青空サークル

箕田 悠

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 今日は人目も憚らず、階段を駆け上がって勢いよくドアを開けた。
 春の匂いが混じる冷たい風が体を包む。
「ホッシーっ。待ってたよー」
 いつもと変わらず、なーこが大手を振る。二人の姿がきちんとそこにあり、僕は胸をなで下ろす。
「卒業おめでとう」
「ありがとう」
 二人からそれぞれ、お祝いの言葉を貰う。
「どうだったの? 合格発表」
 ずっと気にしてくれていたのか、なーこが「ねぇーねぇー」とせき立ててくる。
「まだ見てない」
「えーそうなの!」
「二人と一緒に見ようと思ってたから」
 僕はスマホを取り出し、合格発表のページを表示する。それからポケットに入れていた受験番号を片手に持つ。三人で円を描くように、二つの数字を見比べて行く。
 スクロールする度に、心臓が聞こえそうな程に打っていた。人生でこんなにも緊張する瞬間はそうないかもしれない。
 僕の受験番号に近い数字に来た時、僕の手がカタカタと震え出す。危うくスマホを落としそうになった。
「だいじょーぶだよ。ホッシーなら絶対受かってるって」
 なーこが地面が見えてしまうほどに、透き通った手を僕のスマホを握る手に添える。何の感触もなかったけれど、まるでそこに本物の手があるように感じられた。
「そうだ。ホッシーなら、間違いなく受かってる。教師になれる器があるからな」
 眼鏡くんもなーこの手に添えるようにして、僕の手を支えた。不思議と温もりがあるみたいに、ほんのり暖かく感じた。
 二人に励まされ、僕は再び画面を親指でスクロールする。祈るような気持ちで、ずらりと並んだ数字を目で追う。
「あっ、あった!」
 見間違いかもしれないと、何度も何度も見直す。
「やったじゃん! ホッシー」
 なーこはバンザーイとくるくる回りだす。
「やったなホッシー、本当に良くやった」
 眼鏡くんが眼鏡をずらして、目元に手をやる。
「うん、良かった……」
 何度も見返してようやく僕は、張り詰めていた緊張が解ける。足が震えて、僕はその場にしゃがみ込みそうになった。
「まぁ、あたしは最初から信じてたけどね」
「俺もだ。ホッシーなら何の心配もいらないってな」
「そのわりには、不安そうな顔してたじゃん。二人とも」
 なーこが「そんなことないよぉ」と、とぼけた顔をする。僕は苦笑しながらも、このやり取りが楽しかった。
 まだ一緒に過ごしたい。そう願えば願うほどに、時間はあっという間に過ぎてしまう。
 僕を現実に引き戻すように、スマホが鳴る。賀成からで、待ってるぞというコメントと共に集合場所が添えられていた。
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