金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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19話 衝撃のお披露目式

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7月17日─。
ついにレオンがアデルバートにおいて成人とされる15歳を迎え、民達に騎士としてお披露目される、彼の人生において最も特別な日が訪れた─。

モニカはお披露目式が開催されるコロシアムの控室にて、本日の主役である彼の鎧の装着を手伝っていた。
そんな彼女の栗色の艷やかな髪には、眼の前の主人から贈られた”永遠の愛”の意味を持つキキョウの刺繍が施された紺色ベルベットのリボンがしっかりと結ばれていた。
モニカは主人の身なりの細かい所を調整しながら、6月15日にファルガーに会ってから今日に至るまでの約一ヶ月間の出来事を振り返っていた。
(ファルガー様にお会いした日の翌朝。
すぐに当主様のご様子がおかしい事をファルガー様にお伝えしました。
ですがファルガー様は、エカテリーナ様が宮廷入りした地点でそうなることがわかっておいでだったようで、それは止めようがなかったと仰られました。
私が下手にそれを止めようと動けば、私の身が危険に晒されることになります。
それよりは、レオン様に近い立場の人が犠牲にならずに済むように亡命計画を進め、ファルガー様自らがダルダンテ神の目的阻止のためにお披露目式の場で動く・・・そのほうが良いと判断されたのでしょう。
ファルガー様は私に、
「当主の様子を知らせてくれてありがとう。
より慎重に亡命計画を実行するとしよう。」
とお返事を下さった後、
「それよりあれから彼の裏切りのほうはどうだい?」
と訊かれました。
私は、
「当主様がうるさく言われなくなったこともあり、見合いの方はあれ以来なされておりませんわ。」
とだけお答えしました・・・。
しかし本当は、狩り場を町へと変えたレオン様が町娘とベットを共にすることを、止めきれずにいたのです・・・。
レオン様のお誘いに迷いがありそうなお嬢さん達は、私から諭すことで助けることが出来ました。
しかし、完全にレオン様に魅了されてその気になっている娘には反発されましたし、そこを私が無理に割って入り止めようとしようものならレオン様は、
「嫉妬は見苦しいぞ?変態ドSメイドが。
お前には無い僕にとってかけがえのないものを彼女は持っているのだから、諦めて宮廷に帰れよ。
しっしっ!」
と酷く調子付いて舐め腐った態度を取った後、
『でもまぁ嫉妬で泣き腫らした顔のお前はとても可愛いからな・・・♥
彼女とのコトが済めばすぐに戻るから、服を脱いで部屋で待っていてくれよ♡
たっぷりと慰めてやるから♥』
等とクソったれな耳打ちをされるのが非常に不愉快でしたので、お止めしたのはその一度きり。
以降はお相手がその気なら何を言っても無駄だと諦めることにしたのですわ・・・。
そして処女の娘とした晩には猛烈に私を求めて来られて、私に虐められながらも何度も何度も射精される・・・。
そこに私への愛を確かに感じてしまうのです・・・。
私はそんな主人の困った病気に頭を抱えつつも、このことはファルガー様にはずっと伏せておきました・・・。
言えば亡命計画を目前にして、彼と私を引き裂こうとファルガー様が動かれることが目に見えていたからです・・・。
私はどんなに裏切られてもレオン様のことが放っておけなかったですし・・・やはり・・・愛しているのでしょうね・・・。
引き裂かれることを望んでいないのは確かなのです・・・。
それに亡命には他の希望者の方々の運命もかかっていますから、それを私の都合で台無しにしてしまうわけにはいきません・・・。
ですがそんな日々もお披露目の日まで。
お披露目の日に亡命計画が実行されれば、レオン様は次期当主にならなければならないというプレッシャーから開放され、元の彼に戻ってくれる・・それまでの辛抱だと思って今日までを過ごしてきました・・・。
そしてついにこの日が訪れたのです・・・。
レオン様の人生を大きく変え、彼と共に生きる覚悟を決めた私にとっても特別な1日が・・・。)

レオンのお披露目会場であるコロシアムは、宮廷の敷地内にある屋外スペースで、円形の広場を囲うようにして沢山の民が座ることの出来る椅子が設置されていた。
モニカはここに足を踏み入れるのはお披露目の準備が始まった1ヶ月前に、執事長リチャードに連れてこられたのが初めてだった。
防衛面からか人々の階級により座る席は定められており、一番見晴らしの良い位置は他の観客席とは壁で仕切られて屋根もあって椅子の作りも豪華で、そこに当主、そしてレオンを除く宮廷で暮らす公子(ジェイド、ルーカス)、そして公子達の母(エスメラルダ、アンジェリカ、エカテリーナ)、第1公女であるベリルとその息子のスフェーン、そして彼等を世話する為のメイド達(専属メイドが居る者は専属メイドを、メイドを持たないアンジェリカにはオリガが付き、ルーカスには執事長リチャード、ベリルとスフェーンには母エスメラルダのメイドから1人)がいた。
壁を隔たった隣の席もまあまあ豪華で、そこには宮廷以外で暮らす階級の高いナイト家の貴族達が各メイドを連れて席につき、その更に隣には次に階級の高い貴族達、その更に隣には平民、そして最後の出入り口近くの席は貧民街の者、そして外部の者達の席となっていた。
モニカとレオンがいる控室は観客席の1フロア下の広場へと続く入口の近くにあったが、そこの窓から丁度貧民街の者達と外部の者達の席がよく見えた。
徐々に集い席につくアレクセイを始めとする貧民街の今回の亡命希望の人達の姿、そして懐かしい父桜雅おうがと弟梅次うめつぐの姿を確認したモニカの胸は熱くなり、栗色の瞳にじわりと涙が滲んだ。
(あぁ・・・!
父様に梅次うめつぐ・・・!!
今すぐ近くまで駆け寄って2人を抱き締めたい・・・!!)
