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洗濯干し

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「えっ、日暮さん、いきなり三人の女の子の父親代わりってこと?」

 ゴミと洗濯物を回収した後、洗濯物をそれぞれ仕分けしてから洗濯機を回し、その間にトイレの紙の補充や廊下の掃除やらをこなしつつ、洗濯機が止まったのでよく晴れた外で衣服を風吹さんと一緒に干していく。

「ええ、義姉に似た可愛い子たちで……バラバラにするのは可哀そうでしたから」

 手を動かしながら、麗羅、有紗、璃々夜の三人を引き取ることになった経緯を簡単に説明すると、風吹さんは驚いた。
 まぁ、いきなり三人の親のような立場になったのだ。オレだっておいおい大丈夫かと心配するだろう。

「じゃ、その子たち家に置いてきぼり?」
「まぁ……そうですね。あ、でも家には食べ物もありますし、お金もおいて――」
「日暮さん、ご飯とお金だけ置いておくことは子育てじゃないからね」
「…………」
「寮監やってるように、ご飯作ってあげて、掃除して洗濯して、身の回りしてあげることが子育てってわかってる?」
「それは……もちろん」

 オレも寮監だ。そんなこと言われなくても……。でも、オレはあの子たちに何をした?
 三人まとめて引き取ってあげたはいいが、何もしてあげてない。
 赤の他人には甲斐甲斐しく世話しているが……もちろんそれが仕事だからそうしているのだが……あの子たちにはまだ何もしてあげていない。
 これから親代わりになろうとしているのに、放置してしまった。
 初日から育児を放り出して、仕事を優先している。いや、それは社会人だから当然と言えば当然だが……子育てという観点から見れば育児放棄だ。

「小学生と中学生なんてまだ子供。そんなのここの子たち見てればわかるでしょ? それに親御さん亡くしてまだ悲しいだろうに、側にいてほしいって思ってるんじゃない?」
「…………」
「ねぇ、本当にもう働いてよかったの?」

 そう聞かれるとわからない。
 オレはあの子たちじゃないから、あの子たちがどう思ってるかなんて――。
 でも風吹さんの言う通りかもしれない。
 お通夜で三人が抱きついてきたのは、寂しいからじゃないのか? 不安だからじゃないのか?
 なのにオレは、あの子たちを置き去りにして、今ここにいる。

「それに学校とかの手続きはいいの? もうすぐ春休み終わるよ」
「言われてみれば……」

 学校の手続きなんて考えもしなかった。
 三人ともまだ義務教育だし、当然学校へ行かせなきゃいけない。

「一人は中学生だよね? なら、学校の制服も作らないといけないし」

 それも失念していた。
 確かにオレも中学、高校では制服を買った。
 採寸して作るから時間もかかるだろう。
 転校生になるのだから最初は前の学校のでもいいかもしれないが、間違いなく必要なものだ。

「暮らす上で必要なものは、お金は渡すから自分で買えって? それは無責任じゃない? 親なら車出して、荷物持ちして付き添うものじゃない?」

 風吹さんに指摘され、オレは言い返す言葉がなかった。いや、そもそも言い返すようなことじゃない。

「三人でいたいって子供たちの願いを叶えたのは立派だけど、子供を育てるなら、その後も大事なことだから」
「…………そう、ですね。オレはあの子たちを一緒にいさせてあげることを優先しただけで何も考えてなかったです」

 やっぱりオレに子育ては荷が重かったのだろうか?
 誰も反対する人がいなかったから、勢いで引き取ってしまったが……。

「あの……他に何か気をつけた方がいいことってありますか?」

 オレの方が歳上で人生経験は豊富だ。しかし、こと子育てに関して言えばこのやりとりだけでも風吹さんが正しい。
 恥を忍んで、オレは素直に助言を求めた。

「……はぁ、仕方がないなぁ。パパになろうとしてる日暮さんのために、色々教えてあげる」

 呆れたようにため息を吐きつつも、その横顔はどこか楽しげだった。
 オレは洗濯物を干しながら、風吹さんの声に耳を傾ける。

 ◇

「さっきもちょこっと言ったけどさ。ここで寮監やってるのと同じで、ご飯作って、洗濯して、掃除して、愛情を注いで甲斐甲斐しくお世話するのが子育てだと思うの。もちろん偶には遊びに連れて行ってあげたりね」

 風吹さんはオレと同じで独身であったはずなのに、だいぶ子育てに関して詳しいようだった。
 もしかして既にそういう相手がいて、将来を見据えていたりするのだろうか?
 ありえる――義姉さんほどじゃないが、風吹さんもなかなかの美女だ。世の男が放っておくはずがない。
 オレ? オレは義姉さんって最高の人がいたから放っておいた。

