ピアシリュージョン・ブレイド

白金 二連

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第一幕 旅は道連れ、情けなし

8.シーン1-7(森)

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 すぐ下の足元からはるか向こうの暗がりへと地道に繋がる細道を、たかたかと軽やかに進んでみれば、両脇には不思議な色合いの木々が生い茂り、見たこともない花々がいたるところに咲いている。日も出て間もないひんやりと薄暗い朝靄の中を、蛍のように無数の燐光がぼんやりとゆらゆら揺らめき、青と緑とやっぱり青が美しくも怪しく織り成すお伽の国の光景に、好奇と恐怖で心が躍る。

「うっわ、見てよこれ! 何これ!」

 強いていうなら和式便器に形がそっくりである。
 茂みの中からひときわ鮮やかに咲き誇る奇っ怪な花を見つけた私は、この感動をあなたにも!と思い、ぱっと後ろを振り返った。

 私の後方遠くから、少年二人がてくてくと歩いてくる。
 なぜだ。なぜ二人ともそんな目をしているのだ。いや片方は未だに頭部を隠しているので確認できるわけでは無いが、それでもこの張り詰めたように突き刺さる何かは、決して濃いマナによる刺激ではない。

 少し縦にずれて並んで歩いているらしく、黒髪の少年の方が先に私の前へとやってきた。
 私は無言のまま合流すると、何事もなく歩き出した。ちょうど、オルカ、私、カインの順に歩いていることになる。付け加えるなら、オルカと私はほぼ並行なのに対し、私とカインの間の距離が少し開いているという具合だろう。後ろの彼はマナの濃い森においても相変わらずもんもんしたまま黙っているが、オルカの方はあからさまに忍び笑いで歩いている。

 船から降ろされ駅の小さい売店みたいな漁村で一泊した私たちは、そのまま急いで身支度を整えると、すぐさまそこを後にした。
 察してほしい。私は危険なダンジョンへと見事に駆り出されたのである。

 船での会話が呼び名の話題で脱線し、会話が途切れかけた後のことだ。しばらくして、オルカは本題を思い出してしまったのだ。
 聖女に用があるのなら私がいた方が良いのではないかとカインに提案した彼は、さらにその後、それだけでは心もとないだろうから、自分も行くのだと言い出した。おれも聖女に会ってみたくなったしね!と屈託なく勝手なことを言う彼に、カインが出した答えの方は何たることかゴーサイン。次の船で聖都に向えば良いのではと私は反論したのだが、オルカはそんなの待っていられないときた。件の彼は既に森を抜けていく気でいたものだから、もはや私に打つ手は無い。このままでは、出されたおつりがレジの中へと逆戻りだ。

 それはそれは悩む私に、横からオルカが「森自体は大した広さじゃない」だの、「おれが保護魔術かけておくから」だのとセールストークを畳み掛けた。結果、私はしぶしぶながらも折れてしまったのである。よくよく考えてみれば、彼らは会ったばかりのうら若き乙女に対し、なんて苛烈な旅を求めてくれるのだろう。私は少し怒っていい。

 そんなこんなでやってきたのが、何を隠そう地獄の四丁目、泣く子も黙る魔の森である。
 この近辺は他所と比べてマナが濃く豊富にあるらしい地域なのだが、この森はそんなマナの流れの影響からか、さらに濃度の高いマナが漂っているのだとか。不用意に踏み入れば、マナに中てられあの世行きというわけだ。

 全体的な雰囲気としては、非常に気味の悪い森だと言えよう。
 うっそうと繁る木々や草花たちには、なぜか葉緑素に混じって青い色素が存在している。どんな植生なのだろうか、うねうねとしたいかがわしい幹や枝々に、柳顔負けのだれ具合も甚だしい枝葉がおどろおどろしく伸びている。

 マナに中てられ変質してしまった動植物を魔物と呼ぶが、この森はマナが濃いためその変質がことさらはっきり現れているらしい。過ぎたるは及ばざるが如し、あれば良いってもんじゃない。

 森奥深くまで続く細い道にはうっすらと靄か何かがかかり、ぼやけた暗がりが不安を煽る。方角を見失ったら最後、一巻の終わりだ。そのせいか、魔の森とか死の森なんて物騒な名前で呼ばれている。
 過去、どれだけの命知らずがこの森に挑み、そして飲み込まれてしまったことだろう。見るからに何か出そうだ。心霊スポット顔負けの森に、私は当然及び腰である。

「静かに森を歩いていると、何やら背後に嫌な感じがする。ひたりひたりと何かが後を付けてくるような気配に耐えきれずに振り向けば、過去森に飲まれ朽ち果てた人間たちの亡霊が、不気味に笑って手招きしているではないか。オニイサン、オニイサン、コッチヘオイデ、コッチヘオイデ……」
「あはは、アリエは怖がりだなあ。よし、しゅっぱーつ!」

 せっかくしてみた迫真の語りをオルカに軽く流された私は、半ば引きずられるようにして森の奥へと突入した。もう一度言う、私は怒っていい。
 ちなみに、私の怪談語りから彼があははと笑うまでに、微妙な間があったような気もするが、まあ、多分気のせいだろう。

 そしてそして、恐る恐る森の中を進んでみれば、意外とそれなりの道が続いていたのである。やはり命知らずは私たち以外にもいるようで、獣道を人が利用し、人工道を獣が利用しているのだと思われる。

 上を見上げれば異常成長を遂げた高木や、それに絡み付くようにして異常発生した蔓状の植物が日光を遮り、相変わらず靄がかかったままで視界は少々悪いと言えよう。しかし、外側から眺めた時に真っ暗ではないかと思われた森の奥は、なんと木々や草花たちが蛍よろしく発光していて、それなりの明るさを保っているのである。
 ちょっと勇気を出して道を反れ、茂みの向こうを覗いてみれば、これまた不可思議な花たちが美しくそして毒々しく咲き誇り、時おり見かける訳の分からない小動物が、不気味な仕草でのんびりこちらを眺めている。

 青い薄明かりに囲まれ、周りに広がるものは見たことも無いようなものばかりで、辺りへの警戒を怠っていたつもりはないのだが、ついつい浮かれてはしゃいでしまったのだ。私だけ。

 なぜだ。なぜ私だけなのだ。なぜ君たちはそんなに冷静ぶっているのだ。世に興味を示さぬ冷めた若者、私は非常に嘆かわしい。これでは私がものすごく恥ずかしいではないか!

 さすがに私もすでに大人しく歩いているというのに、先程からオルカがちらちらと様子を窺ってくる。まったく君はいったい何をそんなにニヤニヤしているのか、随分と余裕そうじゃないか。その様子なら、何かあった時、それはそれは素晴らしい働きをしてくれるのだと期待させてもらうとしよう。
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