愛を乞う獣【完】

雪乃

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閑話

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レジーは質素な仕事部屋で頭を抱えていた。

片付けなければならない書類より重要だと言わんばかりに、部下が置いていった報告書を今しがた読み終わったばかり。


「……ルーシー……」


愛おしい娘の名を呼び、思いを馳せる。

妻にどう話すか、これからのことをどうするか。




そしてふつふつと、沸き上がる感情。

何の因果だ、と。

吐き棄てずにはいられなかった。


 









レジーは元貴族だった。
レジュメール伯爵家の三男として産まれ育ち、貴族的なしがらみとは離れていたため結婚相手も自由に探せた。
のちに妻となる平民女性と恋に落ち、婚姻と同時に貴族籍からも離れた。
長兄は家を継ぎ、次兄は他家へ婿入り。

自由に生きてきた負い目のようなものは感じていたが、ふたりの兄はしあわせそうであった。
下級文官として勤めていたが代官の引退に伴い領地へ移り、代官代理の職に就いた。
領地経営の知識はあったため、足らない部分は学びながら教わり、役目を果たせるようになる。
父や兄からは代官職への打診もあったが平民であるとそれは固辞し、代官代理として勤めてきた。引退後の代官の席は空席のままだ。

妻と幼い息子と、産まれたばかりの娘。
守るものが増えてゆくなか憂いなく仕事ができる喜び。
家族のありがたみを感じながら比較的平穏で、しあわせな毎日。





ーーそれ、は王都から突然もたらされた。


次兄の妻が、獣人に拐かされた、と。


血眼になって探し出し、見つけられたのは八か月後。


兄嫁の胎は膨らんでいた。


次兄は幼少期重い熱病に罹り子種がない。
それでもいいと、兄嫁に望まれたのだ。
復縁の希望は叶わず次兄は憔悴してゆく。
鏡に映したように日々、兄嫁も同じように。


胎の子が、奪っているのだ。


罪などないと理解していても、そう思わずにいられなかった。
犯人の処罰はとっくにされていた。
それでも希望が確実に目の前から消えてゆく。






最期に会えてよかった。


次兄ははらはらと壊れたように涙を流しながら言った。






その後、次兄もいなくなってしまった。
忍びないと、義両親からどれだけ離縁を勧められても頑なにそれだけはしなかった次兄が兄嫁の死後、あっさりそれをして皆の前から消えた。
まるで、自身の最期を悟らせないため煙のように姿を消してしまう獣と同じように。



獣人には運命の番などというモノがあり、片割れを失くすと生きていけないのだという。
皮肉だ。詭弁だ。
だが、しかし、次兄と兄嫁はーー。











娘が街へ行きたいと言ったとき。
恨まれようが何しようが止めるべきだったのだ。


レジーは後悔していた。


大きな街にはがいる。
理不尽だとわかっていても、差別や偏見だと思われてもかまわない。
近づかせるべきではなかった。
娘には知らせず密かに人を雇い、動向を探っていたことを恥だと罵られてもいい。
連れ戻すべきだった。

何度も、何度も、そうすべきだと思っていたのに。



娘が寄越す手紙にはしあわせが溢れていた。
青年は、立派な人物に思えた。

いつか、一緒に帰るから会ってほしいと、
それについて話していたとき、青年が髪を切るべきか真剣に悩む姿がかわいかったと、
綺麗な髪だから切らないでほしいんだと、


微笑ましくて、躊躇ったのだ。


だからいつでも戻っておいでと、返事を出したばかりだった。






何があったのか、真実は、紙の上だけでは、わからない。

だが報告書の御しがたい内容は、レジーに行動を起こさせるのに今度こそ、躊躇はさせなかった。
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