「どうした?モニカ・・・」
白金の鎧を着こなし神々しくすらあるレオンが、そんなモニカの様子に首を傾げた。
モニカはレオンには二人がお披露目式を見に来ることをまだ話していなかった。
この一ヶ月、話そうと思えば話す機会はあった。
だがどうせ近頃の主人は”次はどの女の子を落とそうか?”だとか”次の娘とはどのホテルを使用しようか?”だとかそんな事にばかり夢中で、自分の事など彼女達では満たせなかった真の性欲を向けるときにしか関心を持たない・・・と心に距離を置き、自然とプライベートなことは話さないようになっていたため、彼にはまだ伝えていなかったのだ。
モニカはこのまま亡命計画が無事済むまでこの事を主人には言わずにいようと思っていたが、この時のモニカは久々に見た父と弟の姿に感極まっており、ついポロッと口にしてしまった。
「・・・私の父と梅次うめつぐの姿が見えましたのでつい・・・。」
「オーガとウェッグが!?
2人をお披露目式に呼んだのか!?
何処だ!?」
と食いつくと窓に寄り、外部席を見るレオン。
しかし彼ら2人の姿を見たことのないレオンには、その姿を見つけられないようだった。
(あ・・・うっかり言ってしまいましたわ。
まぁ亡命計画に影響が出ない範囲で説明をしましょうか・・・。)
とモニカは思い、主人にこう説明した。
「えぇ・・・。
梅次うめつぐがレオン様のお披露目式に大変興味を持っておりましたので、観光がてらに2人を招待していたのです。」
「僕はそんなの聞いてないぞ!」
「レオン様はここのところ(町のお嬢さん方との遊びで)お忙しそうでしたし、私のことになど関心をお持ちでないと思いましたので、お伝えしなかったのですわ。」
レオンはそんなモニカに対し、
「何だか棘のある言い方なのは引っ掛かるが・・・まぁいい。
お披露目が済んだら2人を紹介してくれ。
彼等は将来僕の家族になるんだ。
この機会に話しておきたい・・・」
と少し不貞腐れ気味で返した。
モニカは、
「第2妃の親族など然程付き合いもないと思いますし、お心遣いは無用ですが・・・梅次うめつぐはロジウムの戦い以降すっかり貴方のファンですので、きっと喜ぶでしょうね。
わかりました。
ご紹介致しますわ。」
と少し眉を寄せつつも微笑んだ。
(まぁどの道亡命計画の最中顔を合わせることになりますからね・・・。)
とモニカが思っていると、レオンが眉間に皺を寄せて呟くようにこう尋ねてきた。
「・・・あいつは・・・?
君の父様とウェッグがここに来ているということは、ファルガー・ニゲルも今日ここに来ているのてはないのか!?」
その問いかけに対しモニカは思考し、
(ファルガー様は神避けをされている範囲内にあるこのコロシアムには入れませんから、今はミスティル教会で待機されている筈です。
神の血を亜空間に移動させ、ファルガー様の中の人の血だけで活動する”荒業”には、20分という活動限界があります。
そのためファルガー様は父様にコロシアム内の様子をそのまま伝える為の魔道具を持たせ、それを見たファルガー様が荒業を使う頃合いを自ら判断なさると訊いています。
だから近くに来ているといえばそうなのですが・・・あまりお披露目前のレオン様を刺激するのも良くないですしね・・・)
「・・・さぁ。
お忙しい方ですので、父様と梅次とは一緒には来られませんが、都合が付けば見に来ると仰っていましたわ。」
と返した。
するとレオンは仏頂面のまま、
「・・・来なくてもいい・・・
奴の顔を見ると酷くイライラするから、折角覚えたお披露目式の作法を間違えてしまいそうだ・・・」
と答えた。
そこで─コンコン─とノックの音がした。
「入れ。」
レオンが返すとゼニス隊員が扉を開けてこう告げた。
「レオンハルト様、そろそろ式が始まりますので、入場口への移動をお願い致します。」
「・・・わかった。
モニカも広場でお披露目式に立ち会ってくれるのだったな?
一番近くで僕の晴れ舞台を見ていてくれ。」
レオンは気持ちを切り替えたのか、そう言って柔らかく微笑んだ。
窓から差し込む陽光を受けて輝くあまりにも美しいその姿にモニカは、
(あぁ・・・
出会った頃はまだ少しあどけなさを残す少年でしたのに、今ではすっかり大人らしく、立派な騎士様になられたのですね・・・。
貴方の晴れ舞台を、亡命計画や貴方の裏切りへの嫉妬や諦めなど何もなく、専属メイドであり恋人、そして近い将来の妻として、穏やかな気持ちで見守ることが出来ればどんなに良かったのでしょう・・・)
と思い滲む涙を堪えながら、
「・・・はい。
貴方が騎士としてお披露目されるその瞬間を、この目にしっかりと焼き付けさせていただきますわ。
レオン様・・・。」
と微笑むのだった。

「これよりレオンハルト・ナイトの騎士お披露目式を開催する!」
声を遠くまで届ける魔道具”拡声器”を使ったジェイドの声が、コロシアム中に響いた。
広場中央には祭壇が設置され、祭壇の手前に当主とジェイドとアンジェリカが、その後ろに控えるようにモニカとリチャードが立っていた。
その他の者達は観客席に座ってこちらを注目している。
「本来であれば式の進行は当主であるダズル・ナイトにより執り行われるが、ダズル・ナイトは本日不調のため式への参加のみとし、代わりに第2公子であり宰相でもあるこの私、ジェイド・ナイトが進行を行う!
レオンハルト・ナイト、入場!」
わあっ!と歓声が上がった。
そして入場口から金の眩い髪を靡かせ、白金の鎧に身を包み、白いマントを翻したレオンが入場し、祭壇へ向かって敷かれた赤い絨毯の上を歩いて来る。
「レオンハルト様ーーーーー!!!」
「キャーーーー!!
