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恥ずかシヌ。②
「つ、…ミ、……彼女は、……元気だろうか……?」
ジュリアンはいかにもついで、という雰囲気を装い家令のペンスに問いかけた。
仕事を教わっている最中、休憩中の、何気ない会話として。
「はい。ご病気やお怪我をされたといった報告はございません。」
「…」
違う、そうじゃない。
イヤ、違う。それは大事だ。
何よりだ。健康でいるなら、何より。
彼女が領地に発って四日。
まさか新婚一日目から離れ離れになるとは思っておらず落ち込んだ。
自業自得であり、事件が起きた領地に彼女が向かいたいと考えたのも当然で。
納得するしかなかった。文句など言えるわけがなかった。
目覚めてとなりにいないのを、寂しいなどと思う資格はなかった。
無理矢理頭を切り替え公爵家の人間として仕事を始めるまえに、すべての使用人を集めてもらい謝罪した。
それで特に態度が変わるということもなく、むしろ変わらず礼儀正しくしてくれていることに気づく。
彼女も、彼らも、最初からそうだったのだ。
自分が知らず、見ていなかっただけ。
「……彼女に手紙をだそうと思うのだが、どう思う?」
「けっこうなことかと存じます」
「鬱陶しいと思われないだろうか…」
「奥様はご厚意を無碍に扱う方ではございません」
「、そうか、そうだよな…では便箋を、」
「ご用意いたします」
ずっと考えてはいたのだ。逆にきっかけと捉え、一歩を踏みだす。口では上手く言えないことも、手紙なら伝えられるかもしれない。そうでなくても俺は彼女のことを何も知らない。知ろうとしなかったから。
会えないからといって、ただ待つことはやめようと。
そう思って色々書き連ねてゆくうち分厚い書類のような出来になってしまい返事がもらえるか不安になったが、彼女は誠実なひとだ。きっと大丈夫だ。たぶん。
ーー大丈夫だった。
色々な質問にきちんと答えてくれた。
いつ戻れるかはまだ未定とあったがそれから何度もやり取りを重ねた。
初めて返事をもらえたときは嬉しすぎてすぐ読むことができずにいたのをペンスが訝しんでいたように思うが、嬉しかった。こんな気持ちになったのは久々だった。
自分さえ間違わなければ、正しく持っていられたもの。
そう思ったら今度はそればっかりに気を取られて、手紙の内容がおかしな方向へいってしまった。
媚びるように謝罪し、やり直したいということを何度も。
「…」
そうしたら、欠かさず届いていた返事が止まった。またやらかしてしまった。俺は馬鹿だ。
薄気味悪いと思ったことだろう。自分で思い返してもそう思う。そうでなくても尋常ではない量を送りつけていたのに。
なぜ精査しなかったのか。荒ぶる気持ちのまま書いた手紙など、だいたい翌朝見れば目を逸らしたくなるというのに。
内容に嘘がないというのがまた己を辱める。
困らせて不快にさせてしまったと思うと、申し訳なさが募る。
彼女は混乱しているだろう。その様が手に取るように想像できる。目に浮かぶ。
桜色の髪をゆらし、思案するんだ。
淡く、優しい色の瞳を戸惑うように瞬かせてーー。
「…ミーナリス、」
面と向かっては呼べない名前を、ひとりつぶやく。
会いたいなと素直に思う。
なんて都合よく単純な男なんだろうか、俺は。
結局また待つことしかできなくなった。自分のせいで。何度間違えたら辿り着けるのか。
ずしりとのしかかる後悔やら何やらを背負いながら、ジュリアンは仕事を再開した。
「……どうした?」
ノックに返事をすると、メイドに呼ばれて外していたペンスが戻ってきた。が、様子がおかしい。
この家令はいつもわりと能面のような表情なのだが、それが研ぎ澄まされているような。
何かあったか?何かしてしまったか?内心焦り色々とよぎるがとりあえず答えを待ってみる。
「……旦那様にお客様がお見えなのですがお約束がございましたか」
「……客?」
そんな予定はない。先触れもないことはペンスも知っているはずだ。そう続けようとして信じられない言葉が返ってきた。
「グース伯爵家のジーナ様と名乗られております。そう伝えれば分かると。」
血の気が引いた。ジーナ。ジーナが、なぜ。
その後のやり取りを聞き、さらに真っ青になる。
門前で騒いでいる者がおり、先触れなしでは通せないと説明してもジュリアンを呼べと喚く。
仕方なしにペンスを呼び帰るよう言えば今度は泣きだした。このまま居座られても迷惑。追い返すまえに念のため確認したかったのだと。
「……すまない。……元婚約者だが、約束など一切していないし知らなかった。帰ってもらおう」
「…かしこまりました」
疑われているのか。背中からの視線が痛い。
そんな人間だと思われているのだろうな。仕方ない。自業自得だ。自分のしてきたことを思えば。
悔しいし情けないがそれが事実なのだ。
俺という人間の信頼の価値は。
「……警備隊に連絡は?」
「済んでおります。」
「ありがとう」
握る手に力を込めながら階段を下りポーチへ出た。
庭を横切り、だんだんと近づいてくる声に嫌悪感で顔が歪んでくる。
彼女のいないところに。彼女の居場所に。
「ーー何しに来た。」
「ジュリアン…ッやっと会えた…!」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。
望んでもいない邂逅。こんなにも察しの悪い人間だったのか?
なぜ嬉しそうなのか気が知れない。
期待しているような表情をするのか意味が分からない。
「帰ってくれ、今すぐ。」
「ッ…ジュリアン聞いて、私…っ」
「無関係の家に先触れなく現れて喚き散らす。ここは公爵家だ。どれほど無礼な振る舞いか、仮にも伯爵家の人間が理解できないとは言わせない。
…今警備隊を呼びに行っている。これ以上の恥をさらすのは止めるべきだ」
「無関係なんて…っ私よあなたのジーナよ!不幸な出来事ですれ違ってしまったけれど私たち愛し合っていたわ…それにあなたは今でも私を愛してくれてるんでしょう…?
今の夫人とは婚約当時から上手くいっていないって…私のことを想ってくれていたからでしょう?
当然だわ無理矢理結ばれた関係だもの…でも私やっと気づいたの…!だからあなたを救いに来たのよ…っ」
絶句。
己の罪が具現化され体現しているのを突きつけられ目の前が真っ暗になる。
「ずっと領地に閉じ込められていたからすぐ迎えに来れなくてごめんなさい、ジュリアン…。でももう大丈夫だから安心して。婿入りなんかじゃなくパラディ侯爵家はあなたが継ぐべきよあなたの弟なんかではなく…!私が支えるから…!」
声を荒げるべきではない。
「……よく分かるよ」
「っ!…えぇ、そ、「きみと俺がどんなに愚かな人間かということが」
「え、」
「ーーグース伯爵家に厳重抗議させてもらう。二度と来るな。きみの顔など二度と見たくない」
「…っひどいわどうしてそんな…っ、私たち愛し合っていたでしょう…っ!?」
「忘れたい過去だ。……そんなこと許されないが」
警備隊がやって来るのが見え、元婚約者を連行してゆく。
説明しているあいだもずっと何か叫んでいたが、聞く気になどなれなかった。まともじゃない。
そんな人間を愛し、とうに失くしていた愛に縋り、大切に育むべきだった愛を取りこぼしてしまった俺もまともじゃない。
ーー取り戻せたら、やり直せたらと。
いったい何度間違えば、叶うのだろう。
「奥様にはお伝えいたしますか」
「…それは、」
「…」
「…俺から話すよ…」
叶うことなど、ないのかもしれない。
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