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盟約の魔術師篇
Prologue 魔導国家・クロム皇国
しおりを挟むクロム皇国、それは世界の中央にある最大の大陸、グラム大陸の大半に領土を持つ魔法で栄えた国家。
そのクロム皇国の中枢都市、皇都・アルムヘイトは切り立った険しい山々からなるグラナドラ山脈を背後に配し、前方には石造りの高い壁を構える堅牢堅固な都市で中央には水晶の柱が聳え立つ城郭、クロニクルが鎮座している。
「物見遊山で来てはみたけれど、そら栄えるわけだよ。万龍を礎にした魔層石を中核に据え置いているのだから」
空に溶け込むような色合いの外套を来た人物が地上で聳える大きな水晶を見下ろしながら言う。
(でも、それがいつまでも続くわけじゃない。彼が還ってくる…)
水晶に小さな亀裂が入る。そう極めて小さな傷が。
「そうかもしれないけどまだ終わらせるわけにはいかない」
突然、心の中で思っていたことに空気を揺らす言葉が返される。
(感覚干渉!?一体何処から)
周囲を見回すがそれらしき人物を見つけることが出来ない。
「いない、それどころか干渉前後の魔力の痕跡すらない…僕に知覚させないほどの力の持ち主…面白い」
喜びを頬に浮かべると輪郭は分かる程度に曖昧だった空色の外套の人物の姿は空へと溶け込んで消えていった。
少し質素だが精緻な装飾の内装の部屋の中に天蓋付きのベッドで上半身を起こし、虚空を見上げる麗容な女性がいた。
その女性の容姿は端整な顔立ちと特徴的な横に尖ったような耳がある。
それはまさに森の妖精エルフの容姿。
部屋の様子、容姿からその女性が高貴人物であることが伺える窺える。
部屋の扉がノックされ、部屋の扉の傍で立っていた侍女が扉を引き開ける。
開けた扉の先、廊下には老年男性と青年男子立っており、侍女はその人物達の行く手を阻まぬように後退り、開けた扉の横まで行くと恭しく深く頭を下げる。
老年男性は侍女を見ることなくベッドにいる女性へと真っ直ぐ近付いていくが青年男子は部屋を見渡し、部屋の中にいた一人の少年に目を止めた。
青年男子は奥歯を強く噛み、眉をひそめる。
「おい、あれをつまみ出せ」
まだ頭を下げたままでいる侍女に向けて高圧的な態度だが声を荒らげることなく侍女にだけ聞こえるほどに声量を抑えて言う。すると侍女は部屋の隅の椅子に座って一人で遊んでいた少年を連れて部屋から出ていく。
ベッドの女性はそれに気付くが何も言わずに連れ出される少年を見送り、扉が閉まるのを確認して近付いてくる青年男子に視線を向ける。
「御母様、御加減はいかがですか?」
青年男子は先程とは違い穏やかな声色で話し掛ける。
女性は青年男子に対して微笑みを見せる。
「えぇ、大丈夫よ。それよりシャルロットは何処へ?」
力無い声音で応える。
「分かりませんどうしたのでしょうね…ちょっと見てきますね」
青年男子は女性の私室から出て行った。
青年男子が部屋から出るのを不安げに見送ると老年男性の名を呼んだ。
「アルフレド」
「どうした?アリア」
「あの子に、シャルロットにもう少し気を掛けて下さい」
「あぁ分かっているが、何故いま、それを言う?」
「私はもう数日と持たないでしょう…」
「そうか…」
アルフレドはそれ以上何も言えずに沈黙した後、アリアは窓の外へと顔を向ける。
「後のことは心配するな」
アリアはゆっくりと目蓋を閉じたとアルフレドは背を向けて扉に向けて歩いていく。
(…そろそろ潮時か)
アルフレドは扉の前でそう思い、部屋から出て行った。
廊下に出た青年男子は頭を低くしている侍女といる少年、シャルロットの頬を手の甲で引っ叩いた。
侍女は青年男子の行為に目を伏せる。
「お前なんかが…」
頬を叩かれたシャルロットは泣くことなくただ床を見つめる。
そして、部屋前にいる二人いる近衛兵の一人にいつもの如く命じる。
「これを例の場所へ連れていけ」
近衛兵はぞんざいにシャルロットの腕を掴むと強引に連れていく。
侍女は伏したままそれを横目で見送っていると部屋からアルフレドが出てきた。
アルフレドは廊下に出ると視線を動かしてその場にいる面々を確認する。
「シャルロットはどうした?」
シャルロットがいないことをアルフレドは認識すると青年男子に問う。
「いつもの場所へ」
「そうか…」
「あれをいつまでも宮廷に置いておくつもりですか?父上も御母様もお分かりのはず、例え血の繋がりがあるとしてもあれは人外だ」
「分かっている」
そう言うとアルフレドは一人、廊下に面している庭園へと歩いていった。