レオンハルト様ーーーーーー!!!」
歓声は主に貧民街の者達から上がっていたが、平民席からもライオネルとタマラ夫妻、サーシャとその親方、ニーナとユリス夫妻、そしてレオンがこれから手を付けるために声をかけ、親しくなっていた町娘達からも歓声が上がっていた。
一方で花街の関係者と思われる貴族や平民達、そしていつぞやの夜の相手である金髪ドリル令嬢を始めとする社交好きな令嬢達は面白く無さそうにその歓声に顔をしかめていた。
この式への参加は任意のため、レオンの見合い相手だったが一夜限りとなった令嬢達、そしてレオンに手を付けられ一度きりで捨てられて、それをまだ引き摺っている町娘達はそもそも会場に来てすらいないようだった。
レオンは祭壇前に辿り着き、皆に向かって一礼した。
「レオンハルト・ナイト。
貴殿が大人の男となった証を掲げよ!」
レオンはその言葉に頷くと、左手の薬指に付けた黒く染まったバイコーンの指輪を空に向かって高く掲げた。
執事長リチャードが進み出て、小さな水晶球をバイコーンの指輪に近づけると(おそらくファルガーが亡命計画の為に桜雅おうがに持たせた魔道具と同様のものなのだろう)、祭壇上に置かれた巨大な水晶板にオニキスのように黒く染まったバイコーンの指輪の拡大映像が映し出された。
それを見た観客から、
「おおーーー!確かに!!」
などという声と拍手が上がった。
「続いてレオンハルト・ナイトが我らが先祖であり伝説の英雄が一人、騎士ラスター・ナイトの血を引く事を証明する為に、ラスターが我が国の神使より賜り、彼の血に反応して白く光を放つ”白の剣”を祭壇上にて抜いてもらう!」
ジェイドがそう言い終えると、続いてリチャードが白の剣を持って前に進み出た。
それをジェイドが受け取り、ジェイドがそれをレオンに向かって差し出した。
レオンは赤い絨毯の上に膝をつき、白の剣を受け取った。
「レオンハルト、祭壇上へ!」
ジェイドの声に頷き、レオンは立ち上がると祭壇に足をかけた。
そして一番上の段まで辿り着くと、スッと白の剣の柄に手を掛けた。
それを見守る皆に緊張が走る。
レオンはゴクッと喉を鳴らすと、そのまま剣を鞘から抜いた。


だが、それは光らなかった─。

「剣が光らない・・・?
どういうことだ!?」
「俺はグリント様のお披露目式にも参加したが、そのときは剣を抜いた瞬間にパアッとまばゆいばかりに光ったぞ!?」
と観客がざわめき、動揺の声が聞こえてくる。
レオンはあまりの事態に愕然として言葉を失い、祭壇の上で立ち尽くしている。
式の進行を務めるジェイドにもこれは予想外だったようで、
「レオくんなら歴代の直系達と違い、魔法による仕掛けなど無しに光らせることが出来る筈・・・。
なのに何故光らない・・・?
白の剣は今朝武器庫に厳重に保管されたものを僕が運び出し、リチャードに渡した・・・。
そこからこの広場まではリチャードが運んだ筈だ。
リチャード、その間に誰かに白の剣を委ねたかい?」
とジェイドは拡声器を通さずに、観客席にまでは届かない広場にいる関係者のみに聴こえる声でリチャードに確認をした。
するとリチャードは大きく目を見開いて、まさに寝耳に水といった表情で頭を振り、
「いいえ・・・!
このテーブルに置くまでの間、何方どなたにも委ねておりません。
テーブルに置いて以降も式が始まるまでは常に目を光らせておりました。
式が始まってからは祭壇に目を向けなければならなかったために目を離しておりましたが・・・」
(ということは式が始まるまでは白の剣はありののままだったということです。
それにもし白の剣が偽物であれば、ラスター様の血を引くレオン様が手に触れた地点で気が付かない筈がありません。
ならば今レオン様が手にされているのは、確かに白の剣で間違いがないのです。
とすると、式が始まりレオン様に手渡されるまでの間に何らかの白の剣を光らなくする細工が施されたということになります。
それが出来るのは今この広場にいる者しかありえません・・・。
この中で一番その可能性があるのは、当主様ということになりますが・・・)
そう思ったモニカは一番テーブルに近い位置で座っているダズルの方をちらりと見た。
するとダズルは白の剣が光らず皆が騒然とするその瞬間を待ち侘びていたと言わんばかりに席を立ち、拡声器をジェイドから奪い取ると、皆に向けてこう言ったのだ。
「残念ながらレオンハルトは、ナイト家の血を引かぬ偽物であることが今この場で証明された!
レオンハルトは私の第3妃アンジェリカが私の目を盗み、貧民街の男と不貞を働き作った子であると第4妃エカテリーナの協力を得て既に調べが付いている!
エカテリーナ、その証拠を持ってこちらへ!」
最初からダズルと打ち合わせ済みだったのだろう。
いつの間にか観客席から移動して広場の入場口にいたエカテリーナが広場へと入場し、手に持っていた水晶球をリチャードが先程レオンのバイコーンの指輪の拡大映像を映し出すときに使った水晶球とくっつけて作動させた。
するとレオンの立つ祭壇上にある水晶板に、アンジェリカが学校の校長室でアレクセイに愛を告げられ迫られている音声付きの映像、そして鮮明では無かったが、アンジェリカらしき女性が暗い部屋のベットの上でアレクセイらしき男性と性行為に及んでいる映像が映し出された。
そこに、
「アレク・・・はぁ、はぁ・・・
やっぱり貴方が好き・・・
アレク・・・」
という音声が重なり、その映像に説得力が増していた。
民は更にどよめき、
「何だって!?
アンジェリカ様が不貞行為を!?」
「レオンハルト様は不貞の子か・・!」
「相手は貧民街の学校の校長じゃないか・・・!」
「やっぱりあの噂は本当だったんだ・・・!」
と口々に口にした。
そこでアンジェリカが前に出て大きな声ではっきりと否定した!
「違います!
レオンハルトはダズルとの子供で間違いありません!
この証拠映像・・・どうやってそれを手に入れたのかはわかりませんが、前半は確かに私とアレクの学校の校長室でのやり取りです・・・。
ですが私は彼の求愛を拒み、不貞行為には及んではいません!
今まで一度たりともです!
そして後半の映像に関しては暗くて不鮮明ですし、身に覚えが全く無いため、私とアレクではないと断言出来ます!」
モニカは思った。
(なんてこと・・・!
この仕込みがあったから、宮廷入りして以降のエカテリーナ様がやけに大人しかったのですね・・・!
