ピアシリュージョン・ブレイド

白金 二連

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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ

13.シーン2-1(聖都)

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 聖なる都、グレマロース。そこはかとなく甘い響きの都である。

 マナが豊富に存在するこの土地は、常に豊かな命に恵まれ、無病息災、家内安全商売繁盛受験合格いや訂正、とにかくご利益高い素敵な地として、自然信仰たるマナ信仰の拠点となり栄えている。また、各地からその身に宿す魔力に覚えのある者があつまっていて、その扱いに磨きをかける修練の地としても有名だ。

 街の中心辺りにある大きな聖堂を中心として、山のように建物が連なっている。恐らくは山か小高い丘の上に聖堂を中心として街を作ったのだろう。そして山を取り囲むようにして、平地の部分にも町並みが広がっている。
 聖都として栄えているだけあり、なんとも荘厳な景観である。このように見事な街が近場にあるのも乙なものだ。ただし階段が多そうで、足腰とご老体には厳しい街と言えるだろう。住んでいる人は大変だ。 

 やはり魔物が多いからか、小規模なものとはいえ周囲を堀や土塁に囲まれている環濠都市であり、街の中に入るには数ヵ所に設けられている虎口を通らなければならない。
 一番近くの橋を渡り検問を通ろうとしたところで、不意に私の周囲のマナが別の人の意思を帯びたような気配がした。まさかとは思うが、歩き疲れた旅人を奇襲でお出迎えするつもりなのだろうか。もうすこし聖都の門番にはお出迎えのサービス精神を学んでいただきたいものだ。

 周囲のマナが怪しく揺らいだかと思うと、高速で一か所に向けて集まりだした。
 私はあわてて跳び退いた。と、思ったら、疲労がたまっていたからか思いきりふくらはぎを吊ってしまい、踏み込んだ軸足を挫いて前へ向かってつんのめる。そろそろ私の足首が危ない。
 すんでのところで踏みとどまって体勢を持ちこたえたが、時すでに遅し。私を囲むように陣を描いて地面が光り、ばちりと強い電撃にも似た衝撃が突き抜ける。

「ぎにゃーっ!」

 思わず身を屈める私の眼前に、ぎらりと鋭い刃が降りた。

「何奴か」

 脚を吊った痛みでそれどころではない。
 人畜無害な乙女に対し、あまりにむごい仕打ちである。どう考えても、先頭を歩いていたというだけの理由で私に被害が集中している。

「先ほど、魔術士が異様な魔力を感知した。こちら側から来たということは、あの森を抜けてきたのだろう。貴様ら、ただの巡礼者ではないな」

 それは後ろで難を逃れたチャッカリボーイとモンモンボーイに言ってほしい。私は命がけで森を抜けさせられたのだから、労いの言葉と一緒に缶コーヒーの差し入れくらいは受け取ったってバチなど当たらないではないか。
 ようやく痛みがひいてきたところで、いかつい顔の門番を見上げた私は、か弱い小動物を意識した。

「私みたいなのがそんな危険な人なはずないですっ」

 どうだ、見てみろこの大人しそうな女の子を!

「だから余計に怪しい。しかもお前、気づいて避けようとしたろ」

 身も蓋もない。

「後ろの顔を隠している奴とか、すごく怪しい」

 言い返せない。

「修練希望者なんです」
「修練者だって余程の力が無いとあの森は通らん」

 やはりと言うか、後ろの二人は相当特殊素材ということらしい。私が抜け出たことは奇跡に近いのかもしれない。カインは言わずもがなであるが、オルカはオルカで随分と珍しい術まで使うのだ。
 こちらを訝しんだままの門番は、少しだけ私の顔を覗き込むように見つめたあと、どこか神妙な顔をした。

「ふむ、何だかお前の顔、見覚えがあるな」

 どこだったかな、とか何とか言いながら、門番は頭をぽりぽり掻いた。
 そりゃそうだ、なんたって私は聖女の姉なのである。むしろ、なぜ気が付かないのだ。

 門番は奥に控えていたもう一人の男と何やらこそこそ話始めた。歩き詰めで疲れているので早くしてもらいたい。
 幻滅した私が後続二人の少年を確認しようとしたところで、挫いてしまった足首が鈍く痛む。

「大丈夫だった?」

 オルカが私を心配してくれる。牽制目的の軽い威嚇攻撃と脚を吊っただけとはいえ、痛いものは痛いのだ。さらに、足首の雲行きが怪しい。いまこの場で調べただけではなんとも言えないが、腫れているような気がしなくもない。

「船で二度こけ、さらに幼女救出のために思いきり軸にして、森では狼迎撃のために容赦なく踏み込み、数日間歩き通し。さらに今、思いきり捻ってしまった。ここから導きだされる答えは一つ!」

