ピアシリュージョン・ブレイド

白金 二連

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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し

56.シーン3-22(相棒退場)

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 膝を折って手をつく少女の元へ駆け寄ろうとする強盗犯の後ろから、凶悪な魔力弾が直撃する。耳障りな音がして、彼はいともたやすく吹き飛び、そのままその場に横たわった。通りの向かいで、ミリエが小さな悲鳴を上げて顔を背ける。容赦が無いとかそういう範囲に収まるようなものではない。

 地に伏す強盗犯の腕が微かに動いたことを目にした彼は、呆然とする場を横切りながら、腰に帯びた鞘からするすると剣を引き抜いた。何をする気だ、なんて声を掛けてみたところで、そんな答えの分かりきったことを問うのは野暮なのだろう。

 私は背中の安全をミリエに託し、無表情で剣をぶら下げている人物の前へ走り出た。後ろで少女が泣きながら男にしがみついているのを確認してから、もう一度目の前にいる金の双眸と対峙する。この場はもう、ミリエに背を預けるまでもなく収束しているではないか。

 そこをどけ、とカインが言う。
 どかない私をしばらく見据え、彼は手に持つ剣の切っ先を持ち上げた。彼の氷点下まで冷えた視線は、このまま私がどかなければ、こちらの安否を意に介せずに自身の下した決断を実行してしまうのだと告げている。

 全く、大聖堂の時もそうだ。何だって彼はこういった場面に限って、周囲の理解が追いつかないまま突如として行動し、こういった強引な手段に出るのだろう。はっきり言って、もうそろそろ私はお茶を飲んで休みたい。

 私は負けたくない一心で、握りしめていた木の棒もとい相棒を静かに構え、抵抗の意思を示してみせた。相棒、もうひと踏ん張りだ。
 彼は私が構えた凛々しい相棒に目をやると、一瞬ものすごく変なものを見る目をした。何だその目は覚悟しろ!

 相棒の場に似つかわしくない姿があまり良くなかったらしい。彼は私の態度を明らかに下に見たのか、ほんの僅かに眉根を寄せて口元を引き結び、間合いを詰めた。見た目で判断するだなんて酷い!
 私と私の相棒を、小さなガキと布団叩きと侮ったのが運の尽きだ。物事を上辺だけで判断することの愚かしさ、その身を持って知るがいい。

 ここで私に剣を突き刺すような真似はさすがに彼とて不本意だろう。狙うとすれば腹か腕か、何にせよ私が多少動けなくなる程度には打ち込んでくるに違いない。
 目の動きを追い、一歩、一歩と距離を詰める足の動きを見計らう。電光石火、隙を突いて布団叩きで剣の柄を絡めとり、重い刃を跳ね上げる。手元が甘い!

 からんと乾いた音が響き、私はすかさず落ちた剣を蹴り飛ばした。虚を突かれた彼がわずかに目を見開く。しかし、以後ほとんど動じることなく体勢を立て直し、腰の後ろに手を回す。

 これまでの行程で、幾度か彼が短刀を使っているところを見ている。主にサバイバル目的で使用しているところしか目にしていないが、刃渡りから考えても、どちらかというと護身用に作られているものだろう。

 剣を蹴った私の体勢が崩れているところを逃さず、彼は私の手元を狙って横一線に短刀を振りぬいた。瞬時に布団叩きで受け止める。分厚い刃が木製の胴体へと食い込み、衝撃を受けきれなかった布団叩きはくぐもった音を立てた。
 蹴り飛ばした剣のそばに、独特の空洞を持つ丸いフォルムが転がり落ちる。ああそれは、布団叩きのアイデンティティではないか。我が相棒、ここに眠る。

 皆まで言うな。相棒はあれだけの死戦を私と共にくぐり抜けてここまできたのだ。相棒にも疲労が蓄積していたことは、私だって知っている。しかし私はどうしても、その相棒をさらなる戦いへと駆り立てるよりなかったのだ。最期の最期に布団叩きとしての尊厳さえ投げ捨てて、果敢に困難へと立ち向かっていった凛々しい姿を、私は生涯誇りに思う。類まれなる奇跡とともに我々の胸に熱い感動をもたらした布団叩きに、礼。

 そして私は大事なことを思い出した。

「ってこれ、借り物なーのにー!」

 何とも締まりのない絶叫が左右にそびえる壁の間を反響していく。
 なんということだろう。私ったら、今の今までこれが借り物だということをうっかりすっかり忘れちゃっていたのである。しかもどちらかというと、これは勝手に持ってきちゃったものである。お借りしますとひと声かけたが、しかしどちらかというとあれは事後報告なのである。あの後女性が布団を叩けず困り果てている光景が目に浮かぶ。

「おま、お前っ……そんなささくれ立ってトゲトゲしくなっちゃって。なあ、お前どうしちゃったんだよ。何でそんなに機嫌損ねちゃったんだ。何がいけなかったんだ。……そう、そうだよな。ごめん、ごめんな。私が悪かったんだよな。お前、布団叩きだったのに、私がつらいことばっかさせて。許してくれ、あの丸かったお前に戻ってくれ……」

 そう語りかけてみたところで、布団叩きは刺々しくささくれ立ったまま黙りこみ、在りし日の先っちょが戻ってくることはない。

 手の届かぬ場所に転がる丸いシルエットを虚脱感とともに眺める。この折れ方ではもう接着のしようがない。別の新しい物に買い換えて返せとでもいうのだろうか。果たして、それで良いのだろうか。だって、一度失われてしまったものは、二度と元には戻らないのだ。

 あの素朴な握り心地が良かったのに。おばあちゃんから譲り受けた思い出の布団叩きだったのに。あの子じゃないと、駄目なのに。あの子なくして、私は布団を叩けないのに! なんて、元の持ち主に言われちゃったらどうしよう。
 相棒、お前は私だけの相棒ではなかったのだ。みんなの相棒だったのだ。

「何の真似だ」

 相棒の喪失と借り物の損失に、半ば戦意を失くして放心しかける私を見かねたカインが、冷徹な、だがしかし何というか、素晴らしく絶妙な言葉で私の思考を遮った。なんか私ばかりが布団叩きではしゃぎ過ぎの空気で甚だ遺憾である。

 さて、ここで問題である。
 私がこの問いに対して答えるべきは、はたして次のどちらだろうか。

 A。何ってみんなの大切な相棒が折れちゃったからひどく嘆いているんじゃないか。B。何って君が手を下すのを止めようとしただけじゃないか。

「そっちこそどういうつもりなのかな」

 私は問いに問いで返して一時こちらの答えを保留し、本題の方で話し進めることにした。

「問いに問いで返すな」

 私の作戦は早々にして頓挫した。これぞ剛よく柔を断つ。なんて、彼の絶対零度まで冷え固まった目を見るに、そんなことを言っている場合でもないらしい。

「どういうつもりかと聞いているのはこちらだ」

 だから、その言葉はどちらの意味として捉えれば良いというのだ。
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