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2-1:田舎町と空理空論論者 後編

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 朝、窓から差し込む日で目が覚めた。急いで起き上がると、そこは見知らぬ部屋だった。見慣れたシーリングライトも、本棚もない。布団だって、パッチワークで自作したお気に入りのやつではなかった。

 起き上がり、ベッドを降り、ローテーブルに置いてある櫛で無駄に長い髪をといている時にやっと思い出した。

「……そっか、ここ家じゃないんだ」

 昨日スタンピードを討伐したその後、昼間に追い返された宿屋の店主が頭を下げに来て、タダで宿をとらせて貰えたことを思い出した。

 そこまで記憶を遡って、途端にハッとした。慌ててカーテンを開けると、日はまだ南東にある。

 今日、この町のギルド支店長が戻ってくるはずだ。私は支店長に挨拶しに行かなければならない。何故ってそれは、スタンピード討伐について支店長直々にお話があるらしいから。遅刻はいただけないので大急ぎで支度する必要がある。

 支店長が良い人であることを祈るばかりだ。
 髪をとりあえず三つ編みにして、服を着替える。鞄は肩からかけて準備は万端。

 部屋を出てすぐに、あの髪の薄い店主とばったり遭遇してしまった。昨日の昼と打って変わって、優しい笑顔で挨拶をしてきた。

「おや、これから朝食ですかな?」
「あーはい、そんな所です。店主、この辺りで美味しい料理屋っていったらどこですか?」

 もうお昼だしお肉が食べたいなぁと思って聞いてみる。旅をするなら個々の街々の名物的料理を食べて回りたい気持ちもあった。

 自分だけでは判断しきれないので店主に尋ねてみたところ、店主は少し間を置いてから「スズキ料理店じゃなかろうか」と答えた。それを聞いて私は思わずズッコケそうになってしまうほど驚いた。

 スズキ料理店といえば、この国エルメスタの全領地に展開している肉料理の大手チェーンで間違いないだろう。ヨウスケ=スズキというなかなか聞き慣れない名前の若者が店を開き、それが大繁盛。遂には分店が幾つも作られるようになったといわれる、異世界的で摩訶不思議な料理店だ。長年引きこもっていた私でも分かるような超有名店を挙げられても困る。

 けれど、実は食べたことがない。あくまで存在を知っているだけで、一体どんな味なのかさっぱり分からない。

 だがしかし、スズキ料理店の本店舗は確か王都にある。本店舗で食べたい。

「でき、れば…チェーンではない店を…」
「それじゃあエルゴの店が一番です。彼のマイマイの串焼きは絶品ですぞ!」
「じゃあそこへの地図をお願いします」

 店主はズボンのポケットから紙を取り出すと、壁に押し付けて地図を書いてくれた。流石宿屋の店主というか、断然分かりやすい地図のように見える。問題は、私が地図をきちんと読めるかどうかという点にあるんだけれど。

 書き上がった地図を受け取ってお礼を伝えてから、私は急ぎ足で宿を出た。
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