費として六万渡されてるけど、たまにネイルサロンでアルバイトしてるから、それは私のへそくりだよ?」
「六万…俺の生活費とほぼ同じだけど、俺の場合、半分は奨学金の返済用に貯金してるから…」
「自分の欲しいものを買う時はへそくりを使うの。レシートはお母さんにチェックされるから、無駄遣いするとバレちゃうし、ジュース買ったりしたら怒られる…」
「ネイルサロンってどんな仕事なんだ?行った事ねぇからわかんねぇ」
「あっ、でもその話をしてたらお母さんが帰って来ちゃうから、交換日記に書いて明日渡すね!」
「おお!楽しみに待ってる。小説のネタでネイルサロンが出て来たら使うかもしんねぇし…」
「私の話が役に立つの?嬉しい!」
「今まで話した内容全部、役に立ってる。アヒージョもそのうち小説に書くよ」
「アヒージョも?今まで私の話した事、全部小説に書かれちゃうのかな…」
「脚色はするけどな。小説のキャラに合わせて、多少は変えると思うけど」
夏海は急いで肉じゃがを胃に流し込むと帰宅の準備をする。小雪もキッチンで洗い物を慌てて片付けている。八時半を少し過ぎたのでエレベーターに乗って一階まで降りると、ドアが開いた瞬間にキャリアウーマン風の女性とスーツ姿の男性が立っていて目が合った。小雪はその場に凍り付いている。
「お肉は最後の仕上げに入れるから、副菜を作るね」
「腹が減ってしょうがない…。完成が待ち遠しい…」
「茄子が特売だったから買ったんだけど、何を作ろうかな?」
「時間がないから手っ取り早く食べられる物で良いよ?」
「すぐに作れるのは焼き茄子か、浅漬けくらいかな」
「焼き茄子も浅漬けも両方美味いよな」
「秋は茄子が美味しいから、お母さんも喜ぶと思う」
「手抜きだと怒られるんじゃないか?」
「シンプルイズベストって言うでしょ?あれこれ手を加えず、そのままの方が美味しい時もあるよ」
「確かにそうだな。料理法は任せるよ?俺は何でも良い」
「何でも良いって答えは一番困る返事なんだけど…」
「じゃあ、茄子のアヒージョは?」
「アヒージョがよっぽど気になってるんだね…」
「アヒージョは小雪さん母親に怒られたんだっけ?」
「うん…。オリーブオイルはコレステロールがないのに、太るって怒られて…」
「オリーブオイルって高いやつはめちゃくちゃ高くね?」
「偽物のオリーブオイルは安いの。本物はエクストラバージンオリーブオイルって書いてあるよ?」
「ああ、見た事あるけど俺は安いごま油を買ってた」
「ごま油も香りが良いし、コレステロールがないって言うよね?」
「安いから偽物のごま油かもしれねぇな。体に悪そうだ」
「夏海君も料理とかするの?」
「そもそも俺の住んでるプレハブ小屋には冷蔵庫がないから…材料余らせたら腐っちまうんで、ほとんど惣菜とかインスタントばっか買ってる」
「確かに…夏海君の家だと…私が料理するのも難しいよ…」
「ちゃんとキッチンのある家に引っ越したいんだけど、役所に相談したら貯金がある奴には貸せないと言われてさ、奨学金返す為に貯めてるって言っても聞く耳持たん」
「本当に対応が酷いね…。奨学金も借金だから返すの大変そうだし…」
「奨学金の借金返済に追われて自殺する若者もいるそうだが、役所は綺麗事ばかりで助けちゃくれない。むしろ自殺させる為に借金の取り立てばっか厳しくしてる」
「借金の取り立てとかしてるの?」
「ああ、ネットのニュースで見たけど、業者に頼んで厳しく取り立てるから、若者が苦しんでるってやつ見て、俺は今から貯めておこうと思って貯めてるんだ」
「そう言えば夏海君、パソコン教室に通ってたけど、パソコン持ってないよね?どこでネットのニュースを見てたの…」
「図書館にネットが使えるパソコン置いてあるだろ?でもあれ日曜日とかクソガキがネトゲやってて変わってくんないんだよ。だからパソコンも買おうと思ってる」
