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エマニエル再び
私の名はエーリヒ。元は王妃殿下に仕えし近衛であり、今は神子ウルリッヒ様に恭順を誓う敬虔な修道士だ。
この北の地における私の任とは王城時代に既知であったアルトゥール殿下二人目の婚約者、エマニエル様を見張りつつお護りする事である。
彼は私の元主家であるフォルスト侯爵家の子飼いであった。そうしたことからフォルスト候の犯した大罪の一端に関わり、こうして禁錮刑に処された身だ。
漏れ聞こえる話ではウルリッヒ様に対し刃を向けたということだが、この量刑に神子への不敬罪は加味されていない。
ウルリッヒ様がそれを不要とされたからだ。
彼とウルリッヒ様はアルトゥール殿下に絡む因縁からてっきり憎しみ合っていると思われたのだが…なんとも神子ウルリッヒ様は奥深い。
こうして私とフリッツを生かしてくださっているのがまさにそうだ。
だが、不敬を問わぬ代わりに彼エマニエル様には、辺境伯閣下からの依頼に応じその頭脳を役立てよと命じられている。
そんなエマニエル様だが、彼の朝は早い。
囚人である彼は決まった時間に起こされ決まった時間に就寝となる。
と言ってもほとんどの場合、号令より前に目覚めているご様子だ。
そして顔を洗い身だしなみを整え、更にサフラワーから手に入れた色素でうっすら紅をさし、そこまで済ませると椅子に腰掛け、その時命じられている案件に対し策を練りはじめる。
そうこうするうちに昼食兼朝食の時間だ。
内容はいつものパンと具のあるスープ、そしてなにがしかの加工肉もしくは卵料理だ。エマニエル様は私財からこれに果物をお付けになる。
昼食を終えると運動の時間。私かフリッツと共に屋外へ出る。
彼は人の居ない中庭をしばらく歩くと、あとは石のベンチに腰掛け陽の暖かさを楽しんでいることが多い。
部屋に戻ったあとは少し午睡をとられ、目が覚めると読書や刺繍などを嗜まれる。
捕虜塔の夕食は早い。何故なら捕虜や罪人に余分な燃料は使えぬからだ。
夕食と言っても内容は朝食とほとんど変わらない。加工肉がまともな肉になる程度だ。だがここでも彼は焼き菓子などを足している。
ここ北の辺境では、捕虜塔だけでなく庶民の家々でも日暮れとともに就寝が余儀なくされる。が、やはり私財からキャンドルを用意されているエマニエル様はその後も薄暗い部屋でしばし編み物などを楽しみ…そして一日の出来事を日記にしたためようやく就寝される。
毎日変わらぬ規則正しい生活。
だが司令官殿以外に話し相手を持たぬ彼には少しばかり退屈な毎日。
だからこそ彼は、王城ではまともに言葉を交わすことも無かった私たちにさえ声をおかけになるのだ。おそらく人恋しいのだろう。
それでも彼は幸運なのだ。彼にはここを出る希望が残されているのだから。
「エマニエル様、先ほど邸に先ぶれが届きました。東からの帰路、ウルリッヒ様がこちらへお越しになるようです」
「彼が…そうですか」
その声は少し楽しそうだ。
皇国との折衝を機に北を訪れて以来、ウルリッヒ様とエマニエル様は時折り文を交わされている。
手紙の内容はどうということもない、ただの謎解きだったりするのだが、中には西のちょっとした問題が記されていたりもするらしい。
どうやらウルリッヒ様は無理難題を言い付けながら減刑の手助けをなさっているようだ。
エマニエル様はそれを「蛙の詫びには足りませんよ」と仰っていたが、彼らは王城神殿で半年ほど時間を共有していた。けっして友人とは言えないまでもこれは腐れ縁というやつなのだろう。
そうして三日後。
「エマニエル、どう元気?」
