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EX.うつくしい夜②
しおりを挟む「ーー…おいしいですか?」
「はい、いつ来ても。リツさんは?」
「俺も好きです。いつもかわいいと思っています」
「……魚が?」
「そうですね、不思議な味ですよね」
「…たしかに。煮込んでるのは珍しいかも…」
「真剣な表情もかわいい」
「、…からかわないで、たべて、」
「食べてますよ?」
「リツさん少食なんだもん…わたしのほうがぜったい食べてる…」
「俺にはあなたの作ってくれるごはんのほうがおいしいけど」
「うーーれしいけどここではだめです失礼です聞かれてたら、「ついてる。」
くい、とくちびるの端を拭われてその指をそのまま自分の口もとへ持っていったリツさんは、ちいさく音を立てそれを舐めた。
「……おいしい」
「ッ」
「…大丈夫、誰も見てませんよ」
そう言って頬杖をついている首をかしげ、ゆるりと微笑む。
…見てないじゃなく、聞かれたら困るって、話だったんだけどな…なんか、もう、
「…おなかいっぱいです…」
「お皿も空ですしね、出ましょうか」
「!」
いつのまに、…ほとんど平らげたのはわたし…?
自分の食欲に愕然としてると、たくさん食べるひとは素敵ですね。なんて、逆じゃないかな?と思うようなせりふを言う。
目がやさしくて困る。
リツさんはなんていうか、全肯定、してくれる。
わたしのことを決して、否定しない。
それはたとえ間違ったことをしたとしても、咎めないようなーー
おかしいけどそんな雰囲気があるから、とまどいながらわたしも間違えないようにしなくちゃって、そう思えてけっこう素直に、何でも話せたり、する。
「…食べすぎました…」
「おいしかったですね」
「ぜったい太る…」
「かわいいでしょうね」
「リツさんだめ。甘やかしたらだめです。叱ってくれないと、食べすぎだって」
「どうして?そうしない理由がないし、どんな姿でもあなたがかわいいと思うのは事実です」
「…」
「はい、スタープラム。売り切れてなくて良かったですね」
「…、」
あーん。
真顔でとんでもないことをさらりと言うひとに差し出されるまま、お目当てだったお菓子を口に含む。
…あまい…おいしい…だめだ…
「……おいしい?」
「…」
無言でうなずけば、よかったと目を細めてわたしの手を絡め、「行きましょう」笑う。
目が、やさしい。
リツさんはやさしくて。
わたしは甘やかされすぎて、だめ人間になってしまいそうだ。
「…………リツさんここに、来たかったんですか?広場……?」
町の外れのほうにある広場。
お祭りや催し物があれば賑わう場所だけど、今はすっかり夜で。暗くて。
街灯の灯りだけの、静かな場所。
微笑むリツさんに促されながら、ベンチに座る。
手は、つないだまま。
サーカス。
月を見上げながらひとこと、零す。
「え、…?」
「ここで。…覚えてますか?」
問われて、記憶を探りすぐ、思い出す。
何年もまえ、子どもだったころ一度だけ見た。
ーー絵本のような世界で、不思議で、すこしだけこわくて、どきどきした。
でも目が離せなくてお母さんの手を握りながら夢中で見ていたことを。
「……覚えてます、けど、……?あれ、話したことありました?」
「俺もそこにいました」
「ーーえ、…え?そうなんですか、…すごい偶然…わたしは両親と来てて、「知ってます」
見てたから、と。
わたしへ視線を戻し、反対の手を頬に伸ばす。
「……ほんとに夢みたいだ」
「?…リツさん、?」
揺れている。
それが、
泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。
「あなたを見てたのは一員だったから」
「ーー」
「俺はサーカスで飼われていました」
ーーリツさんが自分のことを、かなしくなるようなたとえで言ったことが、
そのときの話が、ざわざわとかき集められ頭のなかや胸の奥を占めてゆく。
「前に、少し話しましたがロクでもない人生でした。親の顔も知らないし言葉だって喋れなくて。
…変わった毛色だったから、そういう意味では好まれてたと思います。
ーーそのために番感知不可の印も刻まれました。
そうやって色々とされているうちにますます感情みたいなものは無くなっていって、受け入れることも苦なんかじゃなく当たり前のことでした。……あの日もただほんとうに偶々だったんです」
手を重ねるとリツさんはまぶしそうに眇め、顳顬にくちびるを寄せた。
「……この綺麗な髪を瞳とおなじ紫色のリボンで結んでた。桃色の丈の長いワンピースを着て、ご両親のあいだで笑ってたあなたを見てた。
月が綺麗だったから言いつけを破って見に行っただけだったのに、見つけたのはあなただった。
……俺にとって唯一、想い出と呼べるもの」
明るく見えて、幻想的できらびやかな世界の裏がわには影がさす。
暗闇で、ぽつんとひとり、佇む姿が容易に想像できてしまうのがかなしくて。
さみしくてどうにかなりそうで、
そんな夜をーー
「……リツさんの想い出のなかに、わたしはいたんですか、」
「はい。あなただけが」
「…っ、」
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