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第四幕 ご利用に、終止符を
68.シーン4-5(歪みの存在)
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現状ろくに身動きもとれないのだし、隣人は魔力の威圧感以外は動かず静かで巌となりて苔のむすまで空気と一体化しているのだしで、これは逆にちょうど良い機会と言える。一度、ここで問題となっている不浄なる歪みについて、私が散り散りながらも得た情報を整理しておこうではないか。
まず、世間一般的に広まっているものとしては、不浄なる歪みとは、様々な命のあいだを巡るマナの流転から外され、歪んでしまった存在であるというものだ。存在することでマナの流れを乱し、世界を混沌へ導くものとされている。人々が忌むべき存在である。聖堂の壁画には、共振者とともに禍々しい姿でもって描かれている。
白い世界で、昔その不浄なる歪みだったと思われるアリアさんから教えられたものとしては、歪みの存在と呼ばれるものは、周囲のマナをどんどん取り込んでいるという。だから異様なマナの流れが周囲に起きる。魔力そのものが命に害を及ぼすという。ただし、彼女自身あまりよく知っているわけではない。やはり人々からは忌み嫌われる存在であったようで、しかし存在しているだけで他の命を奪うというのに、隔絶された空間で管理され、生かされていたようだ。
さらに少々話がずれるが、コクヤでギャラクシー・パラリラと揉めた際に耳にしたものによると、共振者の片割れになにか不幸があった場合、双方から発せられるマナの流れが調和することで織り成していた共振が途絶え、残された方が歪んでしまうということだ。聖堂の壁画にふたつ合わせて描かれていたことから考えても、どうやら両者の間にはもう少し繋がりがあると見て良いだろう。
おぼろげながら話が見えてきたところになって、横の巌が突如として喋りだした。
「俺は歪みの存在で間違いない。お前が信じようが信じまいが事実としてな」
あの時コクヤで俺の魔力が害を成したことで分かっただろう。あれから特に目立った影響はないようだが、今後、あの程度で済まされない事態に陥ったらどうするつもりだ。だから、もうこれ以上俺に関わるな。彼はそのようなことを口にした。
「……私が死ねば、共振が途絶えて余った方のマナの流れが歪む?」
思いつきで私が小さく呟くと、彼は心外だったのか険しい顔のなかでさらに幾らか眉をひそめ、苦い顔で沈黙した。
「ごめん、意地悪な言い方した。なんでそうだと言い切れるのかな。この世界が今はそんな不穏な動きしてないことは度々話にあがってたよね」
私は短く詫びてから、目下最大の矛盾点を彼に尋ねた。少しだけ間をおいて、彼はおもむろに口を開く。自身が十を過ぎる頃になるまで、世界はそれこそ惨憺たる姿であったと。
壁画の前でキュリアさんが話してくれていた通り、十数年前まで世界はまさしく存亡の瀬戸際であったのだ。彼の歳から仮に十五年を引いたとして、残りはおよそ十三年ほど、アリアさんの没年ともかなり近い年月になる。
他の命を奪うほどに君が形作る魔力の流れは酷かったのかと私が聞くと、彼はその間ずっと自由の利かない身であったため外のことは分からなかったのだと言った。アリアさんと同じように、隔離された空間に閉じ込められていたということらしい。なるほど、コクヤでその頃の世界をあまり知らないと言っていたのはこのためなのだ。
ではなぜその後になって世界が突如快方に向かいはじめ、彼が外へと解放されることになったのかを尋ねてみたが、彼は再び眉間をわずかに寄せて黙り込んだ。それならばもう今は不浄なる歪みではなくなったということじゃないのかと聞いてみたが、今も共振にあぶれたマナが流れてくるからそれはないという答えが来る。そう言うなり彼ははっと息を飲み、三度の渋面とともに口をつぐんだ。