「おかげさまで。ここには危険も刺激も何一つありませんから」
「そう思って刺激の差し入れしてるでしょ。手紙で」
「はっ、…先日のあれは何ですか。商人から不満を持たれず税率を上げる方法…ですって?庶民の不満など無視すればいいものを」
「はあ?でもエマニエルの提案なかなか良かったよ。貧困層への支援税ね。で、今すでに割り当ててる支援予算は他にまわすって…ほんとそういう誤魔化しうまいよね」
「それでも市井における彼らの評判は上がるのですしこの名目であれば彼らも不満を述べにくいでしょう。この手の小細工はあなたの方が得意かと思いましたが?」
「いやいや知将エマニエル君には敵いませんなぁ」
「あなたがそれを言いますか」
などと言った、傍で聞いていればケンカ腰にも見える会話を二人は先ほどから続けている。
「そうだエマニエル。南にある生家のこと…時々は思い出したりする?帰りたい?」
「まさか。僕はあそこが好きではありません。むしろ嫌いです」
「なんで?東ほどじゃないけどまあまあ豊かな地域なのに」
「あそこは東領の従属地みたいなものなのですよ。だからうだつの上がらない貴族しか居ない。僕の父を含めてね」
「へー、じゃあ東側が好きなんだ?」
「…今となっては因縁の地。こりごりですよ」
「じゃ西…」
「ふざけないでください!因縁しかないじゃないですか!」
「因縁の無い地ねぇ…」
その後王陛下御一行が西へと帰還された後のことだ。
辺境伯領の家令が〝中央部中央に家財付きの手ごろな屋敷を探している”と聞こえてきたのは。
「フリッツ、何か聞いてるか?」
「さあな。だが指示を出されたのはウルリッヒ様だということだ」
「ウルリッヒ様が?」
ああそうか。エマニエル様の…
私たちはこうしてまたひとつ、神子の慈悲、そしてウルリッヒ様の奥深さを知ることになる。
後にウルリッヒ様は「所在は明らかなほうがいいでしょ」と嘯いていらっしゃったようだが…
この北の地における私の任とは王城時代に既知であったアルトゥール殿下二人目の婚約者、エマニエル様を見張りつつお護りする事である。
彼は私の元主家であるフォルスト侯爵家の子飼いであった。そうしたことからフォルスト候の犯した大罪の一端に関わり、こうして禁錮刑に処された身だ。
漏れ聞こえる話ではウルリッヒ様に対し刃を向けたということだが、この量刑に神子への不敬罪は加味されていない。
ウルリッヒ様がそれを不要とされたからだ。
彼とウルリッヒ様はアルトゥール殿下に絡む因縁からてっきり憎しみ合っていると思われたのだが…なんとも神子ウルリッヒ様は奥深い。
こうして私とフリッツを生かしてくださっているのがまさにそうだ。
だが、不敬を問わぬ代わりに彼エマニエル様には、辺境伯閣下からの依頼に応じその頭脳を役立てよと命じられている。
そんなエマニエル様だが、彼の朝は早い。
囚人である彼は決まった時間に起こされ決まった時間に就寝となる。
と言ってもほとんどの場合、号令より前に目覚めているご様子だ。
そして顔を洗い身だしなみを整え、更にサフラワーから手に入れた色素でうっすら紅をさし、そこまで済ませると椅子に腰掛け、その時命じられている案件に対し策を練りはじめる。
そうこうするうちに昼食兼朝食の時間だ。
内容はいつものパンと具のあるスープ、そしてなにがしかの加工肉もしくは卵料理だ。エマニエル様は私財からこれに果物をお付けになる。
昼食を終えると運動の時間。私かフリッツと共に屋外へ出る。
彼は人の居ない中庭をしばらく歩くと、あとは石のベンチに腰掛け陽の暖かさを楽しんでいることが多い。
部屋に戻ったあとは少し午睡をとられ、目が覚めると読書や刺繍などを嗜まれる。
