ポッシビリティ

高原刹那

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強襲

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『この世は気まぐれである』

かつて見た本にそう書いてあった。
気まぐれであるが故に人は争うのだと。
でもそんなのはお堅い哲学者が言うことであって、普段生活をしている上でそのような事は思ったこともない。

「ほらまた注意が逸れてる。こっちに振ったら逆側を見ないと脇取られるぞー?」

そんなことを考える位なら、訓練に勤しんだ方が有意義だ。

「そこでそっちを取っちゃうのはなぁ……」

炎天下の中コールは自分の隊員に訓練をつけていた。
ジリジリと太陽が頭を焼いていく。

「あっちぃー……」

西の大陸でこんなに暑いなんて、何年ぶりだろうか。

四大大陸フォースカントリーの中でも比較的涼しい気候のはずなのに、ここ最近はずっとこんな調子だ。
そのせいで一部の農家が不振だとか。

「ちょっと休憩するぞー!水飲んで涼めよー」

隊員たちの顔も汗でぐちゃぐちゃ、目も死んできている。
これは本格的に危ないかもしれないとコールは休憩を促した。
隊員が休憩室に入ったのを見て自分も室内に入る。

「隊長ー……なんでこんな日に訓練なんですかー……」

「そうですよ……もっと涼しい日にしてくれたっていいじゃないですか……」

あぁ、隊員たちの声が死んでいる。
元はと言えば過酷な状況にも対応出来るようにと総長から提案されたものだったのだが、それにしても今日は暑すぎる。

「まぁ、レオンもまさかこんな暑くなるなんて思ってなかったみたいだしなぁ」

罰が悪そうにコールは答える。

「兄弟なんだからもうちょっと隊長の意見通してくださいよー……」

「あの鬼総長が言うこと聞く人なんて女王陛下か隊長くらいじゃないですか…」

隊員が口々に言う。

ここ西の大陸の首都リバルドールが誇る最強の騎士団、その総長レオン・ブラスロイスはコールの実の兄である。
性格は真逆で、冷静沈着なレオンに対してコールは負けん気が強くすぐ突っ走る。
兄なのに総長、というなんとも複雑な状況がコールをいつも気まずくさせる。
何かあれば周囲からは『兄弟なんだから』と言われるが、本人からすればだからといって何とかできるものばかりではないのに。

「確かに厳しいけど、レオンはそんなに鬼じゃ……ない、と……思う……」

否定を試みたが、あれやこれやとレオンからの過酷な要求や鍛錬の数々を思い出してみると……あながち間違いではない気がするから困る。

そんな風に考えていると、昼食を報せる鐘が鳴り響いた。

「飯だー!!」

「やっと休めるぞー!!」

一斉に隊員たちが騒ぎ立つ。
先程までの死んでいた眼とは打って変わって生き生きとしている。

「午後からは確実自主訓練だからなー!サボるなよー!」

コールの叫びを他所に、隊員たちはゾロゾロと休憩室を出て行った。




「なんだかなぁ…」

コールは深いため息をついて総長室に向かった。

ドアをノックすると、素っ気ないいつもの返事が返ってきた。

「入れ。」

開けると目の前の執務机に難しい顔をして向かうレオンがいた。

「訓練は終わったのか?」

「まぁなんとかね。暑すぎてみんな眼が死んでたけど…」

苦笑いするコールを見てレオンが溜息をつく。

「その感じだと、大方また僕に”隊員の総意”を伝えろとでも言われたか?」

椅子の背もたれに背を預け、腕組みをして此方を見る。
毎回訓練があるとコールは『隊員たちがきつそうだった』と言うような趣旨のことを報告がてら伝えにくる。

「毎回同じ事を言うようだが、易しい訓練など意味はない。事態は常に最悪の状況を想定しなければならないんだからな。」

「わかってるよ俺だって…でも俺はレオンにずっと鍛えられてきたけど、他のみんなはそうじゃないんだからさぁ。」

たまには手加減してあげればいいのに、とコールはコールで溜息をつく。
レオンの鍛錬はそれはもう厳しかった。
まぁレオン自身が受けてきた”英才教育”に比べれば大したことはないだろうが。

「………僕だって、全員がお前みたいに根性のあるやつばかりだとは思ってないさ。しかしだからといって厳しい訓練を避けていたらいつまでも変わらないだろ。」

「そうなんだよなぁ…あいつら素質はあるのに面倒臭がるから。」

コールが隊長を務める第一精鋭部隊は総長自らが試験を行い選抜されたものだ。
少数精鋭とは言ったもので、10人しかこの部隊を名乗ることはできない。
ところが実力は確かなのに、隊員たちはまぁ面倒臭がる。
訓練嫌いで鍛錬嫌い。遠征などあろうものならコールへ不満が飛んでくる。
そんな部隊の在り方も問題ではあるが、コールもレオンも彼らが甘んじてしまうせいで実力が落ちてしまうのではないかと危惧している。

