夏の雪

アズルド

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第二十七章

夜の街

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 リボンを解いて竹田のハロウィンプレゼントを開けた。バウムクーヘンの詰め合わせだった。賞味期限をチェックすると、既に切れている。

「あちゃ~!賞味期限チェックしときゃ良かった…」

「賞味期限切れちゃってたの?でもまだ食べられそう…」

「俺は賞味期限切れてても平気だけど、二人は嫌なら食わなくて良いよ?さっきスーパーで買ったお菓子でも食ってろ」

「私も平気だからもらって良い?」

「おいしそう~。私も食べたい!」

「じゃあ八個入りだから愛奈は二個で良いか?」

「なんで私だけ二個なの?酷い…」

「お前は部外者だからな」

「愛奈ちゃんに三個あげたら良いよ?私は二個で良いから…」

「はぁ…しょうがないな。三種類あるから一個ずつ、チョコ味が二個しかないけど」

 バウムクーヘンをデザートに食べて、スーパーで買ったお菓子を、愛奈はお持ち帰りする事にした。愛奈の家はここから歩いてすぐの場所なので、夏海が家まで送ってから戻って来ると、小雪はシャワーを浴びていた。小雪が出てくるのをリビングで待つ。

「夏海君、おかえり。お風呂、今上がったよ~」

「帰り際、愛奈がぐずるから帰るのが遅くなった…」

「晩ごはんの後片付けとかしてたから、そんなに待ってないし、気にしないで」

「なんか知らんが愛奈の親に怒られた」

「バウムクーヘンの事かな?」

「賞味期限が切れてた事は言ってない。言ったらもっとキレそうだった…」

「夏海君が私と結婚してしまったから怒ってたのかな?」

「多分、それが一番の原因だと思う…」

「親同士が決めた婚約者だったのよね?愛奈ちゃんって」

「イマドキそんな古い考え方の親いねぇだろ?田舎はこれだから嫌なんだ」

「私のせいで嫌な思いさせてたら、ごめんなさい…」

「それはないから!むしろ周りの連中に嫌な思いさせられてる…」

「夏海君もシャワー浴びてくる?」

「ああ、そうするよ」

 小雪は勝負下着に着替えてスタンバイしている。ご褒美をもらえる約束だからだ。テレビを付けても集中できず、夏海が出て来るのを正座して待っている。

「ふぅ~!いい湯だった。あれ…なんで小雪さん、正座してるんだ?」

「何となく…緊張しちゃって」

「足が痺れて来ないか?」

「ヨガ教室に通ってたから平気!」

「ヨガ教室なんか通ってたのか…」

「お母さんに無理やり通わされたの…」

「それで小雪さんは他の女子よりスタイルが良いんだな」

「お母さん、スパルタ教育だったから嫌いだったけど、夏海君に好きになってもらえたから、今は感謝してる」

「それじゃ今日の課題済ませて寝るか」

「えっ!ご褒美は?」

「その件なんだが…ちゃんと卒業するまではやめといた方が良いと思うんだ…」

「約束したのに…破るの?酷い…」

「いや、俺は約束は破らない主義だよ?ただちょっと延期するだけだ」

「夏海君は本当はしたくないんだよ?」

「ガキが出来たら、休学届出さなならんやろ?休学中でもいくらか金を払わなきゃならんのに…」

「ちゃんと避妊するから大丈夫だよ…」

「結婚したら学費は払わないって小雪さんの親からも言われてるんだ」

「じゃあ高校辞めるよ…」

「高卒資格がないと雇ってもらえないところ結構あるぞ?俺もそれで苦労した」

「あっ、そうだ!裏の居酒屋でね、働かせてもらえる事になったから」

「今は若いから融通効くけど、だんだん厳しくなってくるってオカンが言ってた…」

「お母さんの頃は就職氷河期だったからだよ?最近、少し緩和されて来たから」

「小雪さんは楽観的過ぎるんだ…」

「夏海君は深刻に考え過ぎてる気がする。絶対、上手く行くよ!」

「正直言って、俺の将来はお先真っ暗だからな。卒業後すぐに借金の取り立てが始まる。余裕があるのは三年生までだ」

「私が三年生の時に夏海君が卒業するから余裕がなくなっちゃうの?」

「中山は借金も親が払うとか言ってるとほざきやがって、それが嫌だから悩んでんだろ?って言ったら、もっと困ってる人がいるから、俺は恵まれてるとか言うんだよ」

「夏海君は真面目だから親に負担をかけたくないんだね」

「ぶっちゃけあんなバカみたいな引っ越し代を親に払わせた事もムカついてて中山を殺してやりたくなった…」

「殺人だけはダメだよ?もし夏海君が殺人罪で捕まっても、ずっと待ってるから!」

「小雪さんの親は俺と小雪さんを離婚させようとして、あの手この手で邪魔して来てんだ…」

「お母さんが?どうしていつも私の邪魔ばっかりするんだろ…。お母さんなんて大っ嫌い!」

「親は子供の幸せをぶち壊す為にいるって何度も言ってんだけど…周りは聞く耳持たない…」

「夏海君の元カノさんは…それで自殺したんだよね」

「あの時は俺…周りの反対を押しきれなくて…別れたんだけど…。小雪さんは…自殺させたくなかったから…」

「元カノさんが自殺した事…夏海君はずっと後悔してるんだね…」

「自殺する前に幸せな暮らしを疑似体験したくて今は無駄遣いしまくってたんだ…」

「夏海君が自殺するなら私も死ぬよ?」