捕虜塔の夕食は早い。何故なら捕虜や罪人に余分な燃料は使えぬからだ。
夕食と言っても内容は朝食とほとんど変わらない。加工肉がまともな肉になる程度だ。だがここでも彼は焼き菓子などを足している。
ここ北の辺境では、捕虜塔だけでなく庶民の家々でも日暮れとともに就寝が余儀なくされる。が、やはり私財からキャンドルを用意されているエマニエル様はその後も薄暗い部屋でしばし編み物などを楽しみ…そして一日の出来事を日記にしたためようやく就寝される。
毎日変わらぬ規則正しい生活。
だが司令官殿以外に話し相手を持たぬ彼には少しばかり退屈な毎日。
だからこそ彼は、王城ではまともに言葉を交わすことも無かった私たちにさえ声をおかけになるのだ。おそらく人恋しいのだろう。
それでも彼は幸運なのだ。彼にはここを出る希望が残されているのだから。
「エマニエル様、先ほど邸に先ぶれが届きました。東からの帰路、ウルリッヒ様がこちらへお越しになるようです」
「彼が…そうですか」
その声は少し楽しそうだ。
皇国との折衝を機に北を訪れて以来、ウルリッヒ様とエマニエル様は時折り文を交わされている。
手紙の内容はどうということもない、ただの謎解きだったりするのだが、中には西のちょっとした問題が記されていたりもするらしい。
どうやらウルリッヒ様は無理難題を言い付けながら減刑の手助けをなさっているようだ。
エマニエル様はそれを「蛙の詫びには足りませんよ」と仰っていたが、彼らは王城神殿で半年ほど時間を共有していた。けっして友人とは言えないまでもこれは腐れ縁というやつなのだろう。
そうして三日後。
「エマニエル、どう元気?」
「おかげさまで。ここには危険も刺激も何一つありませんから」
「そう思って刺激の差し入れしてるでしょ。手紙で」
「はっ、…先日のあれは何ですか。商人から不満を持たれず税率を上げる方法…ですって?庶民の不満など無視すればいいものを」
「はあ?でもエマニエルの提案なかなか良かったよ。貧困層への支援税ね。で、今すでに割り当ててる支援予算は他にまわすって…ほんとそういう誤魔化しうまいよね」
「それでも市井における彼らの評判は上がるのですしこの名目であれば彼らも不満を述べにくいでしょう。この手の小細工はあなたの方が得意かと思いましたが?」
「いやいや知将エマニエル君には敵いませんなぁ」
「あなたがそれを言いますか」
などと言った、傍で聞いていればケンカ腰にも見える会話を二人は先ほどから続けている。
「そうだエマニエル。南にある生家のこと…時々は思い出したりする?帰りたい?」
「まさか。僕はあそこが好きではありません。むしろ嫌いです」
「なんで?東ほどじゃないけどまあまあ豊かな地域なのに」
「あそこは東領の従属地みたいなものなのですよ。だからうだつの上がらない貴族しか居ない。僕の父を含めてね」
「へー、じゃあ東側が好きなんだ?」
「…今となっては因縁の地。こりごりですよ」
「じゃ西…」
「ふざけないでください!因縁しかないじゃないですか!」
「因縁の無い地ねぇ…」
その後王陛下御一行が西へと帰還された後のことだ。
辺境伯領の家令が〝中央部中央に家財付きの手ごろな屋敷を探している”と聞こえてきたのは。
「フリッツ、何か聞いてるか?」
「さあな。だが指示を出されたのはウルリッヒ様だということだ」
「ウルリッヒ様が?」
ああそうか。エマニエル様の…
私たちはこうしてまたひとつ、神子の慈悲、そしてウルリッヒ様の奥深さを知ることになる。
後にウルリッヒ様は「所在は明らかなほうがいいでしょ」と嘯いていらっしゃったようだが…
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