「やっぱり、不浄なる歪みと共振者って関係あるんだ?」
彼が緩めた紐を逃さず、今が好機と私は即座に追及した。
ひと呼吸を置いてから、彼はなぜそう思うのかと私に聞くが、素直に私は壁画にふたつ一緒に描かれていたこと、そしてコクヤで君自身がそんなことを言ったからだと説明した。それでもなお出し渋っている彼に、そんなに言えないような危惧をはらんだことなのかと問いかける。
「不浄なる歪みと関係があるのなら、共振者ってそもそも本当に必要なものじゃないんじゃないの?」
私が少し問いの中身を変えたとたん、これまでの沈黙から一転し、彼は言下に切り返してくる。
「共振者は生物が形作るマナの流れが偏らないように存在しているものだ。共振がなければマナの流れは絶えず乱れ続けて均衡を失い、やがて世界を破滅させることになる」
共振者という存在に、恐らくミリエとはまた別の向きで強い執心を抱く彼は、私の懐疑を込めた言葉に心なしか語調を強めた。
不浄なる歪みには共振者が存在しないと言われている。こうしてこの村の人間から蛇蠍視され、ひとり孤立してしまう彼には、唯一、運命によって定められ己の片割れとして支えとなってくれるはずの最後の絆さえ存在しない。
そんな事実が思い当たり、心の底では彼に哀れみを寄せる自分がいるということに嫌気が差して、胸の内でかぶりを振る。
「共振がなければマナの流れが乱れて歪む。そして世界を破滅へと導く。……不浄なる歪みの出現とともに?」
別に、彼にその答えを求めたつもりではないのだが、音に出して反芻しながらひとつずつ話を繋いでいくうちに、語るに落ちたと諦めた彼が私の言葉を補足した。彼からため息にも似た深く息を吐く音を聞いたのは、これが初めてかもしれない。
「共振は……完全ではないからだ」
共振者同士がそれぞれこの世に生を受けるまでいくらか時間のずれが生じるところから始まり、お互いをそれと気付かず遠く離れて暮らしたり、どちらかが先に命を落とし、片方だけで残りの時間を過ごして死ぬまで、共振には必ずそれが不完全となる期間が発生することになる。長い時を経ていくなかで、世界各地、あらゆる折節に生じていくその欠陥は、世界を巡るマナの流れに溶け込めぬまま徐々に徐々に蓄積していき、いつしか命を、世界のマナを濁すほどに淀んでいく。
そんな時、汚れてしまった世界の不純物を一手に身に宿す存在が現れるのだ。それが、歪みの存在、今この世界で広く言われているものを使えば、不浄なる歪みなのだと彼は言う。
「歪みの存在として生まれた者は、世界に淀み留まるマナを己のうちへ取り込んでいく。生きている間、絶え間なくだ。世界に散らばる歪みをその身に集約しているのだから周囲には極めて危うい力場が発生するし、同時にその瞬間、マナの枯渇と荒廃によって最も世界が荒れている状態になる」
私の疑問を逐一潰していくように、彼はひとつひとつの事柄を淡々と語っていく。
自身の悲惨な身の上を話しているにも関わらず、私の目に映る限りでは、薄闇に紛れるその横顔には不満の色も疑問の色も存在しない。いつもどおりのどこか険しくどこか冷めた金色の目は、ひたすら彼の前に広がる暗い世界を見つめている。
「加えて、歪みの存在はその性質上短命だ。マナの均衡を保つ為に、共振からあぶれた分が止めどなく流れ込んでくる上に、その流れを受け止め中和する存在がいないのだから、肉体が持たないのは当然だろう。歪みの存在が死に、体が朽ちて地に還っていくのと同時に、溜め込んでいた歪みも消えて大きなマナの流れへと戻っていく。そして、その後しばらくはまた世界が安定するといった具合だ」
その言葉のあとに一度おとずれた静寂を彼の話の終了と読み取り、私も一度座りなおして前を向く。