「あぁそうだ、忘れるところだった。陛下が昼食後謁見の間に来て欲しいとのことだ。」

「女王様が?なんだろ。」

行けばわかるさ、と言われレオンは昼食を取りに執務室を出て行った。






昼食後、コールはレオンに言われた通り謁見の間に向かった。

見張りの兵士はコールを見ると敬礼してすぐ扉を開けた。
目の前に煌びやかな謁見の間が広がる。
磨き上げられた大理石が敷き詰められた圧巻の光景。
いつ来ても荘厳な空間だと感じる。
その謁見の間に敷かれた深紅の絨毯の先に、女王は座っていた。
どうやらレオンも一緒のようだ。

「突然呼びつけてごめんなさいコール。」

「いえそんな。それにしても女王様直々にお話しがあると聞きました。」

女王がふわりとした微笑みを見せる。
彼女がリバルドール国第63代女王ミーリス・ダリメイルである。
四第大陸フォースカントリーで唯一の女王家系のダリメイル家は大地の召喚獣アースジョイントを守護獣として代々栄えてきた。

「実はね、町の警備をお願いしたいの。明日から南のリースでお祭りがあって。その警備を町から依頼されたのよ。」

「俺たちに、ですか?」

女王からの申し出にコールがきょとんとする。
今まで警備任務を申しつかったことがない上に、西の大陸でも有名な花祭りの警備だ。

「レオンに相談したら、第一精鋭部隊なら任せてもいいって言ってたから…ダメかしら…?」

「いいえそんな!ダメなわけありません!是非やらせてください!」

コールの返答に微笑む女王。
レオンは”配置等はお前に一任する”と言って祭りの概要が書かれた書類を差し出した。

花祭りは文字通り花がメインだ。
花を見ながら食事をして、夜には花火が上がる。
小さな祭りだが、周辺の村からは多くの人々が集う西の大陸では有名な祭りだ。



「そんなわけで女王陛下より花祭りの警備を仰せつかった!主に町の出入り口や会場の見回りになるが、各人気を抜かないように!」

コールからの報告に精鋭部隊の隊員たちが沸き立つ。
女王からの直々な申し入れなど殆どないからだ。
そして何より、レオンがこの精鋭部隊を推薦するような形を取ってくれたことに皆感激していた。

「あの鬼総長が俺たちを推薦してくれるなんて信じられないよなぁ!」

「なぁなぁ、明日から嵐でも来るんじゃないか?」

そんな声が隊員たちから聞こえる。
まぁ無理もない。レオンの組む地獄の訓練メニューを目の当たりにしたら、この部隊を潰す気なのかとも思うだろう。
しかしこうして評価してくれているのだと知ると、それも変わるのかもしれない。



だが、コールは何処となくザワザワした気分でいた。
今まで花祭りに警備をつけてくれなんて要請きたことさえないのに、何故今回は……

「………ま、気にしてても仕方ないか。」

自室に戻って着替えながら、そう呟いた。










翌日。
花祭り開催を1時間後に控え、コール率いる精鋭部隊は町の集会所で打ち合わせを行っていた。
町の出入り口や花火の上がる場所なども念入りに確認していく。
結果配置は、2箇所の出入り口に2人ずつ、集会所に2人、花火打ち上げ場所に3人となった。
もし何か不測の事態が起こった場合は手持ちの閃光弾を上げることになっている。

「最近は大型の魔物も目撃されているから、くれぐれも周囲の警戒を怠るなよ。何かあったら閃光弾を上げて報せること。いいな?」

「はっ!」

威勢のいい返事と共に、各々配置に走って行った。



「………何も起こらないといいけど…」

空を見上げて眉をひそめた。
先ほどまで晴れていた空の奥から、不穏な雲が伸び始めていた。
















祭りは何事もなく始まり、いよいよあとは花火によるフィナーレを残すのみとなった。
魔物も現れることなく、警戒は必要なかったのではないかと思うくらい平和だった。


夜も深くなり、もうすぐ花火の音が聞こえ始めるかという時になって耳をつんざくような悲鳴が木霊した。

「今のって………!」

町内を巡回していたコールが慌てて悲鳴の聞こえた方へ走る。
人混みはまるで何もないかのように祭りの時間を漂っている。
そんなはずはない、あれほどまでに大きい悲鳴が聞こえていないのか!?
その悲鳴は町の外れの民家の方から聞こえてきた。

