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第四幕 ご利用に、終止符を
71.シーン4-8(真実に向き合う)
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爪先立ちで少し上にある小さな窓から外を覗くと、当の人物は心なしかこそこそと慎重に足を運びながら小走りで進んできた。
「見張りの人どっか行っちゃったっぽいんだけど」
「何か村に変な人が来て揉めてるのよ、全然あたしたちとは関係ない人みたいだけど」
窓のそばまでやってきたミリエと私は、他にひと気もないのにどこまで隠れる必要があるのかはさておいて、こそこそと話し始める。
畢竟するに、見張り役の人物は、ひと騒動を聞きつけて好奇心に負けてしまい、再び野次馬に行ってしまったというわけだ。これはもう確実に後であのミネコさんあたりに怒られること請け合いである。こちらとしてはラッキーである。
「ミーリエーぇ……かんぬき抜いてぇー」
もちろん爪先立ちで背伸びまでしてお互い何とか相手の顔を見ている状態ではあるが、それでも気分的には上目遣いの色目を使い、私はミリエにしっぽを振って小さな声で頼み込んだ。ミリエは見事にむすっと口を尖らせ私を睨む。
「それより、もう、何やってんのよアンタ!」
ミリエは私の側にカインがいることを憚ってか、それともやはりここへ来たことを悟られないようにしたいが為か、いくらか声を殺して息巻く。
「お願いだからこういう時くらいはちゃんとしてよ! アンタって昔っからそう! 大体いっつもそうなんだけど、特にマナとかそういう関係になると、ホントそれが目立つのよ。大聖堂の時だってそう。アンタ、あれ、わざと茶化したんでしょ!」
「なんでそんなこと今……」
「捕まっちゃったからじゃないの!」
ミリエは目くじらを立て、窓の奥の私の顔に頭突きでもするかという勢いで距離を寄せた。荒げた声が辺りに響き、一瞬だけ周りに人がいないかどうかを警戒すると、再び私を見て睨む。
「捕まったって言ったって、ちょっと納屋に押し込まれたようなもんなんだし……」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
ぶつくさと私が拗ねると、ミリエは再び一喝した。
「なんていうか、ちゃんと前向いてないっていうか、ひとりだけ適当なところ見てるっていうか、そう、無関係決め込んでるっていうの? とにかく、そんな感じ。普段ならまだしも、他のみんなが真剣なときは感じ悪いわよ、アンタ」
ミリエはとにかく私の痛いところを突いてきた。
例え多少離れて暮らしているのだとしても、もう、この妹との付き合いも十六年にのぼるのだ。それほど長く共に生きれば、お互いの良い所も嫌な所も、様々な面に理解が及ぶというものだろう。
思い返せば、まだまだ若輩者の私にとって、この青臭い人生のなかそれだけ長らく同じ時間を過ごしてきた人物が、一体どれほどいるだろうか。もう少しでもすれば、アリエという月日は立ち止まったままの私を残し、追い抜いていってしまうのだろう。
突っ張っていた足先が痺れ、私は窓の縁にかけた手だけ残してつま先立ちを諦めた。
窓からのぞくミリエのすがたは四角形の外に隠れ、真っ直ぐにぶつかってきた朝空の青い瞳が見えなくなる。けぶるような曇天だけが小さな窓に切り取られ、微かに伏せた視界の先を古びた暗い木目が遮る。窓枠から手が落ちて、ざらつく壁を指が滑る。静かに深く息をついた。
確かに、私はマナに対してあまり良い印象を持ってはいない。持ってはいないが、別に嫌悪しているわけではない。私は恐らく、自身にとって馴染みのない理に傾倒しているこの世界が、ただ気にくわないだけなのだ。十六年経った今でも、私はいま自分の目の前に広がる世界を信じられない、いや、きっと認められないだけなのだろう。
どんなにここで嫌なことがあったって、これはすべて夢かもしれない。ここでいろいろ頑張ったって、実は全部夢でした!なんてことになったら、ちょっと恥ずかしいじゃない? 私が、そういう風にどこかで捉えていた節があるのは否めない。
いつか自分の望んだことがやってくる。いつかきっと幸せになれる。こんなものは全部嘘だ。いつかきっと悪い夢から覚める時がやってきて、自分がいるべき本当の世界が来る。
自分で自分の考えたことにぞっとした。ただ単にこの言葉だけを聞いたとき、それを発する人物の、どれほど異様なことだろう。
例えここがどんな場所であろうとも、空虚な世界に身を置いている原因は、他ならぬこの私自身にこそ存在するのだ。
「……例え、そうだとしても」
私は目の前で止まっていた手を白くなるほど固く握った。目を閉じて、こみ上げてくる言葉のすべてを熱くうずく胸の奥に押し込んでから、再び深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
別れを告げる間も惜しむ間も、何もかも無かったことが、未だに消えぬしこりとして残されたまま、日を追うごとに積もりゆく寂しさの痛みに拍車をかける。君ならやれる、大丈夫だよ、行っておいで。そう言って、せめて別れ際に背中くらいは押して送り出してくれていたなら、どれほど心の支えとなったことだろう。