校長室でのやり取りは、きっと学校の職員もしくは清掃員など、学校に出入り出来る人物の中にエカテリーナ派の者を忍ばせて、ダルダンテ神から手に入れた盗撮をする魔道具を校長室に置かせ、そこから得た映像から都合の良い部分だけを切り取ったものでしょう・・・。
そして後半の映像に関しては・・・)
とそこで民から、
「で、でも後半の喘ぎ声はアンジェリカ様のものだわ・・・!」
「確かに映像は不鮮明だが、あの声はアンジェリカ様だったよな・・・?」
と皆が口にし始めたので、モニカの思考は遮られた。
それに対してアンジェリカは頬を赤く染め、少し言いにくそうにしながらもこう答えた。
「音声は・・・音声だけは確かに私のものです・・・・・。
ですがその音声は、この映像とは全く関係のない、私のごくプライベートなものです・・・。
私の部屋の音声を誰かが魔道具を用いて録音し、それがこの不鮮明な映像に重ねられた・・・そういうことなのだと推測します・・・。」
そう言ってアンジェリカはエカテリーナを静かに睨んだ。
その鋭い眼差しを受けたエカテリーナは、口角を上げて勝ち誇ったような微笑みをアンジェリカに向けた。
(やはり・・・。
まず、事前に暗い部屋でエカテリーナ様御本人が、アンジェリカ様のような金髪のウィッグを被ってアレクセイさんに似た男性と関係を持った所を撮影しておいた・・・。
そしておそらくですが、エカテリーナ様が宮廷入りする際に挨拶として皆に配られた置き時計・・・あれの中に、盗聴するための魔道具が仕込まれていたのでしょう・・・。
心優しいアンジェリカ様はその置き時計を疑われることもなく、
エカテリーナあの人なりの心遣いなのだから、有り難く使わせて貰います。」
と仰って、ベットサイドに置かれて使用なされていましたからね・・・。
そしてそこから得たアンジェリカ様の音声の中から自慰行為の部分を選び取り、この映像に重ねることで説得力を持たせた・・・。
そうして出来上がったこの映像を、エカテリーナ様はすぐに当主様に見せた・・・。
そうすることで当主様の気持ちがアンジェリカ様から離れ、自分へと向けられるようにと仕向けた・・・。
きっと白の剣が光らなかったのも、エカテリーナ様がレオン様のお披露目式の場を利用してアンジェリカ様とレオン様を陥れるために、ダズル様にダルダンテ神から手に入れた何らかのアイテムを渡して使用させたのでしょう・・・)
モニカはそう推理するも、具体的な証拠もなくその推理をここで自分が宣言した所で、当然単なる推測だと撥ね付けられると思ったため、今すぐにアンジェリカを助けられない歯がゆさに唇を噛みつつ、今はまだ状況を見守ることにした。
外部席にいる父桜雅おうがもその方が良いと思ったらしく、モニカの視線に気がついて頷いた。
「レオンハルトは間違いなく貴方の子です!
これだけは信じて下さい・・・!!」
とアンジェリカはダズルに訴えた。
「黙れ裏切り者の淫売が!!
長い間レオンハルト・・・その名を呼ぶのももはや忌々しいが、あれを私の子だと偽って貴族の地位にしがみつき続けたお前を私は決して許さぬ!!
あんなに特別に目をかけてやったのに!!
お前の頼みだからこそ貧民街に学校を建てることだって許してやったのに!!
それなのにその学校の校長がお前のかつての恋人のあの男だということを、お前はずっと黙っていたな!??
そうして私の目を盗み、毎月の学校視察の度に身体を重ねていたのだろうが!!
思えばお前は私を愛していると一度も言わなかった・・・。
お前は毎晩私に抱かれながらも、私の姿をあの男に置き換えていたのだろう!!?」
ダズルは感情を剥き出しにしてそう叫んだ。
「違います!!
確かに私はまだアレクへの想いを残しています・・・それは否定しません・・・。
ですが貴方の妻となった地点で覚悟を決め、貴方にだけ操を捧げ続けたのです!!
以降、貴方の姿をアレクと重ねたことは一度もありません!!
だってそれは私の愛するレオンハルトの存在を否定することになると思ったから・・・!!
貴方のことだって、当主という大変なお立場であることを理解し、私なりに愛情を捧げてお支えしようと努めてきたつもり・・・」
「黙れ黙れ黙れ!!!」
ダズルは感情的にそう捲し立てると、アンジェリカの頬を叩いた。

─パァン!!─

頬を叩く音が会場に響き渡った。
そのやけに響く音と、地面の上にへたり込み、碧い瞳に涙を浮かべて頬を抑える母の哀れな姿に我に返ったレオンは、白の剣をぐっと握り締めたまま祭壇から駆け下りて母を庇うように前に立ち、ダズルに向けてこう言った!
「あんた・・・母様になんてことをするんだ!!
僕は小さい頃からあんたが嫌いだった・・・。
僕と母様との時間を取り上げるくせに、僕にはろくに愛情を向けてはくれなかった・・・。
それどころか僕を都合のよい駒扱いし、グリント兄さんと共に僕が10歳になる頃には戦地に送り、その功績を自分のものとして発表した!
だが、それはもういい・・・・・。
それでもあんたが母様に向ける愛情だけは本物なのだと信じられたから・・・。
僕は母様のためにあんたへの不満を全て飲み込んで、黙ってあんたの望む道を・・・日々の努力と共に、ここまで歩んできたんだ・・・!
それなのにあんたは母様を信じずに、そこの娼婦上がりの女狐にまんまと踊らされ、こんな公の場で母様に手を上げて恥をかかせ陥れようとするだなんて・・・!!
僕の父親があんたなのか、それともアレクセイさんなのか、僕にはわからない・・・。
だが僕は例えこの白の剣が光らずとも、紛れもなくラスター・ナイトの血を引く者だ!!
そしてあんたは僕の血の価値を良く知っている筈だ!!!」
それに対してダズルは観客に聞こえないよう声を抑えつつもすぐに反論した!
「黙れ偽者が!
お前の血などもう必要ないわ!
