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EP3契約履行③
しおりを挟む「コレはなんだ?」
「テレビってのは説明しただろ?」
「人間入りの箱」
「違うって…なんつーの?よく原理は知らんけど、映るんだよ。んで、これがドラマってやつ。物語を人間が演じてる」
「…ふぅん…?」
よく分かっていなさそうだが、冒頭のシーンが始まるとユキコはその世界に引き込まれたようだった。
いつになく真剣なその顔を見ながら、恭平はシザーを動かしていく。
この第一話でカットする相手がヒロインだった。ユキコよりはまだ短い髪の毛だったが、同じようにキレイな黒髪ストレートヘアを主人公がザクリと切ったのだ。
「何するの?!」と慌てるヒロインに、余裕そうに笑い「任せろ」と云う主人公。その指先がリズミカルに動いて、次に映るヒロインはきれいな顔立ちが際立つショートヘアに変わっている。
そんなシーンに続くんだったな、と何度も何度も見返して暗記しきった流れを思い返す。そうだ、ユキコならそういう髪型も似合うだろうなと恭平は少しずつ切っていたのをやめてザクリとドラマの主人公のように思い切って切り落とした。
この髪型にするにはどうやれば良いんだろう、と毎話毎話考えながら見ていたのでイメージはしっかりとある。
テレビに釘付けで気づいていないユキコに、今がチャンスとばかりにシザーを動かしていく。
雪女のイメージ通りの長い長い黒髪は、バッサリと短くなっていく。少し尖った特徴のある耳や、一際白い項が顕になっていく。
随分と軽くなっただろうに、ユキコはその変化に気づくことなくドラマを見続けている。時折「はっ…!」とか「ひぇ…!」と小さく声を漏らしながら、その話に見入っているようだ。
そうしていると1話目のクライマックスに差し掛かった。主人公がカット用のケープを丁寧に外して、バサッと一振り。
「お気に召しましたか?」
ドラマと同じように口を開く。主人公がヒロインの横に顔を寄せて、二人で鏡を覗き込む。それも同じように恭平もユキコの隣に顔を寄せた。
短くなった毛先に触れて、自信満々にニヤリとその主人公と恭平は笑う。
ようやく鏡に意識が向いたユキコが驚いたように目を見開く。こんな表情は初めて見たな、と恭平は思いながら「まぁ、俺はまだまだレベルに達してないんだけどさ」と続けた。
それでもユキコは視線をテレビと鏡を交互に見て「すごいな!」と大げさすぎる反応を見せた。
「これが美容師という仕事なんだな!人間は面白いことを考える」
「…そうか?」
「あの女は随分と印象が変わったな。私も変わったか?」
「変わったと思う。まぁ、ブローまで出来たらまた仕上がりが変わると思うんだけど」
「ブロー?」
「そうそう、このドライヤーってやつで乾かすんだけど、温風なんだよな」
「それは死の風だな」
ユキコの顔が瞬時に引きつった。想像通りの反応に、恭平は思わず笑う。
「笑うな、やるつもりか?!!」
「やらん!!つうか、その瞬時に氷柱出すのやめろって」
「死の風を浴びせようなんぞ」
「考えてねぇよ!考えてねぇって!!」
両手でハンズアップして、ドライヤーに手を伸ばす意思がないことを伝える。ユキコはその行動をジトリと睨みつけ、信用したのか氷柱を収納した。
「それにしても面白いな、こんなふうに印象が変わるのか!頭も随分と軽いぞ!恭平もアレの中の男のようだぞ!」
椅子に座ったままこちらを見上げている。随分と興奮気味にこちらを見ている姿があまりにも無防備で、心臓の奥のほうがキュッとした。
そう、多分こういう瞬間に立ち会いたかった。こうやって誰かが喜んで感動して、こんな表情を見たかった。
やっぱり、立ち止まりたくはないな…漠然とだが唐突にそんな答えが浮かんだ。
「ユキコ、ありがとな」
「練習台は契約だろ?」
何を当たり前のことを云っていると彼女は首を傾げている。そうじゃない、その話をしているんじゃない…そう云いたかったけれど、それを云うとイーブンではない気がして「そうだったな」と話を流すことにした。
「それより、これはもう終わりなのか?」
「いや、続きがあるよ。気になる?」
「気になる」
「素直でよろしい。あと一話見たら寝ろよ?ユキコは日中でも続き見れるんだし」
そう云いながら、続きの再生を始めた。
多分この日のことを、俺はずっと覚えているだろう。頑張れと云われたわけではない。続けろと云われたわけでもない。
それでも俺は、今日改めてスタイリストになりたいと思ったのだ。
「明日も頼んだからな」
テレビに夢中になっているユキコの背に投げかけた言葉は、ぐっと親指を立てる仕草で返された。
ドラマ一話のラストシーンだ、応用能力の高さに思わず吹き出した。
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