「パソコンか…。何万円もするよね?」
「貯金があるから買おうと思えば買えるんだが、プレハブ小屋にはコンセントがないし、盗難が怖いから買ってない」
「まずはちゃんとした家に引っ越さないとね…」
「小説の応募もパソコンで書いたやつしか受け付けてないからさ、パソコンは買わないとなって前から思ってたんだ…」
「そうなんだ。それでパソコン教室に通ってたの?」
「動画配信とかも興味あってさ。一攫千金狙えるかもしれねぇし!」
「夏海君がネットで動画配信するの?見てみたい!」
「俺みたいなマシンガントークの奴は配信者に向いてるって、色んな人から言われたからな。それで動画配信の知識について学ぼうと思って、パソコン教室に通ってた」
「でもパソコン教室って、お月謝とか高いんじゃない?」
「そうなんだよ…。なんか初歩からやらないといきなり動画編集は無理だとか言われてさ、すげぇどうでも良い事を延々とやらされて、五ヶ月かけてやっと動画編集まで来たんだが、月三万の月謝は正直キツかった…」
「竹田さんも…悪い人だったの?」
「いや、竹田先生は良い人だと思う。最後の授業の時さ…俺、課題に手間取って完成出来なくて…延長チケットってのが、十枚あるんだけど、一枚で十五分だから百五十分やっても間に合わんくて…竹田先生は五時上がりなのに、終わるまで付き合うって言って、残業手当もないのに手伝ってくれたんだよ」
「そう言うシステムなんだ…。パソコン教室には通った事ないから知らなかった…」
「それからスーパーで会う度に声かけて来てくれて、俺もたまにパソコン教室の前まで行って窓から覗いてたら、手を振ってくれて中入れてくれてさ、他の生徒がいる時は忙しそうだから黙って帰ったけど、竹田先生と話すのが楽しみだった」
「それって…浮気じゃない?夏海君、竹田先生の事が好きなんじゃ」
「いやいや、あの人もう結婚してて俺のオカンより歳上だし、娘の方が俺と歳が近いんだぞ?」
「でも辞めた後も会いに行くなんて…好きだからじゃない?」
「嫌いではないよ?こんな人が俺の母親だったらなぁって思うけど、不倫とかする気はないから!」
小雪はプクッと頬を膨らませて怒っている。夏海はどう弁解して良いかわからず、しどろもどろになっていた。言葉にいつものキレがない。
「竹田先生に迷惑かけたくないし、仮に俺が惚れてたとしても、付き合う事はないと思う…」
「やっぱり!本気で好きなんだね?竹田さんの事」
「竹田先生が若くて独身だったら、間違いなく惚れてるだろうな」
「竹田さんの娘さんは夏海君の好みのタイプなの?」
「娘には会った事ないから知らんけど、竹田先生そっくりな娘なら惚れる可能性はあるな…」
「絶対に会ったらダメだからね?」
「小雪さんって意外と…彼氏を束縛するタイプなのか?」
「束縛はしてないつもりだけど…。好きだからヤキモチは妬いちゃうよ…」
「娘が俺の好みのタイプだったとしても、浮気はしねぇから信用しろよ?」
「うん…。夏海君が浮気しない人だって事はわかってるよ…」
「先生はオカンより俺の心配してくれてるし、オカンは俺の心配した事なんか一度もないんだよ…」
「スナックで働いてるって言ってたけど、この辺のスナックなの?」
「スナックじゅん子ってところだよ…」
「お母さんじゅん子さんなんだ?」
「いや、源氏名も本名も全く違う」
「じゃあなんで店の名前がスナックじゅん子なの?」
「オカンの知り合いのおばちゃんがやってる店だから、その人の本名なんじゃねぇかな?」
「ああ、夏海君のお母さんは雇われてるだけなんだね?」
「客からママって呼ばれてたから多分、店の経営は任されてると思うのだが…」
そうこうしてるうちに肉じゃがが完成していた。すでに時刻は八時を回っている。
「急いで盛り付けるからね?お肉はさっと火を通しただけだけど」
