エマとニコ

アズルド

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第二十三話

過去の出来事

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 絶世の美女であるリアムの姉と迷いの森で再会したニコは、再会を喜んでいるというわけではなかった。

「僕が突然…居なくなっても…心配すらしてなかったんだね…お姉さんは」

「別にニコは私の子供じゃないし、それを十年間も面倒見てやったんだから、感謝しなさいよ?」

「母さんが死んでから…キンダーガートンにも行かせてくれなかったし…」

「ニコがキンダーガートンで問題起こしたら、私が叱られるんだから当然でしょ?」

「問題を起こしたとしても…僕一人が罰を受けるだけだ…。お姉さんは別に…叱られてなかったじゃないか…」

「そう言えば、あの手枷足枷はどうしたのよ?」

「新しい母さんが…鍵屋さんに頼んで…外してくれた…」

「あの鍵は魔族の鍵屋が作ったのよ?人間なんかに外せるわけないじゃない…」

「腕の良い鍵屋さんが…外してくれた。四刻以上かかったけど…」

「あの複雑な構造を人間が理解するなんてね?」

「お姉さんは…人間を馬鹿にしてるけど…人間の中にも…頭の良い人はいるんだよ…たまにね…」

「人間なんてほとんど馬鹿ばっかりじゃない?」

「カーティス先生は…僕より頭が良いと思う…」

「ニコは人間の血が混じってるから、普通の魔族より、お馬鹿さんだものね?」

 あまりの言い草にペニーは見るに見かねてニコを擁護する。

「お姉さん、ニコはカレッジでも学年トップの成績ですよ?」

「そんなの当たり前じゃない?魔族の血を引くニコが人間に負ける方がおかしいわ」

「学期末の成績は…僕が二位で…ペニーが一位だったけど…」

「あら、それホント?この子、見かけによらず賢いのね!褒めてあげるわ」

「それはただ…ニコが男子と喧嘩してモラル得点が百点分、引かれたせいなので…」

「喧嘩っ早いところも直したら?モテなくなるわよ」

「ニコはモテモテです。喧嘩の後も女子には人気者でしたよ」

「そりゃ、人間の男なんかよりインキュバスの方が魅力的だから、そんなの当たり前じゃない?」

「お姉さんはいつも…そうやって僕を貶してくるから…僕を褒めた事なんて…一度もないんだ…」

「ニコを褒めたって何も得にならないじゃない?インキュバスからを吸っても美味しくないし」

「僕だって…サキュバスのなんか…いらないよ…」

「餌をあげたんだから感謝しなさい?」

「生きてるのが…楽しくないのに…感謝したくない」

 リアムの姉はペニーの方を指差しならがらこう言った。

「今はこの子からをもらってんの?」

「ペニーからははもらってない…」

「じゃあどうしてるのよ?リアムも牢屋にぶち込まれてなしで、かなり衰弱してたけど…」

 ペニーはふと思い浮かんだ素朴な疑問をぶつけてみる。

「お姉さんはどうして人間に牢屋に入れられた弟を助けに行かなかったんですか?」

「あんな馬鹿な弟、なんで助けに行かなきゃならないのよ?」

「でも姉弟なんですよね?普通は助けたいと思わないのかな」

「それは人間の感覚でしょ?魔族は姉弟だから助けたいとか考えないわ!」

「だから魔族は嫌なんだ…。僕は人間になりたかった…」

「甘ったれないでよ?混血児のニコを殺すべきだって周りから言われたけど、殺さずに生かしておいてあげたのに」

「殺してくれた方がマシだった…」

 ペニーは慌ててニコを慰める。

「ニコが生きててくれて、私は嬉しかったよ?」

「ペニーも僕とは…あまり深く関わらない方が良いよ…。不幸になるだけだから…」

「少なくともカレッジではニコのせいで不幸になったと言ってる人は誰もいないわ。私の知る限りね」

「僕のせいで…登校拒否になってる娘が…いたじゃないか…」

「みんなニコが好きだから、またお付き合いして欲しかったみたいね」

「ペニーは…僕の元カノと…話した事が…あるの?」

「ニコが話しかけてくれなくなったって言うから、自分から話しかけたら?って、アドバイスしてたのよ」