「親は子供を殺したくてウズウズしてる。合法的に追い詰めて自殺させれば、殺人の罪に問われないからな…」

「お金がないなら私、体を売っても構わないと思ってるから。どうせ穢れてるし…」

「小雪さんにそんな事させたくねぇから悩んでんだろ!」

「夏海君が自殺するくらいなら、体を売る方が百倍マシだよ!この前、ゲーセンの裏でレイプされた時も、さっさと終われば良いのに…と思いながらじっとしてたし…」

「なんでみんな追い詰めてくんだ?どうして誰も助けようとしないんだ…」

「夏海君…自殺するなら最後に一度だけ…抱いて欲しい…。死ぬ前の…思い出にするから…」

「小雪さんには生きてて欲しいんだよ」

「私だって夏海君には生きてて欲しい」

「借金地獄に陥るのがわかってて…どうして俺なんかと…バカな女だな…」

「好きになっちゃったんだもん…」

「どうすりゃ良いのかわかんねぇんだ」

「私は今すごく幸せなの。今まで生きてきた中で一番幸せ。夏海君と一緒になれたから」

「ガキが出来ても苦しむのが目に見えてるから…作りたくないんだ…」

「夏海君は優し過ぎるんだよ…。何も考えずにレイプしてる人よりずっとカッコいいもん!大好きだよ…」

 夏海と小雪は一緒に一つの布団の中に入った。お互いの指と指を交差させて手を繋ぐ。

「夢の中で夏海君とした時、気持ち良過ぎてビックリしたの」

「あんまり期待すんなよ?俺は多分めっちゃ下手だと思う…」

「下手でも良いよ?テクニックあるとか言ってレイプされても気持ち良くなった事ないから」

「エロ漫画の読みすぎでそう言う思考になってんだよ?バカな男が増えるからエロ漫画も規制しろって思った」

「日本の性教育って先進国で一番遅れてるって言われてるよね」

「だから俺が性教育になる、まともなエロ小説を書いてやるよ?って意気込んでた」

「夏海君ならきっと良い官能小説が書けるよ?」

「ただ変態どもは都合の良い女を好きなだけレイプ出来るエロ漫画を求めてる」

「でも売れてるのはそう言う作品ばかりだよね」

「だがそんなもんは名作と呼べない。俺が書きたいのは名作であって、変態どもを喜ばせる駄作じゃない」

「夏海君の書いた名作が売れる世の中になれば良いなぁ」

 小雪は携帯で求人情報を検索すると、夏海に画面を見せながら、こう言った。

「求人情報で探してたらね、隣の変なお店ってソープみたい」

「ソープ?行った事ないけど、石鹸でなんかするのか…」

「お胸に泡を付けて体を洗ってあげたりするみたいだね。私もやった事ないけど…」

「胸に泡…幸せ過ぎるサービスだな…」

「今度、試しに夏海君にもやってあげようか?」

「練習してどうすんだ?絶対に隣の店で働くなよ!」

「夏海君も変なお店でテクニックの練習とかしないでね?私が一番最初に夏海君の大事なもの奪うから!」

「いや…小雪さん。それ…完全に…男の思考なんだが?」

「夏海君の初めては私のものなの!他の人に絶対に取られたくない…」

「男の初めてなんかに、そんな価値はねぇよ?」

「私にはめちゃくちゃ価値があるの!」

「よくわからんが、ソープに行く為に金を使うくらいなら、小雪さんと美味いものを食いに行くのに使うよ?」

「えへへ、夏海君とデートするの、めっちゃ楽しみ」

「機嫌直ったか?今日はもう寝ろ」

「興奮して寝られそうもないよ…」

 隣のソープから変な声が聴こえてくる。幽霊の声にも聴こえて不気味だ。

「何の声だろ?カラオケでも歌ってんのかな…」

「ソープにもカラオケってオプションついてるのかな?」

「わかんねぇ。行った事ないし…」

「私も働いた事ないから知らない」

「防音壁でも薄っすら声が貫通するくらいだから大声なのは間違いない…」

 耳をすませても何を言ってるのかは聞き取れない。いつの間にか小雪は眠ってしまった。朝目を覚ますと夏海はまた居なくなっていた。

「夏海君、どこに行ったんだろ?市役所の方かな…」

 市役所の方へ行くとパトカーが停まっている。嫌な予感がして中を覗くと、刑事がたくさんいて夏海を取り押さえていた。

「俺が一体、何したって言うんだよ?」

「アクリル板を壊しただろ?」

 相談窓口のアクリル板にはヒビが入っている。

「そんなもん弁償するから離せ!」

「もう無理!お前はこれで前科持ちだからな?」

「は?アクリル板壊したって器物破損だから弁償したら終わりだろ…」

「市役所に爆破予告のメールを送り付けた犯人はお前だろ?」

「知らねぇよ?爆破予告されるような事をしてるこいつらの方が悪いんだろ!」

「図書館のパソコンからメールは送信されていたし、お前が図書館のパソコンを使ってるのは知っている」

「知らねぇって言ってんだろ!冤罪ばっかり起こしてて恥ずかしくねぇのか?」

 ギャラリーが集まって来てヒソヒソ話をしている。小雪もその中に混じっていた。

「あの刑事さん、また冤罪だって?これで三回目じゃないか…。いい加減にしろよ」

「あの子も可哀想にねぇ…。優しくて良い子なのにどうして三回も…」

「夏海君…どうしてまた逮捕されなきゃならないの?あの刑事さんを逮捕してよ…」

 夏海は無能な刑事に連れて行かれてしまった。小雪はバスに乗って警察署の方に向かった。
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