短編集

雪乃

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得られなかった愛のゆくえ。

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怖かった。


このままひとりで、過ごすことになるのか。

宿った命を、無事に産んであげられるのか。





会いにこない番。
徐々に膨らんでゆくお腹。



悪阻もぜんぜん治らず、少ない知り合いに助けてもらいながら耐えていた。



初めて胎動を感じたのは季節が冬になるころ。


涙が出た。


孤独じゃない。
あたしは可哀想な女なんかじゃない。
母親になるんだ。
大丈夫。
あたしは運命に選ばれて、運命の番と子を成した。
大丈夫。
大丈夫。
きっと上手くゆく。

きっと戻ってきてくれる。


大丈夫だからね。

ーーたとえ、たとえ戻ってこないことがあっても、


あたしが。

あたしが、父さんのように、母さんのように、

ふたりがしてくれたようにいっぱい、いっぱい愛してあげるからね。


ぽこんと動いたお腹を抱きしめながら、あたしは笑った。













「……すまなかった」



久しぶりに会った番は深く頭を下げて、言った。

膨らんだお腹を見てわずかに目を見開き「責任は取るから」と、閉じた瞼を開いてあたしを見た。


ーー痩せて、こんな顔だったっけとぼんやり思いながら、心のどこかが喜ぶのを感じていた。
思わず抱きつくと拒否するように身体が固くなった気がしたけど、それでも戻ってきてくれた事実が勝った。


…よかった、よかった…。
やっぱりあたしは選ばれた。負けるはずがない。


覚悟はしていたはずなのに、うれしくてしかたなかった。



あたしの住む町に移動願いを出していると言い、すぐ一緒に暮らすことはできなかったけど毎週様子を見にきてくれて、
足りないものはないか、つらくないか、何かしてほしいことはないかと、気にかけてくれる。


うれしかった。


やっと手続きやらが終わって番との生活が始まったときは、これで何もかも完璧だと信じて疑わなかった。









番はあたしを気にかけてくれる。
優しくしてくれる。
笑ってくれる。


でも、それだけだ。


決して自分からは触れてこない。



立ち上がるときや、身体を起こしてくれるときはそうしてくれるけど。
必要なときは躊躇していないけど。



子を孕んでいるから、行為ができないのはわかる。
発情期はこないから、それはあたしだってそうだ。
その気にならない。


でも番にはあるはずなのに、そういう風に触れようとすることも、見ることもない。

かと言ってどこかで発散している素ぶりもない。
仕事が終われば真っ直ぐ帰ってくるし、たまの友人とのつき合いで出かけることがあっても変な匂いはしない。


気遣ってくれているんだと、思ったけど。





そうじゃなかったんだって、気づいたのも早かった。





けど愛していたから、これは愛だから、
運命の番のあたしたちはそうでなきゃだめなんだから、
愛して、愛されてなきゃおかしいんだから、



だから毎日あたしから触れて、愛してるって言い続けた。
番は、あぁ、と返事をする。



愛。
これは愛だ。
運命の番と、子どもと、完璧でしあわせな人生をあたしは送るんだ。



誰にも馬鹿にされない、誰からも羨まれる人生を。







「名前を決めたわ。"ルカ"よ、いい名前でしょ?どちらでも通じるし」

「そうだな」

「種族の言い伝えに出てくる言葉なの。意味は"光"。」

「…いい名前だ」

「ふふっ、そうでしょう?この子はあたしたちの希望よ」

「あぁ」

「愛してるわ」

「…あぁ」




そう思いながら今日も、硬直したような番の身体に、寄り添う。

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