青年男子は後を追うことなく後ろ姿を暫く見送った後、一人、廊下をシャルロットが連れていかれた方へと歩みを進めた。
薄暗い牢、鉄格子の前には茶褐色の外套でその身を隠した一人の人物がおり、牢の中に控えめな声で呼び掛ける。
「シャルロット、今出してあげます」
その声にシャルロットは閉じていた瞼を重そうに持ち上げると声の主が手に持つ簡素な鍵で牢の鍵を開けるのが見えた。
「惨い…」
シャルロットは薄暗い牢の中、鎖に手足を繋がれており、服はボロボロに破れ、破れた箇所の肌には血が滲むような擦過傷が複数あった。
「…こんなことをしたらアーサー兄上が…僕は大丈夫ですから」
「お前は心配するな」
アーサーと同じような装いの人物が鉄格子の前に現れた。
「その声は?フリード兄上?」
新たに現れた人物、フリードはシャルロットの言葉には触れず周囲を警戒している。
アーサーはシャルロットを気遣いながら拘束している鎖を外していく。
僅かに牢の外に明るくなる。
「アーサー、早くしろ衛兵が戻ってきた」
すぐさまアーサーはシャルロットに持ってきていた自分達が着ているのと同じ薄手の外套掛ける。
「立てますか?」
シャルロットはアーサーに支えられて立ち上がる。
「貴様ら、そこで何をやっている!?」
衛兵が水晶のような形をした光を放つ魔具を手に駆けてくる。
「目を閉じてろ」
フリードはシャルロットを連れて牢から出てきたアーサーの二人に向けていうと何かを地面に叩きつける。
硝子が割れるような音が聞こえ、閃光が辺りを白く変える。
一瞬の閃光の中をフリードは二人の掴み、駆け出す方向を示唆すると三人は衛兵とは反対方向へ駆け出す。
閃光が止むと衛兵は壁に手をついてもう一方の手で瞼の上から目を擦る。
「くそ、あいつら何者だ」
「おい、どうした?」
異変を感じて牢屋の様子を確認にきた人物が衛兵に声を掛ける。
「大丈夫です」
衛兵の眩んでいた視覚が戻り、自分に声を掛けてきた人物が何者か認識する。
「兵長」
衛兵は即座に姿勢を正して敬礼する。
「何があった?」
「何者かが、その…」
兵長は空の牢屋を見る。
「分かった。お前は持ち場に戻れ、殿下には私から伝えておく」
衛兵は兵長の指示に従い、足早に持ち場に戻っていった。
兵長は暫く地下牢の奥、明かり一つない暗闇を見つめた後、踵を返して去っていった。
「どうやら追っては来ないようですね」
地下牢の奥は更に暗く、アーサーは後方に魔具の光が見えないことを確認すると衛兵が持っていた同種の魔具を取り出して光を灯す。
「シャルロットは?」
「僕は大丈夫ですが…兄様達が」
「私達のことはよいのですよ」
「そうだ、別に立場を気にするほどの位に位置してるわけではないからな」
「少しは気にされた方がよろしいかもしれませんよ」
「…誰です?」
アーサーは灯りの持つ手を動かして周囲を照らし、フリードは外套下に左手を入れて何かを掴んで身構えた。
「アーサー、シャルロットを」
何か生物を腐ったような臭いが鼻をつく。
「厭な気配ですね」
「いくら今は使われていない牢獄とて此処はクロム皇国の首都、更に言えば皇族の住む宮殿の地下だぞ、なんで魔獣が」
目の前に半固形流動状の生物が地面から滲み出てきて蠢動している。
「虐げられし者達の怨念、この国の闇ですよ」
真っ黒な外套、真っ黒な顔の人物が魔獣の背後に立っていた。
「魔人までも…どうする、あのタイプの魔獣には物理的な攻撃は効かない」
フリードは半固形流動状の生物に視線を向け、外套の下、左手で握っている剣を意識する。
「しかし、気掛かりなのは奥にいる得体の知れない魔人…」
フリードは視線を魔人に戻すと突然、視界が霞み、背後からドサッという音が聞こえた。
フリードは霞目でそちらを振り返るとアーサーとシャルロットが倒れている。
「アーサー!シャルロット!」
フリードは直ぐに魔人の方へと視線を戻しながら左手に握られた剣を引き抜く。
「お前、何をした…」
引き抜いた瞬間、意識が遠退いてフリードも倒れると地面に剣が落ちて高い音を立てる。
「暫しの眠りを…」
シャルロットが突如、ムクッと立ち上がる。
「やはりな…」
魔人はシャルロットの姿を見失い、気付いた時には頭と身体が別たれていた。
魔人の背後に立つシャルロットの手にはフリードの剣が握られており、胴と別たれた魔人の頭はゆっくりと滑り落ち、いつの間にかバラバラにされていた魔獣の散らばる地面に落ちる。
シャルロットの頬を魔人の返り血が伝い落ちるとシャルロットはその場で倒れた。
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