エマとニコ

アズルド

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第十五話

住居不法侵入

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 この日はニコの部屋にペニーも勉強会に来ていた。いじめっ子二人は尾行して、アパートに入るところを外から見ている。

「エマーソンの奴、絶対に部屋の中でムーアとやりまくってるに決まってるって!」

「エマーソン君は、私が部屋の中に入っても指一本、触れてこなかったわよ?」

「は?ジョゼもエマーソンの部屋に連れ込まれたのか…」

「美味しい手料理を振る舞ってくれて、最高だったわ~」

「なんでジョゼは男の部屋にホイホイ連れ込まれてんだよ!」

「別にエマーソン君になら襲われても良いし~」

「エマーソンの奴、顔が良いだけで苦労せず生きててムカつく!」

 ニコはペニーとアルバイト先のレストランに向かう為、アパートの裏側のベランダから、風魔法で飛び降りたので、いじめっ子の二人とは鉢合わせにならずに済んだ。

「私はここで見張ってるから、あんたはムーアさんの部屋に忍び込みに行ったら?」

「レストランのアルバイトが終わるのは、夜の二刻(二十時頃)だったかな…」

「ええ、大体そのくらいみたいよ」

「今、夕方の四刻(十六時頃)だから二刻後ね」

「じゃあ、夜の一刻半に忍び込むよ?」

 ジョゼは外での張り込みが寒くなって来たので、レストランの中に入った。キャンベルも来ている。

「いらっしゃいませ…。また来てくれたんだ…」

「うん、ちょっと近くまで通りかかったからね」

「昨日ミラーさんが注文したデザート…ほとんど食べ残してたって…ペニーに聞いたんだけど…」

「お腹いっぱいになっちゃって…」

「そうだろうなと思ったよ…」

「デザートばかりだと飽きちゃうわ!」

「昨日から…店長に厨房に入っても良いって言われたから…何でも作れるよ?」

「本当に?じゃあ、何にしようかなぁ」

 ジョゼがメニューを開いて思案していると、キャンベルが呼び鈴を鳴らしたので、ニコはそちらの応対に行ってしまった。

「仕事中はニコ君とあんまりゆっくりお喋りできないわね…」

 そこへラインハルトとエマが、一緒に入って来る。ジョゼは心の中で口汚く毒づいた。

「なんでこんな安い店に騎士団長のエマ様が来るの?きっとエマーソン君の養母だからね…。さっさと子離れしなさいよ!おばさん」

 ペニーがラインハルトとエマのテーブルの応対をしている。

「ところでラインハルト様、ニコとお手合わせする日取りは決まりましたか?」

「えっ、ニコがラインハルト様とお手合わせするの?聞いてないわ…」

 エマは驚いて寝耳に水と言った顔をしている。

「ああ、その事なんだが…。チケットが完売したらしくて、ニコ君にも収益の一部が支払われる事になったよ」

「えっ!チケットが販売されたんですか?ただのお手合わせなのに…」

「コロシアムの予約をした際に、ニコ君がリアムの息子だと知った連中が試合を見たいと言い出して聞かなくてね」

「ニコってリアムの息子だったの?王国タイムスで読んだけど、連続婦女暴行事件の犯人ですよね…」

「それは誤解なんだ…。合意の上だったようで、女性たちは誰もリアムを恨んでいなかった」

「まあ、そうでしょうね…。ニコの父親ならモテそうだし…」

「家賃の件で悩んでいたようだから、少しは足しになればと思ったのだが…、勝手な事をしてしまってすまない…」

「家賃は私が払うって言ってるのに、ニコったら意地を張って…」

「ニコ君も自立しようと頑張ってるんだ。応援してやれば良いじゃないか」

「コロシアムで試合をするなんて、大怪我をするかもしれないのに…。危険だわ!」

「こんな事を言うのも何だが、試合で大怪我をするのは私の方かもしれない…」

「ニコの魔力は一億以上だとかカーティス先生が言ってたけど…。それってどのくらい強いの?」

「おそらく一級魔術師、五人分くらいじゃないか?」

「ええっ!一人でも強い一級魔術師が五人束になってもニコには勝てないの?」

「キャンベル先生やカーティス先生も一級資格を取得されてるので、あの二人と私が魔法と剣で戦ったとしても、私の方が負けるだろうな…」

「カーティス先生はわかるけど、キャンベル先生は防衛術ばかりなので、勝てないと思いますよ」

「タイムアウトもあるからな。キャンベル先生とは引き分けと言うところか…」

「キャンベル先生って、そんなに強かったんですね」

「光魔法の結界を張られたら、剣が通らないからな」

「光魔法なら束縛もありますよ?」