「リバルドール騎士団です!大丈夫ですか!!」

必死に扉を叩くが何も返事はない。
家の中は真っ暗だ。
コールは悲鳴が気のせいだったとは思えず、民家の裏庭に回った。

「っ…………!!」

裏庭で女性と子供が倒れていた。
慌てて駆け寄り触れてみるが、その身体は既に冷え切っていた。

「な、んで………こんな……」

辺りを見渡して見たが争った形跡などはない。
まるで一瞬にして絶命したかのようだ。
傷口を見ても魔物のものではない。

「まさか………」

また悲鳴が聞こえた。
今度は南の方角からだ。
祭りで賑わう人混みを掻き分け悲鳴が聞こえた方へ走る。
途中で集会所を通り過ぎた。

「隊長!?どうしたんですかそんなに慌てて…」

「お前ら悲鳴が聞こえてないのか!?向こうで死者が出た!恐らく何者かの襲撃だ!」

「死者なんてそんな……!」

見張りを一人残して各持ち場の隊員に通達に走るよう命じると、コールは再び走り出した。

今度は南の外れの井戸の周辺だった。
男性と女性、そして子供が2人。家族なのだろう。

また、間に合わなかった。

「くそっ………誰がこんな……!」

すると、眩しい閃光弾が上がるのが見えた。
さっきの集会所の方角だ。
嫌な予感がして来た道を急いで戻る。

「なっ………!」

目に入ってきたのは凄惨な光景。
先程まで人々で賑わっていた集会所には火が放たれ、面影もない程に燃え上がっている。
中から聞こえる助けてという声。
生きたまま焼かれているということか。
助けに入ろうとするが、燃え方が凄まじく近寄ることさえできない。

「た………い……………ちょ…」

消え入るような声が聞こえて辺りを見回すと、隊員が一人林の側に倒れていた。

「大丈夫か!?待ってろ、今止血する…」

シャツを破ろうとしたコールの手を力なく握る。

「ま、だ………い…ます………あ…、いつ、ら………」

「あいつら……!?」

「あい………て、は…………、じょ…ん、な……」

掠れていく声で聞き取れない。
最期力なく口をパクパクと動かした後、意識は切れた。
致命傷がどれかわからないほど身体は斬りつけられていた。

物陰に隊員を隠し、コールは赤い閃光弾を打ち上げた。
赤の色は緊急を意味する。
隊員の死亡や住民に死傷者が出た場合などに打ち上げるものだ。
魔物ではないことは隊員の最期の言葉ではっきりした。
”あいつらはまだいる”…そう言っていた。

集会所を後にして町の広場へ向かう。
集会所が燃えていることは恐らく他の隊員たちも知っているはず。
それなら避難誘導を始めているに違いない。
しかし、相手は只者ではなさそうだ。
隊長クラスではないとはいえ、第一精鋭部隊の隊員が何もできないほどの力は持っている。










「なんだ……これ、っ………」

目の前の光景にコールは立ち尽くした。
町には既に火が回り、一面火の海になっていた。
住民たちは道端に倒れており息もない。
隊員たちが付いていたはずなのになんでこんなことに……

その時、遠くで金属音が鳴り響いた。
聞き慣れた音……刃物がぶつかり合う音だ。
誰かが何かと闘っている。
剣を抜き、音のする方を目掛けて駆け抜ける。




「くそ、っ………なんだこいつ……!」

「化け物かよ……!」

村の入り口近くで隊員2人と何者かが対峙していた。
後ろには子供を守ろうと抱きしめ震えている女性が見える。

「おい!!大丈夫か!!!」

「コール隊長!ご無事だったんですね!」

コールの姿を認めると、二人の表情に安堵の色が見えた。
これでもう大丈夫だと言うように。

「一般人の避難が先だ!そのまま親子を連れてリバルドールに行け!」

「しかし隊長っ………」

「行け!!!!!!!」

隊員はハッと我に返ったように剣を納めて親子を連れて離れようとした。

しかし………



「逃がさない」



ハッキリと、鮮明すぎるほどに聞こえた。
その声はまるで町が燃えていく音を消している様に響いた。

一瞬、空耳かと思った。
だがそれはすぐに打ち崩される。

「ぎゃぁああああああ……!!!!」

断末魔に我に返ると、逃げろと指示した隊員と一般市民の親子がいた場所に巨大な火柱が立ち上がっていた。
中でゆらゆらと人影のようなものが蠢く。

「そ………んな………」

内側から煮え滾るような怒りが込み上げてきた。

「……てめぇ………っ!!」

柄を握る手に力を入れる。

「許さねぇ……っ」

相手を睨みつけ一気に距離を詰める。
剣を振り上げて斬りかかろうとしたが、素早く振られた短剣に弾かれてしまった。

「なっ………!」

ものすごい力だった。
あんな短剣ではそう簡単に弾かれるはずもないのに。





「弱い」






目を見開いた次の瞬間はもう、闇の中だった。
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