その白の剣よりももっと強力な神剣の持ち主に、ルーカスが選ばれたのだからな・・・。」
「ルーカス、こちらへ!!」
とダズルは今度は拡声器を使って広場の入場口に向かって呼びかけた。
おそらくエカテリーナが広場へと移動したタイミングで一緒に入場口まで来て待機していたのだろう。
ルーカスはその声に頷くと、父の元へとやって来た。
その腰には禍々しい赤い鞘の剣が下げられていた。
そしてダズルは再び観客席には聞こえない程度に声を抑えてこう言った。
「あの神剣・・・ダインスレイブは、人の血を取り込むことが出来る特別な剣なのだ・・・。
しかもダインスレイブの持ち主であるルーカスにも、その取り込んだ血の力を作用させることが出来る・・・。
ダインスレイブで裏切り者アンジェリカの首を跳ねてその血を取り込めば、ルーカスはこの”光封じの魔石”を使って光らなくさせたレオンハルト、お前が今手にしているその白の剣すらも、”光封じ”を解除して元の状態に戻せば、立派に光らせて自在に扱えるようになるというわけだ・・・!」
そう言ってダズルは左手の中指にはめられた黒い魔石のついた指輪をその場にいる者達に見せた。
(そう・・・。
あの魔石の力で白の剣は光らなかったのですね・・・)
とモニカは納得がいった。
ダズルは続けた。
「ダインスレイブはルーカスの子供、またその子供と、子孫にも所有権が継承される・・・。
だからダインスレイブがある限り、ナイト家の嘘がバレることはない・・・。
よって、英雄の血を引くお前達親子はもう必要ないというわけだ・・・!
まぁ人の血を吸ってどんどん強くなるダインスレイブに比べれば、骨董品の白の剣など、もはやナイト家の象徴のお飾りでしかないのだがな!
だが安心しろ、レオンハルト。
アンジェリカはあの男と共に死刑にするが、お前はかの神にとって使い道があるようだから、別の刑を考えてある・・・。」
そして再び拡声器を手にし、民に向けてこう宣言した!
「民よ!
ここにいる第4公子ルーカスは神より特別に選ばれ、この神剣ダインスレイブを授かった!
よって次期当主は裏切り者の子である第3公子レオンハルトではなく、第4公子ルーカス・ナイトと決定した!
偽りの公子レオンハルトのお披露目式はこの場を持って閉会とし、明日同刻この場にて裏切り者第3公妃アンジェリカとアレクセイ・バザロフの死刑を執行する!
レオンハルトに関しては、自身が不貞の子だとは知らなかったこと、そしてロジウムでの功績もあることから温情を与えその命までは取らず、アデルバートから永久追放の刑と処す!
アンジェリカとレオンハルト、アレクセイ・バザロフをひっ捕らえよ!!」
会場は大きくざわめいた。
貧民席にオリーブ隊が現れ、アレクセイが取り押さえられる様子が目に入った。
それと同時に広場にもゼニス隊が現れ、アンジェリカとレオンに剣を向けた。
モニカには外部席にいる父桜雅おうがと弟梅次うめつぐがこれから自分が行おうとしているに勘付き、それを制するかのように必死に頭を振るのが見えたが、
(ごめんなさい、父様・・・梅次・・・。
確かにエカテリーナは私がスパイであることやジェイド様の裏切りを知りながらも、大して気に留めず泳がせているフシがあります・・・。
だからここで黙って状況に従えば、もしかしたら私は助かるのかもしれません・・・。
ですが、レオン様とアンジェリカ様は既に私にとって、父様と梅次うめつぐ、そしてファルガー様と同じくらいに大切な、かけがえの無い家族同然の人達なのです・・・。
そして私はスパイだったお蔭で、レオン様とアンジェリカ様とアレクセイさんを救えるかもしれない手札を持っています。
それなのにそれを示すことも無く、ここで私だけが助かろうなんて・・・やっぱり無理ですわ・・・!
ファルガー様にはご迷惑をおかけする事になりますが・・・どうか・・・お許し下さい・・・・・)
モニカは覚悟を固め、一歩前に出て大きく深呼吸をしてから声を上げた!
「お待ち下さい当主様!!
私はジャポネの統率者であり、世界の監視者でもあらせるファルガー・ニゲル様の使いとしてこの宮廷に潜入していたスパイです!!
その任務でまずナイト家直系の主だった方々の血縁関係を調査致しました!
そしてその調査により、レオンハルト・ナイト様が確かにアンジェリカ様と当主ダズル・ナイト様のお子である証拠を手に入れております!!
今その証拠は私の手元には御座いません!
ですが、私から主であるファルガー・ニゲル様に申し立てれば、きっとその証拠を当主様の御膳に提出できます!!
ですからどうかそれまで、刑の執行をお待ちくださいませ!!!」
「モニカ・・・お前・・・・・
僕ら親子のために自分の正体を・・・・・」
とレオンが泣きそうな顔でモニカを見て呟いた。
アンジェリカも息子と同じ気持ちだったのか、モニカの方を見て両手で顔を覆い頭を振った。
観客席にいたモニカと交友があるが、彼女の正体までは知らなかったニーナやユリス、フリーメイドのリディア、料理長のドミトリーと夫人のマルファ、そしてモニカを知らない観客達も皆大層驚き、モニカの発言に息を呑んだ。
ジェイドも心配そうにモニカを見つめ、外部席の桜雅おうが梅次うめつぐは、強く両手を組み合わせてモニカの無事を祈っていた。
直系席にいるベリルとスフェーンにオリガ、平民席にいるライオネルとタマラとサーシャと他の亡命希望の兄弟達、そして貧民席のニコライやアンナを始めとする亡命希望者達、そしてオリーブ隊に連行されかけていたアレクセイも足を止め、不安気に眉を寄せてダズルの反応を待った。
だがダズルは無言でモニカに近づくと、その鳩尾みぞおちに容赦なく拳を沈めた!
「モニカ!!」
レオンが自分を呼ぶ声が聴こえる。
そしてモニカは薄れゆく意識の中、ダズルが自分に向けてこう言うのが聴こえた。
「馬鹿な女だ。
お前の正体など、とうにエカテリーナが見抜いて私の耳に入っておったわ!
お前が大人しくレオンハルトの追放後、ジャポネに帰るというなら、お前程度の小物の行いなど不問にしてやったというのに、態々正体を明かして守ろうとするなど・・・。
レオンハルトが私の子である証拠だと?
そんなものがもし本当にあったとして、今更それを突き付けられたところで、今のこの状況は覆せぬわ!
私はアンジェリカを愛していたが故、裏切られていたと知った時のショックは大きく、その愛情は一気に憎しみへと変わってしまった・・・。
それはもう、どんな証拠を持っても愛へと戻ることは決してない!!
スパイよ・・・お前がアンジェリカとレオンハルトのためにしたことは、全部無駄に終わるのだ!
