恋する熱帯魚

箕田 悠

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第十章

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「元気そうだな」

 春夜の部屋に入るなり、松原は真っ先に金魚鉢に近づいた。

「ええ。おかげさまで」
「餌はまだ足りてるか?」
「はい……」

 金魚を見つめる松原の背を春夜は、落ち着かない気持ちで見つめる。

「君だけか?」
「えっ?」
「君一人だけなのか?」

 松原が訝しげな表情で、春夜に振り返った。

「ええ……そうですけど」

 誘った本人がいないのだから、不思議に思ったのだろう。キミヨは自分のことを語らないから、この正月誰と過ごしているのか分からない。長い間柄なのに、キミヨのことは何も知らなかった。

「そうか」

 松原がそう言って、持ってきた紙袋から一本の一升瓶を取り出した。

「日本酒を持ってきた。飲めるか? 一応、飲みやすそうな甘口を選んだんだが」
「ええ。ありがとうございます」

 春夜はおせちとグラスを取りに行くと言って、厨房へと向かった。
 冷蔵庫から重箱を取り出すと、思いのほかずっしりとした重さがあり、キミヨが松原を誘ったのは間違いなさそうだった。

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