エマとニコ

アズルド

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序章

女性騎士団長

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 女性初の騎士団長に任命されたエマは謁見の間で国王から直々に初任務を与えられた。

「迷いの森に魔族の隠れ棲む村があると言う情報を得た」

「迷いの森は方向感覚が狂って帰れなくなると言う噂です。近付くのは危険かと…」

「逃げ帰って来た者からの証言だ。悪の芽は早いうちに摘み取る方が良い」

「お言葉ですが、まだ魔族に襲われたと言う被害が出ていないのであれば、討伐するのは時期尚早だと思います…」

「余はエマに期待しておるから高難易度の任務を与えておるのだ」

「ハッ!有り難きお言葉にございます。国王様」

「必ずや良い結果を期待しておるぞ?」

 エマは重い足取りで渋々、騎士団員を連れて迷いの森へと向かった。

「あちこちに白骨が落ちてるな…」

「なんでこんな危険な場所が初任務なんだよ?」

「普通、新米騎士団長はもっと簡単な任務を言い渡されるよな?」

「ていのいい厄介払いじゃねぇか?あわよくば、エマ様に殉職してくれ!ってとこだろ」

「俺はまだ若いのに巻き添え食いたくねぇよ!」

「あなたたち、お喋りしてないで道しるべを樹に刻んで残しなさい!帰れなくなったらどうするつもり?」

 エマは迷わぬよう来た方向へ、ナイフで等間隔に矢印を刻んでいる。

「ちぇっ!あんなキツい性格だから、三十路まで嫁に行き遅れるんだよ?」

 騎士団員が小声で耳打ちしたのをエマは聴き逃さなかった。

「私は二十九ですよ?三十路になっていません」

「うげぇ、地獄耳のおばさん…。おお、怖い!」

「はぁ…。女だと言うだけで、どうしてこうも馬鹿にされなくてはならないのか…」

「ま、魔族だ~!魔族が出だぞ?」

「なんだって?は、白骨が動き出しやがった!」

 そこら辺に落ちている白骨が突然、動き出して襲って来る。

「ネクロマンサーが操っているんだ!体はいくら叩いても死なない。頭蓋骨にあるコアを狙え?」

 エマは冷静に状況を分析して、的確な指示を出した。頭蓋骨を破壊すると白骨はガラガラと崩れ落ちる。

「へへへ!楽勝じゃん?」

「まだ油断するな!ネクロマンサーがそばに潜んでいる」

「ネクロマンサーなんてひ弱な魔術師っしょ?」

「魔術師を甘く見るな!」

「こんな危険な任務、魔術師が引き受ければ良いんだよ?なんで魔法の使えない騎士団が…」

「まあ魔術師を雇うのは大金がかかるからな…」

 エマは用心深く辺りを見渡した。しかし地盤が緩んでいるところをうっかり踏んでしまい、ガラガラと崖が崩れて滑り落ちて行く。

「あ~あ、エマ様が崖から落っこちちまった…」

「女は鈍臭いなぁ~。国王様に報告しないと?」

「でも…エマ様を助けに行かなくて良いのか?」

「国王様もエマ様に殉職して欲しくて、こんな任務を与えたんだろ?」

「助けに行くって言っても暗くて崖の底が見えないぞ?」

「ミイラ取りがミイラになるって、ことわざがあるから行かなくて正解だと思う…」

「とりあえず一旦、城に帰還しようぜ?ラインハルト様に指示を仰ぐ」

 不真面目な騎士団員はヘラヘラ笑いながら、エマの付けた矢印を辿って無事に帰還した。

「エマ様は頭の回転は速いんだけど、詰めが甘いからなぁ~」

「頭の回転、速いか?別に普通だろ…」

「今まで迷宮入りした事件を数々、解決して来たから出世して騎士団長になれたらしいぜ?」

「ふ~ん、俺だってそれくらい簡単に解決出来るから、騎士団長に出世したいぜ!」

「噂によるとあの大きな胸で上司のラインハルト様を誘惑して、手柄を立てた事にしてもらったらしいぞ」

「でもラインハルト様って問題発言が多過ぎて、死刑執行人に左遷させられたんじゃなかったっけ?」

「死刑執行人の仕事なんて誰もやりたがらないから、問題起こした奴が押し付けられるもんな…」

「罪人とは言え、首を刎ねさせられるのは誰だって嫌だよ?」