だが安心しろ。
お前がファルガー・ニゲルの使い捨ての駒ではないのなら、交渉の材料として使えるだろうから生かしておいてやる・・・。
だが奴がお前を見捨てたときは騎士共の慰み者にした後に娼館行きだ。
覚悟しておくんだな?」
そしてモニカは、
「モニカーーーーー!!!」
と自分の名を呼ぶレオンの声を遠くに聞きながら、意識を手放した。

モニカが目覚めたのは、冷たく暗い地下牢の中だった。
(宮廷に地下牢があるとは訊いていましたが、実際に来るのは初めてですわ・・・。
しかもそこに自分が入ることになろうとは・・・。
・・・スパイであることを明かしたけれど、刑の執行を待って貰う事すら出来ませんでした・・・。
あれからどのくらい時が経ったのでしょう・・・?
レオン様は即刻追放、アンジェリカ様とアレクセイさんは明日の午前10時に死刑執行と言い渡されていましたが・・・)
モニカは不安気に眉を寄せ辺りを見渡した。
モニカの牢の両隣は壁で仕切られていて見えなかったが、眼の前には見張りらしきオリーブ騎士が1人、地下牢フロアの出入り口と思われる場所にもう1人ゼニス騎士が立っているのが見えた。
モニカは彼らに気付かれないように、自分の持ち物を服の上から触って確認した。
ポケットに入れていた懐中時計も首から下げているファルガーの笛もスカートの下に隠し持っている鞭も取られずに無事だった。
(私が武器を隠し持っているか確かめもしないで牢に入れるだなんて、間抜けな方達ですね。
でもありがたいです。)
続けてモニカは懐中時計をそっと取り出し、時間を確認した。
時計は9時過ぎを指していた。
(朝の9時なのか21時なのかわかりませんわね・・・。
私の空腹度合いからして、お披露目の日の21時ではないかと思うのですが、もし夜が明けて朝の9時になっているのなら、アンジェリカ様とアレクセイさんの処刑がもうじき始まってしまいます・・・。
レオン様は即刻追放でしたから、もう国境を超えてしまったのかもしれませんが・・・。
・・・大丈夫です。
レオン様は生きておられるのです。
行き先さえ誰かから聞き出せれば、後を追いかけてお会いすることだって不可能ではありません・・・。
それよりも今考えるべきは、アンジェリカ様とアレクセイさんのことです・・・!
お2人は明日処刑されることになっているのですから、きっと私よりも厳重に、違う場所に閉じ込められている筈・・・。
取り敢えず今はまず、正確な日時と状況を把握しましょうか・・・)
モニカは取り敢えず近くにいたオリーブ騎士に話しかけてみることにした。
「おはようございます。
地下牢の見張り、お疲れ様です。」
「あぁ?
目が覚めたのかよ、スパイの姉ちゃん。」
「えぇ・・・。
こんなに固くて冷たい床なのに、当主様の拳のお陰様でぐっすりと眠ってしまいましたわ。」
「あんた、随分呑気だな。
3日待ってもあんたのジャポネの主人が現れなかったら、俺等に輪姦まわされて娼館に売り飛ばされるんだぜ?
まぁ俺みたいな下っ端に回ってくる頃にはあんた、先輩方のザーメンでドロドロのガバガバになっちまってるんだろうけど、あの好みのうるさいレオンハルトのお気に入りだったあんたの身体に俺も興味があるんでね。
ガッツリと味あわせてもらうつもりだぜ?
その時にはよろしくな?」
モニカは彼からかけられた下品な言葉と舐め回すように向けられた視線に嫌悪を顕にしつつ、こう返した。
「・・・確かに当主様に殴られて意識を手放す前に、そのようなことを仰っていましたわね・・・。
3日、というのは初耳ですが・・・。
それで、その期日までは後どのくらい残っているのでしょうか?」
「あん?
まだそれ程時間は経っちゃ居ねぇよ。
今はお披露目式があった日の夜21時を回ったところだ。」
(良かった・・・。
まだ日を跨いではいないのですね・・・)
モニカは小さく安堵のため息をついた。
オリーブ騎士は続けた。
「あーあ!
見張りの交代の時間を過ぎてるってのに、誰も来やしねぇ!
やっぱに騎士達が皆駆り出されてるからだろーな・・・」
(・・・・・!?
今、レオンハルトの捜索って・・・!?
もしかして・・・)
モニカは一筋の希望に縋るような気持ちでオリーブ騎士に尋ねた。
「あの・・・レオン様は追放されてしまったのではないのですか・・・?」
「あぁ?
そうか、あんたは気を失っていたから知らないか。
レオンハルトはあんたが気を失った直後、追放のため身柄を拘束しようとしたゼニス隊に刃を向けて、エカテリーナ様の持っていた魔道具で眠らされたんだよ。
それから眠ってるレオンハルトを拘束し追放の為の馬車が出たが、出発してすぐのミスティルの外れ辺りで早くも目が覚めたらしく、しかもその場にいた騎士の中に誰か奴の縄を解き、会場から持ち出した白の剣をレオンハルトに渡した奴がいたみたいなんだ。
そのままレオンハルトは逃走し、今も捜索中なんだが、まだ見つかってないらしいぜ?
奴が逃げ出してすぐ馬を走らせ全ての門を閉鎖したから、ミスティルの町の中にはいる筈なんだがよ。」
「そうですか・・・。」
(あぁ・・・!
どなたかはわかりませんが、レオン様に手を貸してくださってありがとうございます・・・!
レオン様はまだ町の中にいて、他の人には見つけられない場所にいる・・・。
それはもしかしたら・・・・・)
モニカはレオンと初めて口づけを交わした、宮廷の裏山にある秘密の場所を頭に思い浮かべた。
(レオン様が潜伏しているとしたら、きっとあの場所でしょう。
そして、明日のアンジェリカ様とアレクセイさんの死刑執行を止めようと考えてらっしゃる筈・・・。
ファルガー様に加えてレオン様までいらっしゃるなら、100人力ですわ!
ならば私はどうにかして脱獄をし、まずレオン様と合流しませんと・・・。
それからファルガー様と協力し、お2人を助けるのです!