「ご飯に洗濯、掃除ですか……このパンツみたいに洗ってあげるってことですよね?」

 洗濯カゴからオレは一つのパンツを取り出した。爽やかな黄緑と水色のシマシマ。毎日のように洗濯していれば、これが誰のかくらい判別できるようになる。西野の物だ。

「そうそう、信頼されれば男の人相手でもパンツもブラも渡してくるから」

 と言っても、オレに下着類を渡してくる相手は限られている。西野を含めて三人しかいない。
 他の寮生たちは流石にオレに見られたくないのか、こっそりと自分で洗っているらしい。

「…………難しいですね」
「うーん? どうして? 今こうしてやれてるじゃん」
「それはそうですけど……この仕事、拘束時間長いじゃないですか」

 教えてもらったことは、どれもこれもオレにできる内容だった。
 ただ朝早くから夜遅くまで、しかもほぼほぼ週休1日で長期休暇なし。これでどうやって面倒を見ればいいのかわからない。

「そうだねー。転職でもする?」
「…………」

 まぁ、そうなるわな。
 極端だが、それが最適な答えかもしれない。
 拘束時間は長いが、体力さえあればこなせる仕事だ。
 ピチッとした格好で、客相手に謙りながら働くよりも、自分自身のままで働けるこの仕事が好きだ。
 だが、この仕事を続けていたら、子育てなんて満足に出来そうにない。

「日暮さん、前の仕事は何やってたんでしたっけ?」
「スポーツジムのトレーナーです。学園長がお客さんで、なんかスカウトされて」
「戻ったりとかは?」
「給料が違います。これからのことを考えると、給料を下げるわけには……」
「まぁ、子育てで一番大事なのは、食べさせてあげられるだけ稼ぐことだしね」
「矛盾しませんか?」
「うん? してないよ。そもそも子育てって二人一組でやるもんじゃん。パートナーがいれば万事オッケー」
「あ……なるほど」

 そうか、兄さんが働いて稼いで、義姉さんが子供たちを育てていた。
 世間一般もそうだ。
 今の時代は共働きも増えているが、基本は男が働き、女が育児だ。
 こんなこと口に出したら差別とか言われそうだが、子育てとはそういう形で成り立ってきた。

「でも、知っての通りオレには恋人もパートナーもいませんから」
「いなかったら作ればいいじゃん」
「簡単に言いますけど、今では三人の子持ちですよ。誰がそんな男と――」
「なら、私と付き合う?」

 今、なんて?
 付き合う? 誰が? オレと風吹さんが? どうして?

「日暮さんの状況を理解してあげて、協力できる都合のいい女だよ」
「……自分で都合のいいとか言っちゃいますか?」

 そりゃ確かに都合がいいかもしれないが。

「……あまりそういう気にはなれないですかね」
「私じゃ嫌?」

 あくまでいつも通りに、世間話でもするように風吹さんが言う。
 もしかしてからかわれているだけなのかも、と勘繰ってしまう。

「嫌とかじゃなくて……今回亡くなった義姉さんが、オレの初恋の人でして」

 別に秘密にすることでもないので、素直に白状した。
 知られて困る二人はもうこの世にはいないのだから。

「えっ? お義姉さんが初恋?」
「実は今も未練がましく」
「えっ? お兄さんと結婚して子供が三人もいるのに?」
「ええ……だから、すぐそういう気分には……」

 時間を置いたからってなるとは思えないがな。

「そっか……初恋の人が死んじゃったんだ…………うわあぁぁぁぁ! 私最悪じゃん! 傷心中の人に言い寄る最低な悪女だよ! うわぁ、知らないこととはいえ、やっっちゃったよ!」

 風吹さんは頭を抱えてその場で地団駄を踏んだ。
 20代の地団駄……レアだ。

「ふ、風吹さん……?」
「今の聞かなかったことにして! あちゃあぁぁ、また嫌な記憶作っちゃった。これは死ぬまで忘れられないぞっ」

 それはいくらなんでも大袈裟だろ? 
 その後風吹さんはひたすら、オレに忘れてと迫り続けた。
 あまりの騒がしさに寮の窓が開いて、数人がこちらの様子を窺っていた。
 その中には西野と東条の姿もある。

「わかりました。忘れます、忘れますから。あまり騒ぎ立てないで、注目集めてるから」
「マジで忘れてよ! マジで!」
「忘れますって!」

 そう何度も念を押されると、記憶に深く刻みまれる。
 オレたちの間でこの話題は二度と上げない方がいいだろう。
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