内容を頭のなかで咀嚼するかしないかのうちに、次から次へと疑問点が湧いてくる。分かったことと同じくらい、分からないことや新たに浮かんだ不明な部分も多かった。私は再び彼の顔をうかがった。
まず、世間一般的に広まっているものとしては、不浄なる歪みとは、様々な命のあいだを巡るマナの流転から外され、歪んでしまった存在であるというものだ。存在することでマナの流れを乱し、世界を混沌へ導くものとされている。人々が忌むべき存在である。聖堂の壁画には、共振者とともに禍々しい姿でもって描かれている。
白い世界で、昔その不浄なる歪みだったと思われるアリアさんから教えられたものとしては、歪みの存在と呼ばれるものは、周囲のマナをどんどん取り込んでいるという。だから異様なマナの流れが周囲に起きる。魔力そのものが命に害を及ぼすという。ただし、彼女自身あまりよく知っているわけではない。やはり人々からは忌み嫌われる存在であったようで、しかし存在しているだけで他の命を奪うというのに、隔絶された空間で管理され、生かされていたようだ。
さらに少々話がずれるが、コクヤでギャラクシー・パラリラと揉めた際に耳にしたものによると、共振者の片割れになにか不幸があった場合、双方から発せられるマナの流れが調和することで織り成していた共振が途絶え、残された方が歪んでしまうということだ。聖堂の壁画にふたつ合わせて描かれていたことから考えても、どうやら両者の間にはもう少し繋がりがあると見て良いだろう。
おぼろげながら話が見えてきたところになって、横の巌が突如として喋りだした。
「俺は歪みの存在で間違いない。お前が信じようが信じまいが事実としてな」
あの時コクヤで俺の魔力が害を成したことで分かっただろう。あれから特に目立った影響はないようだが、今後、あの程度で済まされない事態に陥ったらどうするつもりだ。だから、もうこれ以上俺に関わるな。彼はそのようなことを口にした。
「……私が死ねば、共振が途絶えて余った方のマナの流れが歪む?」
思いつきで私が小さく呟くと、彼は心外だったのか険しい顔のなかでさらに幾らか眉をひそめ、苦い顔で沈黙した。
「ごめん、意地悪な言い方した。なんでそうだと言い切れるのかな。この世界が今はそんな不穏な動きしてないことは度々話にあがってたよね」
私は短く詫びてから、目下最大の矛盾点を彼に尋ねた。少しだけ間をおいて、彼はおもむろに口を開く。自身が十を過ぎる頃になるまで、世界はそれこそ惨憺たる姿であったと。
壁画の前でキュリアさんが話してくれていた通り、十数年前まで世界はまさしく存亡の瀬戸際であったのだ。彼の歳から仮に十五年を引いたとして、残りはおよそ十三年ほど、アリアさんの没年ともかなり近い年月になる。
他の命を奪うほどに君が形作る魔力の流れは酷かったのかと私が聞くと、彼はその間ずっと自由の利かない身であったため外のことは分からなかったのだと言った。アリアさんと同じように、隔離された空間に閉じ込められていたということらしい。なるほど、コクヤでその頃の世界をあまり知らないと言っていたのはこのためなのだ。
ではなぜその後になって世界が突如快方に向かいはじめ、彼が外へと解放されることになったのかを尋ねてみたが、彼は再び眉間をわずかに寄せて黙り込んだ。それならばもう今は不浄なる歪みではなくなったということじゃないのかと聞いてみたが、今も共振にあぶれたマナが流れてくるからそれはないという答えが来る。そう言うなり彼ははっと息を飲み、三度の渋面とともに口をつぐんだ。
「やっぱり、不浄なる歪みと共振者って関係あるんだ?」
彼が緩めた紐を逃さず、今が好機と私は即座に追及した。