ホーロー鍋に移されて高級和牛を投入後に数分間だけ煮込んだ肉じゃがをミトンで掴んでテーブルの鍋敷きの上に置いた。
「めちゃくちゃいい匂いじゃん?早く食いたい!腹減って死にそう…」
小雪は手早く肉じゃがを小鉢に盛り付けて、夏海の前に置くと、揚げ物用の小さめの鍋で茄子をオリーブオイルとガーリックで素揚げしている。
「それは何を作ってるんだ?」
「夏海君が食べたがってたから、アヒージョを作ってるの。魚介がないから野菜だけだけど…」
オリーブオイルとガーリックも一緒に盛り付けて、肉じゃがの隣に置いた。夏海は一番最初に熱々のアヒージョから手を付ける。舌を火傷しそうだった。
「初めて食ったけどアヒージョって美味いな!」
「肉じゃがも食べてね?」
「これが一度食うと普通の肉を食えなくなると言う悪魔の肉か…」
「そんな危ないお肉じゃないよ…」
夏海は味わって肉を噛み締めている。
「肉が美味いのもあるけど…、味付けがオカンより美味い…」
「お肉のおかげだから、夏海君のお母さんより美味しいわけないよ?」
「絶妙な味付けだよ?でもオカンに言ったらキレるから黙っておこう」
「そんな事でキレるの?夏海君のお母さんって」
「前に俺がバレンタインデーにもらったクッキー食ってて、オカンの作ったやつより美味しいって言ったらめちゃくちゃブチギレて、飯作ってくれなくなったからな…」
「それでご飯を食べさせてもらえなくなったんだ?酷いね…」
「いや、それは親父が俺が反抗的だと言う理由で、親父の稼いだ金で飯を食うなって言われて、バイトで頑張ってたんだけど、中学生だからあんまりバイト代もらえなくてさ…」
「その頃からあのプレハブ小屋に住んでたの?」
「最初はホームレスの大勢いる大阪まで行ったんだ。でも警察に通報されて無理やり連れ戻されて、大阪まで行く切符で金がなくなったし、空き缶拾いは一晩中探し回って数百円とかだし…」
「夏海君の人生が壮絶過ぎて…言葉にならないよ…」
「十二月十四日から十日間、何も食わずにクリスマスイブに安いファミレスのステーキ食った時はマジで美味かったなぁ…」
「今年のクリスマスイブは私と一緒にいてね?ファミレスのステーキでも良いから」
「いや、ファミレスの肉はこんな美味くないから…」
「ステーキくらい私が夏海君に食べさせてあげたいんだけどそれは嫌なんだよね?」
「ところで小雪さんのお小遣いってどれくらいなんだ?」
「晩ごはんの材料費として六万渡されてるけど、たまにネイルサロンでアルバイトしてるから、それは私のへそくりだよ?」
「六万…俺の生活費とほぼ同じだけど、俺の場合、半分は奨学金の返済用に貯金してるから…」
「自分の欲しいものを買う時はへそくりを使うの。レシートはお母さんにチェックされるから、無駄遣いするとバレちゃうし、ジュース買ったりしたら怒られる…」
「ネイルサロンってどんな仕事なんだ?行った事ねぇからわかんねぇ」
「あっ、でもその話をしてたらお母さんが帰って来ちゃうから、交換日記に書いて明日渡すね!」
「おお!楽しみに待ってる。小説のネタでネイルサロンが出て来たら使うかもしんねぇし…」
「私の話が役に立つの?嬉しい!」
「今まで話した内容全部、役に立ってる。アヒージョもそのうち小説に書くよ」
「アヒージョも?今まで私の話した事、全部小説に書かれちゃうのかな…」
「脚色はするけどな。小説のキャラに合わせて、多少は変えると思うけど」
夏海は急いで肉じゃがを胃に流し込むと帰宅の準備をする。小雪もキッチンで洗い物を慌てて片付けている。八時半を少し過ぎたのでエレベーターに乗って一階まで降りると、ドアが開いた瞬間にキャリアウーマン風の女性とスーツ姿の男性が立っていて目が合った。小雪はその場に凍り付いている。
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