出会いも別れも唐突なものであるというなら、それは我侭な願いになるかもしれない。けれど、ずっと信じて付き合ってきたというのに、まったくもって薄情じゃないか。あっさりと離ればなれになり、今だ何の音沙汰もないときたものだ。
好きだったもの、好きだったこと、好きだった場所、好きだった人。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、つらかったこと。そんなささやかな思い出を正真として語り合い、分かち合える同胞すらどこにもいない。夢幻が取り巻く世界のなかで、自分だけの真実をただひたすら胸に抱いて、私はひとり生きている。
「……それでも、私は」
それでも私は、共振者なんてものはいらない。触れられない絆はいらない。世の理に背くというなら、そのまま一人で構わない。それが悪だと言うのなら、地獄の果てまで歯向かおう。
宿命。定められた命。それではまるで、最初から最後まですべての展開が決まっている作られた舞台の出来事のようではないか。作られた夢物語を、俗にファンタジーと呼ぶ。幻想夢想の作り話だ。
ならば、まるでそんなファンタジーか御伽話かのような理が息づく夢幻の世界に身を置く私に与えられた役割は、どんなものだというのだろう。天は私に、どのような定めに従い、どのような道を歩めと言うのだ。その先に待つ、どんな結末を受け入れろというのだ。
与えられた未来ならば、私はいらない。与えられた居場所もいらない。与えられた繋がりもいらない。
意味も知らずに与えられたものなんて、消えたら何も残らない。思い返せる温もりだって存在しない。それではひとり残されたとき、あまりに寂しすぎるじゃないか。ただ与えられただけの生は、孤独と何も変わらない。
私は、確かに触れる自分がほしい。確かに触れる世界がほしい。全てのものは移り行く定めにあるというなら、せめて、失くしたあとでも確かにそこにあったのだと、信じられるものがほしい。
「私は、鎖に繋がれて生きるなんて嫌だ」
何もない世界で生きていくのは、もう、疲れてしまった。
共振者、運命の人。そんな都合の良いものが、この世に存在するとしよう。
最愛の人、家族、親友。かけがえのない大切な存在が、すぐ隣にいるとしよう。
しかし結局のところ、その真実は自分の胸の内にしか存在しない。そして真実が自分の胸にだけしかないのならば、孤独からは逃げられない。
現実の世界においても、幻想夢想の世界においても、人は誰もが心のどこかに孤独を抱えて生きているのだ。なればこそ、人はどこかで孤独と向き合い、立ち向かわねばならぬのだろう。
「見張りの人どっか行っちゃったっぽいんだけど」
「何か村に変な人が来て揉めてるのよ、全然あたしたちとは関係ない人みたいだけど」
窓のそばまでやってきたミリエと私は、他にひと気もないのにどこまで隠れる必要があるのかはさておいて、こそこそと話し始める。
畢竟するに、見張り役の人物は、ひと騒動を聞きつけて好奇心に負けてしまい、再び野次馬に行ってしまったというわけだ。これはもう確実に後であのミネコさんあたりに怒られること請け合いである。こちらとしてはラッキーである。
「ミーリエーぇ……かんぬき抜いてぇー」
もちろん爪先立ちで背伸びまでしてお互い何とか相手の顔を見ている状態ではあるが、それでも気分的には上目遣いの色目を使い、私はミリエにしっぽを振って小さな声で頼み込んだ。ミリエは見事にむすっと口を尖らせ私を睨む。
「それより、もう、何やってんのよアンタ!」
ミリエは私の側にカインがいることを憚ってか、それともやはりここへ来たことを悟られないようにしたいが為か、いくらか声を殺して息巻く。
「お願いだからこういう時くらいはちゃんとしてよ! アンタって昔っからそう! 大体いっつもそうなんだけど、特にマナとかそういう関係になると、ホントそれが目立つのよ。大聖堂の時だってそう。アンタ、あれ、わざと茶化したんでしょ!」
「なんでそんなこと今……」
「捕まっちゃったからじゃないの!」
ミリエは目くじらを立て、窓の奥の私の顔に頭突きでもするかという勢いで距離を寄せた。荒げた声が辺りに響き、一瞬だけ周りに人がいないかどうかを警戒すると、再び私を見て睨む。
「捕まったって言ったって、ちょっと納屋に押し込まれたようなもんなんだし……」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
ぶつくさと私が拗ねると、ミリエは再び一喝した。
「なんていうか、ちゃんと前向いてないっていうか、ひとりだけ適当なところ見てるっていうか、そう、無関係決め込んでるっていうの? とにかく、そんな感じ。普段ならまだしも、他のみんなが真剣なときは感じ悪いわよ、アンタ」
ミリエはとにかく私の痛いところを突いてきた。
例え多少離れて暮らしているのだとしても、もう、この妹との付き合いも十六年にのぼるのだ。それほど長く共に生きれば、お互いの良い所も嫌な所も、様々な面に理解が及ぶというものだろう。
