鎌倉讃歌

星空

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夜空

〈6〉

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 観覧席は、いつもは海水浴場の駐車場になっている場所のようだ。遮るものが何もなく、風も心地いいくらいに吹く今夜は、絶好の花火日和だ。
トイレも飲み物の準備も早めに済ませて、私たちは席についた。陽はとっくに落ちて、席も少しずつ埋まってきた。

「始まるよ」

 ドン、とお腹に響くような音が鳴り続いて、色とりどりの大輪の華が夜空を彩った。ひとしきり続く花火に、夜空を見上げる人たちから感嘆の声が沸き上がる。満天の星も今夜は脇役でしかない。
沖を走る高速船から次々に花火が海中に投げ込まれ、水面上で破裂しながら半円の華を描いていく。美しい扇形に広がり、見慣れたスターマインとは別物のようだ。

 そうか 水に映ることで円になるんだ

「綺麗…」

祖父母と何度か見たけれど、想い出の中にある景色とはまた違って見える。
赤や緑や紫の火花の欠片が水面を蹴散らし、夜空に跳ね上がる。ゲレンデに舞う粉雪みたいに、光を反射して宵闇に溶けていく。
とても素敵だけど、片割れを失くした半分だけの私たちにも思える。

 …でも 結人はもう前に進んでいる

 そっと盗むように見た結人の横顔は、花火と同じ色に染まっていて、とても綺麗だった。


「ちょっとだけ付き合ってよ」

 花火が終わると、結人が言った。
帰りの電車の時間も気になったけど、今行っても身動き出来ないほどの混雑だろう。
駅へ向かう人、食事やお酒に連れ立つ仲間たち。
子供連れはさすがに家に帰るだろうが、高揚したざわめきはまだ続いていて、波打ち際にも人影が揺れている。

「いい風だね」

 汗ばんだ肌に夜風が気持ちいい。
暗い中にも波頭だけが時々見える。

「わっ」

 履き慣れない下駄のせいで、湿った砂に足元を取られてよろけた。
結人がすっと手を伸ばして支えてくれた。

「大丈夫?」
「うん…、ありがと」

 彼がその手を離さないので、私の心臓はスピードを上げ始めた。

「結人。手…」

 こないだから結人は、さらに私に甘くなった。私は自分の気持ちを見失い、彼に抗えなくなる。

「夏月」

 結人が静かに私を呼んだ。
そんな呼び方をされたのは初めてだ。

「…はい」
「今さらだけど言うよ。君に一目惚れだった」

 夜目にもわかるほど、私の頬は赤くなっていたと思う。
結人の瞳が一層優しくなった。

「あ、…りがとうございます」
「何だよ、そのリアクションは」

 彼がくすくす笑っている。

「だって、あんなぐしゃぐしゃの顔なのに…」
「あの泣き顔に惚れた。守ってやりたくて」

 今、どんな顔をしていいかもわからない。

 嬉しい? 嬉しいよ
 けど…

「君がまだ彼を想っているのはわかってる。無理に俺の方を向かせようとも思わない」

 結人は私の手をぎゅっと握った。
温かくて優しい手に、とても安心する。

「でも、これからも俺とデートしてくれる?」

 いつもの笑顔で彼が尋ねた。
その眼差し。初めて会った時から変わらない。
不意に想いがこみ上げた。
たとえ恋人じゃなくても、私はその優しい瞳が好きだ。

「俺は夏月の笑顔が見たいんだ」

 月明かりの下で微笑む結人は、心なしか照れているように見えた。
その顔に、私も言葉があふれた。

「…それだけじゃないんでしょ」
「あ、バレた?」

 結人は私の腕を掴んで抱き寄せた。
あっけなく腕の中に閉じ込められて、鼓動はますます速くなる。

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