「束縛で動きを封じられてしまったら…私は手も足も出なくなる…。魔術師とは戦いたくない…」

「ニコは魔法は使わずにやるって言ってました」

「それなら私にも勝機はあるかもしれないが…」

「私も試合のチケットを買っておけば良かったわ…」

「そう言うと思って、エマの分のチケットは用意してある。特等席だからよく見えると思うぞ?」

「本当に?ありがとうございます。ラインハルト様」

「エマにカッコ悪いところは見せられないな…」

 エマが御手洗に立ったので、ペニーはラインハルトに耳打ちして尋ねた。

「エマ様にプロポーズはいつされるんですか?」

「ニコ君に勝てたらプロポーズしようと思う…」

「えっ!勝てなかったら諦めちゃうんですか?」

「ニコ君にはエマを懸けて勝負を申し込まれたのだと思ったのだよ?」

「そう言えば…ニコはヤキモチ妬いてるみたいでした。ラインハルト様とエマ様が仲睦まじくされてたので…」

「男の子が最初に好きになるのは母親だと言うからな…」

「そうなんだ?知らなかったです」

「私がニコ君に魔法なしの剣の試合で負けるようであれば、彼も私を父親とは認めないだろうね」

「ラインハルト様もニコとの試合では手加減する気はないって事ですか?」

「試合で手加減するのは、相手に対して失礼に当たる…」

 その頃、いじめっ子のグレゴリーは、ペニーの部屋の鍵をピッキングで開けると、クローゼットの中で身を潜めた。ニコがレストランからペニーを送って来る。ペニーは部屋の鍵を開けようとして、シリンダーが外れている事に気付いた。

「おかしいわね…。戸締りして出掛けたはずなんだけど」

「ペニー…部屋に入るのは…待って?僕が先に入って確認してくるから…」

「部屋の中は散らかってるから…ニコに見られるのは恥ずかしいわ…」

「君の命が…危険かもしれないのに…そんな事…気にしてる場合じゃ…ないだろ?」

「中に誰かがいるって言うの?」

「プンプンと…嫌なニオイがする…」

 グレゴリーはクローゼットの中で、息を押し殺して隠れている。

「二人で何か話してるみたいだけど、小声だから聞こえないな…」

 突然、クローゼットが開いたと思うと、グレゴリーは手首を捻り上げられる。大人しそうな見た目からは想像出来ない程の物凄い怪力で、腕ごと締め上げられていた。

「イテテテテ…。は、離してくれッ!」

「なんで君が…こんなところに…隠れてるの?」

「ち、違うんだッ!これはジョゼに頼まれて…」

「ミラーさんが…どうして君に…こんな事を…」

「エマーソンとムーアの仲を…引き裂いて欲しかったらしくてさ」

「どうしてそんな事を…する必要があるんだ?」

「エマーソンはバージンの女しか狙わねぇって、ジョゼが言ってたんだ。それでムーアのバージンを喪失させてくれって頼まれて…」

「ペニーは…君の命の恩人なのに…恩を仇で返す気か?」

「そ、そうなんだけど…。俺、ムーアの事が前から良いなぁと思ってたから、魔が差して…」

「呆れたわね…。好きなら好きって男らしく正々堂々と告白して来たら?」

「絶対にフラれるのわかってんのに言えるわけねぇじゃん!」

「ラインハルト様でさえ、好きな女性に告白するのを躊躇っていたけど、そんなに男って好きだと言えないものなの?」

「僕は普通に…好きな子には好きだって…言うけどな…」

「エマーソンは顔が良いから、簡単に好きとか言えるんだよ!断られるかもしれねぇとか考えた事ねぇだろ?」

「もちろん考えるさ…。と言うかペニーには…初めて会った日にフラれてる…」

「嘘だろ!エマーソンはムーアに告って、フラれてたんだ?マジか…」

「べ、別に私はニコをフッたつもりなかったんだけど?」

「告白してムーアにフラれてんのに、ずっとムーアと仲良くしてたんだ?俺には真似出来ねぇ!」

「だから今は…別の女性と…お付き合い…してる…」

「それ誰なんだよ?ジョゼもそう言ってたんだけど、お前の周りにいつもいる女ってムーアだけじゃん!」

「君に教えるわけないだろ…。カレッジで言いふらされるかもしれないのに…」

「ニコには今…他に好きな子が…いたなんて…」

 ペニーはショックを受けている。しかもペニーからフラれてしまったと、ニコが勘違いしている事にこの時、初めて気付いたのだった。

「エマーソンと付き合ってないなら、俺と付き合ってくれないか?ムーア」

「誰があんたなんかと!この状況で告って成功すると思ってんの?私の事をレイプしようとしてた癖に…」

「やっぱり告ってもダメじゃん!」

「はぁ…私もショックで立ち直れそうにないわ」
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