思い返せば、まだまだ若輩者の私にとって、この青臭い人生のなかそれだけ長らく同じ時間を過ごしてきた人物が、一体どれほどいるだろうか。もう少しでもすれば、アリエという月日は立ち止まったままの私を残し、追い抜いていってしまうのだろう。
突っ張っていた足先が痺れ、私は窓の縁にかけた手だけ残してつま先立ちを諦めた。
窓からのぞくミリエのすがたは四角形の外に隠れ、真っ直ぐにぶつかってきた朝空の青い瞳が見えなくなる。けぶるような曇天だけが小さな窓に切り取られ、微かに伏せた視界の先を古びた暗い木目が遮る。窓枠から手が落ちて、ざらつく壁を指が滑る。静かに深く息をついた。
確かに、私はマナに対してあまり良い印象を持ってはいない。持ってはいないが、別に嫌悪しているわけではない。私は恐らく、自身にとって馴染みのない理に傾倒しているこの世界が、ただ気にくわないだけなのだ。十六年経った今でも、私はいま自分の目の前に広がる世界を信じられない、いや、きっと認められないだけなのだろう。
どんなにここで嫌なことがあったって、これはすべて夢かもしれない。ここでいろいろ頑張ったって、実は全部夢でした!なんてことになったら、ちょっと恥ずかしいじゃない? 私が、そういう風にどこかで捉えていた節があるのは否めない。
いつか自分の望んだことがやってくる。いつかきっと幸せになれる。こんなものは全部嘘だ。いつかきっと悪い夢から覚める時がやってきて、自分がいるべき本当の世界が来る。
自分で自分の考えたことにぞっとした。ただ単にこの言葉だけを聞いたとき、それを発する人物の、どれほど異様なことだろう。
例えここがどんな場所であろうとも、空虚な世界に身を置いている原因は、他ならぬこの私自身にこそ存在するのだ。
「……例え、そうだとしても」
私は目の前で止まっていた手を白くなるほど固く握った。目を閉じて、こみ上げてくる言葉のすべてを熱くうずく胸の奥に押し込んでから、再び深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
別れを告げる間も惜しむ間も、何もかも無かったことが、未だに消えぬしこりとして残されたまま、日を追うごとに積もりゆく寂しさの痛みに拍車をかける。君ならやれる、大丈夫だよ、行っておいで。そう言って、せめて別れ際に背中くらいは押して送り出してくれていたなら、どれほど心の支えとなったことだろう。
出会いも別れも唐突なものであるというなら、それは我侭な願いになるかもしれない。けれど、ずっと信じて付き合ってきたというのに、まったくもって薄情じゃないか。あっさりと離ればなれになり、今だ何の音沙汰もないときたものだ。
好きだったもの、好きだったこと、好きだった場所、好きだった人。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、つらかったこと。そんなささやかな思い出を正真として語り合い、分かち合える同胞すらどこにもいない。夢幻が取り巻く世界のなかで、自分だけの真実をただひたすら胸に抱いて、私はひとり生きている。
「……それでも、私は」
それでも私は、共振者なんてものはいらない。触れられない絆はいらない。世の理に背くというなら、そのまま一人で構わない。それが悪だと言うのなら、地獄の果てまで歯向かおう。
宿命。定められた命。それではまるで、最初から最後まですべての展開が決まっている作られた舞台の出来事のようではないか。作られた夢物語を、俗にファンタジーと呼ぶ。幻想夢想の作り話だ。
ならば、まるでそんなファンタジーか御伽話かのような理が息づく夢幻の世界に身を置く私に与えられた役割は、どんなものだというのだろう。天は私に、どのような定めに従い、どのような道を歩めと言うのだ。その先に待つ、どんな結末を受け入れろというのだ。
与えられた未来ならば、私はいらない。与えられた居場所もいらない。与えられた繋がりもいらない。
意味も知らずに与えられたものなんて、消えたら何も残らない。思い返せる温もりだって存在しない。それではひとり残されたとき、あまりに寂しすぎるじゃないか。ただ与えられただけの生は、孤独と何も変わらない。
私は、確かに触れる自分がほしい。確かに触れる世界がほしい。全てのものは移り行く定めにあるというなら、せめて、失くしたあとでも確かにそこにあったのだと、信じられるものがほしい。
「私は、鎖に繋がれて生きるなんて嫌だ」
何もない世界で生きていくのは、もう、疲れてしまった。
共振者、運命の人。そんな都合の良いものが、この世に存在するとしよう。
最愛の人、家族、親友。かけがえのない大切な存在が、すぐ隣にいるとしよう。
しかし結局のところ、その真実は自分の胸の内にしか存在しない。そして真実が自分の胸にだけしかないのならば、孤独からは逃げられない。
現実の世界においても、幻想夢想の世界においても、人は誰もが心のどこかに孤独を抱えて生きているのだ。なればこそ、人はどこかで孤独と向き合い、立ち向かわねばならぬのだろう。
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