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幸せの意味

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僕は生まれた時から独りぼっちだった。
母親は僕が生まれると同時に亡くなり、
父親はまるで僕を避けるように仕事仕事の毎日だった。
祖父母も既に他界していた僕は、施設や親戚の家を転々としていた。

けれど、そんな僕にもたった一人だけ気を許せる友人がいる。
彼は保育園の頃からの幼馴染で、大人になった今でも頻繁に会うほどの仲だ。

小学校でクラスメイトにいじめられた時、彼はいつも優しく慰めてくれた。
中学校で友達ができなくて悩んでいて時、彼は真剣に悩みを聞きアドバイスをくれた。
高校で初めて彼女ができた時、彼は僕以上に喜んでくれた。

そして一昨年、彼女と結婚することを報告すると、彼は泣きながら喜んで祝福してくれた。

「だって、まさか茜ちゃんと結婚するなんて、、、。本当に、本当におめでとう」
と、彼は泣きながら何度も“おめでとう”と言ってくれた。

もちろん、彼は僕の婚約者の茜に何度か会ったこともある。
それにも関わらず、あんなに喜んでくれるとは。

彼女と結婚しても、僕は相変わらず彼と頻繁に会っていた。
仕事で上手くいかないことがあれば彼に相談し、ストレスが溜まれば上司の悪口を彼にぶつけた。
彼女と喧嘩した時も彼に愚痴を言っては、仲直りするためのアドバイスをいつも貰っていた。



その日、僕は話があると言い近所の公園に彼を呼び出していた。
「実は、子供ができたんだ」
すると、彼は黙ったまま僕の手を握った。
「誰よりも先に、君に伝えたくて」
僕がそう言うと、彼は両目から大粒の涙をこぼしながら“おめでとう”と何度も言った。
「お前は、本当によく泣く奴だな」
僕は号泣している彼に向かって言った。

けれど、僕が彼を呼び出したのには、もう一つ理由があった。
「なぁ、お前の方はどうなんだ?探してるものは見つかったのか?」

彼にはたった一つの使命があった。
それは、彼自身の“本当の幸せ”を見つけることだった。
それを見つけることが出来ない限り、彼はいつまでもこの世に留まり続けることになる。



そう、彼は僕にしか見えないのだ。

どうして僕にしか彼のことが見えないのかはわからなかった。
だけど、それにはきっと意味があるのだとずっと思っていた。

もしかしたら、彼の探している本当の幸せとは、
僕にとっての本当の幸せの事ではないのかと。

彼のためと思って、頑張って好きな人に告白して付き合ったし、
彼のためと思って、たくさん勉強して第一志望の大学に入学したし、
彼のためと思って、ずっと憧れていた会社に入社したし
彼のためと思って、一番大切な人と結婚することにした。

彼のおかげで僕はこんなにも沢山の幸せを手に入れたのに、
彼はいつまで経っても成仏しなかった。

だから、どうせ今回も成仏することは無いと思っていたが、
案の定、子供ができたことを伝えても彼は成仏しなかった。


子供が生まれそうだと病院から連絡があり、僕と彼は急いで病院へ向かった。
そして僕たちが病院に着いてからほどなくして、息子が生まれた。
「見てくれ、僕たちの子供だよ」
そう言いながら彼の方を向いたが、そこに彼はいなかった。

そしてその日を最後に、彼と会うことはなかった。



「よ~しよし、いい子だね~。お腹すいたの~?お腹すいちゃったのかな~?」
息子の誕生とちょうど同じ頃に定年を迎えた父は、
まるで人が変わったように孫を溺愛した。

「親父がそんな顔できるなんて、知らなかったよ」
僕が皮肉交じりにそう言うと、父は、
「お前の言いたいことはわかってる。でも、残念だが一人の人間にできる事には限界があるんだ。
お前を立派な大人に育てるためには、当然金が必要だった。
だから、俺は父親としての自分は間違っていなかったと思ってる」
そう言った。

たしかに、父のおかげで志望していた高校や大学に入学することが出来たし
金銭面が理由で何かを諦めなければいけないという事は一度も無かった。

それに、仕事で家に帰れない日が続いても、
必ずクリスマスや僕の誕生日にはプレゼントと手紙を家に送ってくれていた。

すると父は続けて、
「お前も父親になったんだから、今にわかるさ。それに、お前は一人じゃなかっただろ。
ずっと彼がそばにいてくれたんだから」
そう言って僕に微笑んだ。



結局、彼が何者なのかは最後までわからなかった。
それに、彼が探していた本当の幸せが何かも分からないままだった。

僕は自分のことをずっと独りぼっちだと思っていた。
だけど、僕の息子には僕や妻がいる。
大学の友人や会社の先輩後輩、妻の両親や知人など
もし僕らに何かあっても、息子のことを助けてくれる人が息子の周りには大勢いる。

それを知って、きっと彼は安心したのだろう。
きっと、彼が探していた本当の幸せは、僕ら“家族の幸せ”だったんだ。
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