断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy

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ジェロームと裁判

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様々な証拠の精査が済み、そして東部からの証人が揃いようやく開廷となったブラトワ男爵の裁判。
私はその裁判に出廷するべく、ここ王都での後見人となって下さったプリチャード侯と一つ馬車に揺られていた。

後ろの馬車にはシェイナ嬢とプリチャード夫人、現地には学院を卒業されたヘクター殿も駆け付けて下さっている。
幼きシェイナ嬢をこのような場に同行されるのは、実際ブラトワの手により命を落としかけた幼子を見せつけることで、その非道さ、残忍さをより強く印象付けようというプリチャード侯爵の思惑だ。

「しかし…お可哀そうではありませんか?シェイナ嬢にとって悪魔のようなブラトワの姿を見せるのは…。侯、シェイナ嬢はあの時、心底怯えておいでだったのですよ?」

「うむ。酷なことだ。だがあの子もまたこのプリチャードの娘。むしろこうすることで乗り越えて欲しいと、そう思っているのだよ。高位貴族たるもの弱みを見せてはならぬからね」

シャノン様が何度も仰られていた。プリチャード侯はとても厳格な父親だと。シャノン様との話し合いを経て父親としての顔には変化があったようだが、それでも私があの日見かけたシャノン様の背中を思えば、彼が昔から厳しく妥協を許さない父親であったことは想像に難くない。

そのシャノン様、そしてアレイスター殿下の証言も重要なのだが、大切な学院三年次の初日に休むことを侯はよしとされなかった。
日を改めシャノン様、そしてアレイスター殿下も証人台に立たれるという話であるが、私ごときの為に王子殿下が出廷されるとは恐縮の極みだ。

「エンブリー卿、大丈夫かね?」
「ええ閣下。人の多さに驚いただけです」
「今日は一通りの確認だけだ。すぐに済む。安心しなさい」
「ええ…」

法廷の中には大勢の傍聴人が溢れている。建物の外も市井の見物人で囲まれている。大変な注目具合だ。なにしろエンブリーから遠く離れたこの王都でさえ何度も瓦版が撒かれた派手な醜聞。東部の田舎貴族が起こした近年まれにみる愚かな事件と、ある種の娯楽気分で皆口々に噂を楽しんだのだろう。


「なんでもブラトワは道化で黒幕は他にいるらしい」
「もともとアレイスター殿下を殺すための付け火だって話だ」
「いやいや、火事に紛れてシャノン様をかどわかそうとしたってのが真実だ」


人々の無責任な噂は尾ひれや背びれをつけて留まるところを知らない。下世話な噂を耳にしたときには、あの朝霧の様に澄んだシャノン様に対してなんてことをと、このような事態に巻き込んでしまった自分自身をどれほど悔やんだことか…。

一日数時間程度の裁判だが、先ず数日間かけてこの冬エンブリーで起きた事件について審理していく。
それが終わればブラトワ領でおこなわれていた、溶岩石の採掘における帳簿の不正を明らかにする。
そこまでが済んだところで漸く、…過去を掘り下げることになる。ブラトワの先祖がエンブリー初代から勲功を、溶岩山を騙し奪い取った過去を。

この件に関してプリチャード侯は、全ての準備が整うまで相当慎重に事を進めてきた。それでもいざ裁判日程が発表されると「今回の裁判に過去の事件は関係なかろう」と、ある高位貴族から抗議が出たという。

だが「この偽計が無ければエンブリー領は借財することもなかっただろう」とする、法務大臣ポーレット侯爵によって撥ね退けられたという話だ。

時間の無駄でしかないブラトワ側の身勝手な主張。
借用書の正当性、火事の偶発性、「第三王子殿下がそこに居るなど…何故私が知りましょう!」そう唾を飛ばすが、その主張一つ一つを明日から反論を許さないようつぶしていくのだ。

幼子が燃え盛る火の中におかれたという事実は、プリチャード侯の目論見通り天使の様に愛らしいシェイナ嬢の姿によって人々の怒りを呼び起こしたようだ。傍聴人は退室していくブラトワにひどい罵声を浴びせている。

ああ…まだ初日だというのに実に疲れた…。ならば幼いシェイナ嬢はもっと疲弊しただろう。ブラトワの姿に悪夢を思い出してはいないだろうか…?

「シェイナ、辛くは無いですか?」

裁判所の控室でそう問えば、緊張に顔色を悪くしながらそれでも気丈に微笑むシェイナ。

「おいでシェイナ。君のご両親はポーレット夫妻とお話し中だ」

そう声をかければおずおずと腕を伸ばすシェイナ嬢。
一歳と数か月過ぎたシェイナは髪も豊かになりその顔立ちも赤子から幼児へと変貌している。

そして私は思うのだ。
あの時王宮の一室で隠れて背中を震わしていたシャノン…。
今のシェイナはまるであの時のシャノンのようだ、と。







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