ひと呼吸を置いてから、彼はなぜそう思うのかと私に聞くが、素直に私は壁画にふたつ一緒に描かれていたこと、そしてコクヤで君自身がそんなことを言ったからだと説明した。それでもなお出し渋っている彼に、そんなに言えないような危惧をはらんだことなのかと問いかける。
「不浄なる歪みと関係があるのなら、共振者ってそもそも本当に必要なものじゃないんじゃないの?」
私が少し問いの中身を変えたとたん、これまでの沈黙から一転し、彼は言下に切り返してくる。
「共振者は生物が形作るマナの流れが偏らないように存在しているものだ。共振がなければマナの流れは絶えず乱れ続けて均衡を失い、やがて世界を破滅させることになる」
共振者という存在に、恐らくミリエとはまた別の向きで強い執心を抱く彼は、私の懐疑を込めた言葉に心なしか語調を強めた。
不浄なる歪みには共振者が存在しないと言われている。こうしてこの村の人間から蛇蠍視され、ひとり孤立してしまう彼には、唯一、運命によって定められ己の片割れとして支えとなってくれるはずの最後の絆さえ存在しない。
そんな事実が思い当たり、心の底では彼に哀れみを寄せる自分がいるということに嫌気が差して、胸の内でかぶりを振る。
「共振がなければマナの流れが乱れて歪む。そして世界を破滅へと導く。……不浄なる歪みの出現とともに?」
別に、彼にその答えを求めたつもりではないのだが、音に出して反芻しながらひとつずつ話を繋いでいくうちに、語るに落ちたと諦めた彼が私の言葉を補足した。彼からため息にも似た深く息を吐く音を聞いたのは、これが初めてかもしれない。
「共振は……完全ではないからだ」
共振者同士がそれぞれこの世に生を受けるまでいくらか時間のずれが生じるところから始まり、お互いをそれと気付かず遠く離れて暮らしたり、どちらかが先に命を落とし、片方だけで残りの時間を過ごして死ぬまで、共振には必ずそれが不完全となる期間が発生することになる。長い時を経ていくなかで、世界各地、あらゆる折節に生じていくその欠陥は、世界を巡るマナの流れに溶け込めぬまま徐々に徐々に蓄積していき、いつしか命を、世界のマナを濁すほどに淀んでいく。
そんな時、汚れてしまった世界の不純物を一手に身に宿す存在が現れるのだ。それが、歪みの存在、今この世界で広く言われているものを使えば、不浄なる歪みなのだと彼は言う。
「歪みの存在として生まれた者は、世界に淀み留まるマナを己のうちへ取り込んでいく。生きている間、絶え間なくだ。世界に散らばる歪みをその身に集約しているのだから周囲には極めて危うい力場が発生するし、同時にその瞬間、マナの枯渇と荒廃によって最も世界が荒れている状態になる」
私の疑問を逐一潰していくように、彼はひとつひとつの事柄を淡々と語っていく。
自身の悲惨な身の上を話しているにも関わらず、私の目に映る限りでは、薄闇に紛れるその横顔には不満の色も疑問の色も存在しない。いつもどおりのどこか険しくどこか冷めた金色の目は、ひたすら彼の前に広がる暗い世界を見つめている。
「加えて、歪みの存在はその性質上短命だ。マナの均衡を保つ為に、共振からあぶれた分が止めどなく流れ込んでくる上に、その流れを受け止め中和する存在がいないのだから、肉体が持たないのは当然だろう。歪みの存在が死に、体が朽ちて地に還っていくのと同時に、溜め込んでいた歪みも消えて大きなマナの流れへと戻っていく。そして、その後しばらくはまた世界が安定するといった具合だ」
その言葉のあとに一度おとずれた静寂を彼の話の終了と読み取り、私も一度座りなおして前を向く。
内容を頭のなかで咀嚼するかしないかのうちに、次から次へと疑問点が湧いてくる。分かったことと同じくらい、分からないことや新たに浮かんだ不明な部分も多かった。私は再び彼の顔をうかがった。
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