 私は斜に構えてびしりとポーズを決め込んでみた。迷宮無しの名探偵である。

「捻挫だね」

 オルカは通常温度で正答をくれた。

「ですね」

 ノリの悪い冷めた若者、私はとても嘆かわしい。

「やっぱり大丈夫?」

 もう一度かけてもらった気遣いの質問に対して私は問題ない方に首を振った。街の中に入れたら、少し冷やして固定しておきたいところだ。あとは適当に回復魔術を施しておけば特に問題ないだろう。度が過ぎなければ、マナには促進療法程度の使い道があるのだ。

 ひとまず今は、魔力を足首の辺りに集めて代謝を落としてみることにした。厳密に出来ているのかは測れないため分からないが、促進療法があればその逆も然りというわけだ。いわゆる呪いのような効果と言えよう。全くもって、便利な世の中である。医学的な面から見ても魔術はなかなかの領域に踏み込んでいるのだろう。正確に理由と結果を理解し使えばどうなることか、なんともまあ、マナとは恐ろしいほど万能なもののようだ。

 余談だが、直に神経機能に訴えるなんていう出来ているのか判らぬことをしなくとも、腹下しくらいであれば腸への刺激で反応するため、意外と多少の魔力なんかで引き起こさせたりできてしまう。食らえ天誅、なんて調子にのって度を越した日には多分いろいろ危険なので、よい子は真似をしてはいけない。食糧事情や衛生具合が安定していなければ、死活問題にもなりうる。ちなみに、かなり叱られる。

 私の目の前、狭い虎口に障壁を張り、門番の兵士と魔術士は長々と話し込んでいる。賊や逃走中の罪人なんかと照合しているのだろう。
 しかし、そもそも高魔力者とは様々な場面で需要があり、貴重な存在として重宝される。だから働き口には困らないだろうし、博打を打って犯罪に手を染めるより余程稼げる職に就けるだろう。背徳的なスリリングを味わいたい真性の物好きでもない限り、高魔力者が望んで賊へとその身を堕とすことはまず無いと思われる。

 このことから考えても、二人が堅気でない可能性は結構低い。パラリラなんて主に心の中で呼んでしまってはいるが、ちょっと若気の至りで羽目を外して髪を赤くしちゃっただけである。確かに頭部を隠した彼があからさまに怪しい件は理解できるが、実は内気なシャイボーイなのかもしれないだけである。だからと言ってフードを取れと言われて取ってしまえば、何だこいつは宇宙人かと炎上してしまいかねないのも事実だった。
 どうしたもんかと悩んでいると、門の奥から聞きなれた声がした。

「誰かと思えばアリエちゃんじゃないか」

 豪快な声を響かせながら、筋骨隆々、いかにも逞しそうな大男がやってくる。

「あ、ゴリ男さん」
「ゴリオっていうか、オレの名前はゴリリオなんだが」

 角刈りで彫りが深く濃い顔でちょっと毛深い三十半ばの脂が乗った今が旬のおっさんを、そう呼ばずしてなんと呼ぶ。
 彼の名前はゴリリオ・ストロングという。そこはかとなく運命のいたずらを感じる名前である。ゴリオという響きのイメージが通じないのを良いことに、親しみを込めて勝手にそう呼んでいる。

 見た目からして腕が立つであろう彼は、この街の衛兵をやっている。恐らくは交代の時間なのだろう。護衛の仕事も引き受けているらしく、妹が聖都から帰省する時に護衛の一人としてよく付き添ってくるため、顔見知り程度には親しかった。

 彼は先程の門番と魔術士に私が知り合いであることを伝え、通すように言ってくれた。門番たちが対応に戸惑っていると、こっそりと耳打ちで何かを伝えたようだ。次の瞬間、門番は驚いた顔で私の方を振り向いた。なるほど道理で見覚えが!なんて大きな声を上げながら、納得した顔になる。気がつくのが遅すぎである。

 身元の割れた私はもちろん、私が修練希望者だと伝えた二人も街へと入ることを許された。フードの中の真っ赤な秘密も無事そのままご同行だ。ゴリオさんの懐の大きさには感謝せざるを得ない。

「そういやアリエちゃんの方から聖都に来るのははじめてだったな。なんだなんだ、道案内の使いっ走りでもやらされたかい。大変だったろう、ゆっくり休んでくれ」

 笑って長旅を労ってくれた彼は、しかし森を抜けてくるとはなぁ、本当に大丈夫だったかい、と私たちの身を案じてくれた。

 ゴリオさんに宿の位置を聞いたあとでお礼の言葉を述べると、私たちはそのまま宿へと向かうことに決めた。入り口で立ち往生している間に、すっかり日が傾いてしまっている。やはり元気真っ只中な年頃の少年と言えども疲れているようだ。
 ゴリオさんは、もし良ければ自分ちに泊まってけ、カミさんも構わないだろうと言ってくれたが、流石に突然お邪魔したのでは迷惑だ。私はとりあえず今日は宿に泊まると断った。それに、ただ修練希望者の道案内というだけでここに来たわけでもなければ、彼ら二人を放って自分だけどこかに泊まってしまうわけにもいかない。
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