「元カノと…二人っきりになると…キスをせがまれるから…断るのが大変なんだ…」

「断らなきゃ良いじゃない?」

「もし…断らなかったらを吸い尽くして…死んでしまうのに…」

「ホント難儀な生き物ね…。インキュバスって」

「だから僕は…インキュバスなんかに…生まれて来たくなかったんだよ…」

「でもゾエキッチュの卵さえあれば、解決するわよね?」

 ペニーの言葉を聞いて、リアムの姉はニヤリと笑みを浮かべた。

「お前たち、まさかゾエキッチュの卵を取りに来たのかい?」

「はい、セフィロトのそばにあるって聞いて…」

「あそこにはトラップがたくさんあるから気をつけないとね」

「トラップは…僕が解除するから…大丈夫だと思う」

「近道があるんだけど、そこは特に気を付けて?まあ、お前たち二人なら大丈夫だろうけど」

「近道があるんですか?」

「ええ、でも入り口の扉は男女ペアじゃないと、開かない仕組みだから…」

「どうして入り口の扉が男女ペアじゃないと開かないんですか?」

「遠回りしたら行けるから近道を通らなくても大丈夫よ」

「近道があるのなら…できればそこを…通りたいのだけど…」

「近道なら日帰り出来るけど、遠回りしたら一日では帰れないかもね」

「じゃあ近道を通る方が良いね?」

「急がば回れって言うけど、週休二日とは言え、予習復習はしたいもんね」

「カーティス先生とキャンベル先生が後からくると思うけど、男女ペアだから通れると思う」

「そのカーティスにも興味があるわ。賢い男は好きよ?」

「カーティス先生は…キャンベル先生の事が好きだから…テンプテーションはかけないであげて…お願いだよ…お姉さん…」

「うふふ~、カーティスがどんな良い男なのか楽しみだわぁ」

「僕の話を全然…聞いてないね…お姉さんは…」

 ニコとペニーがセフィロトのダンジョンの中へ入ってしまった後、カーティスとキャンベルが迷いの森へやって来た。リアムの姉が目の前に現れる。

「あなたがカーティスかしら?ニコがお世話になってます!」

「これはこれはマドモアゼル…なぜ私の名をご存知で?」

 リアムの姉は投げキッスをして、カーティスをテンプテーションにかけようとしたが、キャンベルが結界でテンプテーションを無効化してしまった。

「魔族の者ですね…?この女は…」

「どうやらニコ・エマーソンの御親族のようですが、親権は現在、エマ様がお持ちになっておられますので、法的には赤の他人でしょうな…」

「人間の決めた法律には魔族は縛られないわよぉ?」

「そうでしょうね。私は人間なので従わざるを得ませんが、魔族には関係がない事です」

「人間が魔族の子供を勝手に連れて帰るなんて誘拐罪よぉ?」

「確かに一理ありますが、人間の決めた法律ですと十八歳未満を連れ帰ると誘拐罪に当たりますが、十八歳以上ならば本人の意思が尊重されます」

「ニコが自分の意思でついて行ったから良いって事ね?」

「ええ、人間の法律では何も問題はありません」

「カーティスは頭が良いから話してて楽しいわぁ~」

「魔族の女性から褒めていただけるなんて光栄ですねぇ」

「私のペットにしたいから、大人しくテンプテーションにかかりなさい?」

 キャンベルは杖を構えてリアムの姉に向けながら威嚇する。

「おのれ魔族!そんな事この私が絶対に許しませんよ?」

「あらあら、そんなに怒っちゃって?アドレナリンの匂いがプンプンするわぁ」

「ミス・キャンベル。マドモアゼルを怒らせるのは得策ではありません。話し合いで解決しましょう」

「本当にお利口さんね?カーティスは」

「しかし話し合ってわかり合える相手だとは思えません」

「どうやら私を気に入っておられるご様子なので、少しは話に耳を傾けてもらえるかと」

「何、鼻の下を伸ばしているのですか?カーティス」

「いえ、私は鼻の下を伸ばしてなどおりませんよ?」

「キャンベルはカーティスの事が好きなのね?わかるわぁ~」

「私にはお付き合いしている殿方が他におりますのよ!」

「あら、そうだったの。じゃあカーティスは私がもらっても良いでしょ?」

「ふ、ふざけないでちょうだい!」
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