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リツ⑥
しおりを挟む「オッドさん」
「嬢ちゃんは、……平気そうじゃねえな……騎士服見て動揺しちゃったか」
トラウマとかになってなきゃいいけどなぁと、そばだてていたドアから離れる。
「…レジー様にはヨルムさんだけですか?大丈夫なのでしょうか」
「問題ねえよ、様子見てきてくれって頼まれたんだ。中にいんのグレタ?」
「そうです」
「なら大丈夫だな。リツは追い出されたか」
「……何の用でいらしたんですか?あの方々は」
「王都近くで事件があったらしくてな。その被害者がストラトンの人間なんだと。」
「…となり領の、」
近接しているとはいえ、馬で二日はかかる距離。
…その途中に立ち寄っただけか。
「こんな天気にって話だが身元がやっと判明したってんで、向かってたそうだ。
でも吹雪いてたからな、騎士でも限度があったんだろ。今は止んでるが慣れない若いのが体調崩したらしくて少し留まっていいかってお伺いにきたんだよ。」
「ひどい事件だったんですか」
「最悪のな。被害者は女ばっかだってよ、貴族も平民も。…ったく胸糞悪いぜ…嬢ちゃんのいた街からだ。……犯人獣人だとよ」
「ーー」
だんだんと静かになってゆく部屋から手招きされるまま、廊下の端で紙巻に火をつけ煙と吐かれた言葉に凍りつく。
不健康の証のような灰の匂い。
あのひとがいたら間違いなく、俺たちは水浸しになる。
ーーどうでもいいことを考えて、逃避したくなる。
「……レジー様も奥様も昔からあんまいい印象持ってねえの知ってるよな?で、嬢ちゃんの恋人に、今回の事件。
ここらは辺境近いし田舎だから周りにいねえだろ?俺は知り合いもいるけど、……騎士団の中に何人かいるってんで、まぁ、お互いに不可なく過ごそうって話だ。
…追い返せる訳もねえしな、王国騎士団様だ」
「……滞在先はどうなるんです?宿貸し切りなら俺が、「ワード様の家だ。だからお前は今日からこっちで寝泊まりな、ついでに嬢ちゃんの護衛も頼む」
念のためだよ。
黙り込んだ俺に、皮肉混じりな笑顔で投げられる。
「何か懸念があるなら教えてください」
「念のためだって。メシはこっちで食うらしいからな、時間ずらすにしてもどっかで会うことあるだろ。……騎士服見てあんななるならパニクってもおかしくねえだろ?」
「…」
「じゃ戻るわ、頼んだぞ。レジー様あとで来るだろうからそれまで部屋から出ないように見とけーー念のため、な」
「ーーオッドさんあいつは、」
「…」
「…………いないんですよね?」
「いねえよ」
ここにはな。
そう言って護衛が去る。
毛が逆立ちそうで、噛み締めてぶつりと切れた血がぼたぼたと床に落ちた。
ーーーーーーーーあいつ。
私道の手前で、ひとりだけ動かなかった奴。
馬がいたからそのためだと思ってた。
フードを被ってたから気づかなかった。
…………くそ。
目も耳も腐ってやがる。
この町の宿屋は三軒。
馬留めがあるのは一軒。
いちばん端。
町の反対側。
大丈夫だ。
近寄らせなければいい。
たった数日。
大丈夫。
言わないつもりか。
話すべきだ。
でも俺が決めることじゃない。
会わせたくない。
ぜったい会わせない。
俺が決めることじゃない、でもーー
怖い。
あのひとが望んだら、俺はそれを振り払えるのか。
傷つけたくない。
でもどうすれば、
どちらを選べば、
傷つかないでいられるのは、どっちだ。
怖い、のに。
ーーあいつを殺したら、あのひとは俺を、見てくれるのだろうか。
治らない気持ちのまま、立ち尽くしていた。
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