ファルガー様は今日は”荒業”を使われなかった筈・・・。
使っていれば私はあの場から助けられていたでしょうし、このオリーブ騎士の口からもそれらしき話が出るでしょうから。
荒業にはリスクが伴い、滅多なことでは使用は出来ないため、きっと明日の処刑の日にそれは取っておくべきだとファルガー様は判断されたのでしょう。
ですから今首から下げた笛を吹いて、ファルガー様に助けを求めることは当然出来ません。
それに私はレオン様とアンジェリカ様とアレクセイさんの刑の執行を止めたくて、自分の責任においてスパイであることを公表し、今こうして牢獄にいるのですから、ここでファルガー様を頼るのは間違っています。
どうにかして自力で早急に脱獄しなければ・・・。)
モニカがそう思って考えを巡らせ始めた所で、この地下牢フロアに誰かがやって来たのか、出入り口辺りから話し声が聴こえた。
「見張り番お疲れ様です。」
聴き覚えのある高く澄んだ愛らしい声がした。
出入り口に立っているゼニス騎士が彼女に返事をした。
「あぁ、あんたもお疲れ様。」
「見張り番の交代時間を過ぎましたが、今逃走者の捜索で騎士様達が出払っていて交代の者がいないそうなので、せめて差し入れをと思いまして。
立ったままでも食べられるピロシキを料理長に作って貰いましたから、どうぞ召し上がって下さい。
スープもありますよ。」
「あぁ、ありがとう。」
「そちらのオリーブ騎士さんも、今差し入れを持っていきますので少し休憩になさって下さい。」
「あぁ・・・丁度腹が減ってたんだわ。
助かるよ。」 
コツコツコツ・・・と靴音を響かせながら彼女は差し入れの入ったかごを持ってこちらに近づいて来た。
モニカが声から想像していた通り、それはフリーメイドのリディアだった。
リディアはチラッと牢の中のモニカを確認してから、
「はい、どうぞ。」
と言ってオリーブ騎士にピロシキを手渡した。
「うん、美味い美味い!
やっぱ料理長のピロシキは最高だな!」
そう言いながらオリーブ騎士は美味しそうにピロシキを頬張っていたが、やがて、
「フガッ・・・」 
と言いながら廊下に崩れ落ち、くかー、くかーっとイビキを立てながら眠りについてしまった。
出入り口にいたゼニス騎士も既に廊下に転がって就寝しているようだ。
リディアはホッとしたように微笑むと、
「助けに来ましたよ、モニカさん!」
と言った。

リディアは眠っているオリーブ騎士の腰ベルトに取り付けられた牢屋の鍵束を外すと、それでモニカの牢の鍵を開けながら話を始めた。
「私、お披露目式でモニカさんがスパイだと告白されるのを聞いて・・・確かに驚きましたけど、でもよくよく考えてみたらモニカさんがしていたことは、この国が人々に隠れて後ろめたいことをしていて、それを明らかにする為の正しい行為なんじゃないかと思ったんです。
私、今までモニカさんに沢山助けて貰いましたし、勝手ながら・・・お友達だと思っています・・・。
だから、私は当主様よりもモニカさんを信じたいなって・・・。
それで式が終わった後、私に何か出来ることはないかなって思っていたら、ジェイド様が睡眠薬を下さったんです。
それでモニカさんを助けるために牢獄の見張り番への差し入れに睡眠薬を混ぜることを思いついたのですけど、それだとその料理を作った料理長のドミトリーさんも責任に問われてしまうのではないかと思って薬を混ぜることを躊躇していたら、ドミトリーさんとマルファさんにそれを気づかれて、
「もうイライラするね!
思い切って入れちまえばいいんだよ!」
ってマルファさんがドバっとピロシキに振りかけちゃって・・・。
ドミトリーさんも、
「俺等だってあの子がスパイだろうとなんだろうと好きだったんだ!
助けてやりたいって思ってる!
1人でやればクビ・・・下手すりゃ多額の罰金、もしくは懲役を食らうかもしれねーが、3人で一緒にやったとなりゃあ、数日間の謹慎処分と数ヶ月の減給くらいで済まされるだろ!」 
って・・・。」
「そうだったのですね・・・。
本当にありがとうございます・・・。
私のほうこそリディアさんには、今もですけど、今までにも沢山助けていただきましたわ・・・!
そして、私もリディアさんのことをお友達だと思っております・・・。
例え、これから違う国で暮らすことになるのだとしても、その気持ちは変わりません・・・。
ドミトリーさんとマルファさんにも、どうかお礼を伝えて下さい・・・」
モニカは瞳に涙を浮かべながらリディアに頭を下げた。
「はい、必ず伝えます・・・!」
とリディアも涙目で頷いた。

リディアと共にフロアを出ると、使用人用の倉庫に案内された。
そこにはモニカの旅行カバンと、メイドが食事や荷物を運ぶ時に使うワゴンが一つ置いてあった。
「これは・・・私のカバン?」
「はい。
ジェイド様からレオンハルト様のお部屋の鍵を預かりましたので、ここに来る前にモニカさんのお部屋に寄らせて頂きました。
お部屋はすっかり片付けられていて、この旅行カバンだけがありましたので、きっと逃走に必要なものを色々とまとめてあるのだろうと思いましたので、勝手な判断ですが持って参りました。」
「ありがとうございます!
大変助かりましたわ!」
「お役に立てたなら良かったです!」
そう言ってリディアは旅行カバンと一緒に置いてあった大きな手提げカバンから、フリーメイドの制服と薄灰色をしたウィッグを取り出した。
「まずはこれに着替えて下さい。
専属メイドの制服では目立ちますし、フリーメイドの制服でこのウィッグを被っていれば、遠目からはモニカさんだとわかりませんから。
あ・・・こちらのウィッグはジェイド様からです。
ジェイド様は目立つ髪色をされてますから、お忍びで出掛けられるときの為に持っていたものなのだそうですが、ロングヘアなので女性にも使えますし、モニカさんの脱出に役立つだろうと下さったんです。
モニカさんの旅行カバンはこのワゴンに入れて、布を被せて運べば疑われることはありません。
私達はそのまま仕事のフリをして1階にある使用人の通用口まで行きましょう。
そこから外に出られます。」
「えぇ!
ありがとうございます・・・!」
モニカはリディアに再び礼を述べてから、フリーメイドの制服に袖を通し、ウィッグを被った。
そして自分が着ていた専属メイドの制服は、旅行カバンの中に押し込んだ。
2人はそのままワゴンを押して廊下を進んだ。
リディアの言った通り、フリーメイドの制服を着て髪色も違うモニカのことを、通りすがる誰もが気が付くことはなかった。
そして2人きりになった昇降機の中で、モニカはリディアに尋ねた。
「それで・・・ジェイド様はリディアさんに睡眠薬を渡した後、どうされたのです?