「ラインハルト様は眉一つ動かさず、平然と首を刎ねてたそうだが…」

「ああ、処刑の瞬間なら俺も見てたよ」

「確かインキュバスの男だっけ?」

「人間のフリしてたんだが、女が妊娠すると殺しちまうって悪党だったのさ?」

「そいつは生かしといたらマズい!悪党だな?」

「それなのに女どもが死刑反対!って横断幕作ってデモ活動してたがな…」

「あのインキュバス、顔が良かったからやはり女にモテるのか…」

「首を刎ねられた時の断末魔の叫び声が凄かったよな?」

「確か俺の息子がお前たちに復讐にくる!とか叫んでたらしいけど…。俺は耳を塞いでたから聞いてない」

 ちょうどそこに死刑執行人のラインハルトが通りかかって咳払いをした。

「お前たち、団長のエマはどうした?一緒じゃないのか」

「ラ、ラインハルト様!い、いつからそこに…」

「ついさっき通りかかったところだが、随分と焦ってるようだな?何か私に聞かれてマズい事でも話していたのかね…」

「い、いえ!エマ様は…その…崖から滑り落ちて消息不明です…」

「な、なんだって?お前たち、なぜエマを助けに行かなかった!」

「あの…でも…かなり深い崖だったし…、降りられる道も見当たらず…申し訳ありません!」

「もういい!私がエマを探しに行く…」

 ラインハルトはエマが樹に付けた真新しいナイフの刻み跡を頼りに、エマの転落した崖の前までやって来た。

「ここか?足跡がここで途切れている…。これは確かに深いな…。迂回ルートを探さねば!」

 エマは崖の下で気絶していたが、奇跡的に意識を取り戻した。全身を強く打ったので激痛で起き上がれない。

「苔がクッションになったか…。水を含んだ柔らかい土だったのも運が良かった…」

 薄暗い崖の底でエマは何とか目を凝らして、周りの状況を分析している。

「どうやら骨は折れていないようだ…。滑り落ちる際も真っ直ぐに落ちたから、どこも怪我してないな…」

 フードを目深く被ったローブを着た者がエマに近づいて来た。手には殺傷能力の高いボーガンを持っている。

「あなたは…人間なの?」

「僕は…人間の母さんに…育てられた…。あなたは…僕の母さんに…とてもよく似ている…」

「あなたの…お母さんは…この近くに…住んでいるの?」

「母さんは…ずっと前に…死んだ…。僕が…子供の頃に…」

「そう…。あなたは…身寄りのない…孤児なのね?」

「僕は…誰にも愛されていない…奴隷だから…」

 よく見るとローブを着た青年は、両手両足に鎖が付いた枷を嵌めさせられている。

「その手枷足枷は誰に付けられたの?」

「魔族たちに…付けられたんだ…」

「ひょっとして…魔族の村に囚われているの?」

「いや…。僕はここで…人間が来ないように…見張り番を…させられている…」

「でも…そんな物が手足に付いていたら…敵と戦えないし…、襲われても…逃げられない…わよね?」

「逃げる必要はない…。どうせ僕には…どこにも居場所がないから…」

「居場所なら…私が見つけるわ?私は騎士団長なの…。あなたを…保護します」

「スケルトンを使って…人間を追い返そうとしたんだけど…」

「じゃあ…さっきの…スケルトンは…あなたが…操っていたの?」

「うん…怪我をさせたくなくて…ボーガンは使わなかった…」

「優しい子ね…。それに魔法を使えるなんて…魔術師免許は…持っているの?」

「ううん…僕は無免許の魔術師だよ…」

「魔術師免許を取れば…大金持ちになれるから…試験を受けなさい?受験料なら…私が出してあげるから」

「あなたは…どうして…そんなに僕に…優しく…してくれるの?」

「どうして…かしら?あなたが…他人だと思えないの…」

「僕も…最初にあなたを見た時…母さんが生き返って…戻って来たのかと思った…」

「あなたを…養子にするわ…。私の事は…お母さんと…呼んでも…良いのよ?」

「僕の母さんに…なってくれるの?嬉しいな…」

「私はエマ…。あなた…名前は?」

「僕の名前は…ニコ。光って言う意味。母さんが付けてくれた…」

「ふふふ…。ニコか…。良い名前ね?」
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