算盤スクランブル

のんのん

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序章

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   確か子供の頃のわたしは社長になりたかった。お金持ちになって、大きな家に住んで、庭の白いブランコから芝生へジャンプ。趣味で募金とか寄付をいっぱいして、スゴイねぇ、いい人だねぇと言われたい、そんな夢を見がちな少年だったと思う。消極的で偽善的、夢中になれるものなんか見つけられないのに、夢を持っているフリをしていたような、そんな男の子だったのではなかろうか。
   頑張ることが苦手なわたしなのだから、偉い人間になんかなれるわけもないと当時から知ってはいたのだけれど、ひょっとしたら突然に神様みたいなのが現れて、「汝に特殊能力ちからをくれてやろう」などと超人的な力を楽に手に入れられるかもしれないという「まさか」があるのではなかろうかと、時々に妄想するうち、もはやそれは信仰のようになり、人生逆転の最後の切り札だと信じていたし、疑ったら神様に見放されてしまうとか、ここまで信じていたのだからなんとかなるだろうとか、今に思えば人生の多感な時期を妄想で色濃く塗りつぶしたものだった。ただ、不安もあった。それは神の力を得た後に何かと戦えと言われたらどうしようとか、妄想を加速させた先の不安である。圧倒的な力を手に入れて対象を殲滅せんめつ出来ればいいのだけど、わたし以外にも特殊能力ちからを得たヤツがいて、そいつと戦わなければならないとしたらどうしようか、あるいはわたし以外に多数の能力者がおり、それぞれに活躍し、人から尊敬を集めていたらと思うと、嫉妬しっとで全身が火傷やけどしそうに怖かった。「そいつら全員廃人にしてくれ!」わたしは四時間目を終えて給食の前になると、よくそうやって発狂した。
   特殊な力はわたしひとりだけに与えられたいものだ。いっそロボットがいい。誰も伝え聞いてはいないが伝説の巨大ヒト型ロボット。運動場が地響きとともに割れて登場。その操縦はわたしにしか出来ないという特殊なルールを付与してもらおう。圧倒的な質量、空も飛ぶ、ビームも出す、燃料はなにか知らないけれどとにかく無限。ジャイアンみたいに迷惑なヤツを宇宙空間へひとりぼっちの置き去りに出来るし、スネ夫のような他人を思いやれないヤツの家をビームで消滅することも出来る。妄想しながらの給食、時間内にちゃんと食べ終わり、五時間授業ならあと1時間で帰れるなとほっと一息、ついたりしていた。
   毎日は過ぎて少しずつ友達が大人の階段を上っていく。わたしも一緒についていくのだが、受験戦争で別人のようになっていく彼らの中にいても、心のなかでは「俺が特殊能力や巨大ヒト型ロボットを手に入れても、友達は友達、永遠だぜ」なんて、決しておごらないように心がけていた。「神様、わたしの心の中、見てますか?」このようなピュアな心に神様が振り向くと信じており、それが打算的で醜いとは露とも思わなかった。
   やっぱり女子にも特別モテてしまうだろうから、もともと想いを寄せていた女子が自ら告白してくれるまで、他の女子からの告白は断らなければいけないなと思うと、それは少し面倒くさくて、何と言って断れば本人を傷つけないだろうかと、そんな悩みが正直煩わしかったけれど、それが誠実というものなのだと自分自身に言い聞かせていた。
   そんなふうに毎日が些細な妄想にとらわれて忙しかった。
 
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