他の皆さんについてもどうなったかお訊きしたいのですが・・・」
モニカの問いにリディアは答えた。
「はい・・・。
ジェイド様から色々とお聞きしています。
あの方は新人メイドのお茶会の後でモニカさんに協力されるようになり、今回の件の状況によってはジャポネへ亡命することを希望されていたのですね。
ジェイド様は賢い方ですので、身に危険が及ばぬよう会場にいる間は宰相として振る舞っておいででしたが、宮廷に戻って私に睡眠薬を渡した後、
「エカテリーナの様子を見る限り、このまま大人しくこの国の宰相でいようと思えばいれそうなんだけどさ・・・。
きっと一生首輪をつけられ鎖で繋がれた範囲での自由しか与えられず、酷く窮屈になるだろうね・・・。
それに僕の中の何かが、このチャンスにこの国から逃げ出しておかないと、後で酷く後悔することになるよって警告を鳴らしてる気がするんだよね・・・。
だから僕はその勘に従って、亡命することにしたよ。」
と仰って、ベリル様とスフェーン様と一緒に宮廷を出てミスティル教会へと向かわれました。
すぐにエカテリーナ様がジェイド様の離反に勘付かれて追手が放たれましたが、ジェイド様は魔力を増幅させるマジックピアスを身に着けておいででしたから、追手の騎士達が魔法で反撃されて逃げ帰ってきたと聞きました。
ですのでお3方揃って無事ミスティル教会の天界ゲートからジャポネへと亡命された筈です。
それから私、今まで存じ上げなかったのですが、メイド長もアンジェリカ様とレオンハルト様のお身内だったのですね?
メイド長の場合は当主様に身元が知られていてジェイド様よりも危険なお立場でしたので、お披露目式後の混乱の最中にモニカさんのお父様と弟さんにより、ミスティルにいるメイド長のお子さん達とアンジェリカ様のご両親、貧民街の亡命希望者達と一緒に助けられ、無事に亡命されたようです。」
「そうですか・・・。
良かった・・・。」
 モニカは彼らが無事に亡命出来たことを聞いて安堵し、ホッとため息をついた。
(ならば残す亡命者は、アンジェリカ様とアレクセイさん、そしてレオン様と私のみですわね・・・。)
「リディアさん、レオン様は追放の為の馬車から逃走され、現在も行方知れずだと牢の見張り番のオリーブ騎士から聞きました。
レオン様の行き先には心当たりがあるので、ここから脱出しましたらまずそこへ向かってみるつもりです。
それで・・・アンジェリカ様とアレクセイさんの監禁場所をご存知無いですか?
もし可能ならば、レオン様と合流後すぐお2人を助け出し、亡命させたいのですが・・・。」
とモニカ。
「お気持ちはお察しします。
私もアンジェリカ様には大変親切にしていただきましたし、お披露目式の場で流された映像についても、アンジェリカ様の仰ったことを信じていますから、何とか助けて差し上げたいです・・・。
ですがジェイド様のお話ではアンジェリカ様とアレクセイさんは、明日の処刑までモニカさんのいた地下牢よりも下のフロアのもっと厳重な、私共では出入り出来ないフロアの牢獄に投獄されているそうです・・・。
ジェイド様が脱出前にお2人の救出を試みられたそうですが、既にそのフロアの鍵を変えられてしまっていて、ジェイド様のお持ちの鍵では出入り出来なかったそうです・・・。
なので2人を牢獄から脱出させることは、諦めるようにと仰っていました・・・」
(となれば、お2人を助け出せるのは明日の処刑の時ということになりますわね・・・。
ファルガー様もきっと、神避けを回収すると同時にお2人を助けるために”禁じ手”を開放なさる筈・・・。
ならば私はそれまでにレオン様と合流し、お2人を助ける為に私達が出来ることを考えましょう。)
そうしてモニカはリディアと共に1階の使用人用の通用口までやって来た。
「ここでお別れですね・・・。」
とリディアが寂しそうに眉を寄せて言った。
「えぇ・・・。
リディアさん。
後で処罰を受けることになるのに、私に手を貸して下さりありがとうございます・・・。」
リディアは涙をぽろぽろ零しながら頭を振った。
「いいえ・・・!
これくらい・・・友達ですから・・・!
あの・・・これ、ドミトリーさんからです。
お腹が空かれているでしょう?」
そう言ってリディアはワゴンに置かれたピロシキとスープの入った水筒が入ったかごを、モニカに手渡した。
「こちらは牢屋の見張り番の方に差し入れしたのと同じピロシキとスープですけど、こっちには睡眠薬は入っておりませんので・・・!
レオンハルト様と召し上がって下さい・・・!」
「まぁ!
ありがとうございます!
あの・・・リディアさん。
最後にご住所を教えていただいても宜しいですか?
いつになるかはわかりませんが、身辺が落ち着いて連絡が取れるようになりましたら、お手紙を書きます・・・。
私の実家の住所は私の家族の安全上、今は教えられないのですが・・・」
「えぇ!勿論です・・・!」
リディアはポケットからメモ帳を取り出して、自分の住所を書いて渡してくれた。
モニカはそれを大切そうにカバンに仕舞った。
リディアは止まらない涙を拭いながらこう言った。
「明日の処刑・・・モニカさんの脱獄が知られれば、私とドミトリーさんとマルファさんは謹慎処分を受けることになると思いますから、きっと行けないと思います・・・。
ですが皆さんが揃って無事に亡命されることを祈っていますから・・・!」 
モニカもぽろぽろと涙を零しながら頷くと、
「ありがとうございます・・・!
私は私に出来ることを、最後まで精一杯努めてみます・・・!
さようなら・・・どうかお元気で・・・・・!」 
と笑顔で告げた。
「さようなら・・・!
モニカさんもどうかお元気で・・・!
レオンハルト様とお幸せに・・・・・!」
リディアはそう言って、泣きながらも笑顔を作って手を振ってくれた。
モニカはもう一度リディアに頭を下げると、旅行カバンとピロシキの入ったかごを持って、レオンがいるであろう宮廷の裏山へと向かって駆けて行くのだった。
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